第12話、戦略空母『 シリウス 』にて
長いトンネルを、トロッコは走り続ける。 ある地点を通り過ぎると、トンネルの壁の配管が、やたら多くなった。
「 ……艦内に入ったな 」
呟く俺に、アントレーが話し掛けた。
「 ナンちゅう、クソでかい船だ……! 」
「 皇帝軍、最大級の戦略空母だぜ? 艦内は、1つの前線基地のようなもんだ。 艦載機を製造する工場まであるんだからよ 」
「 そりゃ、凄いな 」
やがて、1つ目の停車場に着いた。
艦底部の最下部のようだ。 しかし、照明は明るく、清掃も行き届いているようで、清潔感がある。 普通は、薄暗く、ネズミやゴキブリなどが徘徊しているのが常なのだが、ここは違うようだ。
数人の兵士が立って待っており、その中の下士官が叫んだ。
「 厨房勤務の者は、ここで降りろ! 入り口で、案内があったはずだ 」
アントレーが言った。
「 オレは、ここで降りるらしい。 じゃあな、キャプテンG。 落ち着いたら連絡する……! 」
アントレーは、内ポケットを指しながら、ウインクした。 以前、ベガのリサイクル屋で購入した、軍の放出品の小型無線機を渡してあるのだ。 3台のセットものだったので、アントレーとブルックナー、あと1台を、俺が持っている。
「 気を付けろよ…! 武運長久を祈る 」
軽く手を上げながら、アントレーを見送る、俺。 数人の者が、アントレーと共にトロッコから降りた。
「 1列に並べ! 端から、姓名を申告しろ 」
下士官の声を後ろに聞きながら、俺を乗せたトロッコは、再びトンネル内を走り出した。
やがて、荷物用エレベーターの入り口が、幾つもある所へ着いた。
上の方にある制御室の中で兵士が操作すると、トロッコは自動的に貨車ごとに分離され、順序良くエレベーター内に入って行く。
…何か、俺たち… ベルトコンベアーに載せられた製品みたいだ。
イキナリ、ギロチンが出て来て、首をはねるんじゃないだろうな……?
トロッコを収容したエレベーターが上昇を始めた。 グウ~ンと、下に向かって圧力が掛かるのが感じられる。 エレベーターの室内上部に、階を示すデジタル表示があり、猛烈な速さでカウンターが上がって行く。 2ケタが過ぎたが、まだ『 B 』表示だ。
( 何層あるんだ? Bってコトは、まだ下層ってコトだよな )
やっとカウンターの速さが、遅くなって来た。 1階で停まるらしい。 甲板に当たるワケだ。
デジタル表示が『 1 』で停止し、エレベーターの扉が開かれた。
……広い……!
公式の、野球グラウンドくらいありそうである。 ドーム状の天井の区画だ。
艦内専用のエアカーや、物資を運ぶ自動キャリーが、何台も行き来している。 床には道路らしき道が、白いペイントで表示してあり、『 艦内 最高速度 』と書かれた標識が立っていた。
( …免許、持って来れば良かったかな? まあ、公道じゃないし、無免許でも良いのかもしれん )
先頭貨車にいた1等兵長の階級章を付けた下士官が立ち上がり、叫んだ。
「 全員、降りろ! 整列! 」
俺は他の作業員と共に、トロッコから降り、整列した。
プラットホームのような所に待機していた兵士たちの中から、濃紺のTシャツを着た筋肉質の伍長が歩み出て、元気よく言った。
「 諸君、ご苦労! 今回、君らの世話をする、トレーマン伍長だ。 就労業務は、主に物資の管理と調達・配布である。 勤務は、明日より6日。 本日は、ミーティングのみだ。 指示された区域以外を、むやみに出歩かないように。 行方不明になった者も、過去には、かなりいる。 検索してまでの捕捉・収容は、こちらとしては実施しないので、肝に命じておくように! 宿舎は、君らの左側。 休憩室は、その隣。 トイレは、休憩室にある。 売店は、宿舎の隣だ。 1時間後に、ここに集合だ。 以上っ! 」
( …終わりかよ )
イッキに、喋りまくってくれたな。 点呼も無しか? 随分とまあ、いい加減だ。 時間まで、テキトーにしてろって事か。
( これなら、1人くらい居なくなっても分からないな…… )
よし。 早速、フケよう…! 顔を覚えられる前に、居なくなった方がいい。
