第5話、爆弾男
4番ドックに係留された、小型輸送船……
船首には、トカゲのような形をした動物の装飾が付いている。 クエイド人特有のもので、旅人を守る彼らの神、『 クエーサ 』と呼ばれるものだ。 小さな船体に似合わず、金箔張りの立派なマスコットだ。 おそらく、部族長か、それに準じる階級の者が船長なのだろう。
クエイド族の星は、M―46にあったが、星自体の寿命が尽き、膨張爆発した。 皇帝軍に従属し、火星のコロニーで暮らしている。 主に、農耕民族だ。 野菜や果物を栽培し、各惑星や人口惑星・前線基地などへ出掛け、商いをしている。
「 アンティ・キテラ号、か…… 」
クエーサを眺めながら、俺は、タバコに火を付けた。
「 新鮮な野菜が、満載だよ? 要らんかね 」
後ろからの声に振り向くと、作業着を着た初老のクエイド人の男が立っていた。
頭髪の無い、とがった頭… 類人猿のような窪んだ目に、小さな口。 首には、族長を示す赤いバンダナのような布を巻きつけている。
「 いいね。 イチゴなんかも、あるかい? 」
俺が答えると、彼は、小さな口を更に小さくしながら言った。
「 もちろんだ。 ワシらが作るイチゴは、最高に甘いんだ 」
彼はそう言うと、傍らに積んであったカゴの中から真っ赤なイチゴを1個出し、俺に勧めた。
…うまい。 確かに、糖度は高そうだ。
「 1パック、もらおうか。 それと、野菜も欲しいな。 長期保存用の乾燥野菜は、もう見たくもない 」
イチゴを頬張りながら言うと、彼は、レタスのような野菜を仕分けながら言った。
「 アレは、いかん。 あんなモンばかり食っていると、早死にするぞ? …見たところ、クルーのようだな 」
俺は、苦笑いしながら言った。
「 さっき、アンタに道を譲ってもらった、フリゲートの船長だ 」
彼は、俺の方を振り返り、言った。
「 あんたが、あのフリゲート野郎か…! いい腕の機関長がいるようだが、あんな操船ばかりしてると、いつか事故るぞ? 」
「 すまなかった。 緊急事態でね。 危険速度を解消出来なかったんだ。 いつも、あんなハデな操船してるワケじゃない。 さっきは、特別だったんだ 」
彼は、野菜を包みながら言った。
「 ……しかし、いい操船だ……! オレの、キャブの後ろに付かなかった判断は、正解だ。 空いている4番に、入るつもりだったからな。 指令塔の誘導進行で、あの後、ブレーキが掛かっていたところだった。 お互い、今頃、生きちゃいなかっただろう 」
彼は、イチゴのパックと野菜を傍らに置くと、作業着のポケットから端末を出し、計算して言った。
「 1クォーター・ギールで、いい 」
「 随分と、安いんだな 」
「 同じ、クルーだ。 助けあって行こうじゃないか 」
俺は、コインを渡しながら言った。
「 ありがとうよ。 俺は、グランフォードだ 」
男は、意外そうな顔をしながら答えた。
「 グランフォード…? フリゲートの…… あんた、キャプテンGか……? トラスト号の……! 」
「 悪名高き、ってカンジだな。 そんなに、俺の評判は悪いのか? 」
彼は、受け取ったコインを握り締めながら答えた。
「 我々、クエイド人にとっては、偉大なる恩人だ…! 火星への移住に際しては、多大なる恩恵を受けた。 民は、忘れんぞ? お前さんの行為は、我々クエイドを、壊滅の運命から救ったのだ…! 」
「 3年前の事か…… 」
住んでいた星が吹き飛ぶ運命にあり、火星への移住を余儀なくされた際、丁度、M―46星雲辺りで、皇帝軍と解放戦線軍の大規模な戦闘が始まった。
移住の為の救援船派遣は、中止。
銀河救済連盟は、民間より、高額な報酬と引き換えに、クエイド人救出の為の有志を募った。 駆け出しの俺は、それに飛びついたワケだ。 スピードには、自信があったし……
