第14話、地獄でホトケ

 男は、右腰のホルスターから拳銃を抜き、構えた。

 戦闘略帽を被った若い下士官だ。 両腕にある伍長の階級章の下に、専課技術科の科章が見える。 右胸のポケットタブには、師団内勤を示す、黒地に金色刺繍のオフィサー・タブ…… どうやら、将官就きの侍従兵らしい。

「 立てっ…! ここで何をしていたっ? 所属はどこだ! 」

 俺は両手を挙げ、立ち上がった。

( くそう…! ウマく、いっていたのに……! )

 下っ端の兵士なら、事情を話して説明すれば、俺たちの作戦に同意してくれたかもしれない。 だが、将官とつながりのある侍従兵では、その可能性も薄いだろう。 これまでか……!

 その時、ソフィーが叫んだ。

「 シュタイナー! 」

 男は、慌てて声の方を向いた。 俺以外に、まだ誰かが潜んでいたとは、よもや思ってもいなかったようである。 ソフィーを見た彼の表情は、警戒から、驚きの表情に変わった。

 アントレーの腕を振り解き、彼に駆け寄る、ソフィー。

「 シュタイナー! あたしだよっ! ソフィーだよっ! 」

 声を失ったように驚愕の表情をしていた彼は、抱きついて来たソフィーを、腰をかがめて、銃を持っていない左手で抱き寄せ、言った。

「 …ソ、ソフィー様っ…? え、ええっ? ソフィー様では、ありませんかっ…? 」

 嬉しそうに、ソフィーが答える。

「 そうだよっ! 久し振りだね、シュタイナー! 元気だった? 」

 シュタイナーと呼ばれた男は、信じられない、と言うような表情で言った。

「 …こ、こんな…… こんな……! バークレー閣下と、運命を共にされたと思っておりました。 お、おおう…! 本当に、ソフィー様なのですねっ! 嬉しゅうございます……! 」

 拳銃を床に置き、改めて、両腕でソフィーを抱き締めるシュタイナー。


 …どうやら、ソフィーとは知り合いのようだ。


 俺は、ホッと胸を撫で下ろした。

 ソフィーが、シュタイナーに言った。

「 …あ、紹介するね、シュタイナー。 こっちが、グランフォードのオジちゃん。 大っきな輸送船の、船長さんなんだよ? あっちはね、バイア族の部族長で、アントレーって言うのよ! 」

 ソフィーに紹介されたアントレーが、潜んでいたベッドの脇から軽く手を挙げる。

 シュタイナーは、まだ事態を把握出来ていないような表情で、俺に言った。

「 私は、第8ブロック戦闘指揮 副官のバウアー大佐の侍従で、シュタイナーと言いますが…… この度は… あなた方が、ソフィー様を……? 」

 ソフィーが、自慢気に言った。

「 グランフォードのオジちゃんが、脱出ポッドで漂流していた、あたしとルイスを助けてくれたの! アントレーは、オジちゃんのお友だちよ? 」

「 おお…! ルイスも、無事ですか? 良かった… 本当に、良かった……! ソフィー様には、もう2度とお会い出来ないと思っておりました……! 貴殿たちには、何と、お礼申し上げたらいいか…… 」

 床に置いてあった拳銃をホルスターに収めたシュタイナーが、握手を求めて来た。 手を握り返しながら、俺は言った。

「 ひょんな事から、こうした事態になってな。 俺たちが、なぜここにいるのかも含め… 君には、全てを話さなければならんようだ。 時間は、あるか? 」

「 あ、大丈夫です。 今、非番ですので 」

 ソフィーが言った。

「 みんなでカレーを食べながら、お話し、しようよ! 」


 地球産のカレーは、ウマイ。

 俺は、ソフィーが作ってくれたカレーを食べながら、現在進行中の作戦について、その全貌を話した。

「 …あなたが、あの『 キャプテンG 』でしたか…! 私共としては、クエイドの英雄も去る事ながら、名将フィリップ・フォン・グランフォード中将のご子息としての方が、記憶に鮮明であります…! メンフィス奪回での功績は、後世に語り継がれる英雄伝であります 」

 シュタイナーは幾分、感激したような表情で、俺に言った。

「 過去の戦歴は、もういいよ。 今は、瀬戸際の一船長だ。 この作戦、何としても成功させなきゃ、トラスト号もろとも、仲間がフッ飛ばされるんだからな 」

 俺は、食べ終わったカレーの皿を床に置くと、タバコに火を付けながら答えた。


 シュタイナーは、ソフィーの祖父、バルゼー元帥に仕えていた侍従兵だったらしい。 ソフィーの世話係としてもあったらしく、堅実な好青年だ。 非番になると、ソフィーとの想い出の残るこの部屋に、時々、足を運んでいたとの事である……


 シュタイナーは言った。

「 バルゼー元帥閣下の無き後、副官のゲーニッヒが、このシリウスの艦長に就任しております。 第2連合艦隊のシュタルト提督と好意にしており、もう… やりたい放題です。 おそらく、元帥閣下を陥れたのはゲーニッヒだと、私は推察致します…! 」

 憎々しげに話す、シュタイナー。

 アントレーもカレーを食べ終わり、言った。

「 シュタイナー… とか、言ったな。 あんたが仕えている上官は、どんな人物なんだ? 」

 シュタイナーが答える。

「 バウアー大佐は、元、第2艦隊の指揮官です。 以前は、少将でしたが… 元帥閣下とは幼馴染みでもありましたので降格され、この、シリウスの戦闘指揮 副官に配属されております 」