トロッコに乗っていた皆が、宿舎の方へと移動を開始する。 とりあえず、今のところ『 別行動 』は目立つようなので、しばらくは、皆と一緒にいた方が良さそうだ……
俺は、皆と同じ行動をし、宿舎に入った。 1部屋に、3段ベッドが2つある宿舎が3つ。 トロッコに乗っていたのは12~3人だったから、充分、寝られる。 皆、思い思いのベッドに入り、早速、昼寝をし始める者もいた。
ドアから隣を見ると、売店が見える。 コンビニのような感じだ。 着替えも、売っているらしい。 6日間くらいは、不自由無く生活が出来そうだ。
俺は売店に行き、清涼飲料水を買うと、近くにあったベンチに座り、辺りを見渡した。
資材を積んだエアカーが、前を通り過ぎて行く。 もう1台、反対側からもやって来て、今、通り過ぎたエアカーの運転手と軽く手を上げ、挨拶した。
( 軍艦内とは思えないくらい、のんびりしてるな 戦闘が始まっても、艦内は、この程度かもしれん。 なにせ、このシリウスは、全長が2キロ弱あるからな…… 隣町で、騒いでいるようなモンだ。 行方不明者が出るのも、納得出来るぜ )
清涼飲料水のフタを開け、ひと口飲む。
俺は、腕時計を見た。
( そろそろ、トラスト号が出航する。 このシリウスも、出発するな……! )
ふと、売店の店先を見ると、シリウス内部の地図が売っている。 俺は、残りの清涼飲料水をイッキ飲みすると、空き缶を回収容器に捨て、その地図を1部取り、レジに出した。
売店のクエイド人店員が言った。
「 1部、2クォーター・ギールだ 」
「 …エライ、高いんだな 」
「 迷子になって、くたばる事を考えたら、安い買い物だぜ? 」
「 そりゃ、そうかもしれんな 」
俺は、ポケットからコインを出しながら答えた。
クエイド人が尋ねた。
「 新入りか? 」
「 ああ、さっき着いたばかりさ。 広過ぎて、さっぱり方向が分からん 」
コインを受け取りながら、彼は笑って答えた。
「 ははは。 オレも、来たばかりの時、迷子になったぜ。 あまり、むやみにうろつくなよ? 」
「 お前さん、長いのか? 」
「 3年… くらいかな。 出稼ぎに来て乗艦したんだが、なんてったって安全なのがいい。 お前さんも真面目に働けば、主計人事課本部からスカウトが来るぜ? 」
……その平和を、少々、乱すかもしれん…… まあ、上層階での話しだ。 ここいらでは、関係無いかもな。
俺は尋ねた。
「 厨房勤務に知り合いが入ってんだが、面会は出来るのか? 」
彼は、雑誌を整理しながら答えた。
「 まあ、勤務時間外なら、問題は無いだろう。 …その横に、荷物用の小さいエレベーターがあるだろう? オレら、従業員用だ。 そいつに乗って最下部まで行けば、厨房倉庫だ。 お前さんの知り合いは多分、そこだろう 」
店舗脇に、小さな扉のエレベーターがあった。
「 有難うよ。 自由時間になったら行くよ 」
買ったばかりの地図を軽く振り、俺は、彼と別れた。
先程のベンチに座り、地図を見る。 しかし、俺の目線は、辺りをうかがっていた。
…今なら、誰も見ていない。 売店のクエイド人も、こちらを見ていない。
( よし……! )
出航のドタバタのうちに、事は済ませておいた方が良い。 俺は、荷物用のエレベーターのボタンを押し、開いた扉の中へ、素早く入り込んだ。
「 ナンちゅう、狭いんだ…! 」
俺の身長は、170ちょいで、そんなに高くない方なのだが、それでも、頭が天井に着く。 大きめの台車、1台が入るくらいの広さだ。
「 ええ~と、最下部… 最下部、と…… 」
ボタンを探したが、階が多過ぎて、ワケ分からん。 しかも、クエイド語で表示してある。
「 この… 象形文字みたいなのは、ナンだ? 」
俺は薄暗いエレベーターの中で、大いに悩んだ。 こんなんだったら、アントレーからクエイド辞典を借りておけば良かった。
「 最下部なんだから… 多分、一番下だろう。 これかな? 」
一番下にある、赤いボタンを押す。
グウ~ン、と腹が上に持ち上がる感触。 下がってる、下がってる。 よし、よし……!
