第17話、伏兵召集
『 第6艦隊所属、第29ブロック 陸戦第546師団 第3工兵大隊 B中隊のニック・ブライアン。 本日、消灯時間に、本部A面会室まで出頭せよ。 くりかえす… 』
艦内放送が響いた。
( ビビッてるだろうな、ニックの野郎 )
ブルックナーの部屋に出頭させても良かったのだが、あえて、シュタイナーの管轄区域に出頭させた。 『 決行 』の時まで、親衛隊員のブルックナーには、誰も接触させない方が良い。
俺は、ソフィーに描いてもらった地図( 薄いピンクで、可愛らしいクマさんの絵が印刷してあるメモ用紙に、3Bの鉛筆書き )を持って再びダクトに入り、シュタイナーの待つ、面会室へ行った。
( 元帥の脱走は、もう関係者には知れている事だろう。 B階への移動はリスクが伴うが、面会室は甲板より上層だ。 多分、大丈夫だろう )
シリウスの大きさが功を奏した形となり、俺の予想通り、面会室への移動には、何の障害も無かった。
「 ……グランフォード殿、お着きですか? 」
ダクトの中の気配を感じたのか、机に向かって書類を書いていたシュタイナーが、上を振り返らず、小さく言った。
「 ああ、着いた 」
「 早いですね 」
「 慣れて来たよ。 ソフィーが言う通り、こりゃ便利だ。 上下階のダクトには、点検用の取っ手階段が設置されている。 場所を認知していれば、どこへだって行けるな 」
「 私も、イザと言う時には、使わせて頂く事にします。 …この紙を渡せば、いいんですね? 」
前もって渡しておいたメモ用紙を出しながら、シュタイナーは、小さく言った。
「 追加だ… 」
金網越しに、小さくたたんだ紙を、下の机の上に落とす。 シュタイナーは、それを監視カメラに気付かれないように手の中に隠し、言った。
「 受け取りました。 …あ、来たようですね 」
開け放たれたドア越しに、辺りをキョロキョロ見ながらやって来るニックが見えた。
「 あンのォ~… A面会室って、ここっスか? 」
シュタイナーが答える。
「 そうだよ。 入って、ドアを閉めたまえ。 ニックだね? 」
「 そうっス 」
頭を、ポリポリかきながら答えるニック。 軍用ではなく、完璧にプライベートなTシャツ( 十字架をバックにしたドクロに、蛇が巻き付いているイラスト。 黒地に、白でプリントされている )を着ている。
お前、そのカッコで艦内を歩いて来たのか? ある意味、感心するわ。
「 今日、出頭してもらったのは、他でもない。 実は… 」
ニックは、イスに腰掛けながらシュタイナーの言葉を制し、言った。
「 すんません。 ハラ減っちまって、つい…… んでも、食糧倉庫に忍び込んでたの、オレだけじゃないっスよ? 」
「 は……? 」
…もう、やりやがったのか、てめえ…! 上司として、恥ずかしいぜ、全く。
ニックは続けた。
「 酒だって、配給係りのヤツがくれたんで、つい…… でも、みんな飲んでるぜ? まあ、勤務中に酒宴を開いて騒いだのは、ちい~とマズかったけどな 」
……もういい。 ナニも喋るな、お前。
「 それに、トイレで、エロ本くらい読んだっていいだろ? 」
喋るなっちゅ~の、テメーはっ…!
シュタイナーは、渡してあった紙を、すっとニックに渡しながら言った。
「 監視カメラがあるので、周りを見ないで聞いてくれ。 詳しくは、その紙に書いてある。私は、君らの仲間だ 」
「 ? 」
紙を見んか、アホウ…! お前の脳ミソで、理解出来る状況じゃねえっつ~の!
…おいっ、紙をポケットにしまうな、てめえ! 読まんかっ!
「 仲間って、ナンの事? 」
「 グランフォード殿の仲間、って事さ 」
「 ? 」
コイツ… トボけてんのなら、大した役者だが… 恐らく、そうではあるまい。 マジ、本気に分かってないんだろうが? やはり、来て良かったぜ……!
俺は、たまらず、言った。
「 詳しくは、その紙に書いてある…! 宿舎に戻ったら、その通りに実行しろ、ニック! 」
ニックは、俺の声に少しピクリとしたが、笑いながらシュタイナーに話し掛けた。
「 ははは… オレ、疲れてるからよ。 どうも、耳鳴りがするわ。 やかましい元上司の声でよ 」
「 てめえっ! ナニが『 元 上司 』だ、この野郎っ! この作戦が終わったら、本格的にリストラしてやるからな! 気が付かんか、ボケ作がァッ! 」
やっと、通気口の金網越しの俺に気付いたニックは、目を真ん丸にして言った。
「 なっ… ナニやってんすかっ? キャプテン! そんなトコで 」
「 シッ…! 上を見るな! グランフォード殿も、声が大き過ぎます……! 」
シュタイナーが、俺たちを制した。
机の上に向き直ったニックが、言った。
「 …ダクト設備屋に、転職ですか? キャプテン。 確か、食堂の上にも出没してましたよね……? 」
「 てめえを見張ってなきゃ、心配でな……! 」
「 そりゃ、ご苦労な事です 」
「 いいか、紙に書いてある通りにやるんだぞ? 外を自由に出歩けるのは、お前だけだ。 頼むぞ……! 」
「 よく分からんですが… その業務、時間外手当は付きますか? 」
「 付かん 」
「 はあ、左様で… 」
「 その代わり、無事にメンフィスに帰還出来たら、臨時ボーナスをくれてやる 」
「 2・5くらいですか? 」
「 出血大サービスの、3ヶ月分でどうだ…! ついでに、ヘルスの優待券も付けるぞ? ベガのな 」
「 その優待券、『 ムーンライト 』ですか? それとも『 大統領 』? 」
「 この野郎っ! 店の指定を出来る立場にあると思ってんのか、コラ! ええ加減にせえや、てめえ~…! 」
シュタイナーが、笑いをこらえている。
「 ……失礼…! コメディーを見てるようで… 楽しいクルーの方ですね、グランフォード殿 」
俺は言った。
「 緊迫感、全く無しで困ったモンだよ。 見習うなよ? シュタイナー 」
ニックが言った。
「 ヘっ、オレ様が緊張するなんて事、天地が裂けても有り得ないね 」
…それを言うなら『 天地がひっくり返っても 』だろが、アホが。 使い慣れないセリフを、無理に言うなマヌケが!
