第六章

06-1/4 彼らの思い

第六章   彼らの思い


「IDEAという世界が構築された当初、誰も裏の世界を操られないようにプロダクトをされていたんだ。

 だが、ゴースト・ロス症候群が相次ぎシステムが強制終了後、ある組織がこのシステムを入手、または購入したとされる。そして、裏のシステム。表と裏の接続(リンク)ができる可能性やゲームシステムでの魔法という『現実とは違う物理法則』をコチラへと移植可能だと気がついた。


 だが、問題だ。だったら、この世界を現実と同じにすればいい。

 そうすれば、この『IDEA』が目指していた人生補完計画は完了する。


 だがそこで、人々の欲が生まれてくる。その力を自分たちだけのモノにしたい。

 そうして起きたのが、近年起きた『第XX次世界大戦』だとしたら、君たちはどう思う?」


 第XX次世界大戦。

 高度経済成長を成し遂げたアジアの某国が隣国間の領土問題が元に起きた戦争。

 戦争のない国と言われ続けた日本は自衛隊が軍事戦力として認められ、アメリカの元で近隣国の難民の援護活動をしていた。


 だが、そのことがこの日本に第二次世界大戦以来の戦火を味わう結果になる。


 もう十年以上も前のことだ。

 高橋の両親は戦時中にばら撒かれたスーパーウイルスによる細菌テロでの大殺戮が原因で亡くなったと聞いている。

 彼女を殺さなければいけない理由を、この過去の汚物であるIDEAや戦争と繋げられることは面白い事ではない。


「……冗談もほどほどにしろよ?

