第3話、おやつの代償
「 さあぁ~、ソフィーちゃあぁ~ん? ほらほら、お兄さんたちがケーキ作ってあげたよおぉ~! 」
ニックが、カルバートと共に、ブリッジに入って来た。 カルバートは、数個のイチゴショートケーキを乗せたトレイを持っている。
「 わああ~、ケーキだあ~! そのイチゴ、本物なのぉ~? 」
マータフに、だっこされたソフィーが、目を大きくして言った。
カルバートが答える。
「 ケンタウルス産のハウスものだけど、本物だよ? どれが、いい? チョコレートが乗ってるヤツと、クッキーとあるよ? 」
「 クッキーが、いいっ! 」
ニックが言った。
「 このクッキーは、オレが焼いたんだぞ? うめえぞぉ~? 」
…お前ら、職務を放棄して、おやつ作りか? いつの間に、そんな材料、購入しやがったんだ、おい。 聞いとらんぞ。
早速、クッキーを摘み、口に入れるフィー。
「 おいしい~っ! ニックって、クッキー作りの天才ね! これは、コック長になれるわよ? 」
「 そりゃ、感激で 」
ニックは、うやうやしく、ソフィーにお辞儀した。
「 このスポンジ、パインが挟んであるのね! おいしいね。 カルバートは、お菓子屋さんになれるね! 」
「 御意 」
カルバートも、うやうやしく、お辞儀をする。
…パインの存在も、記録には無いぞ? お前ら、購入台帳、書き直せ。
「 ソフィー嬢。 オレンジジュースもあります。 いかがですか? 合成粉末ではありませんぞ? ベガ産の、ストレート果汁入りであります 」
カルバートが、瓶入りのジュースをソフィーに見せた。
「 わ~い! ありがとう! …わあ~、キレイな色 」
…台帳には、合成粉末しか載っていなかったような気がするが? まあいい。 お前ら、メンフィスに着いたら覚えておけよ…!
ソフィーが、俺の方を向いて言った。
「 グランフォードのオジちゃん! あたし、この船、気に入っちゃった! たまにはいいね、小さな船も 」
ジュースとケーキで、ご機嫌になったソフィー。
「 そりゃ、ご丁寧にどうも。 何なら、キャプテンシートに座るかい? 」
「 えっ? いいの? ホントっ? 」
「 構わんよ。 今日は特別に、ご招待だ 」
俺は、マータフからソフィーを抱き上げると、キャプテンシートにソフィーを座らせた。
「 わあぁ~っ! 凄い、凄ぉい~っ! ボタンやメーターが、いっぱいあるぅ~! 」
「 パネルの一番下のボタンなら、オフになってるから、押してもいいよ 」
「 ホント? …カッコいい~っ! 艦長になったみたいね。 総員、戦闘配置ぃ~! 」
「 イエッサー! 」
カルバートとニックが、オペレータシートに着く。
「 敵との距離は? 」
ソフィーの演出に、カルバートが答えた。
「 方位135。 およそ、5キロです、ソフィー提督 」
「 よろしいっ! 艦載機を発進します。 ニック、行っちゃって下さいっ! 」
マータフが、プッと吹き出す。
ニックが、ソフィーに敬礼して答えた。
「 了解しました提督! 連中に、目にモノを食らわせてやるであります! 」
「 よろしいっ! 帰って来たら、ケーキをあげますっ! おいしいわよ? これ 」
ケーキを頬張りながら戦闘指令を出す司令官も、なかなか緊迫感が無くてよろしい。 平和だ。 ルイスも、ニコニコして見ている。
ソフィーが言った。
「 ニックのコンドル戦闘機を援護します! 巡航ミサイル、発射っ! 」
おい、おい… イキナリ、巡航ミサイルか? デカけりゃイイ、ってモンじゃないよ? まずは、誘導ミサイル辺りで様子を窺ってだな… まあ、いい。 子供相手に、兵法談義しても始まらんわ。
ソフィーが、自慢気にボタンを押した。 船体に、ガコン、と振動が伝わる。
「 ? 」
船首から、ナニやら、トマホークミサイルのようなモノが発射された。
「 ? ? ? ! 」
一同、ナニも無い空間に向かって飛んで行く『 物体 』を凝視する。
あの… え~と…… はい?
