第4話、メンフィス、入港
「 船体強度センサーに、警告っ! 船体が… 押し潰されますっ…! 」
ビッグスが、俺の方を慌てて振り返り、報告する。
俺は言った。
「 ビッグス! 30度、上昇っ! 船体に掛かる負荷を分散させるんだ! 」
「 イエッサー! …あ、あれ? 上昇舵が作動しません、キャプテンっ! 」
「 マニュアルに切り替えろッ! 手動でやれ! 早くせんと、船体がバラバラになるぞッ! 」
「 …う… 動きません…! キャプテ~ン……! 」
上昇舵を両手で握り締め、泣きそうな表情のビッグス。 ニックが、ビッグスの席に駆け寄り、2人で方向舵共に引き上げる。
「 ぬお… おおおおおォォ~ッ…!! 」
徐々に、船体が上昇し始めた。
「 キャプテン! 港が見えて来た! どこに着けるかねっ?! 」
みるみる近付いて来る港のドックを見ながら、マータフが叫ぶ。 まだ、危険速度だ…! だが、悠長な事は、言ってられない。
( 制御舵がアテにならない以上、エンジン出力のみで進入させるしかない…! )
どのドックに着けるか… 安全策を採りたいのは、山々だが…… くそっ、どちらにせよ、かなりハデな入港になりそうだ。
( …ええい! この際、仕方あるまい )
俺は叫んだ。
「 空いてるトコに着けるな! なるべく、混雑しているドックに着けろっ! …2番だ! その方が、後々、ゴマかし易い! 」
「 こ… このスピードで、2番に着けろと? さすが、F・グランフォード中将の息子じゃ。 やるコトが、過激じゃわい…! 」
カルバートが叫ぶ。
「 コース002から、タンカーが進入中ッ! ぶつかるッ! 」
ニックが、方向舵を掴みながら言った。
「 マンチェスの野郎の船だ! あいつ、ブースターブレーキを修理してないから、急減速させるのは厳しいっスよ? 」
俺は、マータフに言った。
「 先に行かせてもらうっ! マータフ! 逆噴射解除ッ! ヤツの鼻先をホームスチールしろッ! 」
「 もう、わしゃ、知らんっ! ぶつかったら許せよ、マンチェス…! 」
断熱板が、あちこち剥がれ落ちたマンチェスのタンカーの舳先が、みるみる迫って来る。 向こうも、こちらに気付いたらしい。 盛んに、ブリッジの最上部から警告発光信号を発信している。
「 分かっとるわッ! いちいち、うるせえっつーの! …あ~、もうっ! 眩しいんだよッ! 」
速度計から衝撃度を算出しながら、右手で額にひさしを作り、発光信号を遮る。
ブリッジの窓一杯に迫るタンカーの船首…!
上昇舵を握り締めたままの、ニックとビッグスの顔が引きつる。 コントロールパネルを両手で叩き、俺は叫んだ。
「 どけええェ~! マンチェスうぅ~ッ! 」
ヤツの船首にある係留ウインチが、ブリッジのすぐ横をかすめて行った。 間一髪…! しかし、一難去って、また一難。 カルバートが叫んだ。
「 コース005からも、大型の客船が侵入して来ますっ! ベスタリカ国籍の定期便です! スピードは、依然、危険速度! 」
俺は、レーダーを見ながら言った。
「 サルーン( 客船の事 )は、指令塔からのオファーを済ませているな……! 誘導進行だ。 ヤツは、3番辺りに入るだろう 」
カルバートが、再び叫んだ。
「 その後に、ライト級の輸送船がついています! 」
オマケ付きか…!
