第15話、ゴキブリのように……

 通気口は、思っていたより大きかった。 大体、80センチ角くらいだろうか。

 艦船の場合、雷撃などで艦内に火災が起きた時を想定し、排煙効率を上げる為に、このような大口径のダクトを使用する。 今回は、その事が、功を奏しそうだ。

「 オジちゃん。 早く、早く…! あのね。 ここからは、天井に吊ってあるダクトだから、真ん中を踏むと、ベコベコと音がするの。 だから、こうして… フチの方を踏むのよ? 」

「 よしよし、分かった。 フチだな? …よっと 」

 通気口内に潜入した俺と、ソフィー。

 慣れているせいか、ソフィーは器用に通気口を先行して行く。 …もう、どこまで来たのか分からない。 今、ここでソフィーに置いていかれたら、間違い無く迷子だ。 しかも、外に助けを呼べないワケだから、ここで干乾びて、煮干のようになるしかない。 ソフィーは、どんどん先行して行く。 まるで、ゴキブリか甲殻生物のようだ。 …待って、ソフィー~~! 置いて行かないでえぇ~…!

 俺は、必死にソフィーの後を追った。


 ふと、思ったが… やはりここを、バルゼー元帥が通るのは、ちい~と無理があるか……?

 まあ、後の事は、考えないでおこう。 出たトコ勝負だ。 まさに、行き当たりばったり。 俺も、ルーゲンスを、たしなめられる器じゃないな……


 やがて、ソフィーが小さな声で言った。

「 …オジちゃん。 絶対、声出したらダメよ? 今から、食堂の上を通るからね? 」

 所々にある吸気用の金網越しに下を見ると、多くの兵たちが、食事をしているのが見えた。 兵員食堂のようだ。 広い室内、一杯に、兵たちがいる。

 俺は、ソフィーに続き、注意深く進んだ。

 ふと、金網越しに室内を見た俺は、その光景に、我が目を疑った。 コックから食事を食器に受けている1人の2等兵。 そいつの顔に、俺の視線はクギ付けになったのだ。


( …ニック…! )


 他人の空似ではない。 トラスト号に乗っているはずの、ニックだ! …ナンで、お前がここにいるっ? しかも、悠長にメシなんぞ食いおって……!

 瓶入りのコーラをもらったニックは、それをラッパ飲みしている。 ぶはあ~っ、と一息つき、再び瓶に口を付けると、先程よりも更に高く瓶を上げ、飲み始めた。

 ヤツの視線が、金網越しの俺と合う。

 途端に、ニックは、ブーッとコーラを吹き出した。 ゲホゲホと、激しくムセている。 今の、この情況では、話し合う事も出来ない。 俺は、ニックにウインクをすると、先を急ぐ事にした。

( しかし… ナンで、ヤツがいるんだ? アッチでは、どうなってるんだ? )

 皆目、見当がつかないが、どうしようもない。 ブルックナー辺りが、何か知っているかもしれん。 落ち着いたら、連絡してみるか……


 四つん這いにも、そろそろ飽きて来た

  膝が痛い。 まだ、先は長いのか……?

 先行していたソフィーが、ある地点で待っていた。

 俺が近寄ると、ソフィーが、小さな声で言った。

「 ……ゲーニッヒの、プライベートルームよ。 誰かと、電話してる……! 」

 金網越しに、そっと室内をうかがう。

 豪華なシャンデリアに、貴賓室かと思わせるような革張りのソファー。 広さは、大きな会議室くらいありそうだ。

 無意味なクソでかい執務机の上に踵を乗せ、豪華なイスに踏ん反り返りながら、1人の将校が、笑いながら電話をしている。 細く吊り上がった目に、メガネを掛け、シュタルトのように醜く太っていた。


 …あいつが、ゲーニッヒか。 イヤそうなツラ構え、してるわ…!


