03-3/3 少女たち、今を生きる
その後の銭形との話し合いで、流にもう一度会いに行くことになった。
高橋自身、一応色々と助けてもらったのも確かだし(どう考えても被害者は高橋であるが)彼女にはそのお礼的な事を言うべきだとも考えていた。
いつの間にかに時刻は高校の一般授業が終了し下校し始める午後四時を過ぎている。銭形が言うには、この橋の辺りで待機していれば流はココへと訪れるらしい。
『IDEA』という世界にも教養を教える設備が備えられており、申請をすれば授業を受けることも可能。流はこの先の教育施設に毎週通っているらしい。
IDEAではサービスが終了したにも関わらず、インターネットを用いて時代ごとに必要な教養が受けられるように情報統括が進められている。
高校通学過程では普通科教育だけでも『基礎』『普通』『特待コース』と別けられており、本人の希望でどの授業にも受講可能だとか。
人数に枠が存在するが、サービスが終了した今のこの世界ではそもそも『新人』の数も少なく、どの講義も受け放題、受講料も無償で行っている。
ちなみに流は、その一番下にあたる『基礎課程コース』に在籍している。
昔も今も当然ながら、誰もが平等に受けられる教育制度を汲み取った形が実現されている。
高橋が聖橋と呼ばれる高架の下にある電車を眺めている間にも学生と思われる生徒たちが語りながら、一人ボツボツとだったり、まるで普通の人間生活をしている旧人と変わらない姿で下校をしていた。
制服は自由制なのか、着用しているらしい生徒もいれば、私服で通っている生徒もいる。
「――あ」流は学友と共に歩いている中で足を止めた。
下校する流が橋で待つ高橋に気がつくと、小さな声が漏れた。
流は驚いたのか、学友に一言断り、高橋の傍まで駆け寄った。
昨日のセーラー服とは違い、ボレロという制服姿とローファーを履いた学生の容姿。
「もう、アッチには戻れたの?また、こちらに来たんですか?」
「まあ……アンタにまだ感謝もしていなかったしな」
もちろん、それは嘘ではない。思えば、一言も言えずに昨日は流と別れてしまった。真の目的とは別に彼女に不器用ながら親切にしてもらったお礼を言いたいのは本当の事だ。
流が、一瞬戸惑った顔を見せる。
「――え? そんなの別に大丈夫なのに。あ、でもせっかくだからこの街を一緒に歩きませんか? そのときに紅茶の一杯や二杯を奢ってくれるのであれば、嬉しいかも」
指折り数える感じで、流は次々と願望を語るが……。
「……あ、ゴメン。そもそもPTって言うんだっけ? それの使い方もあるのかもさえわからないんだ。てか、ないかも」
「――え?嘘? 高橋くんってそういうゲーム的なことならなんでもお見通しって思っていたから……。この世界に訪れるときに携帯電話みたいのを渡されなかった?」
高橋は、ああ……と思いながらポケットを探る。
そして、今日訪れてから来航一番に確認した携帯電話のようなモノを取り出した。
「このボタンを押せば見れるんだよ?」
肩があたり、流の顔がくっつきそうなほどに寄せると、高橋は少し赤らめた。
彼女もまた、自身の性別の自覚をしていないのではなかろうかと高橋の理性を苦しめる。
彼女が立体映像にいくつか表示された『持ち物』というリストを触れると、そこには『戻る』という表示の横に、桁外れの数字が表示される。
「……え? 嘘でしょ?」
一目見ただけでも数千万PTは確認できた。
「ここでのポイントってどういうふうなんだ?」
「一応、現実世界と全く変わらないよ? 違うとしたら、消費税が掛からない価格設定ぐらい」
ということは、このPTは高級車や一軒家が建てられるほどのってことになるのだろう。
おそらく、銭形が応酬の代わりにこちらのデータにPTを入れ込んだのだろう。が、できれば現実世界での現金で貰いたかった。
「それより流、あの友達を待たせていいのか?」
後ろで待機していた小柄な男の子は、さっきからコチラを覗くように見ていた。
とにかく待たせるという行為を高橋は好まない。
「え……あ、うん」
流は軽くおいでというふうに男の子を手招きすると、コチラにぴょこぴょこと跳ねるように彼はやってきた。
「紹介するね。彼は昴流くん。一緒に学校を通っている子なんだ」
そう説明すると、昴流と呼ばれた子は頭を深々と下げる。
「はじめまして。流様の学友をさせてもらっております。昴流という者です」
一音一音をはっきりとした聞きやすくキレイな言葉で昴流は自己紹介した。
彼は、とても言葉で説明しにくいが……とても少女趣味のショタと呼ばれる部類の男の子に見える。
まさかな……と、流に幻滅した目を向けた。
「アンタ……、NPCだからって変な調教しているんじゃないよな」
「……少しぐらい許してよ? ここまで究極な女心を擽る男の子なんて現実でも存在しないでしょ?」――白々しく目線を合せようとしない流。
「どうしましたか流様?」
まるで、揉める二人を心配するように、昴流は頭を傾げる。
その瞬間……、流が高橋を吹き飛ばし、昴流を抱擁。まるで、犬か猫の扱いのようにスリスリしている。
「なんでもないよ~? 昴流――」
その突き出た兵陵が昴流の顔を揉みくちゃにする。それには彼は、「――やめてよ~流様ー」なにかお決まりな方言。コレも調教したのだろうか?
