銀河エクスプレス

夏川 俊

第1話、漂流者

 俺の名は、タリヤ・グランフォード。

 通称、『 キャプテン・G 』と呼ばれているが、タリヤなんて女のような名前なので、俺的にはコッチの方が良い。

 オリオン、アンドロメダ、カシオペア、ペルセウス…… 依頼されれば、どこへだって行く。 迅速・的確がモットーの運送屋だ。


 運ぶ積荷は、様々。 生活物資・工業製品・資材から、家畜・人・植物・はたまた、武器・弾薬まで…… 金次第では何でも運び、少々、ワケありの所でも、割増料金によっては、どこの星系だろうとお構いなしに行く。


 結構、ヤバイ目にも遭った。 警備艇に追いかけられた事も、何度となくある。 しかし、捕まったコトは無い。 俺の船の足は、どこの星系の警備艇より断然、速いからだ。

 …そう、俺の輸送船『 トラスト号 』は、亜光速仕様のハイスピードが売りで、見かけはボロイが、エンジンを載せ換え、違法改造してある。 裏家業の知人を通して改造したのだが、運航法で禁じられているワープ航法が可能だ。 …まあ、普段は、あまり使わない。 これは、イザと言う時の為の、奥の手だ。 頻繁に使うと、エンジンがイカれちまう…!

 なるべく、この航法を使わなくても済むような仕事をしたいものだが、贅沢は言ってられない。 仕事を選ぶような余裕は無いのだ。 リスクがあるからこそ、報酬がいい。

 フランチャイズには加入せず、運送組合にも加入していない。

 1匹狼で宇宙を渡っている少々、アブない運び屋…… それが、俺だ。



 西暦、2504年 3月17日。

 俺は、ケンタウルスで修理ドック用の鋼材を乗せ、人工惑星『 メンフィス 』に向かっていた。


 ブリッジの強化ガラスを通して見える、広大な宇宙。

 彼方に煌く、幾千万もの星の輝き……


 俺は、キャプテンシートの横に立ち、その無限に広がる、星の海を眺めている。

 亜光速航行なので、コンピュータによる自動操縦だ。 航宇士もいなければ、オペレータもいない。

 無人の、ブリッジ……

 アルミ製のコーヒーカップを手に、ケンタウルス産のブラックコーヒーをひと口、飲む。


 ……うむ、苦いな。


 やっぱ、俺は、コーヒーが苦手だ。 後で、地球の北海道産の牛乳を混ぜて、コーヒー牛乳にしよう……


 次元レーダーに点滅する航跡のフリップを確認しながら、再び、コーヒーを飲む。

 着ていた艦長服のポケットからタバコを出し、口にくわえると、コントロールパネルの上に置いてあったジッポーを手に取る。 銀蓋を、チャキンと鳴らしながら開け、火を付けた。

 

 ……フッ…… シブイぜ、俺。 いっぱしの、キャプテンのようだ。


 ふうう~っ、と煙を出す。

 この家業を始めて、4年目… まだまだ、駆け出しだ。 船のローンに苦しみながらも、何とかやっている。

 今年で、もう39。 知り合いなどは、ほとんど結婚して所帯を持ち、3人目の子供まで出来たヤツもいるが、俺は、まだ独身だ。

( フランキーのヤツんトコは、上が来年、帝国中等科だって言ってたな。 ヤツとも、随分と会っていないが、元気にしてるのかな。 士官学校時代が懐かしいぜ… )

 一時、軍隊に所属していた、俺。

 家は没落していたが、貴族だった。 本来、グランフォードの前に『 フォン 』が付く。 だが、没落した子爵など、リーマンより格下だ。 一部の知り合いにしか、話した事は無い。 くだらん上下関係に終始し、皇帝陛下の御為に命を捧げるなんて、まっぴらゴメンだ。

 俺は、自由に生きる…! この広い宇宙で、自分の生きる道を見つけてみたい。

 さあ、どうだい? 君も、俺の船に乗らないか?


 カッコええ~……!


