第三章

03-1/2 クソッ!!騙されてまたIDEA

第三章:現実へと戻る代償と、流という少女


 校内でアカリは人気者だった。

 そりゃ愛嬌もあって美人、更にはどんなときも笑顔でキャッチボール。

 どこの高校から来たの? 家はどこ? 部活動は決まった? なんて当たり前のワードが響き渡る中で、アカリはどんな学生たちにも勘違いしそうなほど魅惑な笑顔で応えていた。


「あっちの世界~、オサムと同居中だよ~、部活?なにそれ~」

 殺気めいた目線に気が付くと、高橋はゲーム機をバックにしまい席を立った。

 アカリのせいで、高橋が感じる怨念がいつもの数万倍になった。


 危うくそのまま学園ラブコメなんかの作品にしてやろうかと思ったが、それであるのであれば、是非とも主人公という立場を辞退させていただきたい。

 巨乳のブリッ子属性というのは、高橋はシラケるほど魅力を感じない。


 誰もいない図書室で一人で過ごすことが嫌いではなかった。

 基本的に古本のカビれた匂い、その酸っぱいような嗅覚が高橋は好きだった。


 その室内に端に設置されたテーブルがある。

 その一つ、廊下から誰にも確認されることのないテーブルで授業をサボるのが高橋の日常茶飯事だった。

 この偏差値割れの教室では授業をまともに聞いている生徒は少ない。

 まるで、動物園の猿と同じだと考えたが、それは高橋自身も変わらない。なぜなら、自身もその一部だからだ。あの騒ぎ立てられた教室の一生徒であり、ただ無口な猿として、教師からは覚えられているだろう。


