02-3/3 裏の幼女は、表の美少女!?
「――おい、起きろ? 起きてくれ」
「う…ぐぅ……」しょぼしょぼさせながら、どうにか少女は目を開ける。
高橋は、あたりを目をキョロキョロと気にし始めた。
なんせ、少女はスッポンポンッ! 目覚めた彼女に脱いだジャージを肩から掛けて、そのまま手を引っ張って近くの公衆トイレに駆け出した。
「いいから、この服を着てくれ」
バックに入っていた着用済、約一か月間以上不洗濯の体育を彼女に渡す。
「……わかった」
高橋は、一度個室から出て行こうとしたが、「どこ行くの?」少女は、上着をヒラヒラさせながら個室から出てきて高橋の行方を見守る。それを捻じ込むように中へと戻す。
もう少しで、彼女の桜色が見えそうなところで目を反らした。
「いいから、この服を着てくれ」
彼女の肩を押そうとした瞬間だった。ぶにゅっと明らかに違うシリコン染みた感覚が高橋に襲う。
「うわあ、ゴメン……」
「……へ?」
アカリは、どうしてそのことが謝れたかを理解していない。高橋は、その時コチラとアチラとの世界観や常識の違いがあるのかも知れないと考えを改める。各国のルールが違うように、『IDEA』という国では、裸体を晒すことにそこまで羞恥心を持たない文化なのかもしれない。
アカリは不思議な顔をしてから、言われた通りに個室に戻っていった。
だがしかし……
「……高橋」
アカリはもう一度、個室から顔を見せた。
彼女は、袋から顔を服を出して、その服をブラブラと引きづっている。
高橋は周りに見られていないことを確認してから、焦る気持ちを押さえる。
「な……どうしたんだ?」
「あのね……この服ってどうやって着るの?」
いやいや、まさか文化の違いでこんなこともわからないようなことなのか? 高橋は、苛ついていたが、どうにもならない。
「普通に頭通して……腕を通せばいいだろ?」
「……え? ここに? 頭……わたしって頭がデカいのかな?」
そりゃ、腕を通す裾のあたりに頭をグリグリさせても、入るはずがない。少し考えれば、わかることでも、IQの低さどころか、なんかイケない常識の低さ。
高橋は、止む負えなく、彼女の個室に入る。しかし、ここでもう一つ大きな問題が生まれた。彼女にこの体操服を着させるには、最初に貸した上着を脱がせることになる。
そうなれば、彼女の肌があからさまに見る事になる。それはどうやっても避けられない問題だ。
だが、意を決して、アカリに言うしかあるまい。
「……まず、上着を外したら、さっき渡した体操服ってのを着て欲しい。俺が今着ているシャツが分かるか? そうやって着るにはこの今さっき頭を擦りつけてた小さい穴じゃ入らないんだ」
「……やって」
「――は?」
「一回やってもらわなくちゃわからないですから」
そう言うとアカリは体操服を高橋へと渡し、上着を脱ぎ始めた。そこには、完全裸体の女の子が何の羞恥もせずに立っていた。
高橋は、少女への欲を殺しながら、彼女へ服を被せた。
「腕を胸の前で折ってくれ」
「こう?」
「そう。それでここの左右の小さな穴に腕を通すんだ」
「……胸が引っかかって入らないよ」
ごそごそと、凹凸が邪魔して身体を揺らしてくる。
そんな感じで、彼女が着替えるのに、かなりの時間を要してしまった。トイレを出る際も、夜な夜な欲求を解消するカップルのように周りの目線を気にする。
車の騒音が鳴りやまない国道を過ぎ、川沿いへと出る。葛西用水と言われる用水路の横には元荒川と呼ばれる一級河川がある。その間には、散歩用の狭い道幅があり、わずかながら夜道でも歩けるようにと街燈が立ち並ぶ。
