第四章
04-1/3 IDEAシステム
第四章:夢の中、いつか覚める夢
裏の職業案内所で御祭りの神輿担ぎの募集している地域がある。
『IDEA』では、何かしらの仕事をしなければ、一年に一度の入館パスポートの更新が不可能になる。
別の仕事でもよかろうが、あろうことかアカリが勝手に祭りバイトのエントリーを済ませていた。更に言うとドタキャンはそれなりに罰せられる。
仕方がなく、二人は祭り男たちに挟まれて揉みくちゃにされていた。
このIDEAという裏世界は『社会更生』『医療』『ゲーム』の三分野に別れており、ゲームと社会更生の閾が混じり合うところに仕事というカテゴリーがある。
ゲーム感覚で社会更生としてカリキュラムも受けられるように運営が試行錯誤した結果だろう。
インターネット社会に広く見られる内向的な思考に陥る可能性の脱却、リアルに近い人々の交流が視野にいれらている。
男たちがむさ苦しい中を中央通りに、金箔の神代が通る。
その間に挟まれて高橋もアカリも「エイヤ、ソイヤ!」とワケの分からない掛け声で担ぎ棒に掴まる。
アカリは『IDEA』という架空現実では幼児体形の姿へ戻ってしまっている。そのせいで、棒に掴まるので精一杯どころか……ブラさがって邪魔をしている。
彼女はこの行事に参加することでもらえる法被が欲しかったらしい。
この裏の世界に訪れて知ったことだが、衣類の着替え方は携帯からの操作一つなのだ。
アカリが以前、公共野場で破廉恥にも着替えさせてくれと頼んだ理由が重々理解できたが、ここまで便利だと逆に人間性を損なう気がしてならない。
中央通りには各町内の神輿がたくさん集まってきている。
ココまで来れば目的地である神田明神まではあともう少し。
平将門が祭られたこの神社はここ神田一帯を守る神様でもある。三年に一度、家内安全、交通安全祈願等を願うのはIDEAでも変わらない習慣だ。
神田明神に神輿を担ぎ、代表の親方が一人神輿へと乗り、神田明神の神主に祈祷をしてもらい、最後に神輿に乗ったリーダーの三本締めで閉めるのが通例らしい。
ただ、神田明神に到着してからが長かった。
千代田区内、沢山の神輿が一斉に目的地を目指すため、入り口付近は大変混雑している。
また、それを見に来る観客も尋常の数ではない。とにかくあまり人が多いのが好きではない高橋にとって、肉体的にも精神的な障害となる。
「――高橋くーん!」
人混みの中から、流とその友達の昴流が手を振る。
横目にウザッと考えるほど、見られる側は楽しいとは言えない。
こんな初夏に近い日差しの中をここまで連れまわされたら、誰だって心が病む。清めるための儀式が、なぜか高橋にとっては灼熱の地獄でしかない。
「なんでアイツらは見ているだけなんだ……?」――思いっきり嫉みしか出てこない。
「……そりゃ、流は『ゲスト枠』ですから。彼女の隣の男の子はNPC、社会更生制度には引っかかりませんからね」
「ゲスト制度ってなんだ?」その台詞は聞いたことがない。
「そうですよね……。言うなればハンディキャップとでも言いましょうか? 『IDEA』の三大制度について、知ってますよね?」
「ああ、一応には」
それは、高橋がある設備に行かされたときに聞いた話だ。
申し込みの際に(勝手に申し込まれていたワケだが)一度、就職支援活動の設備である『ハロージョブ』というなんともネーミングがアレな施設に訪れたときの話だった。
「『社会更生』『医療』『ゲーム』を目的とした拡張現実内では、『医療』という分野で現実で障害がある者はIDEAでの就職が免除される。
それに、歩けない人間が歩けるように、目が見えない人は見えるようにとステータスが変更されるようになっているんです」
それを聞くと嫌でも流が働かなくても済む理由が理解できる。ついこないだ銭形から例の写真を見せてもらったばかりだった。
「まあでも、色々問題があるんですけどね。
ステータス補正がチート……」
「どういうことだ?」
「……一言では言えないんですけどね。例えばですけど、歩けないって人間にも過度があるじゃないですか?