 だから、出席を取ったら図書室でバレないように読書をしたり、イヤホンで携帯ゲームをすることだってある。

 不良のつもりなんかではない。いや、行動はまさにそのとおりだが、教室にはいても何の価値を見出せなかった。


「君のクラス、転校生が来たらしいね」

 座ろうとした椅子には既に先客がいた。


 高橋が、来るや否や、その男が彼へと話し掛ける。

 彼は制服を崩して纏い、中には今では誰も真似はしない法律規定外のパーカー。

 髪形も、この校内では長く、顔は日に当たったことがないと思うほどの不健康な色白の男性。


「……上谷、来ていたのか」

 上谷は目を合わせることもなく、なにかの分厚い専門書に目を通していた。

「君はあまり嬉しくなさそうだね。転校生は男だったのかい?」

 よくも人の顔を見ずにそのことが把握できるなと、感心しながら高橋は彼の前の椅子へと腰を降ろす。


 上谷豊、高橋と同じ一年で、隣のC組に籍を置いているらしい。

 上谷と高橋の二人は、図書委員の繋がりで知り合った。

 不思議と本が好きだという関係で仲良くなれたのを覚えている。


 彼も高橋と同じく、あの教室には居づらい理由があるらしい。

 彼も以前、教師の話を聞くぐらいなら自習をしていたほうがよっぽど身に着くと豪語していた。


 上谷は、中々情報を話したがらない高橋を一度だけ本から目を離し確認した。

 目を合わせるや否か、微笑にも似た笑みを浮かべる。


 高橋は気負けして、本題に応えた。

「女、かなりの美人だ」――高橋は手ではてなマークをつくる。

「それならもっと喜びなよ? まるで、猿でも引っ越してきたみたいな顔ではないか?」

「そんなことあるかよ」


 そんな感じで高橋と上谷は話の愛称はとてもいい。


 先ほどまで高橋は同じようなこと考えていたが、いい例えだと思ってしまう。この高校の生徒は確かに猿に等しく、実際に猿が同級生でも驚きはしないだろう。

 ……いや、言い過ぎた。


「まあ、そんなことより二年の噂聞いたか?」上谷は本を机へと置いた。「あの榊原さんが行方不明らしいね」

 それには思い当たる節があり過ぎた。

「あ……」

 なんせ、昨日の白昼夢のような世界に高橋と榊原は迷い込み、あの迷路のような路地を走り回ったワケだから。


 高橋には、理由がわかっていたが、そのことを恰も知らないフリをした。

「あの人が? どうしてまた……」

「それを知りたいのはコッチの話だよ。

 なんていうか、昨日の夜、ある一年生といつもの鬼ごっこをしていたら、あの南無古の路地裏で彼を見失ったとか……彼といつも吊るんでいる先輩が言ってたよ。

 いつもの一年ってのは君の事かと思ったが、今回は違ったみたいだね」


「……てか、上谷はそのこと知ってんだな」――まさか、誰かに見られていたとは……意外だった。


 高橋は妬けに悪寒めいた寒気がした。

 自分は最初に出会った流佳乃という少女に助けてもらいコチラまで帰ってくることができた。

 あのヤバそうな奴らに追い掛けられたときだった。榊原は高橋を守るために先へと逃げさせた。そのことは、高橋も重々理解している。


 榊原が敵とも言える高橋自身に対して、どうしてこのような行動を取ったかは、どう考えても正当化はできない。――だが、それなりの義理を感じていた。


 ちょうど授業が終えると、次は昼休みになる。

 チャイムの号令とともに高橋は、上谷に挨拶をしてから、アカリのいる自身の教室へと戻っていった。

 教室内は授業以上の活気を取り戻しつつある。

 その中で、アカリは砕け散った笑顔を生徒たちへとばら撒いていた。


「へえー、お弁当いいな~」他人のお弁当をまるで宝石箱を見るかのように、アカリは青くキレイな目を丸々とさせた。

 彼女は入学初日にして、高橋が掴めはしなかった……否、掴みたくもない生徒たちのハートを鷲掴みにしたようだ。

「よかったらコレどうぞ?」と、あらゆる方向からお供え物が増えていく過程には、カワイイは正義を超越した小悪魔的な匂いがする。


 そして、アカリは高橋に気がつくと、今まで以上の笑顔、身体を使った愛情アピール。

「オサムー、ねえ一緒に昼食をたべよう?」

 それを聞いた生徒たちの顔がヤケにひん曲がったのは言うまでもない。


 高橋は誰からも彼女の素性については聞かされていない。

 聞かれる間さえ与えずに教室から逃げ出していたのだからだ。だが、今はそのような場合ではない。


「アカリ、ちょっと来い」

 そう言って、彼女の手を引っ張って教室へと出ると、誰もいない屋上まで彼女を連れ出した。



 屋上の鍵は三年生が一つ千円という破格で販売しているのを高橋は真偽問わずに購入した代物。

 まさか本物だとは彼自身も考えていなかったのだが……。そうやって、代々この屋上の鍵は伝承されてきた。


 この高校の辺りはどこもかくしも田圃だらけ。

 その隣に延びる国道を挟んでその奥に住宅街とショッピングモールが転々と存在する。


 夏を迎えようとしているこのド田舎は、近年の温暖化の遡上効果により、温度はかなり上がっていた。

 最近では埼玉のお隣、東京都から発生される温室効果のせいで、関東地方が沖縄より熱いとお天気お姉さんが言っていた。


「……どうしたの? オサム」

 生徒たちの前から離れると同時に、アカリは昨日までのロウテンションの彼女へと戻っていた。

「……あの猫かぶりの性格はなんだ?」

「ああ」――アカリは携帯電話を取り出すと、「銭形さんが『友達に虐められない八方美人アプリ』を起動しろってウルさくて……」


 疑いの目をアカリが持つ携帯電話へと向けると、そこには確かに『友達作成キット』と書かれているが……。

今は、そんなことはどうでもいい!


「そうか……友達できればいいな」――話を戻し、アカリへ用件を尋ねた。「アチラの世界に戻るにはどうすりゃいいんだ?」

「……一応、『IDEA』への入館パスがあれば、いつでも行くことができるはずですね」

そう言うと、アカリが高橋へと身を寄せてきた

「はぁ?! ちょま…」

 つい昨日の入浴騒動を思い出すほどの近距離。その指先がポケットへと誘導されて……。

「はいコレ、最初にパスワード決めなかったの?」


 高橋のポケットからなにやら古風な携帯電話と青の三角形のシールが出てきた。

「ああ、この携帯電話ってのがIDEAでのパスポートです。それにこのシールはバッヂと呼ばれるこちらの世界で異能力を行使する場合に必要なモノです」


 「そうか……」としばらく高橋は考え込んだが……道具の説明はとにかく、パスワードなんて決めた覚えがなかった。


「あ……ごめん、オサムが気絶しちゃったからわたしが決めといた」――アカリは言い直す。「パスワードを言った後に、鏡やガラスに触れるだけ。壊れてなければ戻ることができます」

 アカリは、屋上ドアに取り付けられたフロストガラスを指さす。


「……んで、パスワードはなんだ?」

「ヴぇへ?」

 なんだか、よくわからないえげつない顔をアカリは浮かべる。

「アカリちゃん、愛してるよ! って叫びながら鏡に触れれば戻れる」

「……アンタ、前から思ってたけど結構エグイよな。……もう、わかった。ちょっとワケがあってあちらに行ってくるから」

「……わたしは着いてきたほうがいいですか?」

「いや、入学初日にサボるのはよくない。あとで教室に顔出すから待っててくれ」

「……うん、分かりました」



「アカリちゃん、愛してるよ……」

そうあまりの棒読みで高橋がセリフを問うと、確かにガラスが光り始めた。

普段の生活を送っていれば、かなりの感動があるはずだが、一つネジがズレるだけでどうしてこうも感情が持てなくなるもんだろうか……。


「それじゃあ、一回行ってくる」――高橋が振り向いた時だった。

 アカリの手には明らかに、蓄音機が握られていた。

「……っふ」

高橋はドン引きを通り越し、人としての何かを説いてやろうって気にもなったが、それを無視し鏡の中へと吸い込まれていった。




 鏡に触れた瞬間、意識がなくなり、一度真っ暗な部屋へと誘われた。

 そして、目の前にはスクリーンなど何も存在しないはずだが、目の前に立体的なスクリーンが浮き出てくる。

 そこには、色々な地名が記載されており、その一つに東京千代田区外神田との名前を見つける。

 高橋はそれに触れると、瞬間に足元が空(から)になった。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」やはり、あの落ちていく感覚。

 そして気がつくと、昨日高橋が現実に戻る際に用いた屋上に訪れていた。


 それは、超高層オフィスビル。


 似たような建物が今の時代の秋葉原にも存在するが、果たして同じ建物であるかを確かめる証拠は確かではない。


 降りていくこの看板には、『UOX』と記述された看板がある。

 この中央通りの裏手は、高橋が休日によく通うゲームセンターも存在するのかも知れない。


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