02-2/3 社会更生者 / 金髪幼女との出会い
「あー、そうだな。お前らがココに来ることは知っていたんだ」
最近のRPGゲームでも、こんなベタな展開は使わない気もするが……。
銭形は目覚めのコーヒーを一杯、どれだけ放置されたか知らないポットからコップに注ぐ。前にいる二人に向かって飲むか? と銭形は尋ねたが、二人は丁重にお断りした。
そして、話は続く。
「アレだよな……。住民票ってヤツが欲しいんだろ?」銭形はコーヒーを口へつける。
「住民票?」高橋は流の顔を確認する。
「入館証を取るには、住民票がなくちゃいけないんだよ。お役所仕事みたいだけど、住民票がなければ、パスは手に入らないの」
流は、簡単に説明すると、銭形の口元を見た。
「あの……実は手違いでアタイがこの子を此方に連れてきちゃったんだ……」流は、ある事を隠して、事情を話し始めた。「彼は、友達なんだけど……。そうよ、手を繋いでたら一緒にこの世界に入っちゃったみたいなの!」
「――は、オマ……」というところで、流の冷たい目線が高橋の胸を貫いた。「いえ、なんでもないです。その通りです」高橋は、言いなおす。
だが、銭形はワザとらしく溜息をつく。
「流?」
「はい?」
「あの鏡、あとで没収だからな……」
「――ガビーン……」
その原因は思いつく。間違えなく、彼もあの流やあのカムイという男が使用した『テレパシー』が使える人間なのだろう。高橋の叫びたがっている感情を銭形を読み取れないはずがない。
そのとき、流の目には涙が浮かんでいた。そして、絵に描くようにブスっとした顔を高橋へと向ける。
「もう! 高橋くん、それぐらいは空気読んでよ?」
「言い掛かりだ! だってどうやって心に思った事をどう黙ればいいんだよ? てか、人の心が読めるってどんな手を使っているんだよ!」
さすがに、高橋は女の涙には弱いのだが……。なんて、心のコントロールができない人間なんだよと思わせるぐらいの涙を流が流す。
「待て待て? そう怒るなって……」銭形は、二人の痴話喧嘩を止めるように苦笑い。
「君の名前は高橋と言うんだね? 驚かせて悪いね。俺は銭形。この街と『社会更生委員会』のリーダーをしている」
銭形は高橋に手を差し伸べた。
一度、手を凝視して疑いの目を向けたが、握手ぐらいはテレパシーのようなトリックはないだろうと彼の手に合わせる。あの男の手は、細身、長身の割にはゴツゴツしい手触り。
それが、NPCなのかどうかは……否、ここまで自堕落なNPCが存在するはずがない。
銭形は、ゴシック趣味とも言える西洋被りのスーツとどこか道化師にも似た服を着ている。年齢は、顔で年齢の区別が難しいほど、若く見えるが、おそらく三十は越えているだろう。でなければ、こんな高橋のような人間に律儀に握手を求めたりはしない。
そして、この帆の長い顔を歪めるように、高橋へと笑顔を向ける。
「君は被害者だとは……わかっているんだが、俺にはどうも君がここの住人しか思えないんだよな……」
「それって、どういう意味だ?」またこの台詞だ。
「すまない。この女装のことを言っているんじゃないんだ。いや、女装趣味が相まってこの世界で女性として暮らす人間も少なくない。だけど……君の趣味はね」
「いや、それにはワケがあって……」
「うん、理由は知っているとも」銭形は平坦に応える。
高橋は、嫌そうに顔を歪める。さっきから、不快感を押さえるように脳裏に湧き出る怒りを抑えている。
「僕は現実に帰りたい。そのためにパスポート……だかってのを発行して欲しいんだが、ここでできるんできるんですか?」
「ああ、できるとも。だけど、タダでは渡すワケには行かないんだ。それぐらい君にもそれは理解できるだろ?」
「……金ならいくらでもある」
「いやいや、そういう事じゃないんだ。そもそも、ここでの通貨はコッチ(裏)では使えない。ここは、日本であって日本ではない。それは君にも理解できていると思うけどな」
高橋は、憤りを覚える。
言ってしまえば、この状況は、言葉が通じると言えども海外に放置、放浪させられているのと同じ。大使館もなければ金がない。通貨がなければ、電車にも飛行機にも乗車できないのは当たり前の話。
「では、僕は現実に帰れないじゃないか?」高橋は、両手を顔に合わせ悲観した。
「……さっきから話を聞けん連中だな。俺はだって、君が困っていることぐらい把握しているよ。ただこのIDEAの法律上、君はいくつもの罰を抱えている。それがどういう事かは分かるか?」
「……へ?」もう一度、高橋は隣で涙を零していた流を確認。