乗せれるだけのクエイド人を乗せ、戦闘の、真っ只中を突っ切った。 このクエイド人の男も、その時に乗せた1人らしい。
「 アレは、運が良かっただけだ。 被弾も、随分したし… 結局、エンジンは、パーだ。 修理代を差し引いたら、酒代くらいしか残らなかったよ 」
手にしたイチゴパックの甘い香りを嗅ぎながら、俺は言った。
「 とにかく、あんたはクエイドの恩人だ……! 一度、会いたいとは思っていたんだが、コロニーの構築に忙しくてね。 メンフィスへ来たのも、ワシは、今日が初めてなんだ 」
「 クエイド人の第1部族、チム部族長には、会ったコトがあるな。 名前は… え~と、何てったけかな? 」
「 ルスカだろう? 」
「 そうそう! 確か、そんな名前だった 」
「 オレは、バイア部族長のアントレー・オーパーツだ。 お目に掛かれて、光栄だ。 キャプテンG……! 」
アントレーは、握手を求めて来た。 クエイド人は、指が3本しかないので、握手し難い。
アントレーは、続けて言った。
「 恩人から、金は取れない。 これは返すよ 」
先程、渡したコインを返すアントレー。
「 ダメだよ、ちゃんと受け取ってもらわなくちゃ。 これは、ビジネスなんだ。 俺が、アンタたちを救出に行ったのも、報奨金があったからさ。 あまり恩義に感じてもらっても、コッチは、くすぐったいよ 」
俺は、コインを受け返したが、アントレーは俺の手を押し返し、答えた。
「 これは、ワシの気持ちだ。 次からは貰うから、今回だけは持って行ってくれ 」
善意を突っ返すのも失礼だ。
俺は、コインを受け取りながら言った。
「 分かった。 …この後は、どうするんだ? 」
「 コロニー建築の為の資材を積む予定だが、どうやら、明日にしか届かないようだ。 1日、休養を取るよ。 お前さんは? 」
「 俺の方も、一旦、ここでストップさ。 次の荷は決まっていない。 簡易宿を取ったら集荷センターに行って、チビた仕事でも貰うか… 」
「 じゃあ、今晩、宿へ行くよ。 クエイドの地酒がある。 キャプテンは、飲まんのかね? 」
「 まあ、たしなむ程度だな。 待ってるよ 」
俺は、アントレーと別れ、カフェへ向かった。
ロビーには、物々しい装備をした皇帝軍の兵士たちがいた。 皆、ビームライフルを構え、緊張した様子である。 入場ゲートから、軍服を着た将校たちが出て来るのが見えた。
( 参謀に、主計少佐… ほう、大佐もいるのか。 どこかの星域の作戦会議か、それとも視察か…… )
俺は、横目で連中を見ながら、カフェへ急いだ。
将官たちは、兵士に護衛されながら、軍のエア・カーが待機している正面玄関へと歩いている。
1人の男が、将官たちに近付く。
「 ? 」
茶色のダッフルコートを着込んだ、その男… 何やら、怪しい。 空調が完備されているロビー内で、フードの付いたダッフルコートは、ヘンだ。
( 自爆テロじゃないだろうな……? )
一見、普通の通行人に見えるが、どうも怪しい。 そのコートの下に、爆薬を隠し持っているのでは……?
俺は、その男に後ろから近付いた。 男の後ろを歩きながら観察すると、コートのポケットに入れた手を、もぞもぞさせている。
( …コイツ、やっぱり……! 高級士官を狙った、爆弾テロを起こす気だな? 持っているのは、おそらくプラスチック爆弾だろう。 C―4か、2か…? )
皇帝軍の将官を助ける義理は、毛頭ないが、こんなトコで爆薬を使ってもらっては、たまったモンじゃない。 コッチまで吹き飛ぶか、外に吸い出されてしまう。 カフェにいるソフィーたちも危ない。
俺は、その男に近付き、肩でヤツの左腕辺りを突いた。
「 …おっと、失礼 」
コートの下に、ゴツゴツとした感触。 間違いない。 ヤツは、何かを隠し持っている。 ポケットの中から、コードのようなものが出ていた。 起爆装置だ……!