 ソフィーが、憎々しげに見つめながら言った。

「 今に見てらっしゃい、ゲーニッヒ…… あたし、許さないから…! 」

 俺は言った。

「 ここで、ウンチしていってやろうか? 」

「 帰りにしてね 」

「 …そうだね 」

 俺たちは、先を急いだ。


「 …確か、この辺よ? 」

 しばらく行くと、ソフィーが言った。

 近くにあった金網越しに、外をうかがう。 守衛室のようだ。 机の上に、湯気を立てているコーヒーカップが置いてあるが、兵士の姿は無い。

 次の金網を覗く。

 誰もいない部屋だ。 しかし、宿舎ではなく、明らかに房のようである。 確実に目的地へとは、近付いているようだ。

 俺は、次の金網を覗いた。

 下の階へと続く、階段が見える。 その隣に、先程の守衛室が見える。

 反対側の金網を覗く。

 …トイレだ。 個室の方から、ドシャー、という水の音。 守衛が、トイレにて格闘中らしい。

( もう少し、向こうだ )

 俺は、ソフィーに指を指した。 意味を理解したらしく、ソフィーが移動する。

 しばらくすると、また金網があり、そこを覗き込んだソフィーが小さく声を上げた。

「 おじいちゃんっ…! 」

 俺も近寄り、覗く。

 小さな机に向かい、ノートに何かを書き綴っている老人がいた。 短く刈り上げた白髪は、頂頭部もハゲ上がっておらず、後ろ姿ながらも凛とした気を発している。 年齢を感じさせない雰囲気だ。 艦長服を着ているが、肩章などは外されているようだ。 これが、バルゼー元帥か……!

 俺は、小声で言った。

「 閣下… 閣下……! 」

 ソフィーも声を掛ける。

「 おじいちゃん…! おじいちゃんってば…! 」

 やがて声に気付いたのか、元帥は、辺りを見渡した。

「 閣下、上です。 通気口です…! 」

 天井を見上げる、元帥。

「 おじいちゃん、おじいちゃんっ……! ソフィーよ…! 助けに来たの…! 」

 金網越しに、俺とソフィーの顔を認めた元帥は、かなり驚いた表情を見せた。 慌ててドアにあるガラスに目をやり、誰もいない事を確認すると、再び、こちらを見上げて言った。

「 ソ… ソフィー…? ソフィーかっ? 無事だったんだな…! しかし… そんなところに……! 」

 俺は言った。

「 閣下、監視カメラがあるかと思われますので、あまりこちらを向かないで下さい。 今のところ、看守はトイレですが、じきに戻ります 」

 元帥は、机の書き物に視線を落とすと、言った。

「 何という無茶な事を……! 」

「 強行軍は、重々、承知しております。 閣下の救出は、今回の私の作戦には無かった事ですし、成り行きです。 …手引きしてくれる仲間が、明かりを切ります。 脱出して下さい。 そのベッドのパイプに乗れば、手が届きます 」

 元帥は、机に向かったまま答えた。

「 君らに迷惑を掛ける事は、出来ん…! ましてや、ソフィーも一緒だ。 ワシは、行かんぞ……! 」


……そう来ると、思ってたぜ。


 俺は言った。

「 閣下… 私は、軍人ではありません。 従って、随分、失礼な発言をさせて頂きますが、お許し下さい。 …気絶させて、引きずって行っても良いんだぜ、この野郎…! 俺は、自分の作戦を遂行させる為だったら、ナンだってやってやる…! コレを成功させないと俺の仲間は、シュタルトの策略によって、輸送船ごと木っ端微塵にされるんだ! 断じて、それはさせんっ……! 」

「 オジちゃん、ちょっと乱暴だってば 」

「 ごめんな、ソフィー。 でもね、軍人ってのは、ガンコだからね 」

 元帥は、机に向かったまま言った。

「 随分と、豪気じゃないか。 君は、民間人と言ったね? しかし、私を 『 閣下 』 と呼ぶ、その喋り方から察するに、以前は軍人だったのだろう? 」

 ……さすが、元帥。 読みが鋭い。

 ソフィーが言った。

「 通称、キャプテンGよ。 クエイドの英雄で、メンフィス奪回の勇士よっ! 」

 それを聞き、ピクッとする元帥。 少し、こちらを向き、言った。

「 ……あの名将、フィリップ・フォン・グランフォード中将の、ご子息か…! 確か、第7艦隊…… 」

( …また、親父か )