 だって、アレはアジアで起きた問題。それを、日本のアレが問題だって? どれだけ人を馬鹿にするつもりだ」

「まあ、信じられないのはわかっていた。

 高橋くんのために最初から説明する必要がありそうだね」


 銭形は手に持っていた拳銃を後ろへと投げた。


 重量のある塊が鈍く落ちる音。


 そのことにより、彼には楓を抹殺する手立ては失われたと同時に、有栖と高橋には彼の言葉を聞く準備ができた。


「『IDEA』とは以前に失われた日本の最高権威の技術。

 よく表現で使う表と裏、世界の二元論で生まれたのが『IDEA』という世界。

 この世界の発明者、我々は彼を『創造主』と呼んでいる。


 彼がこの世界を見つけたときに表と裏が重なりが解離した。

 一度発見されたとされる時代の写し絵のように新世界ができた。


 そこで、発見者は創造主という名通りに、この世界の物理法則、時計の回転軸から、生物までなにもかも構築していった。

 どんな形だかは定かではない。だが、彼は誰もが望む世界を構築しようとしたんだ。


 そのときに『IDEA』という名が付けられたとも言われている。


 もともと、『IDEA』という言葉は、ギリシャの哲学者の言葉でね。

 人々はかならずしも生前に違う世界を体験しており、

 この世界の記憶が無意識な形で残っていて否応なくそれを欲してしまうことを言う。


 そして、創造主はこの世界の旧約、いわゆる法を定めた。

 それと共に、これから訪れる人々が悪さをしないように制御を加えた。



 そこで、創造主は一つの間違えを犯す。


 それが『上位権限者』を代表とする階級制度だ。

 太古の昔から人々をどんなに理想的な国を想像しようとも、その国の安泰を成立させるためには規律を守らせる上位の人間が必要だったんだよ」


「そ……そうだとしても、元々コチラに『接続』(リンク)を可能にしたように……」


 そこで、そこまで銭形のような組織が必死になる理由に思い当たる節があった。


 その前提には、彼らにはできない理由があることが明らか。

 その理由として妥当なのは、少なくてもいずれかの理由。


 彼らの組織が、このIDEAを制御しているシステムを持っていない。

 それか、システムを入手したが、『上位権限者』が未だにシステムの制御の阻害しているんかしれない。


「御名答」

 銭形は、なにやら独り言のように呟く。


「……またお得意な読心術か?」

「いや、今のは相手に心を読まれていると思わせるためのコールドリーディングっていうインチキ占い師が使う話術だよ。

 ……君が考えていることは言わずともわかるよ。

 そして、君の考えとそう違いはないと思うな。


 まあ、正解は俺の上位組織、彼らは『IDEA』のシステムを入手していないところが、それをどのような形で制御しているのかも不明。

 それと同時に『上位権限者』の力によって、我々の力は制御されている。だからこそ、楓の存在は脅威なんだ」


「――結局か」

 有栖の鋭い目が銭形を貫く。

「強制ログアウトだが、ゴースト・ロス症候群の自殺の偽装、暗殺は……、やはりアレは全部銭形、お前の組織がやったんだろ?」


 有栖が尋ねたこと。それはさすがに……と高橋は考えたが。


「否定はしない。ただ、俺はそれを知らない。

 ……と、言っても誰も信じちゃくれないよな。


 ここに寝ている少女が先手を取ってしまったらこの世界は一巻のお終い。

 それは君には説明をしなくてもわかってもらえると思ったんだがな」


 有栖は、なにかを模索するように俯くと、一度楓の顔を確認した。


「それって……殺したからと言って制御できるのか?」

 有栖がもう一度、銭形へと尋ねる。


「変わる変わらない……というより変えられないためが妥当かな?

 コレを話せば、彼女を殺さなきゃいけない理由を納得してくれると思う。


 上位権限者を殺害するために俺等の上位組織の一部の強硬派と、外部の反現実主義がこの越谷という街を狙う理由、それは彼女がいるからだよ。

 もう言わなくてもわかると思うけど『上位権限者』の能力。

 それは、世界すべてをデータとして改ざんする力だからね」


 それは――高橋は考える。


 表と裏による接続による犯罪は、すべて元からそれ以上の脅威が存在する。


 だがそれは、すぐに間違えだと気づかされた。


「たとえばだけど、俺たちはなにかを燃やすとか、生物の時間という数値的な悪用しか許されていない。

 これだけでも、日本のこの技術は世界的に見ても脅威なんだけどね。

 それだったらまだ犯人さえ裏でわかってしまえば対処することが可能なんだよ。

 だけど、データ丸ごとってのは――かなり厄介だ」


「……いや、よくわからないぞ? 銭形」

 高橋にはそれが今との違いが知りえない。


「さっきの有栖が言う蛇とカエルで考えてみようか?

 蛇はカエルに食べられる運命。

 それは生態系上しょうがないことかもしれない。だが、彼女の『上位権限者』という能力はその条件を逆にして、カエルが蛇を食べる世界へと変えることができる。


 でも彼ら強行派が一番に恐れているのは、そんな事ではない」

 

 一度、銭形はワザとらしく間を開けてから、その口を開いた。


「――カエルしかいない世界になること……。

 その意味を君は理解できるか?」


 それが、どういう意味かは考えるに容易い。


「君たちもこの『IDEA』という世界がどれだけ危険かぐらいはわかったはずだろう?

 裏から世界を操る。それが制限なしで行える性質。


 この技術は第二次世界大戦の核以上に、いや、最近関東地方全域に撒かれたスーパーウイルス以上の脅威。

 苦しみも痛みもなく存在ごとパソコンのデリートキーでも押すようにすべてを『無』にできる力。


 ある国がこの技術を奪うために日本大都市から『IDEA』の核が存在する一帯の撲滅を目論んだが、約1/3程度で失敗に終わった……。いや、それが本当だとは思わないお人好しばかりだからな。日本の住人ってのは」

「あんた、サラッと一瞬、信じられないことを言わなかったか?」


 それが、恰も真の第XX次世界大戦の理由とも言うかのように銭形の顔がそれを実際に行うサイコパスにも見えた。


「ああ、聞かなかったことにしてくれ……。

 それで、十分状況が理解できただろ? 旧世界と新世界が表の裏の二元論であるように、戦争という表と裏にはこういう理由があってもなんも不思議ではない」


 銭形の口は一度完全に止まった。


 それから彼らに決断を求めたのはすぐのことだった。


「今話したことを理解の上で行動してほしい。

 三人に尋ねよう。


 アカリちゃん、市川、高橋くん。今この越谷という街はまたしても彼等に狙われている。だが、『上位権限者』さえいなければこの街の皆が助かる可能性だってある。それが上からの指示なんだ」