「新約での法だと、証明書を所持せずにIDEAに訪れることは、半年間、又は50万pt以下の減点、そして、街を出歩くと、一年又は100万pt以下の減点になる」
「いや、待ってくれよ。だから、僕は不本意に……」
「そうだな。だからその場合、それを無理矢理課せらせた流に……」
『――ガビーン』流の顔が空のように蒼ざめていた
「……それは冗談だとして」あまりの驚愕した流の顔に銭形は訂正。「アレだ……、本当に本題だけど、二人には特例が降りることになった。ただ、高橋くんが望めばということになるけどね。一年間この社会更生委員の手伝いをしてもらいたい。勿論タダではない。呑んでくれるなら、彼女の十年程の刑罰は0にしようじゃないか?」
「……逆に、彼女はどうでもいいんで、僕と……できれば榊原を帰すとかできませんか?」あくまで冷静に高橋は尋ねるが……。
「ああ?」流。「すみません。なんでもないです」高橋。
「……いや、その手で来たか? 参ったな。人手不足を犯罪者で賄おうってのもよくない話なんだけどな。どちらにしてもその場合、君には一年間は生活を余儀なくされるな」
「……言いたい放題だな」
「『IDEA』でのことを口外されるのを防ぐため、『特例証』がなければ、君は『表』には、帰れないよ。それも『新約』。ここでの神の言葉だからな」
「……だが、何をさせられるか聞いてもいないのに、了承はできない。それに……」高橋は、次の言葉を考えたが、次の言葉は口から出ない。「……いや」
ふいに高橋は、自分が現実にいなくても誰も心配しないと考えたが、それはあまりに身勝手すぎると結論付けた。
少なくても、困る人間が一人いる気がした。
「そうだったね……君の事情は、嫌っていうほど読み取れた。まあ、アルバイトだと思ってくれていい。働いた対価は好きな形で支払おう。それで、本題だがこの裏の世界であるIDEAでは、あらゆる犯罪が横行していてね……。現実世界で言うインターネットを使った知能犯とでも言うべきか……まあ、見てもらった方がいいのかな」
そう言うと、銭形は黒板に手を置いた。
すると、同時に黒板だと思っていた板がスクリーンへと変化していく。そこに一つの映像。
そこに写っていたのは可愛いお馬さんではなく競走馬。ということは、この映像はどこかの競馬場だろうか?
銭形は手元から新聞を取り出す。そして、手元には掛け金一万ほどの馬券が握られていた。その番号は十三の『ワンダフル』と五番『雑魚さんホワイト』。
そして、高橋は、横見にこの新聞を確認する。
「――うお、バカ……」
そう高橋が思ったのは、言うまでもない。
彼の馬券の馬は、ダントツワースト一位と二位。いや、名前からして当たりそうもないネーミングだし……。高橋は高校生一年という年齢ながら、ゲームという分野という共通点でギャンブルぐらいの知識はある。この人アホちゃうか……と考えている一方、その隣で銭形という男は馬がスタート地点の柵へと馬が収められていくを眺めていた。
そして、銃声のような音が鳴り響くと、馬が次々へと飛び出す。銭形が選んだ馬は 思った通り、スタート早々に一番後ろだった。
「はあ……」高橋は、彼の大金の哀れさに呆れて物事が言えない。
だが、その表情に銭形は、笑みにも似た嗚咽を出す。それは高橋の言動に笑っていたのかもしれない。
「まあ、観とけって」
そう、銭形は左手を前に出す。その瞬間に、競馬場の周りに何かガラス板にも似たリフィルが形成されたのがわかった。そして、彼の手から立体映像のごとく光の輪。
それには、アニメや中世ヨーロッパに流行した魔法陣が描かれている。
その瞬間からだ。
今までビリを走っていた馬の動きが突如として変化をする。それは、その部分だけが映像の早送りを流すような快挙。ビリを走っていた馬が次々と外回りから前を走っていた馬を追い抜いていく。
高橋は、何が起こっているのか彼のゲーム脳から想像してみたが、あまりにチート染みていて言葉が出なかった。気が付いたときには、銭形が指名した通りの順位で、馬がウイナーズ・サークルを歩き回る。その中で一番驚いていた顔をしていたのは、その馬に乗っていた騎手だった。
高橋は、ずっと顎が良からぬ方向に向いていた。
驚きはあったが、あることを高橋は予感していた。それは、間違えなく彼のイカサマだ。それをどう指摘しても、それを覆す証拠なんて一切存在しない以上、彼の行為正当化されてしまうのも確かだが……。
「あ……アンタ、一体何をやらかしたんだ?」
「そうだね。あえて言うなら、馬がパチンコで言う虹色に輝いた。それだけの話さ」
どこの八百長の話だよ!
