第2話、面倒くさい事に…

 冥王星を過ぎ、地球が見えて来た。

 ここいらは、もう皇帝軍の絶対区域だ。 護衛艦を伴わない輸送船団と、何度もすれ違う。

「 ドコへ行くんですかねえ? 連中 」

 ビッグスが言った。

「 M―46辺りじゃないのか? 解放戦線の前線基地が、カタルスに出来たそうだぞ? ゴンザレスが先月、メンフィスのヤミ商人から積荷を貰って、そのカタルスへ行っている。 無事、着いたかな? 」

 次元レーダーを監視しながら、俺は答えた。

 航宇図を、コンピュータのデータと照合させながら、ビッグスが呟く。

「 それとも、撃沈されたか…… そう言えば、デービスのヤツが、去年やられたのもM―46じゃなかったですかい? 先々月、ロイドも死んでますし… あの辺りは、結構ヤバイっスよ? 解放軍の検疫とか称して、盗賊の連中も、顔を利かせてますし。 何か… 解放軍も一部、略奪に加担してるって話しじゃないですか。 軍隊が、聞いて呆れますよね 」

「 解放軍は、ただの寄せ集め集団だ。 公金横領などがバレた天下り官僚共が、職務怠慢等で皇帝軍を追放された退職軍人を祭り上げ、勝手に独立国家を宣言しているに過ぎん 」

「 じゃ、何で、イッキに潰さないんです? 」

 タバコに火を付けながら、俺は答えた。

「 それだけ、皇帝軍も軍規が乱れてるのさ。 『 お坊ちゃん 』育ちの腰抜け貴族司令官に、戦争が出来ると思うか? 戦闘は、シミュレーションじゃねえんだ。 人が死ぬんだぞ? マヌケな司令官の、気まぐれとエゴの為に… お前、死ねるか? 」

「 イヤっす 」

「 だろ? だから俺は、除隊したんだ 」

 ブリッジのドアが開き、マータフが入って来た。 ソフィーを抱いている。

「 キャプテン。 いいかね? この子を入れてやっても。 ブリッジを見たい、と言うもんでね 」

「 構わんよ 」

 マータフは、ソフィーを、航宇士シートのコントロールパネルの上に座らせると言った。

「 ほお~ら、見てごらん。 綺麗じゃろ? あれが海王星、あれが木星… あそこに、小さく浮かんでるのが地球じゃよ 」

「 キレ~イ…! お星さまが、いっぱいだね! あれは、なあに? 」

 ソフィーが指差す木星の近くには、ピラミッドを逆さまにしたような物体が、小さく浮かんでいる。

 マータフが答える。

「 あれが、メンフィスじゃよ… 明日には着く。 巨大な宇宙センターなんじゃ。 小さな惑星、1つ分くらいある。 キャプテンは以前、解放軍に占領されたメンフィスを奪回する為、勇敢に戦ったんじゃよ? 」

 俺は言った。

「 過去の話しだ、マータフ…… もう、言うな 」

 ソフィーは、俺の方を振り返って言った。

「 オジちゃん、軍人さんだったの? ソフィーのおじいちゃんも、こお… おおおぉ~んな大っきな軍艦の艦長さんなんだよ? 」

 ソフィーは自慢気に、両手を大きく回しながら言った。

 タバコを吹かしながら、俺は、笑って答えた。

「 オジちゃんは、副艦長代理だったから、ソフィーのおじいさんの方が偉いね 」

「 じゃ、おじいちゃんに頼んで、どっかの軍艦の艦長さんにしてあげる! マータフも来るのよ? 」

 ウキウキしながら話す、ソフィー。 無邪気な子だ。 何だか、ホッとする……

「 俺は、この『 トラスト号 』の船長でいいよ 」

 ソフィーは、俺の答えに不服なようだ。

「 この船、ボッちぃ~もん! 大砲だって、付いてないよ? 悪い人が来たら、どうするの? 」

 逃げます。 一目散に、ワープ航法で……

 俺は、航宇士シートの所に歩み寄り、ソフィーの目線までしゃがむと、俺的には最高~に、優しいカンジで答えた。

「 ソフィー。 オジちゃんはね、悪い人でも、やっつけたくないんだ。 だって、悪い人にだって、奥さんやお母さん… ソフィーみたいな、子供だっているんだ。 寂しいだろ? 家族がいなくなったら 」