高橋は、小学生の頃の越谷の風土史についてのレポートを纏めるときに、XX年前の写真を図書館で何枚か見る事があった。ここらは、XX年前の姿と全く変わらない。
「ここは……海ですか?」
「……海ではないな。川と海の区別ぐらいはできるだろ?」
「わかりますよ……。ですけど、川って左右がコンクリートに固められた人口の用水路を言うんじゃないんですか?」
どんな解釈か知らないが、よほど基礎教育が成り立っていないことは理解できた。
アカリはいったいどのような育たれ方をしたのか、彼女らが旧世界と呼んでいる住人の高橋には想像ができない。
「川ってのは、山とかで降った雨が地下水として溜まって、低い場所まで辿って落ちていくことを言うんだ。海ってのは、それが流れ着く場所」
小学生の頃にそのように習った。
習わなくても、それぐらいは知っていて当然かと思っていたが……。
「もしかして、あの街から出たことはないのか?」
「……わからない。そもそもわたしの住んでいる街がどこからどこまでの領域がわたしが住む街かも知らない。でも、なんかどうして、この街は部屋の中みたいに暗いのですか?」
「……それが、普通の夜ってヤツだよ。東京都とは違う」
「そうなんですか?」アカリは夜空を見上げる。「もっと、未来は凄いんじゃないかって想像していたから、全然違うのですね」
「そりゃ、こんな田舎の街が、XX年経過しても東京の賑わいには勝てないさ」
「なんで?」
「なんでって……、そりゃ人が集まる場所に文化ができるワケで、そういうところに資金が使われるのは当然だ」
そんなことを思いながら、まるでデートのように川沿いを二人で歩いていたが、高橋はずっと手を繋いでいる美女について疑問が何点もあった。
「それで、アカリさんはどこで寝るんですか?」
「ん……、どこでもいいよ?」
当然のように、ある高橋の予想が的中する。
「スマナイ。銭形に連絡をしたいんだが……やり方を教えてくれないか?」
アイツに一言、二言は尋ねたいことがある。
「……あ、携帯をあっちに忘れちゃいました」
高橋は頭に思考を巡らせる。なんだよ……、このエロゲーみたいな展開。さすがに家族がいる僕にはその展開は喜ばしくはないぜ……マジで家に来てもらうのは、色々困る。寝る場所もなければ、布団だって足りない。そもそも、他の家族に断りもなく女の子(体操服)を連れてきて、今日一晩だけでも世話をさせてくださいってどう説得をしたらいいのだ?
どう考えても不埒な方向、湾曲された性的趣味に捉えられるだけでなく、一夜にして既に消えかかっている家族としての糸を切断されることだろう。だからって、二人でホテルに行って止まるワケにはいかない。高校の制服と体操服着用の男女が訪れても、泊めてくれる施設は存在しないし、高橋の倫理規定にも引っかかる。
ましては、アカリへ現玉持たせたところで、どうにか生活を潜り抜ける力があるのだろうか? 一歩間違えれば、知らないオジサンのお股の餌食になるかもしれない。
高橋が、自宅に招かない以外の選択肢がないと気がつくのは、そう遅い事ではなかった。
運よく、まだ妹は帰宅していなかった。
家に辿りつくや否や、とりあえず、高橋は自身の部屋に彼女を招き入れた。できることなら、家族にはバレないうちに事を終わらせたい。事を終わらせたいとは、別にニャンニャンしたいだとか、欲をすべて開放したいんだとかそういう事柄ではない。
銭形と連絡ができない以上、今日は彼女を自分の部屋に泊めるしか他にない。だとしたら、まず彼女には先に風呂に入ってもらうしかなさそうだ。さすがに、風呂も入らずにもう眠ろう……ってのは、人間としてどうなのだろうか?