 しまったな、暴言が過ぎた。 今ので、親父の品位が少々、落ちたかもしれん。

 しかし意外にも、元帥は笑いながら言った。

「 中将のご子息の命令では、逆らえんな。 多分、君は、本気でワシを気絶させる事だろう。 血は争えんな、グランフォード君。 お父上とは、よく酒を交わしたものだ。 随分前に、心の臓の病で亡くなられたと聞いておるが? 」

 俺は言った。

「 酒なら、マータフがお相手しますよ、閣下 」

「 …マータフ? おお~、中将の片腕機関士か。 懐かしいのう…! 中将亡き後は、ウィルソン提督時代の旗艦『 赤城 』の機関長を務めておったな。 退役したと聞いておるが? 」

「 今は、私と組んで運送業をしております。 元気ですよ? あと、この作戦には、元、第4艦隊 副官のエンリッヒも、参加しております 」

「 おお~、第2連合艦隊の…! 懐かしい顔ばかりじゃないか。 そんな、つわもの揃いの作戦だとは、思いもよらなんだな 」

「 閣下を、ここから救出しないと、弾みが付きません。 ご同行、願えますね? …まあ、イヤでも気絶させますので、同意は不要ですが 」

「 やれやれ… 中将の若い頃と、そっくりじゃ。 かなわんのう~……! 」

 ドアの窓越しに、トイレから戻って来た看守の姿が、チラリと見えた。

「 しばらく、仲間からの連絡を待ちます、閣下。 普通にしていて下さい。 でも、心の準備は怠り無く 」

「 任せたよ 」

 俺は、ブルックナーに連絡を入れた。 音量を絞ったマイクから、すぐに応答があった。

『 グランフォード殿ですか? ブルックナーです 』

「 今、いいか? 」

『 大丈夫です。 個人宿舎にいます 』

「 どうやら、うまく乗艦出来たようだな。 Bの26フロアの… 336号室に、アントレーがいる。 合流して現在の状況説明を聞いてくれ 」

『 B26、336号ですね。 了解しました。 これから向かいます 』

「 シュタイナーという侍従兵がいるが、仲間だ。 親衛隊の軍服を見ると、間違って発砲しかねないから、気を付けろよ? 名前を呼び掛けながら行け 」

『 了解です。 あと、連絡ですが、ニックが乗艦しています 』

「 やっぱりか。 さっき、見かけたよ。 どういう事なんだ? 」

『 親衛隊情報局、ルーゲンス大尉の配慮です。 トラスト号は、エンリッヒ特務曹長が乗船された事で、操船に関しては問題無いそうです。 それよりは、こちらの方に手数を増やした方が良かろうと言う事で、親衛隊推薦の、特別新兵招集で乗艦しています 』

 そう言うことか……

 確かに、エンリッヒには、艦隊勤務経験がある。 輸送船の操舵など、お手の物だろう。

 問題は、ニックだ。 …役に立つのか? アイツは。

 しかし、これで遂に、ヤツも軍隊経験者になったか。 そのまま1年間、兵役で鍛えてもらった方が良いかもしれん。 陸戦隊の特殊部隊キャンプとかで……

「 分かった。 こちらも、新たな仲間をスカウト中だ。 のちほど会おう 」

『 了解しました 』

 無線交信を終わると、その会話を聞いていた元帥が、書き物を続けながら言った。

「 もう、シュタイナーを仲間にしたのか…! 素早い動きだな、グランフォード君。 彼は、良い侍従兵だ。 人脈もある。 …今の話しだと、親衛隊情報局まで絡んでおるようだね、この作戦は。 …うむ、心強い事だな。 1個中隊でも、潜入させておるのかね? 」

「 潜入したのは、ソフィーを含めて4人です。 閣下 」

「 …… 」


 元帥は、無言になった……

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