01-3/3  現実に戻れない!!

「アンタねぇ、どうして二人ともこれぐらいで逃げ出すのよ……」

 流は目を細めて高橋への怒りを露にする。だが、高橋もすぐ助けてもらったと知りつつも少女へ向かって軽蔑の目を向ける。

「それは、コッチの台詞だ! いきなりよくもわからない打撃を喰らったと思ったら、壁際までぶっ飛ばされているんだ。逃げない人間なんていないだろ?」

 それには、少女も一度言葉を呑み込んだ。

「んぬぅ……ゴメンなさい。ゲームか何かと勘違いしました」

「ゲ、ゲームね……」

 そんな理由で呼吸が止まるほどの打撃を受けたのだから笑えない。

「この世界は……VRというゲームなのか?」

「ああ、そうだね……」流は、またしても考える仕草。「この世界のことは極秘……。お願いできるね」

 高橋は、一度その言葉の意味を考え、頷いた。

「高橋くんは、オーグメンティッド・リアリティって知っている?」

「オーグメンティッド・リアリティ……ってARの事か?」

 通称ARと呼ばれる拡張現実と呼ばれる技術。


 高橋もこの技術の事は知っていた。

 それもそのはず。拡張現実は、バーチャルリアリティーと同様に時代の経過とともに規制されて失われた技術。だが、この存在は今生きる人間は誰を認知したことがないはずだ。なぜなら、ARはVRと違って、施設や規模、更には高度な技術が要求されるからと高橋は知っていた。それだけでなく、それを地場すべてを作用させるARは莫大の土地の広さが必要とし、現実的に今の規制された世の中では不可能に近い。

 だが、どんなにそれを疑ったところで、今圧迫されている事実が彼へと現実を物語る。

「これを信じるにしよう……。どちらにしても、どうして昔失われたと言われる技術がこんな場所で……」

「ごめん、詳しくは話せない。それに君をこんな場所にいつまでも居させるワケにはいかないの」

「そ……それは、どうしてだ?」

「この街にいるには、許可証が必要なの。そして、高橋くんはそれを持っていない。本来ならココに居ちゃいけない人間なんだよ?」

「ちょっと待って?」高橋は頭を掻く。「僕は好きで来たワケじゃない……アンタがそれを一番よく知っているだろ?」

「わかっているわよ……。けど、仕方がないでしょ? だから、協力するから、家に来て?」


 とのことで、二人は最初に出会った部屋へと戻ってきた。

「この街から現世に戻るには、この鏡を通る必要があるの。高橋くんが最初に来たように、この鏡へ入れば戻れるはず……」

 そう言うと、流は、彼女の部屋に存在した大きな鏡へと手を伸ばす。

 すると摩訶不思議な風景が広がる。

 まるで、水の中に手を突っ込んだかのように流の手が反射する鏡の中へと侵入する。鏡は少しばかしの歪みを見せて、彼女の手はすっぽりと何かのマジックのように埋まっていた。