「う~ん、それはそうだけど…… 」

 俺は、ウインクしながら、ソフィーに言った。

「 この船はね… 実は、凄っごく速いんだ。 どんな軍艦だって、追い付けないのさ……! だから、やっつけられる前に、やっつけられない遠くの所まで行っちゃうんだ。 そうすりゃ、寂しい思いする人たちがいなくなるだろう? 」

 ソフィーが、半信半疑の表情で聞いた。

「 速いって… 『 アルバトロス 』よりも? 」

 皇帝軍の高速巡洋艦だ。

「 ああ、速いよ 」

「 じゃ、『 夕霧 』よりも? 」

「 よく知ってるねえ。 それ、哨戒艦だろ? 3次元レーダー付きの 」

「 40ミリだけど、3連キャノン砲も付いてるのよ? 前と後ろと下にも! 凄いんだから 」

「 ま、ブッちぎりだね。 余裕さ 」

「 え~~~、ホントっ? じゃ、『 金剛 』は? 」

 ……その名前を聞いて、俺は、ピクリとした。 マータフも、表情から笑顔が消えている。


 戦艦『 金剛 』…… 皇帝軍、最大級の最新鋭 高速戦艦だ。


 まだ就航したばかりで、一部の軍関係者しか知らない。 ソフィーは、その名前を知っている……! おそらく、その『 おじいさん 』とか言う人物から、知り得た情報なのだろう。 我々、ウラ家業も営む連中の間でも、ごく限られた関係者しか知らない情報を、この、年端もいかないソフィーが知っているという事は…… ソフィーのおじいさんと言う人物は、皇帝軍のかなり上層の将官であることは間違いない。

 俺は答えた。

「 …どんな軍艦だって、この船より速く走れるのは、いないよ? オジちゃんは、いい人だから、ウソは言わない 」

「 凄いんだあぁ~、オジちゃんの船……! でも、もうちょっとキレイだと、いいのにね 」

 俺は、人差し指を立て、言った。

「 ソフィー。 1つ、教えてあげよう。 昔、地球にあった日本という国のことわざだ。『 能ある鷹は、ツメを隠す 』ってな 」

「 なあに? それ 」

「 本当に凄いヤツは、いつもは、ダサイふりをしてる、って意味だ 」

「 ふう~ん…… それって、油断させるってコト? 」

「 そうだよ。 油断、だなんて… 難しい言葉、知ってんだね 」

「 おじいちゃんが言ってたの。 『 油断大敵 』だって。 これも、その… 日本とか言う国の言葉なんだって 」

 ビッグスが言った。

「 キャプテン。 頭、いいっスねえ~、この子 」

 当たり前だ。 お前らとは、育ちが違う。 決して、下半身丸出しで船内をうろついたりは、せんわ……!


「 こちらに、おいででしたか… ソフィー様 」


 ルイスが、ブリッジにやって来た。 俺の方を向いて尋ねる。

「 入って構いませんか? 私も 」

「 ああ、いいよ。 機密情報なんか、持ち合わせていないしね。 このブリッジは、この船の特等席だ。 いい景色だろう? 」

 ルイスが、船外に広がる宇宙を見ながら答えた。

「 ……なるほど。 目視出来るブリッジは珍しいですね。 たいていは、船内中心部にあって、モニター操作ですから 」

 タバコを吹かしながら、俺は言った。

「 君らが乗ってるのは、軍艦だしな。 敵の攻撃を避ける為にも、むき出しのブリッジは危険だろう。 …ま、俺としては、旧世紀の『 船 』に、こだわりたいんだ 」

「 古風なのですね 」

「 騎士道は、わきまえているつもりだ 」

 ビッグスが言う。

「 金にゃ、勝てねえっスけど…… 」

 余計なコト、言ってんじゃねえよ。 当たってるだけに、笑えねえ……

 ソフィーが、ルイスに言った。

「 ねえ、ルイス! グランフォードのオジちゃんを、どっかの軍艦の艦長さんにしてあげて! マータフもよ。 ねえ、いいでしょ? お願い 」

 小さな手を合わせ、ルイスに嘆願するソフィー。 『 どっかの 』と言うところが微笑ましい。

 ルイスは、困った顔をしながら答えた。

「 キャプテンは、運送屋さんのお仕事が、おありです。 そんな無理を言ってはいけませんよ? ソフィー様 」

「 ダメ、ダメ、ダメえぇ~! 輸送船じゃ、だめなのっ! 軽巡に体当たりされたら、潰れちゃうもんっ! 」

 …だから、その前に、逃げますってば。

 ソフィーは、更に進言した。

「 あ… じゃあ、おじいちゃんの『 シリウス 』に、副艦長として乗せてあげて! あたし、副艦長のゲーニッヒ、嫌い。 エラそうなんだもん。 ワインと舞踏会の事しか、頭にないのよ? 」


 ……『 シリウス 』だと?


