第13話、万事、休す……!
「 12ブロックの配膳班は、こちらに集合しろ! 」
主計課の下士官が、携帯ハンドマイクで叫んでいる。 保冷倉庫のような室内だ。 大小様々な大きさの、膨大な数のバスケットが、大きめの室内一杯に置いてある。
下士官の声に、あちこちから数人の艦内員が集合して来た。
俺はエレベーターを降り、近くにあった野菜を入れた大きなバスケットの陰に隠れ、そっと様子をうかがった。 先程、集合して来た艦内員たちが、下士官に続いて移動を開始している。
( アントレーの姿が見当たらないな…… ドコに行ったんだ? )
作業着の内ポケットに入れてあった無線が、小さく振動した。 バイブレータは、3回。 ブルックナーからの合図だ。 2回は、乗艦失敗。 3回は、成功の合図である。
( ブルックナーは、乗艦に成功したようだ…! 心強いな。 落ち着いたら、連絡を入れよう )
ピッキングトレーが整然と置いてある間を、腰をかがめて移動する。 数人の声が、バスケットの向こう側から聞こえた。 作業をしながら、艦内員たちが話しているようだ。 話し方から察するに、近くには、下士官の存在を感じない。
俺は、その辺にあった、小さめのバスケットを手に取ると、その声のする方へ近付いた。
艦内員が3人いる。 1人は、スルド人だ。
俺は言った。
「 よう。 赤いバンダナしたクエイド人、知らないか? 2人で作業してたんだが、離れちまったらしい 」
スルド人の男が、野菜を仕分けながら答えた。
「 ああ… そいつなら、アッチにいるぜ? あの、でかいバスケットの向こうだ 」
彼が指差す向こうには、大きなバスケットが、幾つも置いてあった。
「 有難う。 助かったよ。 何せ、ここは広過ぎらあ…! 」
スルド人が、笑いながら答えた。
「 ちげえねえ。 迷子になるなよ 」
数人の艦内員と、作業をしているアントレーを発見。
俺は近付き、言った。
「 よう、クエイドのお前さん。 俺と組んで、仕事だとよ? アッチにいる、太っちょの伍長さんの、ご指名だ 」
アントレーは、俺を見とがめると、少し、驚きの表情を見せながらも、俺の演出に気付いたようで、答えた。
「 そうか、分かった。 今、行く 」
俺は、アントレーと何食わぬ顔をしながら壁際へ行き、辺りを見渡すと、アントレーの肩を抱くようにして、素早く物陰に隠れた。
アントレーが、小さな声で言った。
「 もう、行動開始か? オレは、今夜辺りぐらいからか、と思っていたが… 」
辺りを警戒しながら、俺は答えた。
「 ソフィーが、心配だ。 バスケットの中から出して、通気口にでも移しておいた方が良い 」
「 それも、そうだな。 …よし、コッチだ。 来てくれ 」
バスケット倉庫の奥へと、移動を開始するアントレー。 俺も、後に続いた。
「 …ソフィー…! ソフィー…! 」
薄暗い倉庫の中で、声を押し殺しながら、アントレーが呼び掛けた。
「 こっちだよ、アントレー! 」
状況を全く把握していない『 元気 』な声が、奥から帰って来る。
俺は言った。
「 ソフィー、あまり大きな声を出すな…! 今、入っているバスケットを揺さぶってくれ 」
ほどなく、奥にあるバスケットが揺れた。
「 …あれだ…! 」
2メートルくらいある大きなバスケットに、ソフィーは入っていた。
「 さあ、もういいよ、ソフィー…! 心細かったろ? 」
俺は、バスケットの蓋のストッパーを開け、ソフィーを抱き上げた。
「 グランフォードのオジちゃん! このバスケット、いちごが一杯なの! ソフィー、お腹一杯だよっ! 」
……食ってたのか? ソフィー…… 君、緊迫感、全然無いね? 心配して、損しちゃったよ。
アントレーが言った。
「 ソフィー。 ここからは、お前さんの出番だ。 どこか、安全なトコへ案内してくれるか? 」
「 任せてっ♪ シリウスの中なら、あたし、ドコへだって行けるよっ! 」
俺が、リクエストをする。
「 とりあえず、どこでもいいから、ゆっくり計画が練れるトコへ案内してくれると助かるな 」
「 OK! 2人とも、ついて来てっ! 」
元気一杯に駆け出す、ソフィー。
ああ、危ないっ…! もっと、周りを良く見なさいって! 見つかったら、どうすんのさ。 ねえ、ソフィーったら……!
台車を押した艦内員が1人、バスケットの向こう側に見えた。
( ヤバっ…! 走るな、ソフィー! じっとしてろっ…! )
心の中で叫んだが、聞こえるはずも無い。 お構い無しにソフィーが、彼の目の前を、楽しそうにスキップしながら横切った( しかも、即興の鼻歌まじりで )。
( あおうっ…! )
台車を押していた男の足が、ピタリと停まる。
…ヤバイ。 激ヤバだ…!