俺は、持っていた野菜を床に置くと、いきなりヤツを、後ろから羽交い絞めにして、叫んだ。
「 衛兵ッ! 不信人物だ! エリアシールドの隔壁を閉鎖しろッ! 民間人の避難をっ! 」
「 なにしやがるっ…! 放せっ! 」
男のコートの前が開き、首から吊るしていたらしい爆薬が数個、床に落ちた。
兵士たちが叫ぶ。
「 じ、自爆テロだッ…! 閣下、早く車へ! 非常ベル! 」
数人の兵士が駆けつけて来る。 俺は、男を羽交い絞めにしたまま、言った。
「 爆薬の信管を抜けっ! 起爆装置が、ポケットの中にあるはずだ。 取り上げろッ! 」
1人の兵士が、男のポケットをまさぐった。
「 あった…! ど、ど… どうすりゃいいっ……? 」
コードの付いた小さな電池ボックスを手に、真っ青な顔の兵士。
「 電池を抜けっ! コードは引っ張るなよッ? 抜いたら、オダブツだッ…! 」
電池を抜いた兵士は起爆装置を遠くへ投げ捨てると、ライフルを構え、男を制圧した。
兵士たちによって床に押し付けられ、男は観念したように叫ぶ。
「 …ちくしょうっ! 解放戦線万歳っ! 皇帝軍、くたばれっ……! 」
俺は、ヤツの腹に思いっきり蹴りを入れながら言った。
「 ばかやろうッ! 死ぬなら、てめえ1人で死ね! 民間人を巻き込んで、ナニが解放だ、この野郎ッ! 」
今頃になって、非常ベルがロビーに響き渡り始める。 男を床に押さえ込んでいた兵士たちの内、伍長の階級章を付けた下士官が、俺に言った。
「 あんた… SPかね? 」
「 俺は、民間人だ。 そこに係留してある、輸送船の船長だよ 」
兵士たちに拘束され、男は連行されて行った。 もう1人、下士官が走って来る。
将官たちはエア・カーに乗り込み、無事、玄関ホールを発進したらしい。 それを確認し、先程の伍長が、走って来た下士官に言った。
「 軍曹殿、民間の方だそうです 」
「 民間? てっきり、私服のSPかと思ったが…… 」
俺は言った。
「 警備が手薄なんじゃないのか? 探知機も用意してないのかよ。 もっと、民間の安全を考えろ 」
軍曹は、俺の身なりを一通り見て言った。
「 ご協力、感謝致します。 後ほど、管轄の方から、お礼をさせて頂きますので、氏名をお聞かせ頂きますか? クルーのようですな 」
俺は答えた。
「 礼なんぞ、要らん! こんなトコで爆発でもさせられたら、皆、外に吸い出されてオダブツだったんだぞ! 俺は、シールドの隔壁を閉鎖しろ、と言ったハズだ! てめえら、将官の避難を優先しやがって…! 」
軍人なのだから、上官の安全を優先させるのも道理だろう… 俺は、床に置いてあった野菜を手にすると、追いすがる彼らを尻目に、さっさとその場を立ち去った。
「 何か、向こうの方が騒がしかったようですが、何かあったんスか? キャプテン 」
カフェでビールを飲みながら、ビッグスが尋ねた。 横ではカルバートが、特大オムレツを食っている。
「 レジスタンスが捕まったようだ。 …ほら、ソフィー。 いいニオイだろう? 」
イスに腰掛けながらテーブルについた俺は、先程、アントレーに貰ったイチゴのパックを、マータフの膝の上に座っていたソフィーに渡した。
「 わあぁ~、イチゴだ、イチゴだあ~! いいニオイ~…! 」
マータフが言った。
「 ほう。 ソッチは、野菜かね? 」
「 ああ。 ライト・キャブの船長に貰った。 俺は、クエイドの連中にとって、英雄らしい 」
「 ははは。 以前の、救出の事かね? 」
「 ああ。 くすぐったい話しさ 」
ニックが、食べ終わったカレーのスプーンを置きながら言った。
「 あん時ゃ、もうち~と、報酬をアップしてもらっても良かったと思うですがねえ? キャプテン 」
「 まあ、そう言うな、ニック。 クエイド人、5部族の内、2部族が助かったんだ。 コッチも命があったワケだし、赤字じゃない 」