小型輸送船は、手降ろしの為、比較的に空いているドックに入る。 恐らく、4番か8番だ。 だとすれば、この後、ブレーキが掛かるだろう。
俺は叫んだ。
「 マータフッ…! 逆噴射最大! サルーンの後ろにつけろっ! ゲートをくぐったら、ヤツをかわして、2番ドックだ! カルバート! 指令塔に、緊急寄港要請! オペレータは、トマスを指名しろっ! 試算衝撃度数は、95! レベルアウトだっ…! 」
「 イエッサー! 」
マータフが報告する。
「 エンジンが、もたんっ! これ以上の負荷は危険だ。 ドックのエア・ショック・アブソーバーを作動させてもらうように、トマスに言え、カルバート! 」
無線マイクに向かってカルバートは叫んだ。
「 こちら、アルファ( 進入態勢に入った艦船の事 )! コード、10765。 トラスト号だ。 トマス主任を頼む! 」
『 こちら、メンフィス指令塔。 トラスト号、了解 』
ほどなく、トマスが無線に出た。
『 どうした、トラスト号。 ニアミスか? マンチェスのヤツが、怒ってるぞ? 』
カルバートが答える。
「 危険速度を解消出来ないでいる! 2番に入る! ESAを作動させてくれ! レッド・レベル、95だ! 」
『 トラスト号、入港順位を守れ。 ベスタリカの定期便の次は、ライト・キャブだ。 その後に、6番に入れ 』
俺は、カルバートから、マイクをひったくると言った。
「 トマスッ! てンめええ~、分かって言ってンだろうなっ! レッド・95だ、ってんだ! ワープの後なんだよッ! これ以上、ブレーキは効かねえっ! てめえの許可を取らんでも、入港したるぞ! どうなっても知らんからな! ああっ? 」
マータフが叫んだ。
「 2番、入港しまァーすッ! ダレか、積荷作業中だ! フッ飛んでも、知らんぞおおォッ! 」
「 聞いたろ、トマス! じゃあなっ! 」
乱暴に、マイクをカルバートに返す。 マイクからは、トマスの慌てた声が聞こえた。
『 …にっ、2番、開けろッ! 作業員、退去ォッ! ESAを作動させろ! キャプテンGが、割り込んで来やがるぞォッ…! 』
ドックのクレーンや制御塔が、物凄い速さで迫って来た。 積荷作業中の、クルーたちの逃げ惑う姿が確認出来る。 次の瞬間、ドドーンという衝撃と共に船体全体が揺れ、あちこちのクロークから、本や雑貨類が落ちて来た。 船底の倉庫の方から、積荷が崩れる振動が、ゴンゴンと伝わって来る。
…何とか、止まった…!
全く、強引な入港だ。 これで、俺の評判に一段と、アブナイ男としての評価が加算される事だろう。 もう、知らん……!
「 見事なエンジン操作ですね、マータフ機関長……! コンピュータの指示では、こんなにリアルタイムな動作は無理でしょう 」
ルイスが、マータフに言った。
エンジニアシートの、背もたれにもたれ、大きく息をついたマータフが答える。
「 最後は、人の手にしか出来ん……! 機械に頼っていては、不足の事態に対処出来んモンじゃ。 対処不能だとか、回避不能の警告表示を出して来るだけじゃからな、機械は 」
指令塔から無線が入る。 トマスの声だ。
『 キャプテンG! この野郎、聞こえてんのか? 入港許可は、オレが何とかゴマかす…! でも、次は無いからな! もう、オレを指名すんじゃねえっ! レッド・95だと…? フザけんな! 特攻艦か、おメーはッ! 』
俺は答えた。
「 俺も、もう一度やれと言われても、遠慮する。 悪かったな、助かったよ 」
マイク越しに、トマスのため息が聞こえた。
『 ……ナニがあったのかは、聞かねえが… あんまり、無茶すんじゃねえぞ? キャプテンG 』
「 どうした? やけに、神妙じゃねえか 」
『 ……ゴンザレスが、死んだ 』
「 ! 」
『 M―46だ……! カタルスの手前3万キロで、皇帝軍に撃沈された。 高粒子ミサイルを打ち込まれて、木っ端微塵よ 』
「 …… 」
『 積荷は、どうやら解放軍の武器だったらしい。 お前も、ヤミ商人からは、仕事を貰うなよ? 全部、バレてる 』
「 ……ゴンザレスが死んだ、か……! 」
『 先週、ベイルのキャリー船と、フィンチのタンカーもやられた。 その前は、デービスに、ロイド… 大型輸送船の仲間が、どんどん死んでいく……! 』
「 キャンベルのヤツは、どうした? 半年前に会った時は、ベガに行くと言っていたが? 」
『 その後、ベガのセンターで、ヤミ商人から仕事を貰ったらしい。 M―46に行ったまま、帰って来ねえ…… 先月、シオンの辺りで、マンチェスのタンカーが、救難信号を発信し続けている非常艇の残骸を回収したそうだ 』