 数世紀前の、アニメのワンシーンみたいだ。

 俺は、自分に陶酔し、クソ苦いコーヒーを、もうひと口、無理に飲んだ。


「 キャプテン! 」

 ブリッジに、2等航宇士のビッグスが、血相を変えて駆け込んで来た。

「 どうしたっ? 非常事態かっ? 」

「 はいっ! トイレの紙が、ありませんっ! 」

「 …… 」

 射出ゲートで、外に放り出してやろうか? お前。 …しかも、下は、フルチンじゃねえか。 神聖な俺のブリッジに、イチモツぶら下げて、入って来るんじゃねえ!

 ビッグスは言った。

「 ハインケルの港で、買うのを忘れてました。 ど… どうしましょう? これは、非常事態です 」

 異常事態だわ、たわけ。 どうりで、生活用品のバケットが小さかった訳だ。

 俺は言った。

「 倉庫に古新聞があったろ? アレを揉んで、軟らかくして使え。 お前が、バツとしてやれ! いいな? 」

「 しかし…… 印刷のインクで、ケツが黒くなるのでは? 」

「 お前のシャツを、代わりに使っても良いんだぞ? 」

「 イヤです 」

「 じゃ、揉んどけ 」

「 イエッサー! 」

 …フルチンで敬礼するな。

 ったく… せっかく陶酔の世界に浸っておったモノを、完璧にブチ壊しおって。

 ヤツは減給だ。 メンフィスに着いたら、リストラするか……


 キャプテンシートに座り、航宇日誌を付ける事にした。

 PCファイルを開き、キーボードを操作する。

( 本日、航行に異常なし。 トイレットペーパー、購入忘れ発覚… と )

 どうも、カッコ悪い。 トイレットペーパーの件は、削除しておこう。


 デスクボードの内線ボタンが点滅し、ブザーが鳴った。 通信室のパネルが点灯している。通信士のカルバートからの内線のようだ。

( このブザー音も、ダサイな。 もうち~と、ハイセンスな呼び出し音に換えるか )

 ボタンを押して、内線に答える。

「 俺だ、どうした? 」

『 キャプテン。 カルバートです。 方位201に、遭難救助信号をキャッチ。 どうします? 無視します? 』

 イキナリ、無視提案かよ。 う~… しかし、確かに面倒くさい。 無視出来るものであれば、無視したいところだ。 いっそのコト、カルバートのヤツ、報告しなきゃ良かったものを……

( どうしようかな? どうせ、皇帝軍か解放戦線の連中の、どちらかだろう )

 戦争したきゃ、勝手にしていれば良い。 俺は、もう軍籍から抜けたんだ。 どっちも、助ける義理は無い。

 俺は、通信室のカルバートに尋ねた。

「 識別は、どっちだ? 」

『 ブルーです。 皇帝軍の非常用ポッドのようですね 』

 …ヤメよう。

 どうせ敵襲に遭い、将兵を捨てて、サッサと脱出したお気楽貴族艦長と、その副官共だ。 そのうち救出艇が来るだろう。 民間の俺らが、急ぐ時間を費やしてまで助けてやる必要は無い。 富豪が貧民に、エラそうに金一封を恵むような『 はした金 』を貰っても、割が合わねえ。

 カルバートが言った。

『 ランチャー、ブッ込んで、ダマらせときます? 』

 そりゃ、やり過ぎだ。 ダマる前に、無線でチクられたらどうする?