骨折で歩けないとか、捻挫であるけないとか、ただの関節痛だったり……その都度、それを補うように補正を行うのですが、例えば、完全に歩けないっていう最大値になったとき、どうなると思いますか?」
「歩けるようになる。それだけじゃないのか?」
「普通だとそう考えますよね? ですけど、そうではないんです。
そのステータスは、MAXに設定されてしまいます」
「……まあ、チートだな」
人々の能力にはパラメーターというのが存在して、その能力は元の人間の身体能力に依存する。
その能力値は世界で一番上の呼ばれる人間を基準に500としている。通常で最大値は999だと、聞いた。
「ですけど、本当にMAXを出したら物理法則のダメージを受けます。
物理法則で幾ら叩かれても死なない世界ですが、教会に運ばれるぐらいは覚悟したほうがいいですね」
高橋は死なないというワードに思わず固唾を呑む。
この世界には『死』そのモノが存在しても、『事故死』『病死』という概念は存在しない。
前回、流がどんなに叩いても、死ななかったのはそのためだ。
ただ、『ゲーム』分野では体力というゲージが発生して、そのゲージが0になると、勿論死ぬ。
死ぬと言っても、ある一定の場所(教会など)に運ばれるんだとか。
しかも、運ばれる場所を宗教によって変える事ができる。
仏教徒なら寺へ、十字架教ならお茶の水にある某教会へ、無宗教なら公園のベンチという設定もできるらしい。
「なんか変なところで大雑把で、妙なシステムだけが細密だよな……」
感心しつつも、ゲーム内だからと言っても、そこまで細密にできた死を味わいたくはなければ、そんなミツバチの毒針じゃあるまいし、自身の能力で自害するのはゴメンだ。
考えただけで悍ましいことだが、光は、この『ゲーム』での死を何度も味わっているらしい。
逃げる方法として最適らしいが、正直に理解したくない。
アカリは、銭形の手伝いをするまでは、『IDEA』内で年齢詐称や食い逃げ紛いの事を何度も繰り返していた次元犯罪者だったとか。
そのことを合わせて考えると、彼女が如何にアホらしいことをしていたか嫌でも想像がつく。
「……そんなことよりもですよ」
アカリは、前の神輿グループが長い三本締めを何度も繰り返す中、話を切る。
「流の正体について、なにかわかったのですか?」
「思い当たる人物はいるにはいる……確証はない」
コチラが所属していた町内会の三本締めが終えると、そのまま二人は上野方面へと帰っていく。
仕事を終えると、打ち上げにも参加していくかと町内会の若い者(若いと言っても二十か三十代)に聞かれたが断り、そそくさとこの場を立ち去った。
チートほどあるPTで、そこらへんにあった自販機で喉を潤してから、銭形のいる美術館へと向かう。
今日は、千代田区社会更生委員会の全会合がある。
高橋は初めてのことだが、アカリが言うにはそこまで大した集会ではないらしいが、本当だろうか。
いつもの入り口のスタッフに声を掛けてから、銭形のいる事務室へと伺った。
あのキレイな美術館の内装とは打って変わって、急遽陰湿な薄暗い部屋が訪れる。そして、以前と違って部屋中にバラまれた何かの資料に包まれていた。
さすがに野良猫が部屋中を引っ繰り返してもこんな様にはならないだろう。
高橋、アカリが部屋に訪れたとき、この部屋には既に複数人の銭形の仲間と思われる人物。流の姿もココにはある。
――その中には、「……ウゲッ」思わず目を反らす。
あの青年、カムイとアギトもそこにいた。
しばらくして、人数がほどほどになったのを見計らって銭形はある話は始めった。
「今、裏世界とアッチの表世界、まあコチラの用語で言わせてもらうと『新世界』と『旧世界』の両方で事件が起きている。
これに目を通してくれ」
目の前に一枚の資料、彼の生活を写したように皺くちゃ汚い。
「今年からなぜか十代二十代の若者の自殺が多くなった。
それは、近年の就職活動の深刻化、受験の失敗、その他に虐めなどによる自殺が原因だと思われてきたが……どうやらコチラの裏での問題があるらしい。