先程乗っていたエレベーターよりは遅いが、一気に降下していくエレベーター。
しばらくすると、ポーン、という音と共に、別の表示ランプが点灯した。
「 ? 」
例によって、クエイド語なので、解読不能である。 イエローのランプだから、注意表示のはずだが… さっぱり分からん。
エレベーターの室内に、わずかに、艦内の振動が伝わって来る。
「 …そうか、出航したな…! 」
シリウスが、動き出したのだ。 俺のトラスト号は、予定通り出航したと見える。 それを追って、シリウスも出航したのだ。
( いよいよ、作戦本番だ。 気を引き締めて行かなくちゃな……! )
下唇を、軽く噛む、俺。
すると、降下しているエレベーターが、速度を落とし始めた。
( …! 途中の階で、誰か乗って来るな…? )
緊張が走る。
( このエレベーターを使うと言う事は、兵士じゃない。 おそらく艦内員だろう。 だが、注意は必要だ。 油断出来ない )
やがて、エレベーターは停止し、開かれた扉の向こうには、作業着を着た2人のクエイド人が立っていた。 俺を、チラッと見たが、別に気にする訳でも無く、彼らは乗り込んで来た。 ボタンを操作し、扉を閉める。
「 6日間と聞いたが、M―46らしいぞ? 」
ひょろ長いクエイド人が、もう1人のクエイド人に言った。 少し、太っている彼が、頭をかきながら答える。
「 どこに行こうと、シリウスなら大丈夫さ… それより、あの2等兵長だ。 アタマ来るぜ… ったく! 」
「 ははは! 野郎、先週の帳簿、ゴマかしてたのがバレてよ。 主計曹長に、大目玉食らったらしいぜ? いい気味だ 」
「 その飛ばっちりが、コッチに飛んで来んだからよ。 たまんねえぜ。 先月まで担当していた、ランド伍長の方が良かったな 」
「 伍長か… そうだな。 あいつは結構、オレらの事、良く理解してたよな。 元は、巡洋艦の対艦戦闘指揮官だったらしいぜ? 」
「 左遷か… 戦闘指揮官だったってコトは、上級尉官クラスだな。 対空じゃなくて、対艦担当だったにせよ、元は将校だ。 士官学校出身のエリートだな 」
「 …だな。 タイタンの生き残りらしい。 第6艦隊だってよ 」
彼らは、俺に構う事無く雑談をした後、4つくらい下の階で降りて行った。
再び、エレベーター内は、俺1人になった。 何とか、彼らには怪しまれずに済んだようだ…… ホッと、ひと息つく。
「タイタン会戦に参加した 第6艦隊… 第2連合艦隊か。 同期のフランキーがいた隊だな…… 」
ヤツは死ななかったが、艦隊人員の半数は戦死した。
エンリッヒのように、無茶な命令に背き、降格された連中は、他にも随分といるようだ。
第2連合艦隊は、シュタルトを頂点とする上層部が腐っている。 可哀想なのは、その下についた将兵たちだ。 この作戦がうまくいったら、粛清と、言われ無き処分に課された将兵たちの復帰をせねばなるまい。 誰が、それをやるのかは知らんが、作戦そのものの見直しをし、命令系統の確認から始めなくてはならないだろう。 作戦記録自体、作成されているかどうかも定かでは無い。 大変な作業だ……
やがてエレベーターは、最下部に着いた。
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