俺は、とっさに、何事も無かったように、その男の前に出ると言った。
「 奥のバスケットが、乱れてるぜ? ここの管轄は、お宅かい? 」
男は、目を点にしたまま、俺に言った。
「 今… 女の子が、目の前を横切らなかったか……? 」
俺は、トボケた。
「 はぁあ~? 女の子ォ~? ここは、軍艦の中だぜ? 」
後から出て来たアントレーも、すれ違いざまに言った。
「 クニの、子供の事でも考えてたのか? オレもよく、娘の夢を見るよ 」
男は、ぽか~んとしながら答えた。
「 ……だよな? ここんトコ、帰ってねえからなぁ~…… 」
俺たちは、スタスタと歩き去った。
ソフィーは、さっき、俺が乗って来たエレベーターの脇で待っていた。
「 さあ、乗って乗って! ソフィーの秘密基地に、案内してあげるっ! 」
ウキウキ顔で言う、ソフィー。
アントレーは、少し大きめのバスケットをエレベーター内に持ち込むと、ソフィーに言った。
「 ソフィー。 この中に入ってなさい。 なるべく、小さな声で指示を出すんだよ? 」
「 わ~い! 面白そう! 楽ちんねっ! 」
以前、自分の家のようにしていたであろう『 シリウス 』に乗艦した事で、ソフィーは、有頂天になっている。 まるで、水を得た魚のようだ。 バスケットで『 軟禁 』しておいた方が良い。 危なっかしくて、見ちゃおれん。 寿命が縮まるわ……!
バスケットの中から、ソフィーが言った。
「 Bの26に、今は使われていない、兵隊さんたちのお部屋があるの。 そこに行こうよ! ソフィー、前に、そこでよく、おじいちゃんと遊んでいたの 」
「 今も、そのままかな? 」
俺の問いに、ソフィーは、バスケットの隙間から目を覗かせながら答えた。
「 その、お部屋のある階は、ブロックごと全部、空いてたから… 多分、そのままよ? ソフィーのお机も、置いてあるの 」
おそらく、下士官用の部屋だろう。 ソフィーの話しが本当なら、これほど潜伏するに好都合の部屋は無い。
「 Bの26… か 」
アントレーが、ボタンを押す。
エレベーターは、ゆっくりと上昇を開始した。
「 右よ。 右に行って! 」
エレベーターを降り、ソフィーの指示に従い、網の目のような艦内を歩く。 もう、どこを歩いているのか分からなくなって来た。 売店で購入した地図を出し、場所を確認する。
「 今度は、左。 …あ~ん、アントレー、見えないよう~…! バスケットの向きを変えてったらぁ~ 」
「 おう、悪い悪い。 これでいいか? 」
「 うん! 次、3つめの通路を右よ。 第336号って部屋 」
…確かに、この一角は、誰も使用していないようだ。 通路の照明も1つおきに点灯され、薄暗い。 やはり、元は下士官用の個人宿舎のようだ。
「 第334… 335… あったぞ、336号……! 」
アントレーは、バスケットを置くと、ソフィーを出した。
ソフィーは、元気よくバスケットから出ると言った。
「 ようこそ、ソフィーの秘密基地へ! さあ、入って、入って! 」
ドアを開け、室内に入る。 小さなリビングにキッチン。 クロークを仕切りにして寝室があり、シングルベッドが1つ、備えてある。 シャワー室もあった。
「 こりゃ、いいな…! 」
俺が室内を見渡すと、アントレーも言った。
「 ここなら、誰も来ないだろうし… 最高だわい 」
ソフィーが言った。
「 ねえ、オジちゃんたち! お腹、空かない? レトルトだったら、カレーがあるよ? 何と、地球産よ? 凄いでしょっ! 」
俺は言った。
「 非常食まで、あるのかよ。 凄いなソフィー。 さすが、バルゼー元帥の孫だ 」
「 へっへっへ~…! 」
得意顔で、出して来た携帯コンロに、火を付けるソフィー。 ペットボトルに入った水を見つけると、アントレーが言った。
「 ソフィー、水をもらっていいかね? 結構、緊張したのか、喉がカラカラだ 」
「 どうぞ。 まだ、いっぱいあるもんね! 今、カレー作ってあげるからね? 腹が減っては、戦は出来ないのよ? 」
2リッターのペットボトル数本をラックから出しながら、ソフィーは言った。
俺は、コンロ脇の床に座りながら、ソフィーに聞いた。
「 そのことわざも、おじいちゃんから教わったのか? 」
「 そうよ。 おじいちゃんは、何でも知ってるんだから! 」
その時、俺は、廊下を歩いて来る足音に気付いた。
「 …シッ! 」
指を立て、ソフィーを制すと、俺は、素早く壁際に寄り、しゃがみ込んだ。 アントレーも、コンロの火を消してソフィーを抱き抱え、ベッドの陰に潜む。
……誰だ?
足音は、軍靴だ。 兵士の見回りか……?
緊張が、辺りを包む。
コッチには、武器は何も無い。 見渡したところ、棒切れ1つ無い。 見つかれば一巻の終わりだ。
( くそう……! )
足音が近付いて来る。 部屋の前まで来ると、ピタリと、足音は止まった。
「 …… 」
( 通り過ぎてくれ…! )
しかし、俺の期待とは裏腹に、足音の主はドアのノブに手を掛け、回し始めた。
「 …! 」
部屋に入って来た瞬間、相手に飛び掛ってやろうかとも考えたが、もう遅い。
……1人の男が入って来た。
下士官だ…! 銃を持っている……!
男は、傍らに、しゃがみ込んでいた俺に気付き、叫んだ。
「 だ… 誰だ、お前はッ…? ここで何をしているッ? 」
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