 流は高橋に逆の手を向けた。

 高橋は、彼女の冷たい指に触れた。一瞬、流は彼の手を嫌そうに顔を歪ませる。

「こんなことさせてすまないな」高橋は、肩を竦めた彼女へと言葉を投げつける。

「……ごめん。そういうワケじゃないんだ。嫌な事を思い出しただけだから」

 高橋も顔を歪ませる。

 それではまるで、僕に因果があるようではないか。そんなことは口に出せるはずもなく、そのまま彼女に手を引かれるように高橋も鏡の中に入る……はずだった。

「――イタッ!」

 高橋は、鏡へと差し向けた瞬間だ。

 ここには見た目通りのガラス板が現実通りにこの鏡から彼を通すことを拒んだ。

「お、可笑しいわね……」

 彼女は引っ張るように力を加え始める。

「痛い……痛いってば!」

 やはり何度やっても、鏡が高橋を通さない。

「どうなっているのだ!」思わず高橋は、鏡の向こう側へ叫ぶ。

「変わねぇ……」顔だけを出した流が、高橋へと対面した。

 お互いにこの近さに顔を紅潮させると、流は一度恥ずかし隠しの笑顔を見せた。

「このまま、紐のように暮らすってのもアリわよね……」

「それ、冗談になりませんよ?」


 そして、あまりに悶絶する流にある気になることを高橋は尋ねた。

「でも、どうして、拡張現実の人々は、僕たちにこんな厳しかったんですかね……」

「あ……そうよね。説明は必要よね……」

「まあ」

「それは、この街が秘密の街だからよ……」

「それは、以前この街が販売中止になった事実と重なるのか?」それは高橋は予感だった。

「……分かっているなら言わさないでよ」

「いや、それにしたって存在理由が分からなくちゃ、黙秘するにも気味が悪いではないか?」

「……もう、そんなのアナタの理由でしょ?」

 流は、言葉にできない怒りをぶつけるようにワザと高橋を鏡の中へと引っ張る。

「ぎゃアッ!もう、痛いって言ってるだろ?」

 引っ張られる度に高橋のその手は何度も突き指と同じ物理攻撃を繰り返されるのだから、堪ったモノではない。

 思わずキレるほどの痛覚。

「へへーんだ! 突き指で苦しむが良い! そして、アタイの雄大で慈悲深きアタイの胸に感謝するのね」

 いっそ、埋めたい。

 そう高橋の思考が巡るのは男の沙汰とでも言うべきか。だが、その考えを読み取ったように? 流の顔が赤くなっていく。

 その手を放すと、ぶるぶると震えはじめる。

「……君さあ? 少し失礼ではないですか?」

「――え?」

 高橋には理由は分からないが、その時あることに気が付く。それは、脳裏に言葉を考えてみる事だった。高橋は脳裏に言葉を考える。

『もしかして、考えが読まれてる……?』

「…そ、そんなワケ……ないでしょ?」

「いや、今は声出してないぞ?」

「……あ」

 流は顎を外したようにぶら下げる……。「……そのことは誰にも言わないこと! いいね?」

「条件によるが……もし、伝えたらどうなるんだ?」

「そうね」流の嫌らしい笑顔。「この街から出られなくなる」

「……すみません。言いません」


 二人は一度冷静に物事を考えることにした。

「ん……」流は、鏡から部屋へと戻ると、考える仕草をみせる。

「もしかして、戻れなくなったとか……ないですよね?」高橋に悪寒が走る。

 もし現実の世界に戻れなかったら、どうなるのだ? おそらく百鬼夜行の妖怪が歩き回る世界だ。外に出ることもできなければ、一生ココにいるしかないってワケだ。

「そ……そんなこと言っても、君がいきなりココに訪れたんでしょ?」

 逆ギレとも思われる流の言動。

「そもそもだ……。どうして、こんなところに移動されたんだよ? っていうのか、どうして路地裏でいきなり……」

「……あ」流は、もう一度分かりやすい反応。

 明らかに困った顔を隠すようにそっぽを向く。

「おい、アンタ何か隠しているだろ?」

「え、えへへ……」そして、流は大きな溜息。「実は、アレ、秘匿アイテムなんだよ……」

「ど、どういうことだ?」

「ん……言ってもわからないかも知れないけど、移動する場合は決められたゲートから出入りされるのがルールなんだけどね……。このゲートは裏取引で手に入れたのよ」

「かのドラ●ンクエストで言うなれば、教会に宿屋に持ってきたってことになるのか?」

「……そういうことになるかも」

「アンタさ……」

 高橋の頭の血管が浮かび上がる。その表情に流も、狂気を感じたのか、ひぃっと歯を食い絞った。

「……オマエ、恥かしくないのか」

 流はひぃ~っと、身を竦める。

 明らかに自身がこんなワケのわからない改造商品を買ったせいで、彼がココに転送されてきたのは言うまでもない。

「時間が勿体ない!? 周りが強くて勝てない!? 面白ければ何でもいい!? そう思っているのか? 俺はな? ゲーム愛好者として言わせてもらおう。みんなで楽しく、面白いがモットーだ。だがな、その輪を壊すのが何だと思う? そうだよ? お前みたいなチートプレイヤーだよ? 最近の殆どのゲームが課金、無課金問わず平等に勝負ができるような工夫がされているこの御時世に、それでも我が自我の欲と劣等感に溺れ安易に反則を使うのだ? アンタ恥ずかしくないのか? 一つの最強武器を手に入れるために、時間や知識、場合によっては他プレイヤーと協力し合いやっとのやっとで手に入れた武器、アイテム……」

「――って、コッチ??」

 高橋は、すっと立ち上がると一度部屋を出た。

 そして、数秒後、高橋はどこからか、部屋に転がっていたパイプを握っていた。この部屋の主人である流でさえも、どこから持ってきたのかわからない鉄の棒。

 流には、高橋の思考を読み取らなくても、何を考えているのかが一目瞭然。

「だ……ダメだって……。コレ高かったんだからね?」

「いいから退け!」

「イヤァァァァァー」

 流は、止む負えなく、手に力を込めた。

 それは、彼女のスキル? の一つであった。

 高橋は、数分前の事を思い出す。あれは……確か真空的にハンマーで殴られたような衝撃。

「……ん? ええ!? ぎゃあああ」

 ――ドォォーン……

 町中にダンプカーが壁にブツかる程の破壊音が響いた。

 高橋はこの衝撃に部屋のドア側へ吹き飛ばされてキッチンを滅茶苦茶にする。

「……なんじゃこれ」高橋は、瓦礫の中で、撃ち果てた頭を抱え込む。

 そう、高橋は、この覇道拳にも似た旋風? の正体を知った。

 アレは、漫画やアニメで見掛けるアレととても似ていた。流の手には、空気か何かの層が渦巻き、あれは確か一番隊隊長の必殺技……というところで高橋の思考が止まる。

 頭のネジが外れたように気絶。

 そして、流は意気消沈、またしてもヤッテしまった自身の行動に一度大きな溜息をついた。

「――あ」その時、彼女は思い出す。

「パスの登録、彼たちしてないじゃん……」

 それは、彼女の凡ミスと言えよう。

 事実、この街に訪れるには、規定が存在する。すっかり高橋と榊原がルール規範と関係なしに訪れたため、彼女はその事を忘れていた。

 だが、だとしたら、少し厄介なことになる。もし、そのまま穏便に彼らがこの街から立ち去り、バイバイーだったらどんなに楽だったか?

 もう一度、その事を考えて、流は嘆息した。


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