「 キャプテン…? トマホークが… 飛んで行くような気がしますが……? 」
カルバートが目を点にして、前方を見つめながら言った。
「 …… 」
俺も、じっと、遠ざかる物体を凝視する。 …確かに、隠して搭載してある緊急撃退用のトマホークミサイルのようである。 信じ難いが、事実のようだ。
あの~… ソフィーちゃん? キミ… ドコのボタン、押したのかな~……?
「 オジちゃん…! あたし、2列目のボタン、押しちゃった! 」
ケーキを握り締めながら、ソフィーが言った。
ぬわにいィ~ッ? あ、あああぁ~… マジかよ… 大切な、俺のトマホークちゃん…! 1発、25万ギールもするのに…… ドコ行くの? キミ。 そのヘンで、止まりなさい。 ね?
やがて、彼方まで飛んで行ったトマホークは、時限信管により、何も無い空間で爆発した。
( …あおおうっ! )
マータフが、ぼそり、と言った。
「 かなり長い間、保管してたヤツだが… ちゃんと爆発しましたな… 」
赤い炎に、照らし出されたブリッジ。 俺は、目の下をヒクヒクさせながら、紅蓮の炎を見つめていた。
「 ごめんなさい…! オジちゃん、ごめんなさい……! 」
ソフィーが、泣きそうな顔で、俺に謝る。
「 …いい。 いいんだよ、ソフィー…… 使用期限が、2年も過ぎてるヤツだ。 いずれ、処分しなきゃならなかったんだから… 」
出来れば、『 有効的に 』処分したかったんだけどな…… 仕方あるまい。 既に、宇宙のチリになってるし。
ソフィーは、俺の言葉に安心し、笑顔を取り戻した。 本物のミサイルが炸裂する情景を見て、いたく喜んでいる。
「 オジちゃんの船、やっぱり凄いね! ちゃんと大砲、あるんだもん! これなら安心だね! 」
1発しかないのが、爆発しちゃったんですけど……?
しばらくすると、皇帝軍の警戒艇が近寄って来た。
『 停船されたし。 貴船の所属、航行責任者の姓名を申請せよ 』
警戒艇から無線が入った。
カルバートが言った。
「 いかがします? 検閲ですかね 」
「 分からん。 しかし、まずいな… 乗船して探知されたら、ルイスとソフィーの存在がバレちまう。 コッチは、素性を知らなかったと言えば通るだろうが、問題は、拘束された2人の、その後だ…! 」
ルイスとソフィーは、心配そうな表情をしている。 ルイスは、電源を切れば大丈夫だろうが、ソフィーは生身の人間だ。 赤外線探査をされれば、間違いなく見つかってしまう。
俺は、カルバートに言った。
「 とにかく、無線には出た方がいいな。 …マータフ。『 やる 』かもしれん。 準備しておいてくれ……! 」
真剣な表情で頷くと、マータフはエンジニアシートに座り、シートベルトを着けた。 コントロールパネルの操作をマニュアルに切り替え、傍らにいたルイスたちに、静かに言った。
「 オペレータシートに座って、シートベルトを着けなさい……! 」
「 何か、あったのか? こっちは、急いでんだ 」
無線に出た俺に、皇帝軍の警戒艇は、トラスト号と並んで航行しながら返信して来た。
『 先程、この領域で、巡航ミサイルと思われる爆発があった。 乗船検査を行う。 所属港と姓名を申請されたし 』
ああ、それ? いや~、ソフィーちゃんが、間違って撃っちゃってさあ。 ゴメンねぇ~? …じゃ、僕ら、もうアッチ行くから。 じゃあね~… では、済まされないな。
危険物 違法所持、砲術許可免許不携帯、で逮捕だ。 期限切れのミサイルを使用したんだから、管理法違反にも問われる。 船舶営業停止か、もしかしたら1級船舶免許剥奪かもしれん…! おまんま、食い上げだ。 ヤルしかない。