まるで、お殿様に帯を外される女郎みたいな拒否の仕方。それでは、彼女の欲に火種を付けるだけかもしれない。流の鼻がエロオヤジのように伸びていたが、それ以上彼女に掛ける言葉を見つけることもなく、流の興奮が収まるのを見守ることにした。
なんか……、リアルでない友達って悲しいな。
収まった後、流と共に中央通りに近い外神田という場所まで歩くことになった。
そこまで行くと、話すには打って付けの喫茶店が何店か点在する。
ただ、命の恩人に出会ったところで、悠長に言葉が次々と出るワケではない。
そんなことを考えていると、何故か知らないが、最もらしい繋ぎが見つかるハズもない。
「流は、今の学校が楽しいのか?」高橋は、流へそんなことを尋ねていた。
「――ん? そうだね。楽しいって言ったら、嘘になるかな? でも、なんか、学校には通いたいってね」
「どうしてだ?」
「高校ってさ? 中学の延長みたいな感じじゃん? 好きだとか、嫌いとかそういうのじゃない。うまく口にはできないけど、そういうのって生きている限り逃れられないことじゃないのかな?」
「そうなのか?」
「そうだと、思う」
そんな他愛のない会話をしながら、終わりゆく街を歩いていた。
IDEAから戻ると、高校の屋上は夕空が広がっていた。
外からは部活動に励む生徒たちの声。近くの体育館の明かり。そして、目の前にはアカリが立って待っていた。
彼女は、高橋を見つけても尚、長身不動に目の前の夕立を眺めている。
「……陽は沈むのですね」
なにか哲学のようにも聞こえたが、アカリはそのままの意味で感動しているのか、その目はボーっとしていて微動だにしない。あの東京では、陽が沈む様子なんて確認できないし、そこまでキレイに映ることもないのかもしれない。
「こんなので、キレイって感じるのか」
「……オカしいのですか?」
「もしこれで感動するのであれば、海から見る夕日じゃ、心臓が飛び出て来るかもな」
「……海って、川の最大級のことですか?」
「……川が流れつく場所な。
海から見る夕日は、何も邪魔する建物がないんだ。
地平線ってのに赤い夕陽が吸い込まれていくと、海一面にその赤色が広がって、世界がまるで違って見える……そう、僕も一度しか見たことないけどね」
「……そう、どうして過去を残したままのあの世界より、未来の夕日のほうがキレイなのですかね」
昨日と同じ質問だが、高橋なりにアカリへわかりやすい言葉を考える。
「世界は広いからな……。
そんなことしか言えないな。ここの夕日もそこまで綺麗とは言えない。ただ……」
「……どうしました?」
そこで、高橋の言葉に詰まってしまう。
コレよりキレイな景色、それに勝るモノがあったとして、今アカリが感じている感動は、取り換えのきかない感情な気もした。だから……
「いや、遅れてすまない。もう家に帰ろう」
それ以上アカリに不躾な言葉はいらないと、そうとも思えたのは確かだ。
そして、家へと帰宅する頃には、外は闇に覆われていた。
途中、アカリへの新しい新居の手配を銭形に願い入れようとしていたことを忘れていたことを思ったが既に遅い。
どちらにしても、今日一日では無理なのは承知。なら、そのことについていつ尋ねても変わらない気もしていた。
家に着くと、居間でアカリは突然高橋と目を合わせる。
「いやだ」
「は?」――その理由が上手く理解できない。そもそも、主語がない。
「……オサムはこんなに待たせました。
なんでも一つ言うことを聞く権利があります」
なんだか、王様ゲームに駄々を捏ねた子供が言いそうな言イイワケだと、高橋は考える。
確かにそこまで帰りが遅くなるとは思わず、彼女を高校に待たせたことに雀の涙以上には責任は感じていた。
そもそも、時間の約束について正確にはしていなかったが、とにかく時間に対しての約束事には責任感を抱いてしまう。
今回のケースも例外ではない。
「それで、どんないう事をして欲しいんだ?」渋々要件に応えようとした。
「それでは、わたしと家族になってください」
二人の間に暫く沈黙の争いが起る。
アカリがどういう意図でそれを言っているのか、あまりに彼の理性を壊す発言だ。
「……あのな? 家族ってのは……そうだな、どうして家族が欲しい?」
「友達が、家族から弁当を作ってもらっていました。わたしもそれがほしいからです」
「……あー、それなら、多希に頼んでみるんだ」そんな理由かよ!