 ここは、無視だ。 気が付かなかったとか、レーダーが故障中だったとか、いくらでも、言い訳はある。

「 生態反応はどうだ? 救難信号を解読して、皇帝軍の従軍データと符合させろ。 合致すれば、性別も分かるはずだ 」

 カルバートは答えた。

『 女性のようですね…… 2人です 』

「 …すぐ、救助に行くぞ! 」


 小型連絡艇の格納庫内に、赤いランプの光が、騒々しく走る。 警告ベルの音が、鳴り響いた。

『 減圧チェックレベル、30。 連絡艇固定フックの安全ロック、解除します 』

 最近、女性の声に換装したアナウンスが、格納庫内に流れる。

 強化ガラス張りの制御室で、ビッグスが連絡艇の発艦作業をしながら、ニヤけた顔で俺に言った。

「 キャプテン。 この声、イイっすねえぇ~。 そそられますわ 」

「 妄想描いて、いい加減な発艦すんなよ? フックに気を付けろ! ブツけんなよ! こないだ、直したばかりなんだからな。 おい、分かってんのか? 」

「 ありゃ、オレは、悪くねえっス。 テキトーかまして進入して来たニックが、いけねえんでさ 」

『 減圧、終了しました。 ゲートをオープンします。 いってらっしゃいませ。 お早う、お帰りやすぅ~ 』

「 ナンだ、このアナウンスは! ニックの野郎だな? …おい、ニック! てめえ、オレの船の品位を下げるようなマネ、すんじゃねえ! 」

 俺は、連絡艇に無線を入れ、言った。

 開けられた船底ゲートを、徐々に降下発艦していく連絡艇。 そのコクピットから手を振りながら、ニックが、無線に答えた。

『 ははは! どうです? キャプテン。 京都バージョンが、出たんスよ! この前、メンフィスで売ってたモンで、早速、ゲットしましたわ 』

 今、流行の、日本料亭じゃねえんだ。 フツーでいけ、フツーで!

 連絡艇のアフターバーナーが点火され、側面にある姿勢制御の蒸気が噴出される。

『 イヤッホーッ! 』

 意味の無いローリング飛行をしながら、連絡艇は非常用ポッドに向けて、すっ飛んで行った。


「 救難活動かね? 」


 いつの間にか、後ろに立っていた機関士のマータフが、ぽつりと言った。

「 面倒くさいコトだけどな。 まあ、女性だし… わがままな貴族連中よか、マシだろ 」

 マータフは、俺を見ると言った。

「 お前さんの中にゃ… やはり、民を助ける、忠義なる皇帝軍人の血が流れとるんじゃ…… 父上のフィリップ・グランフォード中将は、立派な人じゃった。 シリウス会戦でも、M―26星雲戦でも… ワシは、中将となら死んでもええ、と思ったモンじゃ 」

「 …親父の話しは、ヤメてくれ。 今の俺には、その息子を名乗る資格など無い 」

「 戦士は、見かけじゃない。 心だ。 お前さんは、皇帝陛下直々に、勲特等 騎士十字章を授与された、名将 フィリップ・グランフォード中将の1人息子なんじゃぞ? もっと、堂々としてたらええ…! 」

 その息子が乗る船は、違法改造バンバンの民間運搬船で、そのクルーは、フルチンでブリッジをうろついてんだぞ? 親父が見たら、泣くぜ。

 機関士の、マータフ…… 元、軍艦乗りだ。 親父が率いていた皇帝軍 第1連合艦隊の旧旗艦、『 赤城 』の専任機関長として、数々の会戦を経験している『 つわもの 』だ。 歳は、確か… 71。

 俺も、この人には、頭が上がらない。 本来なら、8人のクルーが必要なこの船を、5人で操船出来ているのも、彼のお陰だ。

 マータフが言った。

「 カルバートから、女性が2人と聞いたが… この領域で、女性というのは、おかしい。 気を付けた方がいいぞ? 海賊の、一味かもしれん 」

 海賊か…… 俺らも、充分、ソッチに近い存在かもしれん。 ヤバイ星域でも、金次第で、お構いなしに侵入するからな……


 やがてニックが、非常用ポッドを回収して戻って来た。

 俺は、無線マイクで注意をした。

「 ニック! 慎重に着艦しろ! ブツけんなよ? てめえ 」

『 キャプテン、誘導信号が、同期してません。 手動でやります 』

 そ~ら来た……! イヤ~な、予感。

 途端に、着艦フックが連絡艇の側面に、ガリガリッと引っ掛かる。

「 ニック! ニック! ブツかっとる! ヤメれェ~! 」

 メキッと、フックが折れた。

「 …あおうっ…! 」

 搾り出すような声を上げる、俺。

「 まだ、3つあります。 他のフックで、充分に固定出来ますって! 」

 ビッグスがノンキに言った。

 そういう問題じゃねえ! お前ら、モノを壊さんと、仕事が出来んのか? 修理代は、ダレが払うと思ってんだ、コラ!

