03-2/3 もうひとつの依頼
さらに追い打ちのように聞き覚えのない着信音。そして、ポケットの携帯電話のバイブになり始めた。それは、先ほどアカリから渡された古風なタブレット携帯電話。
それが、いきなり光り出すと、ここから立体映像で『you get mail』という文字が浮かび上がる。
『おめでとうメール』と書かれたよくあるメール内容だった。
そして、立体映像がなにやら頭のデカい猫のキャラクターへ変わっていく。
「初ログインありがとうございます。私はIDEAの案内人、チェルシーです。今回のログインボーナスです。細やかながら、高橋様に似合いそうな服装を準備させていただきました」
そう一度チェルシーという猫のキャラクターがぺこりと頭を下げると、なにやら高橋への何かが包み始めた。
「うおぉ……」
それは一瞬、どういう仕組みなのか理解できないまま、高橋の身包み剥がされて良くも分からないブカブカした服装に変わる。
チェルシーは尚も話したてる。
「尚、ログアウト時に元の服装に戻りますのでご安心を! それでは楽しく愉快なIDEA LIFEしてください~」
そういうと、薄れていくように猫は消えていく。
そういうシステムはどこも変わらないのだなと、高橋は感心と唖然とした静けさを感じつつ、またポケットへ携帯電話を戻した。
銭形が本拠地とする『3339美術館』へと歩いて向かった。
街の中は、昨日と同じく新人と呼ばれる人間、またはNPCが歩いてはいたが、昨日のように指でさされることもなければ、変な集団に追いかけられることはない。 だが、中央通りには舞空する車両が飛び回っていた。それでも、昨日と違って通常の道路には車は走行しておらず、誰もが中央通りを歩き回る。おそらくコレがあの時代の歩行者天国という制度だろうかと高橋は考えていた。
その中央道路、この時代のコスプレという昔のサブカルチャー文化の人々。知らないマスコットキャラクターやなにかのアニメのキャラクターが町中を闊歩している。電子看板には、それまた見たことのないロゴや会社名が立ち並んでいた。
銭形のいる美術館に到着するのにはそこまで時間は掛からなかった。
ただ、入館に少し億劫した。なぜなら、この時間には店が開店しており、入口には店員と思われし従業員がいる。だが、ココまで来ておいて引き返すワケにはいかないと、高橋はその自動ドアへと赴く。
「……あ、スミマセン」
「どうしましたか?」従業員の女性は、客として訪れた高橋に笑顔を向けた。
「銭形……という方にお会いしたいのですが、中に入ってもよろしいでしょうか?」
「銭形ですね? いつもの事務室に彼はいらっしゃると思います。どうぞ、お入りください」
彼女は、手を奥の方へと施す。つまり、勝手に会えということだろう。
一度頭を下げ、そのまま例の部屋へと進んだ。まるで生きた人間のように喋っていたが、その従業員が普通の人間なのだろうか? 流が昨日の教えてくれたNPCという存在の可能性だってある。
今現在、電子脳は普通と見なされている技術の一つではある。
情報を凝縮する技術は、日本の得意分野と言える。ある日本人が人間の脳とほぼ同じ電子伝達のできる肉体電子版を作り上げたことで第XX回ノーベル物理学賞を取得したのが20XX年である最近の話。その技術の応用であらゆる脳を媒体とするホルモン異常の疾病や五感異常に役立つとされているが、世間では賛否両論がある。
記憶や記録という分野でも同じことが言える。
人の思考レベルを忠実に再現した回路は、ただ記憶、記録を合わせるだけでは再現できない。あらゆる方法で人は記録をし、忘却をする。その過程を一から説明したらキリがないが、二十一世紀初頭にこのような人間の思考を取り込んだNPCが存在したのだとしたら、今の技術より以前にそのような技術があったとも言えるのではないだろうか。
そして、この技術があるとして、それを放棄したこの国はいったいどんな考えの元にそうしたのか色々と疑問だ。
あの事務員の女性の仕事ぶりとは逆に、事務室では、銭形は真昼間だというのに日本酒を瓶をそのまま煽っていた。高橋は入るや否やその匂いで鼻がやられる。そのまま、汚いものを見る目で銭形を睨み付けた。
「銭形、アンタ約束を忘れたのか?」
