04-2/3 次元犯罪者


 銭形からの命令はおよそ三日ほど前の話だ。

 

 埼玉県越谷市という街は、二十一世紀初頭に行われた都市開発によりベッドタウンとして栄えた街だ。

 創立百周年を過ぎた東京メトロに乗れば、約半分もせずに都内に行けるため、次第に人口密度が増加した。


 埼玉で最大の大きさを誇るショッピングモールが存在し、古くから多くの住民から愛されていた。

 高橋は子供の頃、再婚をした母と義父を含む家族と共にこのよく『レークモール』へと訪れた。義妹の多希と出会ったのもここが初めてだったのを覚えている。


 それは戦争前、義父と母が亡くなる前の話。高橋はどうしてもこのショッピングモールを訪れると、亡くなった家族を思い出す。

 だから、あまりこの駅は好きではなかった。

 そんなこと知らずに、アカリはこのドームのように広い建物に圧巻とした顔を見せる。

「……東●ドームよりデカいとは」

 アカリの興奮基準が未だによくわからない。


 確か、あの屋根付きドームが千代田区の隣にある文京区にあったが、現在ではこういう名前ではなくなっていた。

 アカリの音声トーンは低いままだが、おそらくこれでも興奮しているのだろうと、今までの観察上で高橋が知り得たことだ。

 アカリはさっきから携帯電話のカメラ機能をあの建物へ向けている。


 話を戻すが、二人がここに訪れたのにも理由がある。

 このショッピングモールのどこかで、市川有栖の見掛けたという情報を仕入れたのだ。なぜか最近の女子高生丸だしな気もするが、そういうこと銭形はアカリと高橋の二人へと命令を出したのだ。


 そして、訪れたはいいが、彼女の情報は見つかるはずもなく、結局はアカリを連れておいそれとデートのようなことになっていた。

 学校に通っているときからもそうだが、彼女は高橋が隣にいないとすぐに誰か見知らぬ男に声を掛けられる。

 そして、高橋の存在に気がつくと、虫でも見た皮肉めいた顔をして去っていくため、常に傍に居なければならない。


 ショッピングモールの外には大きな湖がある。高橋は以前に狭い路地を逃げ回っているときに急に『IDEA』へと迷い込んだその課程を総合的に考えて、建物外の人通りが少ない場所で『強制ログイン』といった神隠しまがいなことをしていると考えていたのだが……。

