第21話、準備は、着々と
「 トラスト号、応答せよ。 こちら、シリウス 」
ブリッジの通信機から、俺はトラスト号に連絡を入れた。
やがて、返信が届く。
『 こちら、トラスト号。 シリウスのメイン通信制御システムからキャプテンの声が聞こえるって事は… うまくいった、って事ですね? 』
カルバートの声だ。
俺は答えた。
「 そういう事だ。 ついでに、バルゼー元帥を解放したぞ? 何と、このシリウス艦内に幽閉されていたんだ 」
『 ええっ? そうだったんですかっ? そりゃまた… ついでにしちゃ、エライ事やってのけましたね、キャプテン! 』
「まあ、 成り行きだ。 さっき、艦内通達でゲーニッヒたちを拘束し、幽閉されていたバルゼー元帥を解放した事を通達したばかりだ。 各ブロックの、セクションリーダーたちが押し寄せて来てよ、質問攻めのエライ騒ぎだったぜ 」
『 元帥は、人気があったらしいですから、問題は無いでしょう? 』
「 そんなトコだ。 ちなみに、ソコにマータフはいるか? 」
『 いますよ。 …おい、マータフ! キャプテンだ 』
俺は、無線をハンドマイクに切り替え、元帥が座っている艦長席の近くに行った。
『 マータフです。 キャプテン、ご苦労さんですな 』
「 マータフ。 操船の方は、大丈夫か? 」
『 全く、問題ありません。 なんてったって、元、第4艦隊 副官のエンリッヒがいますからな。 彼は、このままトラスト号にヘッドハンティングした方が良くありませんか? 元々、1等航宇士が、いませんでしたし… 』
「 ははは。 エンリッヒが希望すれば、そうするか? 問題は、給料だな。 間違い無く、年収が落ちる 」
『 聞いておきますわ 』
「 …マータフ。 懐かしい声を、聞かせてやるぞ? 」
俺は、マイクを元帥に渡した。
元帥は言った。
「 マータフかね? 久しいじゃないか。 元気にやっておるのかね? 」
『 …? その声は…! 元帥閣下では、ありませんかっ……? 』
「 忘れてくれていないとは、嬉しいね。 先程、グランフォード君と、その仲間たちの努力によって解放されたばかりだよ。 ゲーニッヒのヤツに、幽閉されておったのだ 」
『 幽閉……! それはまた… しかし、ご無事であられたとは、感激であります! お懐かしゅうございます! 』
「 退役後、グランフォード君と一緒にやっていたとは、聞いてびっくりしたよ。 未だ現役とは、大したものだ 」
『 元帥閣下も、お元気そうで…! 懐かしいですなあ。 ウィルソン提督とは、よく作戦を、ご一緒されておられましたなあ 』
「 あの頃の馴染みは、もうほとんど、この世におらんよ。 短命は、軍人の誉れらしいからのう…… 」
『 バークレー閣下には、残念な事でしたな… 』
「 ワシも、責任を感じとるよ…… 個人房に幽閉されておった時には、後悔の念に苛まれた 」
『 開放された今こそ、志半ばで潰えた者たちへの、弔い合戦の好機ですぞ? 』
「 うむ、その通りだ。 鋭意、努力しよう 」
『 こちらも、ご協力させて頂きます 』
「 すまんな。 …この作戦が終わったら、そちらのクルーも含めて、このシリウスに招待しようかと思っておる。 来てくれんかね? ソフィーも、会いたがっておるよ 」
傍らから、ソフィーがマイクを掴み、言った。
「 マータフ、マータフ? 絶対、来てね? ビッグスやニックのおじちゃんも、カルバートのお兄ちゃんもよ? 絶対よ? 」
『 おお、ソフィー! あまり、ウロチョロするんじゃないぞ? ワシは、心配じゃ 』
「 だぁ~い丈夫よ、マータフ! あたし、大活躍してるんだから! …ねっ? グランフォードのオジちゃん! 」
俺は、苦笑いをしながら頷いた。 ……でも、事実だ。 ソフィーがいなかったら、今、俺たちは、ココにいなかったかも知れない。
マータフが言った。
『 閣下。 ご招待、有難うございます。 必ずや、出席させて頂きますので、まずは、この作戦の完遂… 何としてでも、達成致しましょうぞ! 』
「 そうだな。 心強い仲間と共に、勝利を信じて頑張るとしよう 」
俺は、元帥からマイクを替わると言った。
「 グランフォードだ。 エンリッヒに、替わってくれ 」
『 しばらくお待ち下さい、キャプテン 』
ほどなくして、エンリッヒが無線に出た。
『 エンリッヒであります。 お手柄ですな、グランフォード殿…! やはり貴殿は、軍籍を、お戻しになられた方が良いかと存じますぞ? 』
「 ははは…! たまたま、運が良かっただけだ 」
『 ご謙遜を。 運も実力の内、と申しますぞ? 』
「 いつも、貧乏くじばかり引いているような気がするケドな? 」
…本心である。
俺は続けた。
「 それより、今後の事だ。 リップル社との、積荷受け渡しの件だが… 着時間の計算は出来たか? 」