 アナウンスが流れる。

『 気圧、チェックレベル、60。 ゲートを閉鎖します 』

 残ったフックで、連絡艇は固定された。 格納庫内の気圧が上昇し、警告ランプの点滅が止まる。 やがて常圧となり、再び、アナウンスが流れた。

『 お帰りやすぅ~ おケガ、あらしまへんでしたかえ? 』

 …無いわっ! フックが、重傷じゃい。 ニックも、減給してやる。 覚えとけ!


 非常用ポッドは、比較的、大型のものだった。 巡洋艦か、重巡クラスに装備されている士官用だ。

「 外傷は、無さそうだな 」

 格納庫へ通じるドアを開け、俺は、ポッドに近寄った。 連絡艇の運転席からニックが降りて来て言った。

「 キャプテン。 このポッド、リサイクル屋に持ってったら、売れますよ? キレイだし 」

 ヘルメットを脱ぎ、自慢の金髪をかき上げるニックに、俺は言った。

「 てめえ、フックの修理代、給料から引いておくからな! 」

「 ええっ? コスってました? オレ 」

 コスるどころか、へし折れとるわ! 気が付かんかったんか、アホウ!

 フックの無残な姿を見て、ニックは言った。

「 あ~あ…! 大体、こんなトコに、フックが飛び出ている事自体が、イカンのですよ。 設計ミスですな。 建造所に、クレーム入れましょう! 」

 飛び出ているから、フックになるんだろうが、まぬけが。

 ニックの、たわ言は無視し、俺は、ポッドのドアロックを解除した。 ビッグスとマータフも、制御室から降りて来る。

 ニックが、呟くように言った。

「 ネーチャンが出てくるか、バケモン( メス )が出てくるか… はたまた、アンドロイドか……? 」

 ビックスが言った。

「 アンドロイドなら、D―2がいいな。 RPシリーズは、嫌いだ。 やたらと、お喋りだからよ 」

 お前らをリストラして、アンドロイドに替えた方がいいかもな……!

 エアーの抜ける小さな音と共に、ポッドのドアが開く。 中をのぞこうとした瞬間、いきなりポッドの中から、ビームライフルが発射された。

「 うわっ…!! 」

 ビシュッ、という音と共に、ビームライフルの曳航は、俺の耳の横を通り過ぎ、格納庫の内壁に当たった。

 飛び散る、火花…!

 俺は、とっさに、その場に伏せた。 ニックも、近くにあったリペアキットの陰に隠れ、ヘルメットを被る。 ビッグスとマータフは、慌てて、制御室に駆け戻った。

「 撃つなっ! 俺たちは、盗賊じゃない! あんたらを救助したんだ! 民間の輸送屋だ…! 」

 俺は、頭を抱えたまま、ポッドの中の連中に向かって叫んだ。 すると、女性の声で、ポッドの中から返答があった。

「 どうして、ポッドのドアの解除コードを知っているのですッ? この船からは、皇帝軍の信号は出されていませんでした。 民間の方が、そのような軍の機密を、お知りになろうはずがありませんっ! 」


 …しまったな。 うかつに開けちまったのが、まずかったか…!


 俺は、床に伏せたまま、再び叫んだ。

「 俺は、元、軍人だ! 第2連合艦隊所属、第7艦隊… 軽巡『 マーキュリー 』の副艦長代理、グランフォードだ! 退役時の階級は、特任大尉! 認識番号、7130556… 」

 当時の認識番号など、削除されている事だろう。 軍属時代のクセで、つい、申告してしまった。

「 …… 」

 ポッドの中の住人は静かになり、やがて答えた。

「 姓名、照合致しました。 失礼致しました、グランフォード特任大尉 」

 ……声の主は、アンドロイドらしい。 軍の機密データを保有している、かなり上級クラスのモデルだ。 スペックデータを検索し、照合させたのだろう。

 俺は立ち上がり、言った。

「 危うく、戦死するトコだったぜ……! ようこそ、『 トラスト号 』へ。 船長のグランフォードだ 」

 ポッドの出入り口から、声の主が出て来た。

 セミロングで、ストレートの黒髪。 整ったルックスからは、少々、クールな印象を受ける。 身長は、そんなに高くない。 165センチくらいだろうか。 皇帝軍のオフィシャル・スーツを着ており、その上から、艦内用のハーフコートを羽織っている。 スーツ・コート共に、士官用のもので、コートの左胸には、戦闘指揮官を表わす金色の羽根模様のタグを付けており、肩章の階級章は准尉である。