「 シオン? M―46の第3惑星か… その非常艇は、キャンベルの船のものなのか? 」
『 ああ。 信号の認識番号が、一致したそうだ 』
「 キャンベルもか……! 」
『 ここいらのフリゲート級大型輸送船は、もう、おまえのトラスト号だけになっちまった 』
「 …… 」
『 コンテナが40個も入る大型輸送船は、武器の密輸に最適だ。 おまけに、改造し易い旧型船、ときている。 高額な報酬につられて、命まで売るなよ? …あと、M―46には行くな。 あそこは、ダメだ 』
「 ……忠告、有難うよ。 気を付けるよ。 マンチェスのヤツには、俺から謝っておく 」
『 それがいいだろうな。 ヤツだって、大体の想像はついているだろうよ。 港の、目と鼻の先でワープを使ったって事は、非常事態だったという事なんだろ? ヤツだって、バカじゃねえ。 ホンキで怒ってるワケじゃねえんだ。 誰だって、仲間は失いたくねえ……! ベスタリカのサルーンの後にくっ付いていたライト・キャブのヤツだって、マニュアルで方向を変えて、進路を譲ってくれたんだぜ? ヤツにも、礼を言っときな 』
「 そうか…… 分かった。 キャブの船名は? 」
『 …ん~… アンティ・キテラ号だ。 端の、空いてる4番ドックに誘導しておいた。 今頃は、もう着いているはずだ。 船長は、オーパーツ。 …クエイド人だな。 気を付けろよ? ヤツらは、魂を抜くらしいぜ? 』
船体を係留し、積荷を降ろす。
下船準備をしているルイスたちを見ながら、俺は言った。
「 皇帝軍の軍服は、マズイな…… ビッグス、リネン室に、誰も着ないMの作業着があったろ? ルイスに着替えさせろ。 ソフィーは… そのままで、いいか。 上着だけ作業着にしな 」
ハッチを開け、接続された連絡橋から、メンフィスに入る。
( 何度来ても… ここのデカさには、驚くぜ……! )
ドックの天井までの高さは、25階建てビルの高さに相当し、大型のタンカーですら、余裕に係留する事が出来る。 沢山の水銀灯が設置してある為、ドック内は明るい。
検閲ゲートを通ると、ドックとつながったロビーだ。 船員用のフードコートもあり、軽食を食べながら、次の仕事の打ち合わせが出来る。 簡易宿が取れなかった場合の仮眠場所とする利用者も多い。 そのまま、『 別荘 』としている連中もいる。 それだけならまだ良いが、明らかに『 定住 』している輩もいるから困ったモンだ……
しばらくすると、検閲官がファイルを持ってやって来た。
「 随分、早いんですね? 荷の到着は、明日の予定だったんじゃないですか? 」
俺は、タバコに火を付けながら答えた。
「 急用が出来てね。 今日中に着きたかったんだ。 荷主には、俺から言っておく。 ひと晩、ランチに置いておいてくれ 」
「 分かりました。 …じゃあ、ここと… ここに、サインを 」
書類にサインをしながら、俺は尋ねた。
「 外周域に、皇帝軍の警備艇が、ヤケに多くないか? 」
検閲官は答えた。
「 ここんトコ、解放軍への密輸が多くなりましたからねえ~… キャプテンも、気を付けて下さいよ? …じゃ、どうも 」
書類を受け取ると、彼は、ゲートの方へ歩いて行った。 入れ替わりに、作業着に着替えたルイスとソフィーがやって来た。 ソフィーは、大きな強化ガラスに張り付き、係留されている船を眺めながら言った。
「 オジちゃんの船が、一番、大きいね! 」
「 フリゲート級だからね。 全長15メートルのコンテナが、45個も入るんだぞ? 」
…5個は、違法積載分だ。 船底倉庫の隣にある、エンジンシャフト室を違法改造し、スペースを造ったのだ。 違法行為のオンパレードである。
外を眺めながら、ソフィーが答えた。
「 ふう~ん、ズゴイんだ。 …あ、さっき見た、小っこい船が入って来た! 」
ライト級の輸送船だ。 トマスが言っていた、ベスタリカ客船の後ろにいたヤツだ。
……随分と、年代モノのライト・キャブである。
船体の、あちこちに凹凸があり、適当な防熱板で溶接してあるようで、微妙に色が違う。 エンジンソケット辺りの溶接も劣化し、半分、剥がれかかっているようだ。 通信搭も排気塔も、少し傾いている……
「 ルイス。 ちょっと、人に会って来る。 マータフたちと一緒に、そこのカフェで休んでいてくれ 」
俺は、ルイスにそう言うと、4番ドックに向かった。
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