 半信半疑だが、市川有栖はすでにここにはいないのではと高橋は考えてはいた。


 いつまで外を散歩していても仕方がなく、一度人通りの多いショッピングモール内で休憩をすることにした。



 高橋は嘆息する。

「ただ買い物に来た可能性もある……。そうは言いきれないか? おそらく」


 おそらくと付け加えたが、ココへ訪れる理由には他に考えられない。

 予想も予想だが、高橋自身が一度『IDEA』に迷い込んだのは狭い路地裏を走っているときが原因だった。

 ここまで人の出入りが激しい場所で人が消えたら簡単にバレてしまうし、それこそ社会問題や警察沙汰になりかねない。


 人々の声が木霊する大幅の通路。


 ソファーに寄りかかり、アカリはだるそうに人々の足取りを眺めていた。

 そして、彼女はある異変に気がつく。


「……消えましたね」


 静かにそう言うと、アカリは携帯電話からバッチを取り出し、自身の手へと貼り付けた。


 現実でIDEAの力を使うにはこのバッチを使う必要がある。そして、目の間への端と端を眺めると同時に、その目を薄っすらと細めて見せた。


「……ここに、何者かが『ゲート』を発生させていますね」


 高橋は、なんのこっちゃと周りを見渡したがわかるはずがなく、そこにはただ平然と買い物を楽しむ大人たちの一間の休息しか映らない。


 アカリがそう語ったせいもあるかもしれない。

 世界がスローモーションに動いていく感覚がした。一秒一秒が気が重く、目の前を闊歩していた足跡の一側一側が妙に甲高く耳障りに残されていく。


 そして、高橋も気がついた。


 目の前にいた四人組の女子高生だ。気がついたときには三人組グループになり、そのまま奥にある映画館へと吸い込まれるようだ。


 その瞬間、アカリは天へと手を伸ばす。


 辺り一面が青写真へと変貌、高橋とアカリだけになる。

 その他すべてが石像か何かのように動きを止め、すべてが青白い寂寥の世界。

 その中で、アカリの『時の束縛』を受けていない人間がもう一人。先ほど女性が消えたあたりから逃げ出すように反対側へと走っている。


 ――いや、『よう』ではなく彼女は本当に逃げている。


「彼女が犯人です。捕まえて!」


 アカリは人混みを掻き分けながら逃げる女性を追う。その姿は、帽子などの変装をしているが当初高橋が中学一年生のときに見た『市川有栖』で間違えはない。


 その後ろ姿を高橋も追った。


 慣れない身体のアカリの脚が悶えるのはすぐだった。

 ぜえぜえとヘバッたアカリを抜き去り高橋は市川有栖を追いかける。だが、彼女はいつまで経ってもスピードが衰えることがない。

 あの天才バスケットプレイヤーに某ゲーム中毒者×2が勝てるはずもなかった。


 それでも、高橋はショッピングモールと駅との隣接地帯まで追いかけていたが、そこで彼女を見失ってしまった。


「……ハアハア」


 揚がってしまった息を整えていると、いつの間にか人々が動き出していることに気がつく。

 普段の騒めきの中、彼は一人駅へと向かうエスカレータの手前で、アカリが訪れるのを待った。


 それにしてもだ。


 さすがスポーツマンだけあって彼女の脚の素早さは尋常ではない。

 男である高橋が全力で走って追いつけない脚力、逃げキレるほどの体力。それは、バスケでいう速攻と言われる攻撃プレイスタイルの一つで鍛え上げられた技に違いない。


 点数を取られた後、即座に点数を奪い返す強さが如何に大切かはどのゲームでも同じことが言えるかもしれない。

 アドバンテージというその差が激しければ激しいほど勝負というのは、敗北という死神の鎌が近い存在なのだから。



 高橋とアカリは、合流した後、元の『ゲート』があった場所へと戻ってきた。


 人が幾人も消えたのに、人々は平然と歩いている不可思議さになにか裏があることぐらいは、高橋にも理解できる。

 柱と柱に取り付けられた悪戯のようなシール。アカリは剥がして、手で捏ねるように丸めてポケットへとツッコんだ。

 それで、応急処置的にはココで人が姿を暗ますことはないらしい。


「このシールの間に『ゲート』ができる仕掛けになってます。

 そして、彼女が通った瞬間、『睡眠術』を使用しているっぽいですね」

「わざわざ人通りが多いところでこんな子細工までして、かなり暇だったのかもな」

「……いえ。おそらくは、オサムが引っかかったような路地裏に仕掛けていた罠だとあまり人が通らない。

 だったら、広範囲に記憶錯乱魔法を使用してでも人通りが多いこの場所、尚且つできれば『新人』が訪れにくい場所を狙って人々をIDEAへと招くほうが効率がいいですからね」


 それは、ハイリスク、ハイリターンな方法だなと高橋は考えたが……。

 そういう、IDEAの知識だけはアカリはヲタクのようにボソボソと雄弁に語る。



 それ以上誰も神隠しに合わないように処置が終わると、アカリは銭形へと連絡をした。


 銭形は、迷い込んだ人間がIDEAに訪れる前に確保に成功。

 彼ら、彼女らは記憶操作後に元いたショッピングモールへと戻された。鏡の前で、何やら神隠しでも遭ったような少年少女たちが、今まで俺たち何をしていたのだろうか? というふうな顔で各々携帯電話で共に来たと思われる仲間たちに連絡をしていた。