( …こりゃ、上級アンドロイド士官だ。 高いぞォ~…! 高級参謀就きに使われる、セミハンド仕様の高級モデルだ…! )

「 グランフォード特任大尉。 救助、感謝致します。 私は、第1連合艦隊所属、第3艦隊指令 バークレー中将の第2作戦参謀で、ルイスと申します 」

 やはり…!

 しかも士官どころか、将官就きじゃねえか。 更に、作戦参謀ときた……! こんな、おエライさんが… ナンでまた、こんな辺鄙なトコで遭難してんだ?

「 もう1人の、お客人は? 」

 俺が尋ねると、彼女は、その問いには答えず、制御室の方を見ながら言った。

「 …この船のクルーの方は、これで全員ですか? 」

 彼女は、ビームライフルを構えたままだ。 まだ警戒しているらしい。

 俺は答えた。

「 ニック…! 出て来い 」

 ヘルメットを脱ぎ、隠れていたニックが、姿を表わす。

「 あとは、アッチにいるビッグスと、機関長のマータフ… 無線室に、カルバートってヤツがいる。 全員で、5人だ 」

 親指で、後ろ上部にある制御室を、後ろ向きに指しながら、俺は答えた。

 ルイスが言った。

「 フリゲート級輸送船の操舵は、8人のはずですが? 」

「 …最近の皇帝軍は、船舶違法の取り締まりも行うのか? 実情を直視してくれよ。 そんな人件費を出す余裕はない。 この船がイヤなら、もう一度、漂流するか? 戻してやってもいいんだぜ 」

 彼女の目が、わずかに点滅している。 生態反応を調べているのだろう。 赤外線探知システム装備とは、さすが高級モデルだ。 ニックと、ビッグスをポッドに乗せて放出するから、アンタ、俺のクルーにならないか?

 やがて、ルイスは言った。

「 申請に、偽りは無いようですね…… 失礼致しました、グランフォード特任大尉 」

「 大尉は、やめてくれ。 俺はもう、軍籍から抜けてるんだ 」

 ルイスが聞いた。

「 なぜ、民間人に? M―177星雲会戦、メンフィス奪回、タイタン会戦… 輝かしい戦歴をお持ちではないですか 」

「 過去のデータを検索するのは、やめろ! アンタには、関係の無い事だ 」

「 …… 」

 しばらく、データを整理していたのか、じっと俺を見ながら沈黙した後、ルイスは言った。

「 了解しました。 なぜ、軍籍を抹消したあなたの軍歴がデータに残っているのか、理解出来ませんが…… おそらく、特任大尉という、希少特異な階級の参照データによるものと推察致します。 佐官クラス… 少佐と同位と認識しておりますが、解釈に誤りはありませんね? 」

 思い出したくない記憶を封印する為、俺は即答した。

「 ああ 」

 ルイスは続けた。

「 この『 トラスト号 』の登記も、あなたの運送商登録も確認出来ました。 改めて、救助を感謝致します、グランフォード殿 」

 ルイスは、やっと、ビームライフルを降ろした。

「 やっと、信用してくれたワケかい? ハニー 」

 ニックが、ルイスに近付きながら言った。

「 ハニーでは、ありません。 ルイスと申します 」

「 ん~、ん~… どっちでもいいんだよ、そんなコタぁ~ 」

 ニックが、ルイスの腕を掴む。

「 ほおお~? オール、シリコン製かあ~…! 温水循環機能付きじゃねえか。 こりゃ、いいや! D―2でも、特別仕様だな? 本物の女と、変わらねえや…! 」

 途端に、ニックの体に、ビリビリッと電撃ショックが走った。

「 わぶぶぶぶぶぶぶぶうううぅ~ッ…!! 」

 金髪を逆立て、顔をフルフル左右に振りながら、ニックが叫ぶ。

 電気ショックを止め、ルイスは言った。

「 申し訳ありません。 今回、私は、殿方のお慰め奉仕の指令は、受けておりません 」

 ヘナヘナと、床に座り込むニック。


 …バカが。 これで、ちったあ懲りただろう。


 俺は言った。

「 まあ、野郎ばかりの、ムサ苦しい民間船だ。 勘弁してやってくれ。 アイツなりの挨拶だと思ってな。 ……ところで…… そろそろ、中のお友だちを紹介してくれないか? 」