「いや、あんたそれバレたら犯罪だろ?」
「そうだな。だけど、証拠はない。それにだれもこの存在は知らないからね。わからなければ犯罪ではない。それがいつの時代も変わらない真実だと俺は思うがな。まあ、そんな冗談はさておき――」銭形は目の前の数千万はクダらない馬券に切り込みを入れる。「先ほどの原理、流が説明してくれ」
「うん……。ああ、そうね」流はいきなり名前を指摘され戸惑う。「まずは、あの競馬場内に『表』と『裏』の接続(リンク)をさせた。銭形さんが手を構えた瞬間にあそこには、こちらの世界と同じ『拡張現実』が働く世界に変わった……て言えば分かりますか?」
「要するに、現実の世界で、アンタたちが僕に使ったテレパシーのような能力が使えるようになったってことか?」
流は、うなずく。
「そうね。それで、銭形は次にあの後ろにいた馬に魔法を使用。また聞くけど、どのような魔法を使ったと思う?」
「この世界が、RPGのような魔法がなんでもありなら……超能力、念力のようなので高速で馬をゴールで運ぶとか、追風になるような魔法も……ありだな」
銭形は感心した顔をする。
「さすが、ゲーム王のだけはあるな。ルール説明が短くてたすかるな~」
それで、彼が口に発せずもせずに、脳を見られるのは三度目になる。それは、この世界ではなんら普通の事かも知れない。ただ、今までとの違いを明らかに気が付いた。その情報は、高橋が意をして考えていなかった情報が彼には読まれていたことになる。
「……え? 高橋くんってゲーム王なの?」
「一応……。どうしてわかった?」
「それはともかくだ。流? 正解を教えてくれ」
銭形が安易にそのことを避けているのがわかったが、高橋はそれ以上そのことを話す気はなくなっていた。
「うん。『IDEA』の法則で考えれば、どれも不可能ではないけど、全部ハズレだね。正解は、ビリの馬だけに『ヘイスト』という時間収縮魔法を使用。まあ、結果的に馬が一位になればいいんだから、どの魔法でも変わらないわけだけど」
流が説明が終えると、銭形はまた下手な含み笑いにも似た顔をする。
「ありがとう。彼等みたいに『新世界』から『旧世界』にコチラである裏の物理法則を用いて犯罪的なことを犯す人間を『次元犯罪者』と呼んでいる。……それで、言わなくてもわかると思うけど、君には現実の世界、コチラの言い方で言えば、『旧世界』でさっきみたいにズルをする人間を捕まえる仕事をしてもらいたい」
銭形の微笑みを受け流すように高橋の眉間に皺が寄る。それはどう考えてもスペック不足とかそういう問題以前のレベルだ。
「いやいや、無理ですよ? 意味わからんし、僕は魔法使いでなければ、一般の高校生なんだよ」
それもそのはず、高橋にはこんなオカルトな犯罪者の見わけも付かなければ、使うこともできない。それで、どうやって捕まえろというのか? そもそも、できれば関わりたくない。
「それは、重々承知だよ。だから、君には補佐をする人間を付けよう……。アカリちゃん? もうはいってきていいぞ」
銭形は、扉へ向かって話し掛けると、先ほど入ってきた入り口には金髪でとても小さな女の子がコチラへと睨んでいるのか上目目線で眺めているのか理解できない眼つきで見ていた。
「……はい。待っていました」アカリと言われた少女の高く暗い声。
「一応、彼女にも現実の世界に行ってもらい、任務に就いてもらうことになる。それで……特に高橋くんにやってもらいたい任務と言うのは、実は彼女の補佐的な仕事、彼女のあちらでの世話をしてもらいたいんだ」
「……アカリちゃんと言います。よろしくお願いします」アカリは頭を下げた。
