エピローグ(すべてのネタばらし)


 エピローグ


 ほのかな日差しがさす個室の病室に一人、義眼の男が寝巻で窓の外を見ていた。


 その隣、近状報告をするため、高橋は病室へ訪れていた。

 ゲーム大会を来週に控えた高橋は、上谷に頼まれて止む負えなく彼の見舞に尋ねたのだ。


 嫌々ながらも、話すことは多々ある。


 銭形がリーダーである千代田区内の抗争を押さえるためにカムイとアギトはそれなりに苦労した。

 それに、事件後に銭形社会更生委員会の行く末は、どうも銭形がいなければ儘ならないことは認めなければならない。


 平日昼間飲酒人間でも、ホントそれなりにIDEAでの統制をしていたのだ。


 それなりであるが、アギトは区内での犯罪行為を撃退するのに疲労困憊している。


 それっきり、流佳乃、本名『楓凪』に掛けられた呪いとも言える『上位権限者』としての資格はあやふやになくなった。

 完全に力がなくなったワケではないが……。


 それに……そのことについて上谷と高橋しか知らない事実もある。


 *


 それは、事件から数日後経ったある日のことだ。

 上谷はルール規定の改ざんの理由を見つけることに成功した。


 その理由を確かめるため、高橋はIDEA核へと赴いた――のだが、そこで見せられたのは高橋の母、日野下がオサムへと残した家族レターだった。


「家で見ていいか?」

「駄目だ。秘匿事項だからね」


 とにかく見て欲しいと頼まれて、高橋はそれを白々しく見ることにした。


 データで残された母のデータは少ない。

 動画として眺めることは――死後、一度もなかった。


『オサム……、見てますか? 母のお仕事、たぶんこの動画を見ているんだとしたら、もう知っているんだよね?』


 高橋の母……、カメラの奥にいるだろう高橋へ問いかける。


『どうも……オサムの母、です。

 この動画を見てるオサムは今何歳ですか? ちゃんとご飯食べていますか?

 ……なにより、幸せですか? 私の仕事は、もしかしたら、明日にはいないかもしれない仕事をしています。そのせいで、心配させてゴメンナサイ。

 寂しい思いも沢山させちゃったね。


 それで、私にはアナタに何が残せるのか……エヴァの血である上位権限者としての力のことだけど。

 それをアナタにそのまま渡して良いのか、……それは争いを呼ぶ道具になるかもしれない。

 あなた一人では賄えない問題になるかもしれないって……


 それで思い付いたの! アナタじゃない違う人が上位権限者になって、アナタがそれを守れれば……きっとうまくいくんじゃないかって。

 そして、私もそうだったから。守りたい人。――その人のためになら命を掛けれるから。


 だから、世界の法則を変えました! 


 よく聞いてオサム、アナタが好きな人にIDEAの『上位権限者』になる力を与えます。

 だから、アナタは精一杯好きな人を守りなさい。

 私は、アナタがそういう子だって信じているから……」


 それを聞いた瞬間に、感動していいのか、悔やめばいいのか、はたまたどこをどうツッコめばいいのかわからなくなった。

 その後も、長々しく多希の父のことや、この施設の内部のこと、上谷までもビデオに出てきたところで、高橋は怪訝な目で上谷を見た。


「……アンタ、忘れてたんじゃないよな?」

「……そぉ、そんぉんなことないよ?」

 動揺で上谷の声がひっくり返る。



 どう考えても、この条件は思春期真っ盛りの高橋にとってはあまりに公然猥褻的な、プライバシーの侵害にしか思えない。――と思ったが、それを言ったら既に思考が駄々洩れのIDEAはなんていうべきか。


 最近になって、プロダクトの方法を上谷から教えてもらったが、それでも意味がない人間が中にはいる。


「大丈夫だよ。この件は私がなんとかしよう」


 そう、上谷はディスプレイに向かって、この世界の改ざんを始めた。

 そして、どんなことがあっても『上位権限者』についての情報だけは高橋から漏れないように設定された。


 そのことは銭形にも秘密にしてある。



 いくつかの近状報告を終えると、高橋は目の前の中年オヤジを眺めて、呆れながらも思うことが多々ある。

「でもな……アンタ、それは伝えたほうがいいんじゃないか?」


 高橋は、窓に耽る銭形へとモノ申した。


 本当は、アカリも見舞に行きたかったが、ワケがあって来れなかった。――その理由、高橋だけがこの部屋へと訪れたのには切っても切れない糸を隠すような……そんな銭形の隠しごとがある。


「……いや、まだ早すぎる」

「……あのな――」


 だが、高橋は薄々そのことには気がついていた……というと言い過ぎかもしれないが、


 まず、この名前、『銭形』というのは偽名だということ。

 病室へと訪れたとき、そこに記載されていた名前に高橋はアホらしさを超越した寒気が襲った。

 そもそも、埼玉県を代表する名警部の名と彼が同じハズがない。


 流や高橋と比べて彼女に対する態度は雲泥の差ほどあったというのも確かだ。


 そして、逐一彼女のことをヨロシクと最期に頼まれてるとなると、銭形の態度にはオカしいを通り過ぎてなにかがあると考えても仕方がない事項だ。


 ――そう、

 病室に記載された名義上には『芹沢』という、名前が記載されていた。



 考えれば考えるほど、高橋には疑念を持つことになる。

 最初訪れたときに駅の近くにいたことや、なんとなくアカリの陰湿な性格や仕草が彼と似ていたこと。

 だとしたら、母は誰なんだ……。――だが、不躾に彼女のことに聞くのは億劫した。


 今だからこそ、人間には知られたら嫌なことがあると自覚してもらいたい。

 そう節に高橋は願っていた。



 そして、高橋も隠していることがある。


 それはちょうど、銭形という男が助かった理由と繋がる。

 高橋の母である日野下が改ざんした『上位権限者』の条件、それは高橋が好きな人がなるようにプログラミングされている。


 その事情からすれば、アカリがあのとき、上位権限者として目覚めた理由が一目瞭然かもしれない。

 そして、そのとき高橋は彼女への気持ちを、知った。


「――それじゃ、また連絡があれば来る」


高橋はその部屋を出ようとしたときだった。


「……アカリを頼むよ」

 中年の義体のない、錆びた声がした。




 その近く、小さな鼻歌が響き渡る病室で一人の少女は明日に夢を見ていた。

 そこにもうすぐ、うるわしきあの人が来るとは知らずに……。


 少女は口遊む。遥か昔から聞こえた、アイのメッセージを   I dear……


『第一話完』

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IDEA~ 超未来のオモテ(現実)と裏(ゲーム)の社会更生者たち はやしばら @hayashibara

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