 ルイスは、ソフィーの口から出た言葉に、ハッとした。

 皇帝軍、最大級の戦略空母『 シリウス 』……

 第1連合艦隊の旗艦が、『 赤城 』から『 シリウス 』に替わったのは、最近の事だ。その『 シリウス 』の艦長は、誰でも知っている。 皇帝軍 最高幹部、バルゼー元帥だ。 ソフィーは、元帥の孫だったのか……!

 俺は、ルイスを見て言った。

「 …ルイス。 この子は……! 」

 知られてしまっては、どうしようもない…… そんな表情でルイスは、ため息をつくと、俺に言った。

「 ……ご推察の通りです。 要人保護の為、伏せておりましたが、バルゼー元帥閣下の、お孫様でいらっしゃいます 」

 なぜ、そんな身分の者が、あんな辺鄙な所で遭難していたのか? そもそも、生死不明にする必要とは? ……どうやらコイツは、足を突っ込むべきではない所の話しに、片足を突っ込んでしまったようだ……!

 ビッグスが言った。

「 ラッキー! 要人救出となりゃ、軍から報奨金が出ますな! こりゃ、思わぬボーナスだ! 」

 それ以上に、ヤバイ事になるかもしれんぞ……? とりあえず、報奨金が出たとしても、ニックの野郎はフックの弁償代で、チャラだ。

 俺は言った。

「 ルイス…… 話したくなければ、何も聞かんが… 俺たちで協力出来る事があれば、手を貸すぞ? 何があったんだ? 」

 聞かない方が良いかもしれんが、これも何かの縁。 小さなソフィーの、身の上も心配だ……

 ルイスは言った。

「 …お気遣い、有難うございます。 私も、実のところ、どうして良いのか苦慮しておりました…… 」

 ソフィーに近寄り、彼女の頭を撫でながら、ルイスは続けた。

「 私は、第3艦隊のバークレー中将に、お仕え致しておりました。 バークレー中将は、軍の先輩であるバルゼー元帥閣下と厚意にされており、先日、元帥閣下より、ある特殊任務を承りました 」

「 特殊任務? 将官が? ナンだそりゃ 」

「 クーデター… いや、粛清です 」

「 ……! 」

 しばらくの沈黙。

 ルイスが、俺に尋ねた。

「 キャプテンは、どう思われますか? 現在の、皇帝軍を 」

「 どうって……? 」

「 毎日、各戦域で、多くの将兵が、命を落としております。 軍人であるならば、それも運命かもしれません。 しかし、あまりに短絡的… あるいは将官の名誉の為に、全く無意味な軍事作戦が行われているとは思いませんか? 」

 ……確かに、ゲーム感覚の指揮官が多いのは事実だ。

 戦場より、遥か離れた領域に旗艦がおり、指揮官は、それこそワインを飲みながら、机上の作戦に終始している者が多い。 哀れにも失われていくのは、一般兵士たちの命だ……

 そんな現状にイヤ気が差し、俺は、軍籍を抜けたのだ。

「 貴族中心の皇帝軍だから、仕方ないんじゃないのか? まあ、貴族と言っても、ごく一部の上級階級の貴族たちが、実権を握っているんだけどな 」

 そう俺が答えると、ルイスは言った。

「 バルゼー元帥閣下は、その怠惰な高級将官たちを、払拭しようとされたのです。 バークレー中将の第3艦隊と、バルゼー元帥閣下の第1連合艦隊より、閣下直属の第1艦隊を率いて……! 」

 俺は言った。

「 そのシチュエーションからいくと、相手は… シュタルト提督だな? 第2連合艦隊指揮官の……! 」

 ルイスは、無言で頷いた。

 俺は、思わず舌打ちをして言った。

「 提督か…… 元、俺がいた艦隊の上官だ。 ヤなヤツだったな……! 公爵である名門シュタルト家は、5爵位の最高順位だ。 それをハナに掛けやがって、子爵の俺なんざ、カス扱いだったぜ 」

