06-2/4 No limit

*****


 四時限目が始まる前の図書室。

 その窓からはいつもと変わらない校庭が広がる。

 勿論、授業中にこの図書室を使用する授業は滅多にない。


 ココにいるのは、いつも決まった人物だった。


 上谷というこの学校の生徒と遠野というこの図書室の事務委員。

 秘かに密会をしている生徒と教師というのは、なにか危険な関係を感じる。しかし、その正体は、ただの裏の住人のイタズラ的な不法占拠……。


 否、一応には雇われてここにいることには変わらないが、居着いているのはどうなのだろうか? 

 この二人なら、なにか裏の事情について詳しいのではないかと考えたのは、昨日の上谷のカミングアウトが大きいかもしれない。


「上谷、アンタはどれだけ裏の事情に詳しいんだ」


 単刀直入に高橋は尋ねる。

 そうでもしないと、話がどんどん流されていく気がしたからだ。


「いつかは話す日が来ると思っていたけど今日になるとはね。

 ついてこい。君にはやるべきことがたくさんあるからね。遠野、頼めるか?」

「ここでは、遠野先生と言ってくれませんか?」

 遠野は、上谷に邪険な目を向ける。


 その態度は、あまりに面倒ごとを仕方がなくという感じだが、彼女は本の貸し借りに使用するパソコンになにやらタイピングを始めた。


 そして、なにの予兆もなく、突如となく奥の図書準備室の扉を開いた。


「話はあとだ。今から世界を救ってもらう」

「――は?」


 図書室の裏側には使われなくなった古本や雑誌の束が何本も連なっていた。


 その中を上谷は先導して、進む。

 気がつけばこの距離は何十メートルもの長さに感じたが、それは錯覚ではない。明らかに校舎の長さに収まらないほどの距離。


 この先には一つのエレベーターが現れた。


 それも、校舎の風格にも似合わないステンレスかなにかの鉄の扉。

 そして、ワケも聞かされないままこのエレベーターに乗らされると、上谷は語り始める。


「今起きていることの現状は把握しているのか?」


 それは、銭形が昨日語っていた上部組織の強行の話だろうか?


「――逆に、アンタはそのことを知っているのか?」

「そりゃね」

 上谷は高橋の顔を確かめる。

「私はずっとこの街を見てきた。

 君の両親とは同期にあたるといえば、自分がいくつなのか想像もできると思うけどね」


 ギクっとした感情を抑えて考えてみる。

 ザッと計算しただけでも上谷は四十歳は近いのかもしれない。


「どうして、この歳で高校生……いや、まずはこの若さを保持できるかを気になるところだが……」

「そこの説明も必要か?

