第8話、画策

 さて、仕事は入ったが、気乗りがしない。

( マータフに相談したら、きっと反対するだろな )

 しかし、断ったところで、あのシュタルトが、作戦の全貌を知る俺を、そのまま放置しておくはずは無い。 俺の推察通り、偏狭な領域で、いきなりミサイルをブチ込んで来るに決まっている。

 例え、首尾良く仕事が無事終わったとしても、安心は出来ない。 間違いなくヒットマンが、俺を抹殺しに来る事だろう。 ヤツの性格は、よく知っている。

( ヤなヤツに、見初められちまったな…… )

 万が一、作戦がうまくいって終了したら、ソッコーでトンズラだ。 しばらく、この辺りから姿をくらまそう。 オリオン辺りで、食料品の急配でもして、ほとぼりを冷ますか……


 シュタルトとの会食の後、再びルーゲンスが、リムジンでクーパーの宿まで送ってくれた。

 相変わらず、静かな車内…… 窓の外には、繁華街のネオンが瞬いている。


「 この仕事… 本当に請けるのかね? 」


 しばらくの間合いの後、俺の方は向かず、窓枠に肘を掛け、外の景色を眺めながらルーゲンスは、静かにが尋ねた。

「 断ったら、消されるんだろ? それくらい承知してる。 提督は、元、俺の上官だぞ? あの人が考えている事は大体、想像がつくよ 」

「 …… 」

 向かい側のシートに座っていたルーゲンスは、何か言いた気な雰囲気で俺を一目すると、葉巻に火を付けた。

 俺は尋ねた。

「 請ける以外の選択肢は、はたしてあったのか? 」

 ルーゲンスは答えた。

「 …無いね 」

「 だろ? 」

「 だが、提督が想像もつかなかったような結末にする選択肢は、ある 」

「 何の事だ? 」

 ルーゲンスは、くゆらす葉巻の煙越しに、俺の顔をじっと見据えながら答えた。

「 両方に、消えてもらうのさ…… 」

「 ……何だと? 」

 捨て置けない発言だ。 『 両方 』とは、どういう意味なのか……?

 俺は、ルーゲンスを見つめ返し、その謎解きを求めた。 彼も、じっと俺を見つめている。本当に、信用出来る者かどうか… そんな判断をしているような、真剣な目だ。

 やがてルーゲンスは、俺の目を見据えつつ、静かではあるがハッキリした口調で、驚くべき発言をした。

「 ……閣下は、皇帝軍の品位を、著しく汚しておられる。 おおよそ、将官には相応しくない人物だ。 閣下が、ご存命であるが故に、無駄な命が失われ、無益な浪費が繰り返されていく……! 」


 何と言う発言だろう……!


 他人が聞いたら、ソッコーで留置… ヘタすると、反逆罪で銃殺だ。 一般兵士ならまだしも、ルーゲンスは親衛隊員… しかも、将校だ。 統制を管轄する側の人間であるはずなのに、この発言は、にわかには信じがたい……!

 俺は、慌てて口に人差し指を立て、小さく、ルーゲンスに言った。

「 …シッ! 」

 俺は、運転席と、セカンドシートを指した。 俺を見つめたまま、ルーゲンスは答えた。

「 エンリッヒとブルックナーは、大丈夫だ 」


 ……分からんぞ? スパイだったら、どうする?

 バルゼー元帥だって、部下の裏切りで失脚したんだぞ?