持ち上げた酒瓶を床へと置いてから、銭形は高橋の顔に嫌な笑みをした。
「ああ、もう来る頃だと思っていた。榊原の事だろ? そうカリカリしていると、血圧が上がるぞ?」
「なんで、奴は現実に戻れないんだ? 二人とも帰れるんじゃないのか?」
「開放する約束はしたが、アッチに帰すとは一言も言っていないハズだよ? それとも、君が考える『開放』の中には榊原君が現実に戻ることが含まれていたのか?」
高橋は、流石にその態度に苛々し始める。
出会った当初から人の揚げ足とる態度をよろしいとは思っていなければ、一言二言挺してそれでも繰り返すようであれば一発殴ってやろうぐらいには考えていた。
「いや、冗談は過ぎたのは謝ろう。……すまなかった。ただ、君が一人でココに来てくれるように仕向けた。それだけが目的なんだ。君にもう一つ頼みたいことがあってね。君にしかできないこと。そう言っても君は既に忘れているらしいが……」
「よく話が分からないな……」
その矛盾にもとれる願い事の意図が高橋にはわからない。
「そうだよね。なら、本題から語らせてもらおう。君は、現実の世界で『流』と会ったことがあるよね?」
意外な発言に高橋は眉を顰める。
「余計に話が読めないが、僕が流と現実で会っていないかだって? アンタは理解していると思ったが、昨日あの子とは初めて会ったんだ。彼女の秘匿品の鏡によってね」
もう既に知られている悪行を白々しく語る。
「そうか。君はまだ気づいていない様だね。流佳乃、カッコ偽名少女は、一年前に急にこの世界に訪れた少女だった。我々は彼女の正体を暴くために日々彼女の情報をハッキングしたが、彼女の情報はあまりに不思議でね。これを見てくれ」
銭形は、一枚の資料を向ける。
そこにはプロフィール表と思われる紙面に、何やら異国言のような文字が綴られていた。
「どこの言葉だか、読めませんね……」
「読めないのも無理もない。それは、どこの国の言葉でもない。特定不明感知不能文字だからな……」
そりゃ読めるはずがないと、頷くしかない。
「――だが、昨日だ」銭形が真に触れたいのは、違うことだった。「俺は『千里眼』って呼ばれるココでは珍妙な異能力保持者なんだが、高橋くんと流が出会ったときに、流の破調から『ある電波』を感知できた。それは、認知に対する脳波……とでも言うべきか。人は無意識に目の形、鼻の大きさなどからそれが誰かを認知する作用がある。それが、高橋くん、君たちが流がコンタクトしたとき、それが発生したんだよ」
「僕と……流が知り合いの可能性が高いということか?」
銭形は軽く頷いた。
「理解が早いと助かるよ。それで、君の身の回りの人間で彼女に似た……そういう人物は存在しなかったかを教えてもらいたいんだ」
教えるも何も……そんな、溌剌とした少女の友人なんて高橋には覚えがない。中学の顔見知り程度ならまだしも……。だがその場合、選択肢にキリがないのは明らかだ。それに昨日のアカリの美少女化のような変装も含めたら、検討できるハズがない。
「……とにかく、僕に覚えがない。そもそも、コッチとアッチの世界では見た目も性格も違うじゃないか? もし、仮にも僕の知り合いにいたとして、彼女の正体を探すのなら彼女の本当の姿を知る必要があるんじゃないか?」
もし、本当の姿が分かれば高橋にだってそれなりに試行錯誤する方法がある。覚えていなくても卒業アルバムを見れば、探すことができると、考えていた。
「……あ」銭形は悩みながらも、一枚の写真を持ち出した。「あるにはあるんだが、見ない方が身のためだがな……」
そう、一度は渋らせる表情をした銭形だったが、高橋は躊躇もなくその写真を確認した。そして、後悔。すぐに目を反らす。
その写真が少女の裸体が露呈していたからとか、そんな陳腐な理由ではない。その少女は、少女というかは……酷い様態を醸し出していた。まるで、体半分が火傷か何かで染められた様子。それは人間と呼ぶべきか、体半分が紅の悪魔に憑りついているようにも見える。
「こんな写真じゃ彼女が誰かさえわからないよね。今の彼女は、義体(アバター)を用いて以前の姿とは全く違う形をしている。この写真はコチラへのログイン当初の写真だ。今の彼女は今の医療技術であれば、傷は癒えているはず。ただ、あぁも酷いとなると皮膚が再生したとしても、古い皮膚と新しい皮膚でまるで霄壤の差ほどあるからわかると思ったが……」