ニックは、親指を立てて続けた。
「 ま、何でも任しときなって……! 勤務態度にケチ付けられるのかと思っていたが、ホッとしたぜ。 ほんじゃま、キャプテン。 の・ち・ほ・ど…… 」
席を立とうとしたニックを、シュタイナーが呼び止める。
「 待ちたまえ。 追加指示だ…! 」
先程落とした紙を、ニックに渡すシュタイナー。
真剣な顔で、彼は言った。
「 ……いいか、ニック。 これは、大事な任務だ。 気を抜くな…! 周りは、敵ばかりだと思え。 いいね? 」
ニックは答えた。
「 任しとけって、言ったろ? こう見えても結構、ヤル時は、ヤルぜ? 」
いつも、ヤル気でやれっちゅ~の……
誰もいない、保冷倉庫。 温度調節の空調音のみが、低く唸っている。
ブルックナーから借りた拳銃を手に、俺は、野菜の入ったバスケットの陰に隠れていた。
( ニックの野郎、ホントに、ちゃんとやってんだろうな? )
仮病を使って医務室へ行き、カトウ軍医中尉を、ここに連れて来るはずなのだ。
( ヘタな芝居がバレて、拘束されていないだろうな? ヤツは、拷問には耐え切れないだろう。 ソッコーで、全部、洗いざらい喋るに違いない。 ヤメておけば良かったかな……? )
だが、おびき寄せるネタに信憑性を持たせるには、ヤツのキャラが適任だ。 そこんところを充分、理解して任務にあたって欲しいのだが……
俺は、段々と不安になって来た。 想像される結果は、常に、最悪の状況へと爆進して行く……
やがて、エレベーター付近に人の気配がした。 誰かが、こちらへ近付いて来る。
「 本当に、格安でコカインが手に入るのかね? 」
「 任しときなって、軍医さんよ。 コッチだ……! 」
倉庫内に響く、軍靴の足音。 どうやら2人だが、1人は将校用のブーツの足音だ。
「 最近は検閲が厳しくなって、艦内への持込が困難だ。 にわかには、信じられん 」
「 疑い深いなぁ… ま、ブツを見りゃ、分かるって 」
1人は、ニックの声だ。 もう1人が、ターゲットであるカトウ軍医中尉なのだろう。
( ちゃんと、連れて来たか… 職務を、忠実に遂行しているようだな。 よし、よし……! )
俺は、バスケットの隙間から様子をうかがった。
……40代くらいの士官だ。
少々、小太りの体形に、フザけたような『 ちょびヒゲ 』を生やし、士官帽を被っている。 いかにも世間知らずのボンボン育ち、って感じの男だ。 ニックの狂言に、まんまと乗せられ、連れて来られたようだ。
「 よう、ニック……! コッチだ 」
俺は、ふてぶてしく、バスケットの陰から姿を出した。 警戒する表情のカトウ。
ニックが、彼に言った。
「 オレが、お世話になってるボスだ……! 」
…お世話、させて頂いてます。 ようこそ、カス。 てめえの天下も、今日までだ。
俺は言った。
「 軍医さんよ…… どれだけのブツが要るんだ? 」
その言葉に、カトウは表情を和らげ、ニヤニヤしながら答えた。
「 純度にもよるね。 極上モノなら、かなりの量が捌ける。 お互い、儲けようじゃないか……! 」
思った通り、カス連中のコネクションを、たんまりとお持ちのようだな。 イモ吊る式に、一網打尽にしてくれるわ。 全部、吐けよ……!
俺は、ソフィーにもらったキャンディーを掌に乗せ、カトウに見せた。
それをのぞき込み、カトウは言った。
「 …? 見た事無い、ブツだな。 グ○コって、書いてあるが… 効くのか? 」
凄んげ~、ウマイぞ? 今、食わせてやる…!
俺は、キャンディーを見せた右手を握ると、そのまま、ヤツのみぞおちにブチ込んだ。
「 ぐほっ…! 」
ズシリ、とした感触。 カトウは、俺の右腕を掴んだまま、ズルズルと崩れ落ち、床に倒れ込んだ。
「 イッパツですな、キャプテン…! 」
カトウを抱き抱えながら、ニックは言った。
「 よくやったぞ、ニック! ソフィーの秘密基地まで、連れて行こう 」
「 ……何スか? その秘密基地って? キャプテン、いつの間に、そんなん作ったんスか? もしかして、その基地… 段ボールで、出来てんじゃないっスよね? 」
「 詳しくは、後で話す。 行くぞ…! 」
俺は、ニックと共に『 獲物 』を担ぎ、336号へと戻った。
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