 警戒を解こうとしない俺に、ルーゲンスは言った。

「 ブルックナーのハインツ家は、シュタルトのヤツに乗っ取られ、領地も、全て取り上げられている。 お父上のハインツ少佐は、先のM―46会戦で戦死されたうえ、兄のマインナー中尉も、タイタン会戦で戦死している。 …いや、両名とも『 戦死させられた 』と言った方が正解かな 」

( タイタン……! )

 俺も、過去に参加した作戦だ。

 戦史上では皇帝軍の勝利となってはいるが、参加部隊のほとんどが壊滅した典型的な消耗戦だった。 俺に言わせりゃ、立派な負け戦だ……

 とにかく第2連合艦隊には、マヌケな貴族将官が多い。 囮にされた艦隊が、かなりいたようだ。 囮艦隊に群がって来た解放軍を、シュタルトを筆頭とする無能将官どもは、友軍ごと攻撃したのだ。

 俺は、呟くように言った。

「 タイタンか…… 思い出したくも無い会戦だな。 俺のいた第7艦隊は、エサにされたんだ。 確か、第5艦隊の連中なんかは、解放軍の真正面から突っ込まされてたな 」

 ルーゲンスは言った。

「 ブルックナーの兄であるマインナー中尉は、その第5艦隊の護衛艦に乗艦していたんだ 」

 運転席のバックミラーに、ブルックナーの訴え掛けるような視線があった。 じっと、俺を見つめている。

 無残に全滅させられた艦隊…… あの囮艦隊に、彼の兄は、いたのか……!

 俺の脳裏に、解放軍の集中砲火を浴びながら四散していく、護衛艦隊の姿が甦った。 『 生け贄 』にされたのは、誰の目から見ても明らかだった。 だが、誰1人、それを言う者はいなかった……

 ルーゲンスは続けた。

「 エンリッヒは、息子2人を、タイタン会戦で失っている。 元は、第4艦隊の戦闘副官だ。 無益・無謀な命令に背き、作戦を実行しなかった為に役職を追われ、降格されて、艦隊勤務から外された 」

( 元 艦隊付の戦闘副官か…… 階級は、佐官クラスだな。 どうりで、雰囲気がある男だと思ったぜ )

 セカンドシートから前を見据えたまま、静かに、エンリッヒは言った。

「 命令に背くのは、軍人の恥であります…… しかし、部下の命を、無駄に危険にさらすのは、司令官としての恥じである、と私は思います。 どちらを優先するか…… あの時の、私の判断は間違っていなかったと、今でも私は、確信をしております……! 」

 佐官クラスから下士官では、かなりの降格だ。 耐え難い生活を経験したと推察される。

 エンリッヒは続けた。

「 本来なら軍法会議に掛けられ、銃殺か重営倉にて終身刑のところ、ルーゲンス殿に拾われ、親衛隊員として置かれております。 私も、軍人の家系に育ち、他の職業を知りません…… どのような形にせよ、軍籍を抹消されず置いて頂けた事に感謝しております 」

( …元は、将校だ。 本来ならば、艦隊を率いていたいのが本音だろう。 謙虚な男だ。 コイツは、信じられるな…… )

 ルーゲンスの言う通り、この2人は大丈夫だろう。

 俺は言った。

「 あんたらの素性は、良ぉ~く分かった。 …で、どうすれば良いんだ? こんな話しを切り出したと言う事は、それなりに作戦が出来てるんだろう? 」

 ルーゲンスが答えた。

「 予定通り、君には、ヤミ商人から仕事を貰ってもらおう。 解放戦線の連中をおびき出すまでは、そのままだ 」

 俺はタバコを出し、火を付けながら言った。

「 …そんでもって、シュタルトが出張って来る。 お友だちの、ゲーニッヒ君もな 」

 ルーゲンスは言った。

「 解放戦線を蹴散らした後、ゲーニッヒの艦で、シュタルト提督を抹殺する……! 」


 な… 何だとっ…?


 さすがに驚きを隠せない、俺。

 ルーゲンスは、葉巻の紫煙をくゆらせ、じっと俺の表情を窺った。


 しばらくの沈黙の後、俺は尋ねた。

「 ……と言う事は… 事前に、ゲーニッヒの艦を乗っ取ると言う事か? 」

 ルーゲンスの目が、ネオンの光に反射し、キラリと光った。

「 いかにも…! 『 シリウス 』の主砲なら、提督の乗艦『 アンタレス 』を、瞬時に撃破出来る 」

 『 アンタレス 』は、提督専用の旗艦だ。 いや… 旗艦ではなく、大型高級クルーザーと言った方が良いだろう。 贅を凝らしたバースタンドや遊戯室、温水プールまである代わりに、兵装がほとんど無い。 口径の小さな高角砲が、数門あるだけだ。 大体、こんな艦で作戦に参加すること事態、バカげている。