 簡易に言えば、時間遅延(スロウ)と敏捷バグステータスMAXを掻きあわせるとご覧の通り。

 一生歳をとらない不老不死の人間ができあがるワケだ」


 へえ……と、高橋は驚きよりも唖然とする。

 だとしたら、彼は裏の世界でもかなりの剛腕であることは確かだ。


 そして、聞き流してしまったが、彼は高橋の両親について知っている。


「……両親とはどんな関係だったんですか?」

 高橋にはそれに尋ねずにはいられない。


「あ――、『IDEA』の核の運営をしていた仕事仲間でね。

 彼女は任されたこの国の最重要人物。

 第七代目アダムとエヴァ。……それでもって、私は裏の世界の改ざん者。

 まあ、『IDEA』におけるプログラマー的存在だと思ってくれていいよ」


 アダムとエヴァ……聖書に書かれた最初の人類。

 そして、この世界には『上位権力者』の上になる人物に、彼等の存在があるのかもしれない。


「この街は、幾度となく、君の母である日野下は、この世界を救ってきた。だが、ある日彼女の力は急激に弱まってしまった。

 しかし、スーパーウイルスを防ぐには、彼女が犠牲になるしかなかった。

 結果として被害は出たが、この街は助かった。

 ……確か君が小学生に入学してすぐのことだったかな?」

「……そうですね」

 母が亡くなったと聞かされた日を高橋が忘れることはない。


 この上谷がいう日野下とは、高橋の旧姓だ。


 それを知っているのは母型の親戚と、高橋本人ぐらいのはず……。

 なぜかこの上谷という男は知っている。それが、彼がそれ以前に高橋の母の日野下のことを知っている証拠にもなった。


 だが、母がこんな仕事をしていただってことはなに一つ知らない。

 帰りが遅くなることが何度もあったが、それでも母子家庭ながら高橋オサムの母として一生懸命育ててくれた。

 この歳になっても母の面影を思い出す事ができる。


「それで、今からどこへ向かうつもりなんだ?」

「まあ、着けばわかるよ」


しばらくエレベーターが揺れる音が続いた。


「ここだよ。君には今からこの街を救ってきた日野下と同じ仕事をしてもらうよ。

 いや、急にそんなこと言われても困るかな?」

「……困ります」

 速攻に上谷の誘いを断る。


 というか、『この街を救う』という響きに、今更ながら逃げたい。


「まあ、騙されたと思って世界を救ってくれよ?」

 上谷は困った顔をした。


 お互いにヘコタレタ見つめ合いが続いた。


 ホント最近なにが起きても驚かないほどに高橋には免疫がついてしまった。

 そして、目の前のあの学校で唯一の友人がそんなことを言いだす日が来るとは思いもしなかった。


「そもそも、ここは一体どこなんだ?」


 薄暗い部屋は、なにかの研究所のようにも見える。

 密封されているかのような圧迫感、その真ん中には随分古いと思われるディスプレイとその隣には冷蔵庫ほどの機体。

 あちこちに散漫する資料の山の間にわずかに歩くスペースがその液晶へと向けられている。


「言ってなかったね。ココはIDEAの核がある場所。

 ただ、今の高橋くんの力じゃ無理そうだけどね。

 ここの次期リーダーは確か……市川有栖と言ったかな? 彼女の応援を頼むといい」

「アンタ……言うことなにかが抜けている。

 つまりは、今からミサイルでも隕石でも落とされるのか?

 それを止めるために市川有栖先輩の助けを求めろってことで間違えはないか?」


「有栖先輩か……。随分と久しいようだね、白銀の砲撃と。

 なら、今日の放送も君たちは知っていてあの放送をしたという読みはアタリというワケか。

 なら、知っといてもらいたい。敵たちが『上位権限者』の命を狙う理由、それはスーパーウイルスを破壊する手段が彼らの能力によるからだ」


「――ちょっと待て」

 高橋は嫌な事に気がつく。

「じゃあもし、『上位権限者』が殺されたらこの街はどうなる?」


「そりゃこの街どころか、日本が終わりだよ?」


 上谷は表現として掌をグッパーさせる。


「スーパウイルス、以前にこの街を襲った細菌テロの正体は、戦闘機がこの世界にばら撒いたのではない。

 表と裏の間に仕込ませて、爆発とともに旧世界に感染、そこからは空気感染で人から人へと感染していく。対IDEA用細菌兵器だよ」


 まるで、図鑑で見た寄生蜂の卵が孵るようだなと、高橋は考えた。


 もしそれが本当だとしたら、銭形が言う言葉には選びようのない矛盾がある。

 上位権限者の死、所謂この街の守る手段がない状況こそがこの街の支配を握られたようなモノなのではないか?


 首に鎌でもかけられた状態で、守るための布を捨てろということだろうか?