カルバートが、イチゴの匂いを嗅ぎながら言った。
「 確かに、命を賭けた仕事にしちゃ、安かったですねえ… エンジンが、イカれちまったのが余分でしたね 」
「 ああん、ダメだよ、カルバート! そんなにニオイ嗅いだら、ニオイ、無くなっちゃうよぉ~! 」
ソフィーが、イチゴのパックを、カルバートから取り上げる。
ビッグスが、サンドイッチを頬張りながら聞いた。
「 キャプテン。 次の仕事は? 」
「 後で、センターに行って来るが、しばらくは無さそうだな… あ、俺にもサンドイッチをくれ。 エッグね 」
近くを通り掛った、アンドロイドのウエイトレスに注文をしながら、俺は答えた。
ニックが、両手を頭の後ろに廻しながら言った。。
「 じゃ、オレは久し振りに、ヘルスでも行って来るかな。 ルイスは、相手してくれそうもないし… 」
そう言って、ルイスを見る。 ルイスは、表情ひとつ変えずに答えた。
「 それが、よろしゅうございますね 」
ソフィーが、誰とも無く尋ねた。
「 ヘルスって、なあにぃ~? いいトコ? 」
ニックが、ソフィーに顔を近づけ、意味ありげに答える。
「 そうだよぉォ~? 一緒に、連れてってやろうかあぁ~? 」
ルイスが、怖い顔をしてニックを睨みつけた。
「 ……冗談だよぉ~、ルイス。 頼むから、電気ショックはやめてくれよ? 」
ソフィーが、ルイスに言った。
「 ねえ、ねえ、ルイスぅ~ あたしも、ヘルス、行くうぅ~! ダメえ~? 」
凛とした口調で、ルイスは答えた。
「 そのような所は、ソフィー様が行かれる所ではありません 」
「 じゃあ、何でニックは、いいの? 」
「 助兵衛だからです 」
ルイスの説明に、カルバートとビッグスが笑い出した。 ニックが反論する。
「 おい、おい…! オレは、本能的欲求をだな、健全に… 合法的に解消をしようとしてだな…… 」
マータフが遮った。
「 ニック、もうやめとけ。 言ってて、虚しくないか? 」
ニックが、ぶすっとして答えた。
「 ちぇっ… オレだけ、スケベみてえじゃねえかよ 」
カルバートが言った。
「 事実には、違いないねえ…… 」
ビッグスも言った。
「 だいたい、お前は、ソッチの事しか考えんからイカン! 」
ニックが、再び反論する。
「 よく言うぜ、ビッグスよ。 てめえ、荷物室で、エロ本読んでんじゃねえかよォ! オリオンの女は、ケツがデカイ、とか言ってよォ~! 」
「 雑誌を読んでるくらい、自由だろ? お前のは、年中発情期じゃねえか 」
……もう、お前ら、そのへんでヤメてくれ。 俺の、船の品位が落ちる。 元々、品位なんて無いか……
ソフィーが、マータフに尋ねた。
「 エロ本って、なあに? 」
マータフが、ニコニコしながら答える。
「 大人の絵本さ。 ニックは、絵本が大好きなんじゃよ 」
「 ふう~ん… ねえ、ニック。 あたしの本、貸してあげようか? ルイスに頼めば、3Dディスクを投影して、読ませてくれるよ? ウサギさんと、リスのおじいさんのお話しが、あたし、一番好きなの。 知ってる? 」
「 知らねえ~… 」
ニックが、腕を頭の後ろに組み直しながら、気の無い返事をする。
「 じゃ、かしの木と、お星様のお話しは? 」
「 はあ~? ナンじゃ、そら 」
「 ええ~? 知らないのォ~? お姫様と、お月様のお話しもぉ~? 」
「 お姫様と、しっぽりする話しは、興味あるケドな? 」
ルイスが、怖い顔をしてニックを睨んだ。
ソフィーが、ニックに忠告する。
「 だめだよ? ニック。 お話しを読まないと、おバカさんになっちゃうのよ? おじいちゃんが言ってたよ? 」
……ソフィー。 コイツらは、もう手遅れだと思う。 好きにさせておいてやりなさい。
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