 今までその言葉通り『神隠し』に遭っていたなんて想像もできまい。


 無事、彼らを見送ると、アカリはダラしがなく横になり二人用ソファーを独占した。


「……オサム、お願いがあります」

「マッサージは、こんな場所ではできないからな」

「……ッチ」


 そう言いそうなことは想像していたが、なぜかこの口調サンプルに似合わず、彼女の舌打ちにだけは、リアルに最近の女子高生そのものだ。


 諦めると、アカリはその手で二つの水風船を左右から何度もパフパフと圧迫し始める。


「――ヤメロよ? 恥ずかしいから!」

「……ですから、凝って仕方がないですって」


 彼女はコチラへ来て一週間ほど経つがまた肩凝り等には慣れていない。


 昨日の裏三社祭りの際はうんともすんとも言わなかったクセして、現実ではこうも弱体化する。


 先ほどの原理を説明しておくと、アカリは『タイムストップ』と呼ばれる全体時間停止系魔術を発動。既に辺りには新世界と旧世界との物理法則は接続(リンク)されていた。


 この魔術により、魔術抵抗がない一般人はその負荷に抗うことができず、閉鎖空間内での時間法則に則り身動き一つできなくなる。

 あまりに桁外れなことを見せられたところで、逃げられたことには変わり映えしないのであるが……。あの逃げ出した女性は、魔法抵抗力があった。だから、動き逃げ出すことができた。


 アカリが大袈裟にもこの呪文を使用した理由は他にもある。


 彼女は、『ゲート』で全体への催眠術を使用している人間の力がどれほどなモノか気がついていた。

 そもそも、一定範囲に影響を及ぼす魔術は、そう楽に取得することができない。だから、彼女は完全な魔術側の人間だと誤っていた。


 IDEA側の人間『新人』であれば、自身より能力が遥かに凌駕しているとわかれば、万が一でも戦闘は起こらない。

 その理由として最適なのが、ここがIDEAと接続されていると言っても、『死』に関しては『現実』での法則に則っているからだ。


 いくら、物理法則が『IDEA』と接続しても、ここはあくまで『現実』だ。


 死を覚悟して戦うのであれば別だが、その場合降参がもっとも考えられる憶測でもあったのだ。

 浴で言う『死亡不可領域』……だが、逃げる可能性という打算がされていなかったコチラの不備。

 さらに言うなれば相手はスポーツマンという情報があったのだ。

 スピード勝負で勝てるはずがない。ただ、腕を怪我しているなら、逃げれないとも考えていた。


「……流だったら、完璧に仕留めていた」


 悔しそうにアカリは嫌味を呟く。

 その手のパフパフも止むことがない。

「完璧に、……二人の打算ミスだ。てか、市川がスポーツマンだって知っていただろ」

「……しつこい男は嫌われるって、学校の友達から聞きませんでしたか?」


 まるでミスを認めたがらない態度。しかしながら捕まえれなかった自身に対して高橋も反省をしていないワケではなかった。


「アカリは、市川有栖がどこで罠を仕掛けるのかは見れないのか?」

「……できないです。わたしたちにできるのは、開かれたゲートをバッチを用いて確認するぐらいです。

 もう一度、銭形から連絡が来るのを待ちましょう」


 そうして、二人の初の任務は失敗に終わりと遂げたと、思われた。


「だったら絶対に彼女の家の前で待機していたほうがいいんじゃね」

 その言葉は高橋のネタであり、愚痴のつもりだった。




 高橋たちは場所を移してある住宅街へ来ていた。

 それは、高橋が記憶にある市川有栖が親たちと暮らす一軒家だった。

 まだ、陽はテッペンをさしており、彼女が帰ってくるには時間が掛かるかもしれない。


「はあ……」


 それは、高橋が思いついた愚痴だった。


 あまりに当たり前すぎるかもしれないが、あんな場所を探し回り一人の女性を探すぐらいなら、彼女の家の前で待っていたほうが効率がいいんじゃないかという一つの方言としての愚痴のつもりだったのだが……。


「こんな陳腐な作戦でよかったのか……」さりげなく、高橋は自身が零した愚痴に後悔をする。

「……どちらにしても、どんな鳥でも巣には戻ってきますからね。これが妥当な選択かも知れません」


 それに住宅地の道路の真ん中で意味もなく佇んでいる生徒というのは、あまりに不自然であり、なにか企んでいることがバレバレな気もする。


 その中で、一際目を泳がしているアカリが可笑しく感じた。


「……高橋、ひとつ言うのを忘れていました」


 なにやら不自然な気がした理由を高橋は考えていたが、いつもの相変わらぬ無垢な澄ました顔のアカリへと戻る。


「どうしたんだ、いきなり」

「……一つ伝え忘れたことがあったので。アナタには別任務がありますね」


 高橋は、なんちゃこっちゃという顔をする。


「……手配書に、書いてありませんか?」


 高橋は、銭形から受け取った『市川有栖の手配書』を確認する。

 そして、その裏にもう一つの指示があることを、彼は気がついていなかった。

『午後4時に〇〇市立病院の×××号室、絶対に行ってね』……フザけるなと、逆ギレしていいレベルだろうか?