 ソフィーが言った。

「 バウアーは、いい人よ? あたし、よくカードゲーム、教えてもらったもんっ! 」

 アントレーが、ソフィーの頭を撫でつつ、言った。

「 話し次第では、コッチの仲間になってくれそうじゃな……! 」

 シュタイナーが、身を乗り出しながら答えた。

「 少将… いや、大佐だけでは、ありません…! このシリウスには、元帥閣下を敬愛していた将兵が、多数おります! ただ… 重要ポストから外され、力を発揮出来ないでいるのです……! 」

 俺は、天井に向けて煙を出しながら呟いた。

「 手足を奪った状態か… 姑息な連中の考えそうな事だ。 自分の身を守る事にかけちゃ、長けているワケだ 」

 シュタイナーが、拳を作りながら言った。

「 グランフォード殿! やりましょう! いざとなったら、バウアー大佐と画策し、手数を集めます! 何なら、元帥閣下もお救いして…! 」

 俺は、シュタイナーの言葉に注目した。

「 ……元帥を救出? どこにいるのか、分かるのか? 生きているのか? 」

 シュタイナーは答えた。

「 元帥閣下は、このシリウスの個人房に幽閉されております 」


 …何と…! 元帥は生きている! しかも、このシリウスに……!


 ソフィーが言った。

「 おじいちゃん…! おじいちゃん、いるのっ…? この、シリウスにいるのっ……? 」

 シュタイナーに、掴み掛かりそうな勢いのソフィー。 アントレーが、彼女の腕を掴み、押さえ込みながら言った。

「 やはり、元帥は殺せなかったか…… いくら反逆罪でも、バルゼー元帥は、皇帝の遠縁だ。 幽閉していたか… 」

 シュタイナーは言った。

「 個人房は、2重3重のロックがあり、全て、パスワードと声紋認識の解除システムが必要です。 声紋は、ゲーニッヒのものしか登録されていません。 将校であっても、モニター越しの簡略的な面会ですら、許可は下りません 」

 当然の事だろう。 元帥は処刑されたと思わせておいた方が、連中にとっては何かと都合が良いはずだ。

( しかし、生きているのであれば『 こちら側 』に迎えたい人物だな )

 個人房まで到達出来る、あらゆる手段…… 俺は、様々なシチュエーションを仮想し、可能性のありそうな作戦を立ててみた。 しかし、通常の手続きや手段では、到底、無理である。 意外性の領域で検討をしなければ……

 シュタイナーが言った。

「 看守を買収する方法も考えましたが、裏切りが心配で…… 」

 もし失敗したら、更なる粛清が行われる事だろう。 今は更迭・降格で済んでいる元帥派に、投獄・追放… 最悪には、処刑というシナリオも考えられる……!

 シュタイナーは続けた。

「 仮に、元帥閣下を救出出来たとしても、私1人の力では、その後の、閣下のご安全を保障する事が出来ません。 バウアー大佐に置かれましても、他の部署の将校たちの目があります。 ある意味、私などよりも、もっと動き難いかと… 」

「 ……行動は起こしたくても、慎重を期して、二の足を踏んでいた訳か 」

 俺の言葉に、シュタイナーは頷いた。

( 確かに、正攻法で行けば、かなりのリスクを背負う事になる。 だが… )

 ソフィーが、俺の方を向いた。 目は、何かを訴えている。 俺は、その訴えと同じと思われる事を言った。

「 ……ソフィーなら、行けるかもな……! 」

 シュタイナーが反論した。

「 無理です、グランフォード殿…! ソフィー様のお顔は、シリウス乗艦の上層部連中なら、誰でも知っています。 どんな作戦だろうと…艦内を、お歩きになられては、たちまち拘束されてしまいます……! 」

 ソフィーは、尚も、何かを言いた気だ。 俺は、それを代弁した。

「 誰が、廊下を歩くと言った? 」

 ソフィーは俺の言葉に、満足気に頷いた。

「 ……は? 」

 シュタイナーには、意味が分からないらしい。

 俺は言った。

「 小さなソフィーに、こんな事を強要するのは不本意だが… 元帥を救出出来れば、こんな旗印は無い。 こちらに賛同し、仲間も増える事だろう 」

 アントレーが、頭をかきながら言った。

「 やれやれ… こんな、小さな子供まで招集か? ま、確かに、それしか… 手は無さそうだがな 」

 ソフィーが、たまらず言った。

「 通気口を通るのよ、シュタイナー! 」

 ぽかんと、口を開けたままのシュタイナー。

「 ……通気口、ですか? しかし… 個人房まで到達出来るとは、到底、思えません。 かなり複雑に、入り組んでいるはずですし……! 」

 ソフィーが言った。

「 あたし、おじいちゃんにナイショで、いつも通気口、使ってたのよ? だって、9時になったら寝なさい、って言うんだもん。 作戦会議、聞きたかったのにぃ~…! だからいつも、会議室の上まで行って聞いてたの。 どこのお部屋で会議してても、全~んぶ、聞いちゃってた! 」

 いたずらっぽく、ウインクしながら言うソフィー。 重要極秘会議も、全てソフィーには、筒抜けだったようだ。 どうりで、軍艦の名前などに詳しいはずだ。

 俺は説明した。

「 大きな艦船の場合、かなり大きめのダクトが入っている。 大人も、充分入れるだろう。 房には、監視モニターも付いているだろうが、一瞬、電源を切る事くらい、君の方で何とかなるだろう? 」

 シュタイナーは不安気に答えた。

「 それは、可能ですが… 私としては、ソフィー様の身が心配です 」

 俺は言った。

「 いくら何でも、ソフィー1人では、行かせん。 俺も一緒に行く…! 電源を切れる時間が分かったら、連絡してくれ 」


 何か… どんどん、スリル満点方向に展開して行くような気がするんだけど……?

 俺は、本当に、無事に帰れるのだろうか……?





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