「じゃあ、オサム、違う御願いをしてほしい。
わたしにマッサージしてほしい」
そうアカリは、仰向けにソファーに寝始めた。
それっきりビクともスンともしないアカリは、ネジが落ちたように天井を征していた。
そうなると、彼女はあの例の催眠術を使用してでも高橋自身に命令をさせる可能性もある。
それならば、彼女の言うとおりに行動するのが無難だろうと、彼女へ近づいたが……。
「……うつ伏せになれよ」高橋の米神に卍マークが浮かぶ。
仰向けでマッサージとか、アカリが考えていることが理解できない。
強いて言うのであれば、なにか行為的なモノを誘っているようにしか見えない。
「……いいから」
仕方がなく、高橋は彼女の股の間へと身をいれる。
「それで、どこをマッサージしてほしいの?」
「……胸」
はい、怒涛のストレートはいりましったー! 高橋は、あまりに破廉恥な言葉に顔を赤らめて目を背ける。
「んな、バカか……。アンタは自身が女性で僕が男性であることを自覚したほうがいい」
「なんなのそれ? たまねぎとにんじんの違いならわかるけど?」
「ちがうのだ!」
「……なんだかわからないけど、このアバター肩や胸が凝って仕方がないの。それに胸が邪魔……。
揉んで凝りを和らげてほしい」
それを男性の九割に言ったら勘違いされるぞ。
ちなみに女性の九割は嫌味に思われるぞ? なんて口にできるはずがない。
アカリがなぜ身体が凝るのかも想像がつく。おそらく、今まで新世界と呼ばれる世界では、幼児体形のアバターを身にしていたのだろう。
なんて便利な……と考える反面、彼女の純粋さにグーの音も出ない。
そう考えれば、仰向けで、あの水風船を重力で潰している理由も納得ができる。だからというワケではないが、そのアカリに対して発情するのは、自身の欲望の強さだと気がつく。その発情がまるで鼓動のように膨れ上がる音がする。いや、もしかしたら自身の心臓の音かも知れない。
間違えなく高橋は彼女のその姿に女性としての魅力を感じてしまっていた。
「いや、少しだけな……」
それが、高橋がその欲情に負けた結果だ。
アカリの股の辺りに膝を掛けて、彼女の肩を掴んだ。その手で強く彼女の肩を揉み解していく。
「……ぁ」小さくアカリは吐息をした。
その音を聞き逃さなかったものの、それを無視して彼女の力みを解すことに専念する。
少しでも気を緩めてしまったら、大変なことになる。
そんな気がしていた。その漏れるような声の先にはなにかを抑えるように目を細めたアカリの眼差しがある。
その次の瞬間、アカリは手をまっすぐ天井へと伸ばす。
「……もう、我慢できない」
アカリはその手を、高橋を抱えると、そのまま高橋を抱き寄せた。
「な……なにやってんだ、アカリ」
「――わからない! なんか、胸が苦しい……」
そう言いながら、アカリは高橋のアチコチへと噛みつく。
「――ただいま……あぁ?」
その時、ちょうど帰宅した多希の目がまるで信じられない真実を知ったように丸くなった。
口があんぐりと開き、高橋オサムは多希を凝視。できることなら、時を戻したが、そんな魔術は存在しない。
おそらく、アチラの世界では探せばあるのかも知れないが……。
その姿は、どこからどう見てもアカリを今から襲う狼の姿にしか見えない。
イイワケもできずに事情検証。部屋を別々にされる。
アカリが事情を話してくれたのか、多希の強制捜査は終了して、彼女は夕食の支度を始めた。
高橋オサムは彼女たちからの呪縛から逃れ、一番風呂へと入浴していた。
湯気が際立つ浴室で、アカリのことや流のこと、そして、流の正体について考えていた。
彼女をそのままこの家に泊めているワケにはイカナイのも確かだが、それ以上に引越したとしても、そこでの一般常識としての人間が保つことができるだろうか? 食事やゴミ出し等もそうだが、一番に人間関係を含む私生活が、だ。
アパートを借りるのであれば、お隣とのコミュニケーションも多少必要となる。
迷惑を掛ければ謝らなければならないし、時には逆の立場になった場合は耐えなきゃいけない時もあり、それが伝達していく場合は、自己防衛のためにも訴えなければならない時がある。
アカリという身体だけが成長した子供にそれができるのか、高橋は正直不安で仕方がなかった。
高橋は、そんなことを考えながら風呂から上がると、またしてもアカリが、あの夕方と同じように立っている。
そして、なぜだか次は夕日を見ていた笑みを彼へと向けた。
「……オサム、ありがとう」
その隣に多希が立っていたが、彼女はその姿になんの文句を言うことはなかった。
「……な、なにかあったのか?」躊躇しながらも、高橋は、多希へとワケを聞いた。
多希は、少し迷いながら「昨日、注文していた物が届きましたよ?」それだけ言って、台所へと戻る。
高橋はハッ……と、昨日注文していた物がなんなのかを思い出した。
彼は昨日、どうせ買い物する暇がないと思い、ネット通販である物を注文していた。
それは、アカリが何日も家に宿泊することを知っていたから、仕方がなく注文したモノだった。
どうせ、女性なのだからピンクで猫柄がついたので良いだろうと、高橋は光へ一式布団を注文していたのだ。
「あんなんでよかったのか?」
高橋は少し照れながらアカリへ尋ねると、彼女は今までにない無邪気な笑顔をした。
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