だが、ここでもう一つ疑問が生まれてくる。
「アカリさん、あんたは風呂の入り方ぐらいは分かるよな?」
「……はい。わかりますよ」
高橋は、一度安堵する。
「よかった。それじゃあ、風呂の場所を教えるから、寝る前に風呂にはいろう。さあ早く」
「わかりました」
なぜか、アカリは無言で高橋の手を繋ぐ。
彼はそれがどういうことだか、今までの彼女の行動で理解していた。だから、軽く揉みながら彼女のその手を解いた。しかし、目も合わせずに、彼女の手がもう一度高橋の腕へと絡みつく。
「……アカリさん? お風呂入れますよね?」
高橋は不安になって、光に尋ねる。
アカリは目を合わせずに「わかります。ですが、わかりません」答えた。
「……は?」高橋は疑問文でもう一度訪ねたつもりだった。
それっきり彼女は、黙秘権を貫いた。
さすがに、高橋もアカリの行動には教育が必要な気がした。まずは、この歳の男女の在り方について、改めて知らせるべきかもしれない。
しかし、高橋は、心のベクトルが変な方向に向かれていた。
彼の心には善と悪、その戦場はまるでトロイの木馬が戦場を駆け回るようにガダダダダと轟き始める。そうだ……それは、欲ではない。アカリが困っているから仕方がなく彼女とお風呂に入るのだ。
そして、彼女が困っているから、身体の洗い方を教える。髪の洗い方、脇の洗いかたや、谷間の汗の流し方等々……。いや、いかん。それでは本当にトロイの木馬じゃないか? 善を示す戦車の中にはまるで理性を制御できない悪が存在しているようだ。
彼女は、年頃の女の子で、そういうのには敏感でいなければならない歳なのだ。
――だが、高橋に気が戻った瞬間だった。
目の前には面やかなゴム状の皮膚、水風船を思わせる膨らみが目の前に露になった。
「……くつぐったいです」
冷静に目の前を眺めるアカリをまるで、抱き合うように身体を凝り合っていた。タオルで。
目の前には、見たことのない凹凸が泡まみれになっている。
「……ぎゃあああああ」高橋は、現実を理解できずに風呂場で大声を上げる。
それを冷静な目でアカリは、見ている。
驚きもしないところ、肝が据わっているを通り越して、何事にも関心がないのではないかと考えるほどだ。
「どうかしましたか?」
アカリも、手にもっているタオルで高橋の身体を擦っていた。
高橋にはそういう経験が一度もないが、付き合っている人間同士は愛情や親愛度を高めるためにそのような行動をするのかも知れないが……。
――そこで、高橋が思いつくところが一点ある。
「……アカリさん」
「……どうしたの?」
「あんた、魔法を使っただろ?」
それには、アカリは応えずに、何かを見通すように、高橋を見上げている。
その無垢な蒼い目が、余計に彼女を叱ることのできない一因になった。
――が、
「ど……どうしたの? お兄さん?」
ガラガラっと、男女が抱き合う浴室に一人の女性が不用意にも、何も断りもなくその敷居を開けてしまう。
高橋にはその女性(妹)とは、目を合わせる事ができない。
そのかわり、目の前で濡れた裸体を高橋と引き付け合っているアカリは、どこか違う方角へと目を向ける。それでも、焦りもない透明な目線は、ある意味罪と言えようか? 高橋の背中から嫌な汗が流れていた。そこにはアカリの触れるような指以外にも、大変恐ろしい視線を感じとれた。
――バタンッ……
扉を閉められると、冷静に今の状況を終わらせるために身体を洗い流した。
「オサムさん……、これはどういうことですか?」
「……ワケがあるんだ多希さん。それで、彼女を何日か預かることになった」
「それって……ワケがわかりません! きちんと説明してください」
高橋の妹である多希は掌で思いっきりテーブルを叩くと、食器の揺れる音が部屋中に響いた。
高橋は悩む。何故、そんな理由らしい理由を話したところで、あの拡張現実でのとんでも事件を悠々を語ったところで彼女がそれを信じるはずがない。
高橋は、イイワケらしいイイワケを考える。
「彼女、家がないんだよ。それに一人で身体が洗えないっていうから……」高橋がそう話すと、多希は一瞬言葉に詰まった。
「……そ、それと、アレは少し違いますよね。あ……いえ、もう……泊めるとしても一言私に相談してくれても良かったんじゃないですか?」
多希は、是非を問わずに部屋を出て行く。
「ちょっと悪い事したね」アカリが高橋の腕を掴んだ。