「 マータフ、やるぞッ! 全速だ! その間に、ワープ航法の軌道計算を行えっ! 」
アフターバーナーが点火され、トラスト号は、速力を上げた。 逃走に気付いた警戒艇から無線が入る。
『 停船せよ! 停船せよ! 意志がないと見なせば、攻撃をする! 』
「 ヤラれちゃうよ、オジちゃんっ…! 」
心配顔のソフィーに、俺は言った。
「 停船命令後、すぐには攻撃しない! まずは、威嚇だ 」
警戒艇の前方にあった2連キャノン砲が、火を噴いた。 ブリッジの前方を、かすめて行く。
「 マータフ! 最大戦速だッ! ビッグス! レーダー拡散粒子放出! 」
「 イエッサー! 」
「 ニック! 熱源誘導筒、3番から6番、射出ッ! 」
「 イエッサー! 3番から6番、射出しますッ! 」
「 試射が来るぞッ! 全員、シートベルトを着けろッ! 」
警戒艇のキャノン砲が、再び火を噴き、ブリッジマストをかすめて行った。
「 …2連で良かったな。 3連だったら、アウトだったかもしれん…! マータフ! 計算は出来たかッ? 」
「 完了ッ! あと20秒で、稼動しますッ! 」
「 キャノン砲の、次弾装填完了は、約7秒だ。 ニック! 取り舵ッ! ビッグス! 船体、30度降下ッ! 斉射が来るぞっ! 船内、総員、対G! 」
急激な方向転換に、重力が下がり、足元が浮く感触が感じられる。 途端に、真っ赤な火柱が、何本もブリッジをかすめて行った。
「 おも舵だっ! 更に、15度降下ッ! 回避運動を続けろッ! 止まると、やられるぞ! 」
マータフが叫んだ。
「 ワープまで、あと9秒っ! 」
更に、火柱が船首の上辺りをかすめて行く。
カルバートが叫んだ。
「 ミサイル接近! 熱源探査型のようですっ! 」
ビッグスが呟く。
「 …エサ( 熱源誘導筒 )は、アッチだよォ~…! 」
カルバートが報告する。
「 3番に、反応! 誘導されて行きます! 」
途端に、至近距離で数発のミサイルが爆発した。 船体が揺らぐ。
ソフィーが、こわばった表情で言った。
「 怖いよ、オジちゃん…! 」
ソフィーを抱かかえ、俺は言った。
「 心配するな。 もうすぐ、ワープだ… マータフ! 」
「 …入りますッ! 」
ブリッジの外に広がっていた星の煌きが、いきなり線を描く。 続いて、体が、後ろ方向に引っ張られる感触。 俺は、メインパネルに手をつき、体を支えながらマータフに言った。
「 ワープ脱出の地点はっ? 」
「 メンフィス手前、1万8000宇宙キロです! 」
「 脱出と同時に、逆噴射だ! フルパワー! モタモタしてたら、メンフィスに突っ込むぞッ! …くそう! エンジンが、イカれるかもしれん……! 」
「 ワープ、脱出します! 4、3、2、1…! 」
突然、船外の星の線が消え、変わって、巨大な構造物が、ブリッジの窓を押し潰すような勢いで現れた。
「 …な… なに、コレえぇ~…?! 」
ソフィーが、目を丸くして叫ぶ。
ブリッジの窓いっぱいに、メンフィスの外壁が広がっている。 左右の両端が見えない。
マータフが叫んだ。
「 ワープ終了ッ! プログラム離脱ッ! 逆噴射、開始ッ! 」
「 メイン・サブ共に、最大出力ッ! 回路指定に、出力ゲージが、ついて行かないはずだ! 手動でやれッ、マータフ! 」
「 イエッサー! 」
強烈な、逆G。 目が、クラクラする。 計器類が、ミシミシと音を立て始め、妙な振動も感じられる。
「 くっ…! 」
こりゃ… ちょいと、ヤバそうだ……!
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