 ルーゲンスが続ける。

「 『 アンタレス 』は、全クルーが、女性型アンドロイドだ。 提督と、運命を共にする人命は無い 」

 無駄死にする部下は、いないワケか…… そりゃ、好都合だな。 『 シリウス 』の60センチ 4連キャノン砲、3門で斉射してやれば、木っ端微塵だろう。


 ……問題は、『 シリウス 』の乗っ取りだ。


 俺は尋ねた。

「 どうやって、ゲーニッヒを拘束するんだ? 」

 ルーゲンスは、しばらく考え、答えた。

「 ゲーニッヒは、部下からの信頼が無い。 乗艦している将兵は、先代艦長のバルゼー元帥を敬愛していた将兵たちだからな…… ゲーニッヒさえ拘束出来れば、後は、うまくいくだろう。 こちらの作戦に賛同する者が出て来る可能性すらある。 …問題は、艦内の見取りだ。 『 シリウス 』は、ごく一部の関係者しか、内部の詳細が分からない 」

 ルーゲンスは、俺を見据えると続けた。

「 私のコネを使えば、潜入は出来る。 だが後は、自力で動き回ってもらうしか、今のところ方法は無い。 問題は、そこなのだ……! 」

「 おいおい…! 随分、行き当たりばったりじゃないか。 誰が、それをやるんだ? 『 信頼出来る 』あんたの部下か? 肝心な、ソコがしっかりしてないようじゃ、この作戦は失敗に終わるぞ? 」

 ルーゲンスにも、それは理解出来ているようで、俺の言葉に、彼は沈黙した。

 セカンドシートに座っていたエンリッヒが、俺の方を振り向いて、静かに言った。

「 ……グランフォード殿。 それでも、この作戦は、やらなければならないのです。 貴殿は、このままでは、必ず死ぬ運命にあります…! 解放戦線の連中が、あなたの船に近付いて来た時… ゲーニッヒが、解放戦線の連中だけを狙って攻撃すると、お思いですか? 」


 何……?


 連中は解放軍を、俺の船ごと、フッ飛ばす気でいると言うのか?

 俺は、ルーゲンスに目をやった。

 無言の、彼。

( …そういう事か…! )

 読めたぞっ……! デービスたちも、これでやられたんだ! 情報が、バレてるだけじゃない… エサにされたんだ! ちくしょうっ!

 俺は言った。

「 性懲りも無く、囮作戦か…! 群れて来た所を敵味方関係なく、とにかくブッ放すだけの、低脳極まりない作戦…! 俺の仲間たちは、みんなこれでヤラれたんだな……? 」

 ルーゲンスは、静かに頷いた。

「 ちくしょうっ! あのブタ野郎…! 俺の仲間たちを……! 」

 危険な運搬と知りつつ、商談を持ち掛けて来るヤミ商人も憎いが、シュタルトは、それをまんまと利用している訳だ……

 俺は言った。

「 このままだと俺は、間違いなく宇宙のチリになるって事か…! 」

 状況は、エライ事になっている。 早急に手を打たないと、マジでヤバイ……!

 俺は提案した。

「 ツメなくちゃ、イカンようだな、早急に…! ようし… 3人とも、俺の宿へ来てくれるか? 」

 常識的に、親衛隊の連中を簡易宿に招待する事などあり得ない。 しかし、場合が場合だ。 逆に、宿泊検査を執行するというシチュエーションを立ててもらおう。 宿の連中は怯えるだろうが、近付く者もいないだろうし、好都合だ。 この件に関しては、クルーの皆にも了承していてもらわなくてはまずい。


 俺は、親衛隊を宿に招待すると言う、前代未聞の行動を、実行に移す事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る