おそらく、アカリは彼女がどんな心情になったのかを理解したのかも知れない。
「言ってくれるな。ていうか、こちらでもテレパシーは使えるんだな」
「……一応」
思えば、浴室でも何かしら催眠術を思わせる裏技を使用したワケだ。その要領でテレパシーで人の心を読むのは容易いのかもしれない。
「でも、家族ってなに? わたしにはわからないけど、それを失うとどうしてわたしを引きいれてくれるの?」
そんな率直に、純粋に言葉を労っても、高橋が卑怯な手を使った事実は変わらない。
なぜなら、高橋兄妹も親を亡くしている。アカリがどうあるかは関係なしに、多希に対して、家族とは代わりのない存在であり、消えることがないジレンマでもある。
それと同じ思いをしている人間を、傷心が癒えない多希が見捨てるはずがないと理解していた。
「……アカリはさ」
そこで、高橋も気になることがある。聞くのは止めとこうと、彼自身は抑えていた個人的なことだ。
「家族とか、そういう人っていないのか?」
「だから、家族ってなんのことだかわからない。辞書的な意味の血縁関係の小集団?」
高橋は、彼女のあまりの無知の理由を理解できた。銭形がアカリをこの世界で補佐が必要だといった理由が理解できる。
しばらくすると、多希は居間へと戻っていた。
この目尻は赤く腫れていたことから、もしかしたら自身の家族の事を思い出させてしまったのかも知れないと後悔をした。
「……先ほどは、失礼しました。でも、兄さん? あなた、アカリちゃんと一緒に寝るつもりではないでしょうね?」
それには、高橋も口の空気を吹きかけた。
「そんなはずあるワケないだろ? 今それについて考えていたところだ」
「そ……そうですか? それでだけど、兄さんにソファーで寝てもらおうと思ったけど、そういうワケにはイカナイから――」
高橋自身、ソファーで寝るつもりだったが、他人から余儀なく忠告されると、それはそれで癪に障る。
「それで、提案なんですけど、アカリちゃん、今日は私の布団で一緒に寝ませんか?」
高橋は思いもよらぬ提案に少しばかり拍子抜けする。
それもそのはずで、多希がそこまで積極的にアカリのことを考えてくれるとは思いもしなかった。思ったよりも、家族のことを釣り上げたのは効果があったのかも知れない。
「……いいのか? 多希さん」
「大丈夫だよオサムさん。アカリちゃんが良ければだけど……」
一度、高橋は、アカリに確認を取るために目を向けた。
その言葉には、高橋の手に絡みつく。嫌な予感がして、絡んだその手を揉みながら外したが、次にアカリは無垢な目をこちらへと向けてきた。
そして、刺さるようなキレイな蒼い目が高橋を見やる。
そのとき、またしても心の善と悪のベクトルが……と、そのとき高橋はあることに気がつた。即座に手を手刀へと変える。
「――ていやー!」
ベこっと、アカリの頭に衝撃が走った瞬間、なにやら小さな声で「ッチ!」という音が聞こえた。
高橋の予想は、こうだ。
アカリは、今もまた何かしらの催眠術を掛けようとしていたに違いない。それは、目と目を合わせることにより、成立する魔術。まるで、彼女の蒼い目はドラキュラに魅了されたように人々を奴隷へと化すのだろう。
「え……いきなりどうしたの、お兄さん?」
「いや、大丈夫だ。そうしてくれると助かる。だが、勉強だとかそういうのは大丈夫か?」
兄として自慢でもないが、多希はこの地域では有数の進学校に通う身だ。頭脳明晰……というよりかは、一に努力、二に努力。予習を夜な夜な欠かさない努力の天才なのだ。
「明日は平気だよ? 最近は放課後に図書室で復習しているんだ。友達ともわからないところを確認できるし、こちらのほうが効率がいいし……」
「そうか。じゃあ、何かあったら言ってくれ。明日からはなにか違う対策考えるから」
そういうと、貸出物を持っていくように、多希はアカリを部屋へと連れ去っていった。その時ばかりは、多希より背の高いはずのアカリの背が低くも感じとれた。
アカリの性格はおそらく、『IDEA』と変わらないのだが、なぜかココへ来た瞬間に、まるで御伽噺のようにボンギュッボンになりやがって、高橋は困惑を通り過ぎて明らかに理性が狂いそうになったのだ。