『 完了しております。 ご指示通り、ルイスの航行コンピュータを、トラスト号のメインコンピュータと直結して試算しましたので、誤差は、ほとんど無いはずです 』
「 よし。 リップル社が指定して来た周波数に、無線を入れてくれ 」
『 了解しました 』
「 だが、目的地に着いても、受け渡しは、無しだ……! 」
『 無し…? 』
「 ああ。 接触すると、連中は、そちらに危害を与えるかもしれん。 おそらく、積み荷を受け取りに来るのは、リップル社の者ではなく、解放軍だ。 従って、その前に、ヤツらを吹き飛ばす…! シリウスの主砲有効射程圏内に入ったら、即時、砲撃を開始するつもりだ 」
『 となると… かなりの至近距離砲撃となりますな……! 』
「 そういう事だ。 砲手には、それなりの手練れを選出するつもりだが… 全員、対G対策をしておいてくれ 」
『 了解です。 こちらは、まな板の上の鯉です。 そちらに全てお任せ致しますので、万事宜しくお願い致します 』
「 分かった。 では、これから無線封鎖を行う。 事態が終了するまで、交信は無しだ。 緊急の場合は、シリウスのガイドチャンネルを通して交信してくれ。 交信方法は、モールスを使用する。 傍受されても、解読まで時間が掛かりそうだからな。 モールスは、分かるか…? 」
『 懐かしいですな。 士官学校時代に、無線技術課程の実技で習いました。 実際に、打電した事はありませんが…… 』
「 トラスト号のブリッジの… 左舷側グローブボックスの中に、モールス信号の手引書が保管してある。 巻末に、信号表があったはずだ 」
『 助かります。 さすがに、信号表までは、記憶にありませんので 』
「 ははは。 モールスの送信機は、時代遅れの骨董品だが、言語の違う異星系じゃ、けっこう通じてな。 よく使うんだ 」
『 なるほど。 ある意味、簡易暗号として使えそうですから… 後学の為に、この際、もう一度、操作方法を確認しておきますかな 』
「 それも良いかもな。 無線機の前に、言語解読に強い無線士を張り付かせておくつもりだ 」
『 了解しました 』
「 エンリッヒ… 息子たちのカタキは、キッチリ、取ってやるからな……! 見ていてくれ 」
『 全能なる、神のご加護を……! 』
トラスト号との連絡も、終了した。 あとは現地に行き、ウジ虫とカス連中を、景気良く吹き飛ばすのみだ。
俺は、ロレンスに尋ねた。
「 砲手は、誰がやる? 」
ロレンスが答えた。
「 自分がやります! 」
ソフィーが、元帥の膝の上から自慢気に言った。
「 オジちゃん! ロレンスはね、皇帝軍 シルバー・ハート1等勲章を受章してるのよ? 1キロ先の、針の目だって通しちゃうんだから! 」
シルバー・ハートとは、功績のあった砲術士に送られる勲章の事である。 普通は、2等が授与されるのだが… 1等とは、恐れ入った。 将官クラスの推薦状が無ければ、普通は授与されない。
( 多分、推薦人は、元帥だな )
元帥が認めた者であるならば、間違いはないだろう。 何せ、俺の大切なトラスト号( ローン中 )の、目と鼻の先に接近して来る艦船を撃破してもらうのだからな。 是非とも、腕の確かな者にやってもらいたいものだ。
ロレンスは言った。
「 シリウスの、60センチ 4連キャノン砲は、最新式のデジタルトランス機能が装備されております。 誤差は、1キロで数センチ。 しかし、大口径の為、着弾の破壊範囲が広い事を憂慮しなくてはなりません 」
…そうだ。 そこが問題なのだ。 俺の大事なトラスト号を巻き込んでしまっては、元も子もない…!
しかし、ロレンスは、自信満々に続けた。
「 距離・砲撃角度から計測し、あらかじめ着弾地点の破壊範囲を有余して砲撃を致します。 艦の速力にも比例しますが、それも視野に入れて計測致します。 お任せを! 」
……彼なら、大丈夫そうだ。 最初から、そこまで計算に入れている。 どうやら彼は、シルバー・ハート授与に値する、プロ中のプロのようだ。
ロレンスは追伸した。
「 照準さえ合えば、60センチの大口径砲は、その威力を存分に発揮するでしょう。 しかも4連砲を、1番主砲から3番主砲までの一斉射と、うかがっております。 腕が鳴りますな…! 盛大な花火を、ご覧に入れて見せますよ 」
おそらく、歴史的な砲撃になる事だろう。
その砲手を務めるのだ。 ロレンスでなくとも、砲手冥利に尽きる一撃と言える。
なにせ、解放軍の次は、皇帝軍 現役の提督をフッ飛ばすんだからな。 せいぜい、華々しく散らしてやろうぜ…!
終焉に向けての準備は、着々と進めてられていった……
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