 なにかが胸の中で騒めく。

 高橋にも有栖にも楓のことをどうしても守れない理由がそこにはあった。


 この街とこの少女をどちらを守るべきか、そんな二択を並べられて即座に声が上がるはずがなかったが――。


「……お願いです。流を殺さないでほしい」


 声にならない声がした。


 その先には、今まで人形のようにきょとんとしていた存在。

 アカリの白くて細い喉がわずかに揺れた。


 それを眺めることしかできない高橋は面を潰されたも同然だった。


 彼はまた彼女を救う言葉をいうことができなかった。

 結局は世界や少女より自分のことが大事で堪らない。そんな自分が許せない。


「アカリちゃん……君には無理を言ってしまったね。悪かった」

 銭形が言う。


「そんなことどうでもいいです。

 流は嫌いだけど、偶にとっても優しい。それに……」

 そこで、アカリは一度息を呑む。

「彼女はみんなにとって大切な人だから」


 そのとき、アカリは不思議なまでも不気味な笑みを零した。

 それは、どこかなにかを諦めたときの楓の見せた笑顔にも似ていた。


「……ハハ、これは一本取られたね。お手上げだよ。

 アカリちゃんには……敵わないからね」


 不思議と、今までのキツイ顔が嘘のように銭形は笑い始めた。


「アカリちゃんが言うことは絶対だからね」


 その言葉に背中を押された有栖は感情を押しつぶしていた有栖が火車を走らせる。


「――イイじゃないか……。ヤッテやるよ」

 その奥で、銃を向けられていた有栖が立ち上がる。


 銭形は面白そうに語る。

 それは、以前、初めて高橋が彼と出会ったときのようにその顔が下手な輝きに満ちていた。




それから明日の出来事だ。

 表と裏、両方の世界で白銀の剛腕と呼ばれる市川有栖の声が鳴り響いた。その内容は、あまりに左翼的だという。


有栖の楓という一人の少女、いや、この街を掛けた彼女の行動の真意に気付けた者は数えるほどにしか存在しない。


 だとしても、有栖は正義の名のもとにそれを行ったのだ。


「この街、越谷にまた戦争での大量殺人兵器スーパーウイルスが撒かれます。

 逃げれる人は早めに対策を取ってください。

 そうじゃない人は生きるために闘うか、各地につくられたコロニーへとお逃げください」


 その放送が午前中だけで三回以上放送された。


 市役所の拡張器から流れたせいか、その問い合わせは市役所へと殺到していることだろう。

 それが、裏から表を乗っ取っているとはいざ知らずに、この電話への回答をできる人物は誰もいない。



 銭形が言うには、この越谷の役所にはこの『IDEA』に対する管轄が以前は存在した。

 その枠に収まる人物だけが、国から指定された国家公務員となる。

 いつの時代か目指す人が減少した宇宙飛行士並みに難しい試験があり、それを通過したエリート中のエリートがこの市役所にいたことになる。


 だが、居なくなったのは最近だという。


 今は、それよりも上位の組織が管理している。

 今からそれに喧嘩を売るというのだと、銭形は面白そうに語り、皆の前から姿を消した。


 たった一人の少女を守るためとしたら大袈裟なことかも知れない。

 しかしそれがどんな相手であれ、その選択を選ぶしか高橋にはなかった。

 彼女を守るため、ただそれだけの理由で協力をすることを決めた。


 もう逃げたくはないと思いがある。


 誰かが虐められた時にそれを止めれなかったことが苦しかった。

 だったら、自分さえ虐められていれば、もっと助かったのではという偽善が心を包んで止まなかった。


 