だが、今の美少女がアカリの本当の容姿……なのかも知れない。そう考えたのは、『IDEA』という世界が拡張現実での世界であり、何かしらの作用で彼女を『幼児期の姿』に変えていたのかも知れないからだ。それが、彼らが旧世界と呼ぶ本来あるべき世界に訪れたことで、魔法が解けたと、そう考えるほうが魔術など存在しない現実としては理にかなっている。
なぜアカリは行為的、または呪術的に自身をあの姿に変えていたのかは想像がつかない。それには、彼女なりの理由があるはずなのだ。子供でいたいというピーターパン症候群的な理由も今の大人にはありそうであるが、あのIDEAの者にとってはどうであるのかは高橋には理解できない。
いや、考えたところで、仕方がない。
あの世界が、XX年前の理想であるように、表の世界でも子供でいたいと望んでいる人間が存在する以上、裏の世界でその考えを持つ人間は必ず存在する。それに、アカリにそのような理由があったとしても、それは彼女の沽券に関わる。
高橋はそのことが嫌というほどに理解していた。
人の痛みほど見るに堪えるものがなく、触れてはならないことはない。ただ、わかっていてもそれを知りたいと思う心が高橋にはまだ残っている。その自身の図々しさに正直アホらしくも感じた。
だから、真夜中に今は亡き少女の妄想に耽り、寝ている自身に呆れるほどの戒めを覚える。それは、彼の罪であると同時に、負けてはならない理由でもある。
――俺はいつになったら、救われるのか
そんなことを考えていると、窓から月明かりが差し込む。純粋で、真っすぐなアカリほど彼を傷つける存在はないというのに……。そして、彼女もそんな彼の心について気がついていないようだ
「……まだ、おきていますよね? オサム」
いつの間にか、アカリは高橋を下の名前で呼ぶようになったことに気がつく。
「……多希も高橋だから。高橋を高橋って呼ぶのは、変なので」アカリは付け加えた。
「そうか」また、心を読まれたが、もう無視することにした。
「聞きたいことがあるので、来ました」
「……いったいなんだ」
「学校って知っていますか?」
「それがどうした?」
「多希から聞きました。この歳の少年少女たちはこの施設に通うんだとか。初めて知りました」
「アカリは、あちらでは学校はなかったのか?」
「一応にはありましたけど、一度も通ってなかった。ここってどういう施設なんですか?」
「そうだな……。勉強を教えてくれる施設だって、一言でそうは言えないけどな」
「学校……って、何か魔法でも教えてくれる訓練所のような感じですか?」
「……魔法って、まずコッチの世界では魔法は御法度だぞ? 銭形から何も説明を受けてないのか?」
「あ……、そうでした。受けましたよ。旧世界は、新世界よりXX年も技術の進んだ世界らしいですね。あと、違う価値観、宗教、技術が発達をしたって。でも、わたしたちが魔法って呼ぶ力もココ旧世界にはなく、またそれを明かしてはいけないことも聞きました」
「もう、何度も使っているけどな……。それはともかく、訓練と言えばそんな感じだ。だが、その言葉だと鍛えるみたいな言い方だな。どちらかというと、学問を教わるとか、あ……授業ってのを受ける場所っていうほうが妥当かもしれないな」
「漢字で表すと業を授かると書いて、授業……。わたしもこの学校に通うには、どうすればいいのですか?」
そう表現するとあまりに偉大にも誇張的にも感じる。しかし、この常識力のなさで高校は、勝り盛りの高校生の良い餌にしかならなそうだな……。
「それは、その……まず、四月までに待ってから考えた方が……」
「――いや、今すぐ通いたいです! わたしはこの世界の事を全く知りません。それでも、この世界で生きていくって決めました。だからその一歩として……」
アカリの誇張された上半身が、高橋の胸元へと前のめりに倒れ込んだ。
さすがに睡眠前のこの時間に欲を膨らませるのは、健康的といえば健康的であるが、それが性に無知な女の子である点、罪悪感しか湧かない。
「わかった。分かったから。僕もそうできるように協力はするから。でも、アンタは真の目的を忘れていないか? そんなんでいいのかよ」
「……大丈夫です。銭形はわたしをコチラの住人にするためにこの任務を課したのだから」
「そうかい。とりあえず、ヤル気があるなら、彼に相談してみる事だな」
「……はい」と、いつもの低いテンションへと戻るとアカリはオサムの部屋のドアを閉めた。
だから次の日、アカリがあーなっていることに些か驚きを隠せなかった。