現実とゲームとのギャップ、現実に戻った自分との境がわからなくなる『ゴースト・ロス症候群』ではないかと、俺は踏んでいる」
近頃ニュースで聴く御託だと思ったが、そうではなかった。
「ゴースト・ロス症候群ってなんだ?」それの意味のわからない高橋は尋ねた。
隣でアカリが鼻で笑う。
おそらく彼女からしたら知っていて当たり前の事項なのだろう。
「まあ、無理もない」銭形は説明をする。「例えばだが、ゲームの世界の主人公やキャラクターになりたいって思ったことはないか?」
「そりゃ一度はあるが」
「異世界での自分はこんなんだったのに、現実に戻った瞬間に途轍もない現実を押し付けられる。
それだったら、楽しい世界にずっと居ればいいのだが……ワケがあってIDEAへ戻れなくなった。
そういう人間は急遽生きる気力を失くしてしまう。
言葉じゃそう辛く感じないが、そうした人間が最後に辿りつくのはドコだか思いつくかい?」
つまり、自殺しか残されていない。そう言いたいのは今までの話で把握ができる。
「一応、俺だって根拠もなしに言っているワケではない。この表を見てくれ」
もう一度資料の一番下に書かれた数字を指した。
10921、01236、01101そこには乱数を適当に散り当てた五ケタの数字にも見えた。
「これは上から今年の自殺、または事故で死んだ人間の数。
『IDEA』からログアウト後に一か月以上ログインがないユーザーの数。そして、『IDEA』出身者の旧世界での自殺数……急激にログイン数が増えたと思ったら、そのほとんどが自殺をしている」
「――待ってよ? それじゃログアウトして帰ってこれない人間がほとんどじゃない?」
流が合間みて言葉を切る。
「そういうことになるね」
「……でも、これだけでゴースト・ロス症候群の証拠にならない」アカリが言う。
「まあな。だが一緒なんだよ。XX年前の事件と……」
意味深な台詞と共に、銭形は煙草に火を付けた。
「XX年前になぜ『IDEA』が販売中止になって、国家秘密にもなったか?
その時代に他に何があったかわかるか?」
「VRゲームで大量の死亡者を出した……」高橋は誰も応えなかったので、口を切った。
「そう! それね。だけど、真実は違う。それで、想像がつくことがないか?
これと似たシステムが今まさに目の前にね……」
「つまり、このAR『IDEA』が原因だというのか?」
銭形は頷いた。
「実は、死亡原因がVRではなく、国家プロジェクトで進められた拡張現実の世界この俺たちがプレイする『IDEA』だとは、誰も考えない。
……いや、プレイすればこちらの方が中毒性が高いぐらい想像がつくかもしれないがな」
「……でも、もしそうだとしても自殺者は増えない。この世界が消えたワケじゃない」
そんな理由で自殺をする人間を高橋は信じたくなかった。
「それを今から説明しようと思う。
……そうね。ただ出入りができるだけなら自殺者は増えない。
現にXX年前の事件は拡張現実を問題視して国家全体が含む強制ログアウトと機能停止によって、そのギャップが『ゴースト・ロス症候群』に繋がったワケだが……今回は強制ログアウトの原因は別にあることになる。
そこで俺は考えた。
犯人は二グループある。『強制ログイン』をさせるグループと『強制ログアウト』をさせるグループ。
または『両方を一つのグループ』が行っている場合もあるが……それはさておき、自殺者と最近の強制ログインとログアウトが頻繁に行われている地域に共通性があるんだ」
そう言うと、次は銭形はスクリーンへと触れる。
そこに写し出された日本地図のある場所に黄色とピンクの点が凝縮されてある地方が塗りつぶされている。
「――越谷……」
高橋が自身が住む街であることを見逃すはずがない。
「だから、三人には高校生という立場を存分に用いてスパイ捜査をしてもらいたいと考えている。
死者が出ている大変な事件だが、他に適任者が存在しない。
それに、俺も頼んでおいて死んでもらっては困るからな。
とりあえず、今のところ目星を付けているのが、この団体、『有栖警備隊』という所謂大昔のチーマーのような団体だよ」