 ビッグスが、驚いたような表情で言った。

「 …えっ? キャプテン、貴族だったんスかっ? 」

 そうだ、アホが。 これからは、フォン・グランフォードと呼べ。

 ルイスが言った。

「 提督のシュタルト家は、ゲルマン系ですからね。 特に、気位が高かったのでは? ゲルマン系貴族の者は皆、キャプテンたち北欧系貴族の者を、格下扱いする風潮がありますから…… 」

「 子爵・男爵なんざ、ハナから相手にしてないさ。 ナイトの連中なんか、それこそ、雑兵扱いだ 」

 マータフが言った。

「 ……粛清は、失敗したんじゃな? 」

 ルイスが答える。

「 はい…… 恐らく、バルゼー元帥閣下の参謀辺りに、シュタルト提督の息の掛かった者がいたのでしょう…! バークレー中将の艦隊は、一族の指揮官で統一されておりましたから、裏切りは考えられません。 実際、シュタルト提督の艦隊と交戦し、バークレー中将を含む指揮官たちは、全員、戦死しております 」

「 それで、ルイスにソフィーを託し、脱出させたのか……! 」

 俺の推察に、ルイスは、頷きながら言った。

「 ソフィー様は、バルゼー元帥閣下を敬愛されており、いつも、ご一緒でした。 動く要塞と言われた『 シリウス 』にいれば、惑星の前線基地よりも、はるかに安全でしたし…… 」

 ソフィーが小さな手を握り、作った両手のゲンコツを、上下に振りながら言った。

「 悪い人が、おじいちゃんの『 シリウス 』を取っちゃったの! あたし… 絶対、許さないから! おじいちゃんも、どっかに連れて行っちゃったのよっ…! 」

 ソフィーは、傍らにいた、ビッグスに尋ねる。

「 ねえ、ビッグスのお兄ちゃん! どこへ行けば、おじいちゃんに会えるの? 」

 ……そいつに聞いても、ムダだ、ソフィー。 アホだから。

 ビッグスが答えた。

「 オリオン・テレビの『 あの人は、今 』に、応募してみようか? 」

「 それ、ベガ・テレビよ? 」

「 そうだっけ? あ… じゃあ、『 テレビの力・特捜前線 』しよう! 」

 ……もういい。 お前は、レーダーでも見とれ。 しかし… ナンで、そんな時間帯の番組を知っとる? キサマ…… 当直をサボッて、テレビを見ておったな? 今度からタイマーを付けて、テレビの電源を自動オフにしてやるわ。

 俺は言った。

「 しかし… メンフィスに着いたら、どうするんだ? 皇帝軍に出頭しても、拘束されちまうだろ? 反逆罪で 」

 ルイスは答えた。

「 第1艦隊の生き残りを探し、保護してもらうつもりです。 見つけられるかどうかは、疑問ですが…… 」

 マータフが言った。

「 そりゃ、危険じゃ……! 監視の目は、そうそう甘くは無いぞ? 連中、自分自身を守る事に掛けちゃ、完璧じゃ。 すぐに捕まっちまう 」

 俺も、マータフに同意した。

「 俺も、そう思う。 民間人に化けて、しばらく身を隠したらどうだ? 」

 一考する、ルイス。

 俺は、マータフに聞いた。

「 ……なあ、マータフ。 俺らの簡易宿、空いてるんじゃないのか? 」

 マータフは、手をポンと叩きながら答えた。

「 そりゃ、いいですな、キャプテン! クーパーのヤツには、ポーカーの貸しがあるし…! なあ、ルイス。 そうせんか? 」

 しばらく考え込む、ルイス。

 ソフィーが、ルイスの袖を引っ張りながら言った。

「 ねえねえ~、ルイスぅ~… あたし、マータフといたいよぉ~… ダメぇ~? ねえぇ~……! 」

 少々、困った顔をしながらも、ルイスは言った。

「 今のところ、これと言って、バルゼー元帥閣下にお会いする手立てがありません。 ご迷惑をお掛けする事になるかもしれませんが… 宿泊先を、ご紹介出来ますか? 」

「 やったあ~っ! マータフ、一緒よっ! 」

 ソフィーは、無邪気に、マータフの首に抱きついた。

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