高橋は、少女を見た。そもそも、自分にちゃん付けして呼ぶ女性を好まない彼だが不覚にもこの幼女を可愛いと考えてしまった。この女の子をタダで飼える? いや、いかん。そういう事ではないだろ。彼女の補佐? それって……頭にいろんな妄想が浮かぶ。
「ちょ……ちょっと待って? なんでそういうときにアカリなのよ? 高橋くんは男の子よ。 彼女がこの任務に就くのは適切ではない。アギトかカムイじゃダメなの?」
流がなぜかそれに猛反論する。おそらく、頭が読まれた。
「……我儘言わないでくれ。そもそも、現実で取り締まるのは未然に水際対処だけあって処置が難しいだけでなく、IDEAでの力の1/10に制御される。あの二人は得意分野があまりに別れているし……。だったら、流がこの職に就くか?」銭形が流へと尋ねるが……。
「――え? ああ、うん。やめとく」
その決断はあまりに早かった。
高橋の有無を問わないうちに、いつの間にか銭形は手元からある物を取り出した。
「これが、君の発行パスだよ。くれぐれもアカリちゃんを頼むね」
高橋は、発行パスを目を細めて受け取る。
「――いや、僕は……」
まだ、手伝うもなにも伝えていないのに、既に流れは強制労働へと傾いていた。
「……手を繋いで?」アカリが子供らしくも高橋へと手を差し向ける。
彼女は、まだ子供らしく甘えたい時期なのかもしれない。
そして、手を繋ぐとまるで幻影のように目に映る風景が一変した。そこは、あの街を見渡せるほどの高いビル。
「着きました。ここが、ゲート前。この鏡を通ることで旧世界に戻ることができます」
アカリは子供ながら、どうにか片言な敬語で説明をした。
そこには、流の部屋にある鏡が聳え立っているが、それよりも遥かにデカい。
「ここへ通れば、地元に帰れるのか?」
「最初に通るときに元いた場所に戻るって聞いた。すみません……。わたしも今回が初めて」
「この鏡でね……」高橋は、流にされた痛みを思い出す。「じゃあ、この鏡を通れば良いのか?」
先ほどの流による地味に痛い嫌がらせで下手にトラウマになっていた。
「……待って」アカリは、ふたたび高橋へと手を向けた。
高橋には理由がわからないが、ここに訪れたとき同様に何か理由があるのかも知れないと考え、その手を握り返す。
だが、握ってから気がついたが、確かにアカリの手は微妙に震えていた。彼女もこの鏡に入るのが実は怖いのかも知れない。
そして、アカリを引っ張るように高橋は鏡に向かってこの足を進めた。
眩暈にも似た暗みから覚めたとき、高橋とアカリはどこかの椅子に座っていた。
一度気絶していたせいか、眠気とは違う眩みが高橋を襲う。人のざわめきが聞こえる。ここが高橋が元々住んでいる住宅街からの最寄り駅だと気がついた。今までいた世界とは違く夜空には確かに黒塗りしたような闇。
高橋は隣で寝ている少女の存在、彼女を起こそうとしたが……。
――なんだ? この大人な金髪美少女は……?
高橋の記憶が間違えでなければ……いや、間違えであるのであれば間違えであって欲しいのであるが……。あの『IDEA』と呼ばれる世界で銭形に二つの任務を頼まれたのだ。それは今まで手を繋いでいた小柄な少女、アカリの世話。もう一つは次元犯罪者と取り締まりだったはずだ。
だが、隣のアカリは幼女ではなくなっている。それどころか、あの世界で手を繋いでいたお子様が竹物語のかぐや姫のごとくの急成長。それは、針金に欲求不満男児がエロいがまま、粘土を盛っていったような超絶スタイル……。しかも、圧倒的二次成長を迎えた彼女は全裸で身を覆う布が一枚もなく、高橋へと寄りかかる。
その破廉恥に高橋がまわりの目を気にしないはずがなかった。
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