 銭形が言った作戦はこうだった。


 彼は一度、自身の上部組織に楓があの『上位権限者』として完全に目覚めていないこと。

 なによりコチラの見方でいることを伝えて様子を見ることになった。


 しかし、市川有栖は違っていた。


 銭形ら上部組織がいなくても楓を守るべきだと、そのまま彼女を抱えて病院へと帰っていったのだ。そして、高橋とアカリは、あの体育館に残された。


***


 アカリがまた昨日とは同じ天井で目を覚ます。

 なにか悪い悪夢を見ていた気がする。でも、今はその夢が嘘のように暖かい。

 気がついたら、アカリはオサムが買ってくれた布団の中にいた。


 そして、横には小さな寝息がする。


 多希は、看病をしていたつもりでいつのまにかに自分が寝てしまっていた。

 アカリが目覚めた目線の先にあるのは、自身より一回り小さなお姉さん。

 その胸元に大事になにかを守るようにアカリは包まれていた。


 クスっと笑みが零れる。


 多希という自分より小さいはずの少女に押さえつけられていることにオカしさや微笑ましさ以上に、愛されているんだなと考えた。


 そして、好きと愛してるの違いを考える。


 アカリには、愛されてるのだと思ったが、それはオサムが言う好きと似ていたからだ。

 好きというのが誰かと一緒にいたいというのなら、この押さえつけられて離されない圧力はそれと似ている。


「……アカリちゃん」

 多希は寝ボケたかのように呟いた。


 どうにも無理に離れることに悪さを感じた。

 無理に起こしてしまうことはよくないことに感じれた。だが、寝相を変えるように、その頭がより深いところまで胸から身体の中へと押し込まれる。


 鼻孔から、多希の匂いがする。

 レモンとミルクを掻きあわせたような淡い匂いとその蒸気にも似た熱。

 呼吸がしにくい。それが、限界を達したとき、少し反抗して彼女の肩あたりまで顔を出した。


 そのときに多希が起きていることに気がつく。


 バッタリ合ってしまった多希の目は、真っ赤に腫れていた。

 彼女の赤く腫れる頬をみたのはこれで二度目だろうか? アカリは自身がここからいなくなったときに不思議と涙が流れたことを思い出す。


「……多希は、どうして泣いているのですか?」


 そうして、理由を尋ねなければ、本当の理由なんてわからない。

 だが、多希はそのことにすぐには応えなかった。


「……バカ」


 少し待って出てきた言葉はそんな悪口。

 その理由は、なぜかよくわかる。


「……多希は、わたしのことが嫌いなのですか?」

「バカバカバカバカバカ!!」

 多希は感極まって余計に赤くなっていった。


 もう、アカリにはよくわからない。


 馬鹿と言われているのに、その腕がより一層強くアカリを抱きしめる。


「……え、え? ん……」

 その矛盾とした行動に、アカリは混乱した。


「それだったら、アカリちゃんのこと好きでいてくれるんですか?」

 なによりもアカリが願望に抱いていることを言ってみた。


 しかし、その言葉に応えることはない。

 その代わりに、少しして

「もう居なくなるのはなしですよ」


 アカリが聞こえるか聞こえないかギリギリのトーンで、そう呟いたのがわかった。

『yes』か『no』以外の答えだが、それがどちらをさすのかはアカリが想いたいことを考えることにした。


 それよりも、この言葉が居心地よく感じる。


 だけど、アカリにはやらなきゃいけないことが沢山あることに気がつく。

 そして、失敗をしてしまった自身がずっとここに居れない可能性だってあることは本人がよくわかっていた。


 その何日かで得られた愛も夢もすべて忘れて、この先を歩かなきゃいけない。


「……ゴメン、多希」


 一度、多希の目を確認する。

 その約束に応えることはできないことは想像がついていた。


 あのときにきちんと別れていれば、こんな複雑な感情に芽生えることはなかった。

 そうすれば、それ以上傷つくこともなかったのにと考えたが、既にアカリには自身の意思を持ってしまった。


 ――雨さえ降らないアカリの人生に、今初めて季節を与えてくれた。


 だから彼女たちがいなくてもアカリは強くいられる。

 自身がその結果あの痛みに耐えれないことがないように、今一度強く目を閉じる。ただ、守りたい。次は、失敗しない。


 アカリは自分の我儘で、楓という少女を殺せなかった後始末をするために街へと出ることにした。

 携帯電話には、この日に与えられたミッションが書かれている。


それを見て、微笑した。


「……なんですかね。コレ」

 ボソッとそう呟くが……。


 その液晶には『自宅待機』とだけ記されていた。


 つまりは、なにもすることがないということだろうか? だとしても、じっとしているワケにはいかない。

 その証拠に昨日銭形が語っていたことが本当であれば、今頃この街はなんの災禍にも気づかずにいる可能性がある。


 そして、高橋も有栖も流もこの街を救うために表を裏を彷徨っている可能性だってある。


 アカリは高橋がいると思われるある場所へと向かう。


 その場所とは、彼が唯一連れてきてくれた場所ぐらいしか浮かばない。


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