それには納得がいく。
高橋は先月偶然『指や臓器でさえ三日で再生する医療』がテレビ番組で紹介されていたことを思い出される。だが、その技術は完璧であるが、それはあくまで新しい素材に過ぎない。
今まで残っていた年月が経過した肌と同じ肌が再生するワケではなければ、ツンとした真新しい肌ができるのは当たり前である。それは、月日の流れで簡単に馴染んでいくが、けっして同じにはならない。
「アカリちゃんにも伝えてあるから。あ、それとコレ、アカリちゃんが忘れた携帯電話ね。アイツ、朝も来たのに忘れていっちゃうから困ったよ」
そうは言ったものの、高橋は流の正体を探ることに違和感がある。
「――どうして、流のことを調べる必要があるんだ」それは高橋の流に対しての同情だった。「だって、彼女はここで生きていくって決めたんじゃないのか?」
高橋の脳裏にはそのとき確かに一人の女性と流の人生を重ねて考えていた。
それは、高橋が以前、中学で自殺を試みた一人の少女のことだ。
「流は、おそらく現実で生きれなくなったからコチラの世界で暮らしているんじゃないか? そうだとしたら、アンタたちが流にしようとしていることはタダの嫌がらせ……それと同様の行動のように見えるけどな」
語りながらも、高橋は自身が言えた事かと半信半疑になる。
決して虐めを賛美したいワケではない。だが、誰もが自身を守るためには時によって必要になることもある。そう、イイワケをする自信を殴りたい気持ちに駆られる。
「それはどうなのかな……?」銭形は翳むように高橋を見る。「プロゲーマ―の君に言えたことじゃないけど、まさにこの世界は現実逃避に近いとは少し思わないか? 流もソレには例外ではない。いずれこの世界を離れなきゃいけない時が訪れる。そのときに準備もせず追い出されるのと、今のうちに現実での生き方を教えるのでは全くワケが違うとは思わないかい?」
あの口からそんな正論が飛び出るとは思えなかったが……。
それは、銭形がこの地域の『社会更生委員のリーダー』としての立場から、彼女を現実に生きれるように更生したいという理由だった。
「少し余談になるが、君にアカリを頼んだ理由、分かるよね?」
そう言われると、押し付けられた身でありながらも高橋は軽く頷くしかない。
「まあ……それぐらいは分かるけど」
「あの子、アカリは『IDEA』育ちなんだよ。そんな子が自分から現世で暮らしたいって言いだしたんだ。彼女は君と同じく親はいない。頼れる親類もいない彼女は自身の身を守るためにずっと子供の容姿になっている。この世界では子供のフリをすれば、特待が受理される。たとえば、食べ放題だとか、電車のタダ乗りだとか……まあ色々だね。だけど、それは彼女の能力。彼女の一番の特殊能力はもう知っているのか?」
「……催眠術か?」
「彼女の能力は催眠術という類ではないのだけどね……。アカリの能力は『光(レイ)』彼女の名前そのものが異能力になる。そして、NPC、新人問わずに『光』によって相手を欺くのさ。例えば見えている景色を少し変えるだけで相手を妖かすことなんで簡単なこと。だけど、現実では規則違反……からね」
なんて便利な能力……と、一つ謎が解けた。
「……だから、あいつと風呂に入ってたのか」
「――ん? 以前なにかあったのかい?」
「いや」あのことは口を裂けても言えるはずがない。
高橋は大袈裟にアカリのことを語る銭形に、正直親バカにも似た過保護思想を重ねたが、だったら自身でヤレとツッコみたくもなった。
しかしながら、銭形の更生者としての立場を見直す必要があるかもしれない。
「要は、流がコチラに依存しすぎないように正体を探る……そう考えていいよな?」
銭形の顔が満面の笑みとなる。
「そのことは流本人には秘密に頼むよ? でも、一番の目的は、流が現実での世界に帰化することね。一応、この『社会更生委員会』の目的はそれだから」
銭形の思想に、高橋は違和感を感じつつも、それ以上気の利いた台詞を吐くことはなかった。
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