「――だったら、僕たちは彼らから立ち向かうには闘うしかないじゃないか?」

「まあ、元から強硬派の目的は『IDEA』の技術を奪うことだからね。

 あの上部組織が『上位権限者』を殺せと言っているはどうみてもこの事実を知らないから……それか、知っていながらこの国を破滅を望んでいるかのどちらかだね」


 そうして、思わず高橋は息を呑む。

 もしあのとき、彼等共々、世界の為と楓の死を望んでいたらと考えたら――悍ましいほどの水滴が背中から噴き出してきた。


 だが、その悍ましさも彼の勘違いにより胡散させられる。


「とにかくだ。それを行うには『上位権限者』によるシステム改ざんが必要……。

 つまり、君の力を借りる必要がある。

 高橋くん、手始めにココに手を置いてくれ」


 冷蔵庫のようなデスクトップの前、高橋の目の前に異質なセンサーが立ち憚るが……


「――いや……」

 そこでなにか上谷が勘違いしていることに気がついた。


 そこまで熱弁させておいてその真実を伝えるのは、あまりに見苦しい。


「上谷? アンタは勘違いしている。上位権限者は僕ではない。

 ……とは言っても、彼女が上位権限者かは僕には正直わからない」


「うむ? 詳しく話を聞かせていただこうか?」


 高橋は、楓という少女のことを知っているから、彼は楓が上位権限者という枠組みだということを知っているのだと思っていた。

 仕方がなく、高橋は昨日起きた事件と、楓という少女が『上位権限者』だという話をした。


「……え? そうなの?」

 上谷の冷静だった顔色が変わっていく。


「いや、僕もわからないですけど……昨日、銭形がそうだって言ってたんだ」


 沈むように、腕を組んで、上谷は考え込む。


「上位権限者、それは一族によって引き継がれていくモノなんだけどね。

 ……つまり、本来は日野下の子孫である高橋に受け継がれる。

 そのはずだったんだが……」


「じゃあ、どうして僕ではなくて……」

「ソレがわかればいいのだが……。

 そもそも、彼女が上位権限者であるかの確証は持てない。

 ナニか証拠でもないのか?」


 そう言われて、高橋も同じく顎に手を乗せた。


 銭形が言っていた上位権限者の条件。

 その点で、楓が上位権限者である理由……。

 そこでふと思いの節があった。


「……確か、銭形が彼女の正体が判別できなかった理由が……、楓の本データが狂っていた。そんなことを言っていた気が……」


「――ほう……」

 少し驚いた表情、上谷の眉がピクっと動く。

「『上位権限者』は、データなどIDEAで制御されるはずの数値の改ざんが許されている。

 ……って、なると彼女の可能性が高い……そう、だったら今すぐ彼女の元へ向かうとするか」


 上谷は手からバッヂを取り出す。瞬きした瞬間だった。


「――へ?」


 一瞬にして、青いタイルとなにやら湿気の多い部屋へと移動する。

 そして、鏡を見合う二人のの女性……その二人と目が合う。


「はあ?」

 その声は、黒髪のショートヘアーの有栖。

 片腕を器用に動かしながら椅子に座った長髪の彼女の身体をシャワーで流している。


 そこで、今の現状が非常にマズイことに気がついた。

 華奢で痩せ細ったキレイな肌色。


 よくよく凝視するまで気づかなかったが、楓には一枚の布もなく博麗美辞、現実離れした肌から目が離せなくなる。

 その目の前の鏡を通して彼女が唖然とした顔を見せたときには遅かった。


 有栖が二人に桶一杯の水を頭から被せていた。



 数分後、どうにか病室で楓と有栖と話をさせていただけることになった。


 なぜか足腰が殴打して、帰りたいと考えていた高橋に有栖はそれ以上怒りをブツけることはなかったが……。

 彼らがココに来た理由を彼女たちは理解していたのだろう。


「……コチラの人は?」

 有栖が上谷を見て怪訝そうな顔をした。


 当たり前だが、みんな初対面……のはずだった。


「私は上谷と言います。

 一応、アチラでは初対面ではないのですが、まあいいでしょう。

『上位権限者』の件でコチラに来た……と言えば、話はわかってくれますか?」


 楓と有栖が一度目を合わせた。


「アンタ、変なことを考えてはいないよね」

 有栖が上谷に鋭い目を向ける。


「滅相もない。ただ、楓さん……アナタに頼みごとが会ってきただけです。

 今の現状をわかっていただけますか?」


 だが、この高い上谷の男性の声に、楓はピンと気がつくことがあった。


「君ってもしかして……カムイさん?」

「おお、声も性格も変えていたのにわかります?」


 カムイと言えば……あの最初に高橋がIDEAの街に訪れたときに現れたあの若いお兄さん二人組の一人、テレパシー能力やパンツ覗いていた細いイケメン。


 この不気味なほどに白くて如何にも優等生ズラして、図書館でサボっている上谷とは大違いだ。


 だとしたらと、もう一人のアギトと呼ばれた手からビームを出しそうな巨体は……


「じゃあ、その隣にいたのは、まさか遠野先生だとか?」

「いや……それは私の友人の一人だ」

「……ですよね」

 半信半疑だったが、予測が外れた高橋は頬を掻く。


「単刀直入に言うよ? 隣には白銀の剛腕がいるのは好都合……というか、君たちオフでも友人だったんだな」

「え……まあ、中学は一緒だが、って私が白銀の剛腕だとバレてる?」

「まあ、とにかく私が誰だかわかってくれたことだし、流? 私が今からいうことを信じてくれるね?」

「いや、無理」

「え……? なんで?」

「カムイくんは、アタイのパンツばっかり見てくる。

 そんな人間信じられない」

「え……? あ、まあ――」


 そういや、あのときもカムイという男は、空から降ってきた流のスカートの奥を見ていた。

 そう考えると、彼が今さっきあの国民的アニメのワンシーンのように浴場に侵入したのも行為的だったのではないかと思えてくる。


「上谷……アンタさっきのはワザとじゃないよな?」

 疑いの目を高橋は上谷へ。


「そ、そんなワケがないだろ?」


どうしてこうも動揺しているのか、そして、上谷の目が左右に泳いでいるのか、やはり行為的とみるべきだろう。


「……もう、二度としないと誓えますか?」


 楓は、慈悲の言葉を上谷へと繋げようとしたが……


「――無理だ」

 脊髄反射のように早く、上谷はその御慈悲を排除。


「早すぎだろ? 信頼のカケラもねぇよ!」

「まあ、とにかく聞きたまえ……」


 そこで、上谷は彼ら言い分を無視して話し始める。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る