その次の朝、高橋もその妹の多希を早朝ながらに、テーブルに添えてあった手紙の内容に苦悶した。『相談してくる』と書かれた手紙の下記に『アカリちゃん』とひらがなで文字がなんとも幼稚な字で書かれていた。『ちゃん』付けする癖も治すべきだな……。
多希はそのことを兄の高橋オサムに尋ねたが、そのことを知る余地もない。
いつも、朝食は、多希が作ることに決まっている。普段の二人での暮らしの当番は、金稼ぎ以外はすべてが妹が賄っているが、それは二人が話し合って決めた内容とは異なる。
一応、食事以外は当番制になっており、高橋もたまにはトイレ、風呂掃除やゴミ捨てや、部屋の片づけを行うことがあるが、言われなくても多希は日程問わずにやってしまう。だから、二人の約束事はあるようでないようなモノだ。
そして、テレビを付けるとあるビックニュースが流れたせいで一気に目を覚ますことになる。それは、昨日あの『IDEA』で見せられた銭形のイカサマのニュースだった。海外の世界ダービンで選ばれて出場する馬のレースでなにかの手違いで出場した日本の馬が世界各国のサラブレットたちを抜き、ありえないスピードで1、2フィニッシュだとか……ガチで冗談にならない話題。
昨日のアレが『夢じゃなかった……』と、滅入るニュースだった。
高橋兄、オサムは消えたアカリのことを考えながら学校へと向かった。
途中、ゲームセンターに置きっぱなしになっていた自転車を回収。このゲームセンターは自転車等放置禁止区域内ではないにも関わらず、放置されていた自転車は草加寄りの駅下にある保管所へと集められる。決められた曜日にゲームセンター側がわざわざ放置されていた自転車を動かしているという噂を高橋は聞いたことがある。
学校の駄々広い駐輪場の一年D組の決められたスペースに自転車を置き、教室へ赴く。授業開始は十時、彼は決められた時間の十分前には教室の跨ぎを潜ることができた。時間十分前には教室で待機をするのが、彼なりのルールでもあった。そして、そこで誰にも邪魔をされないように、携帯ゲーム機の電源をONにする。
次の彼がプレイする『リアルファイト』の予選大会が開かれるのは一ヵ月後になる。それまでに、彼は少しでも完全勝利に近づくために、ある秘策の特訓をしていた。
高橋は勝つためなら、どんな努力も惜しまない。強いて言うなれば、こういう休憩時間での数分の短期集中の繰り返しこそが対人戦以上に必要な集中力、ミスコンを減らすための第一歩だと確信している。
だが、今日に至ってはその集中力を閉じられるような騒音、人々のざわめきが高橋を苛々させる。それが、いつもより一層、芳しくないほどに響き渡る。その言葉がゴミのように耳に入ってくる。
「なんか、スゲー美人がこの教室に転校したらしいよ?」
「まじでか? 美人って、どれぐらい可愛いのさ?」
五月のこの時期に転校生だなんて、少し可笑しな気もした。
だが、家庭の事情だろうと一蹴すると、また小さなスクリーンへと自我を集中させる。だから、彼女の声を聴いたときに、高橋の脳内のSAN値が低下する音が聞こえた。
嬉しいとか、そういう感覚なんて持てやしない。
学校生活やプロゲーマ―としての生活は、銭形から保証をされるべき事案だ。絶対に犯されることのない領域だと思い込んでいた自身が馬鹿だったと、言わざる負えない。
しかも、彼女のあの声は……まるで、昨日話していたあの声じゃなく、あまりに恥知臭のする甲高い発声。
「親の事情でこちらに引越してくることになりましたぁ。芹沢アカリちゃんでーす!」
ゲーム機を危うく地面にたたきつけるところだった。アカリは今までに見たことのない爽やかな笑顔。そして、高橋に向かって、彼女は思いっきり愛情たっぷりに両手を広げて、私の胸に飛び込んで~とでも言わんばかりに胸をそり上げた。
ジャージの収縮性があの節度を知らない水風船のおかげではち切れんばかりに生地を引っ張っている。そして、アカリを釘付けにされていた男性共々が次々に高橋へと怒りの眼を向けていく。
「……へ?」
その目線は、多量の嫉みを含まれていることは理解ができた。
どんなコネを使ったか……知りたくもないが、こうして、アカリはこの高橋のいる総合高校の一生徒として迎えられた。
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