 ルイスは、ポッドの中を向き直り、中にいた人物を手招きした。

 出て来たのは、まだ小さな女の子だった。 肩までの、お下げの髪を2つに分け、左右の耳の後ろで束ねており、フライト・オペレータの軍服をブカブカにして着ていた。

「 …女の子…! 」

 少々、意外だった。 俺は、てっきり、上級将校か、その身内かと思っていた。

 皆も、そのようである。 ニックは、相当、期待外れだったようで、床に座り込んだまま、はあ~… と、タメ息をつくと足を投げ出し、ヘルメットを力無く、傍らに転がらせた。

 マータフとビッグスも、再び、制御室から出て来た。

「 ありゃま~、子供ですか。 こりゃ、洗濯すら出来そうもないですなあ… 」

 ビッグス… お前、救助した者を働かせるつもりだったんかよ? この船は奴隷船じゃねえぞ。

 ルイスは言った。

「 さるお方の、お孫様です。 申し訳ありませんが、このご令嬢の素性は、お教え出来ません。 お名前は、ソフィー様です 」

 どうやら、貴族だな…… 民間人の名前じゃない。 歳は、10才くらいか……?

 俺は、子供をあやすのは苦手だが、腰をかがめ、目線を女の子と同じ高さに合わせると、自分では、最高に優しい顔つきにして言った。

「 こんにちは、ソフィーちゃん。 しばらく、オジちゃんのボロ船でガマンしてね? 」

 …くそう。 孤高の1匹狼が、何でこんな事せにゃ、ならんのだ! 助けるんじゃなかったな。

 ソフィーは、初め、怯えたようにルイスの腕につかまり、顔をルイスの太ももに押し付けていたが、やがて目線をこちらに向けると、モジモジしながら言った。

「 ……オジちゃん、いい人? 」

 分からん。 結構、いい加減かもしれない…… 金が絡んで来ると、大変シビアなのですが……

 俺は答えた。

「 ウソつき、じゃないよ 」

「 じゃ、いい人だよね? 」

「 そうだろうね。 多分… 」

「 ウソつきは、悪い人なんだよ? おじいちゃんが、言ってたもん 」

「 そうか。 ソフィーのおじいちゃんは、いい人なんだね。 ウソ、言ってないもんな 」

 ソフィーは、嬉しそうに答えた。

「 そうだよ! おじいちゃんは、すごくいい人なの。 絶対、ウソは言わないもん! 今、悪い人に捕まっちゃってるけど、必ず会えるから心配するな、って言ってたもん! だからソフィー、泣かないもん……! 」

 ソフィーの目に、涙が浮かんで来た。


 ……どうやら、深いワケがありそうだ。


 素性が、ソフィーの口から露見するのを恐れてか、ルイスが、ソフィーを抱きしめる。

 俺は、ルイスに言った。

「 ワケありのようだな。 どこまで、乗せていけばいい? ゴタゴタに巻き込まれるのは、ゴメンだ。 この船はメンフィス行きだが、ソコでいいか? 確か、皇帝軍の後方基地があったはずだ。 放棄されてなきゃな…! 」

 ルイスは言った。

「 お世話かけます。 メンフィスで結構です。 …あと、私たちの救助報告は無用です。 生死不明の方が、狙われなくて都合が良いですから。 メンフィスに着いたら、私たちの足で、皇帝軍へ出向きます 」

 生死不明……

 こりゃ、かなりのワケありらしい。 触らぬ神に祟り無し、だな……


 メンフィスまで、あと2日。

 俺の『 トラスト号 』は、ワケあり珍客2人を乗せ、救助区域を発進した。

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