またしても、スクリーンの映像が変更すると、そこには複数の人々の顔が写し出された。
そこに映し出されたのは男女含めて二十人ほどの人物。有栖警備隊の主要メンバーらしい。
「有栖警備隊と呼ばれる十代から二十代が所属するコミュニティーグループ……流はココのリーダーとは、確か仲がよかったな?」
「ええ、以前に何度もゲームに参加したけど……」
「実は彼女たちをどちらかの『犯人』だと疑っている。
彼女の後ろには、『移動鏡』とかの秘匿品を扱っている人間が多いらしいしな……」
今までの腕を組みなおし、不機嫌そうに流は目線を反らした。
銭形は話を続ける。
「セールスに騙されて知らず使用してしまった奴もいるだろうが……。あの入口を生産しているのが彼女たちなら、犯人は市川警備隊のグループで決まりだろう……。鏡の生産現場をアギトとカムイと共に撃破してほしい。……それと問題はアカリちゃんたちだな」
そう、銭形の目がアカリとその隣の高橋へと向いた。
「実は犯人と思われる市川有栖だが、ログイン履歴がない……んだよね」
ログインしていない? それは『IDEA』にはその人物はいないということ。
つまりは現実世界にいるということになる。
そして、リーダーのフルネームに高橋は思わず眉を細めた。
「十中八九間違えはないと思うけど、旧世界で移動ゲートを作っているのは間違えなく彼女だろう……。
こんな真似ができるのは彼女しかこの地域に居ない。
彼女も君たちと同じ高校生。しかも越谷出身だよ。この写真を知っているのか?」
銭形は、スクリーンとは別に一枚の写真を引き出しから取り出す。
その写真に写っているのは、スクリーンには表示させていない人物。
それが、誰だか区別はできない。だが、その顔に、詰まるような記憶が高橋にはある。
「……いや、知っているもなにも、彼女は有名人です」高橋は写真を凝視する。「中学の二つ上の先輩で、我が校最初で最後の逸材と言われた天才バスケットプレイヤーです。彼女が市川有栖なんですか?」
写真の人物はスクリーンには存在しなかった。
だが、それは彼女が『アバター』によって現実での容姿とは変えているのだろう。
市川有栖の『IDEA』の姿は銀髪で、目尻も鼻の高さも何もかも整形でも不可能ではないかと思うほどの大差がある。
「市川は『白銀の剛腕』と呼ばれる『怪力』の異能力者。
すなわち、片腕を怪我している。なんか、裏が読めてきたぞ……」
わざとらしく人差し指を立てた銭形は、いつもの嫌らしい笑みを見せた。
「腕を怪我した超天才プレイヤーと言われたバスケットプレイヤーの市川有栖。
だが、とある事故により自慢の黄金の右腕が使えなくなり人生に悲観。
……その結果、裏の世界で自慢のスポーツができない苦しみを発散する毎日。
だがある日、この裏世界IDEAが消えるという噂を手にして奮起。
だったら、なくならないように仲間を増やせばいいと、『ゲート』を越谷市内に創造し、同志を増やす毎日。それなら辻褄が合うかもしれないな」
「……ふざけないで」近くのデスクが揺れる音がした。「アタイは、銭形さんの命令には従う。
だけど、コチラの世界で苦痛と戦っている人間がいる事を忘れないでください」
スタスタとそれ以上話を聞くこともなく、流は薄がりのこの部屋から出て行った。
そりゃキレて出て行くのは当り前だとか、どうも新世界の住人はそういう感情に疎い。
逆に流は過敏と言えるほど感情という自我が敏感過ぎる。
まるで抑えが利かない歯車のように、彼女は自身の考えを曲げる事ができない。
そのあと、用が過ぎたアカリもそそくさと部屋を出て行く。
高橋も着いて出て行こうとしたとき、銭形は急遽彼へと声を掛ける。
「高橋くん、君にこの写真と資料をあげよう。これは、『IDEA』から現実へ持っていけるようになっているから。それに、アカリちゃんのことくれぐれも頼むよ」
それだけ言うと、ぐうたらな銭形に戻り、目の前を帽子で隠した。
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