「……アナタも知っていると思いますが、流の素性調査という任務もあることを忘れていませんか? 彼女にバレたら元もこうもありませんよね」


 言われてみればそうだ……。ガクシッと、わかりやすく首を折り落ち込む。


 指示に書いている場所はこの場所からあまり遠くはない。ただ、約束を守れることだけに、高橋はそこまで気を落とせずにはいられなかった。


 だが一つ、彼にはこの約束以上に心残りのことがある。


「アカリは、一人で彼女と対峙したら危なくないか?」


 そう、彼女に聞いた瞬間、彼女の眉が少し上がった。

「……大丈夫ですよ。オサムが居なくなることを知っていて、一人コチラへ向かって

いるって銭形から連絡が着ていますから。心置きなく行ってきてください」

「……そうなのか?」


 高橋は時間を確認し、本当にそのままだと間に合わないと、急いで今まで二人乗りだった自転車に一人で乗る。



 途中、急いで考えてもいなかった思考が入る。


 確かに今、『流の素性調査の件』だとアカリは話した。

 彼女はそのことを知っていたのに、今までなぜ早く教えてくれなかったのか。

 そして、指示された場所はこの市では、一番大きな市立病院。

 その名は、この越谷出身の者であれば一度は世話になっている可能性が高い病院。

高橋が生まれたのもこの病院であった。


 私立病院という名でありながら、実は航空写真でこの建物を見上げると建物が十字架になっていることを知っている者は少ない。

 理由は、この市立病院が所属している大学病院がミッション系の大学だからだ。

 だからといって、ここで生まれる子も入院している患者も、こういう人間は少ない。

 だが、彼女はこの場所にいるということは、今も尚入院しているということが明白だった。


 ふいに銭形に見せられたあの写真を思い出す。


 約束の時間あの場所へ行けという事にいったいどんな意味があるのかはわからない。

 彼女が今どんな姿であり、どんな生活をしているのかも想像することができない。

 あの優しい笑顔を向けてくれる可能性はあるのだろうか? そもそも、誰かに会いたい気持ちはあるのだろうか? 考えれば考えるほど、矛盾にも似たイイワケしか思いつかない。


 高橋は、流が入院するはずの病室まで訪れたとき、ある予感がしていた。


 入館バッチを貰う際に流佳乃という名前の女性は入院していなかった。

 半分侵入するような形で彼女が入院する部屋まで訪れた。


 そこで、入口に開ける前、そこで意思が冷凍化させられた。


 彼には、その手配書に書かれた捜査ができなくなってしまった。

 入院患者の名前を記載される場所には、彼が知っている人間の名前。


 それが、あのアホな先輩榊原だとか、図書室の友である上谷だったら如何に気が楽にこの扉を開ける事ができただろうか? だが、そうでないということは、彼には既にどこかで気がついていた。


 一度止められた思考が動き出す。


 銭形という男はどこにどのような根拠や証拠があって高橋をここまで動かしたのか?


 だが、その時だった。


「――高橋くん?」


 そう呼ばれたほうに高橋が振り向くと、車椅子に乗った楓凪という少女がいた。

 かつて、屋上が飛び降りて、彼の前から姿を消した女性。


「――楓さん……」

彼女の顔には既に包帯はなかった。だが、あの写真の通りに顔の半分が一度潰された痕跡が両生類のつるんとした皮膚のように残されていた。


 その部分だけが、人間でないように感じてしまう。


 高橋は、あまりに恐ろしくて、一歩さがった。彼女への罪を償うだけの心構えができていなかった。

 あの日の自殺が、フラッシュバックする。それがまるで自身の痛みのようにも思われる。


 大切な人の『現実からの解放の目論見』は、彼にとってその行為そのものだった。

 彼は一人ここに残された。いままで補っていた片方が失うような痛みが彼の心を粉々に砕いた。


 だが、その原因は、自分なのだ。


 何も語ることもなく、高橋は階段のあるエレベーター付近へと駆け出した。

 途中、聞こえてきた楓(流)の声を無視して。


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