第22話、『 マーキュリー 』

 翌日。

 シリウスは、M―46の星域に入った。 先行しているトラスト号は、第3番惑星『 シオン 』を通過している。

( シオンか…… キャンベルのヤツが、死んだ所だ )

 俺はシリウスのブリッジから、モニターに映る惑星『 シオン 』の青い姿を見ながら思った。

( もうすぐ、お前らのカタキを取ってやるからな。 見ていてくれ……! )

 モニターに、無数の艦船の残骸が浮遊しているのが見て取れた。


 ……ここは、戦場なのだ。


 俺が乗っているシリウスは軍艦だし、くそデカイので、いいが… トラスト号の連中は、不安だろうな。 まあ、コッチの3次元レーダーで監視しているんだ。 安心しろ。 怪しげな艦船が近付いて来たら、瞬時に撃破してやる。 俺のトラスト号は、誰の手にも触らせん。

「 そろそろ、目的地近くじゃないかね? 」

 ブリッジの隣にある艦長室から、バルゼーが出て来て言った。

「 今、シオンを越えた所です 」

 俺は答えた。

 既に、砲手シートには、ロレンスが座っている。

 モニターを見ながら、バルゼーは言った。

「 …残骸が多いな。 戦場なのだから仕方ないとは思うが… ムダ死にした艦船の残骸が、半数以上だろう。 ここは、第2のタイタンだ…… 」

 俺は、元帥を見ながら言った。

「 タイタン会戦では、閣下の第1連合艦隊も、かなりの被害を受けたのでは? 」

 元帥は、艦長席に座りながら答えた。

「 そうだな… 情報が、錯綜しておったからのう。 第2連合艦隊からの報告を、鵜呑みにしてM―46に突入した艦隊は、手酷くやられたのう…… 」

 ロレンスが振り向き、言った。

「 バークレー中将の第3艦隊が、一番、酷かったのでは? 重巡『 ティアーズ 』、戦艦『 ヘッツアー 』、旗艦『 御岳 』… 空母も、『 瑞穂 』と『 星龍 』が、やられました 」

 元帥は、当時を思い出すように、ブリッジの天井を見上げながら言った。

「 バークレーのヤツ… 旗艦『 御岳 』をヤラれて、最後は、軽巡洋艦から指揮をしておったのう… 有能な将官だった……! 」

 ロレンスの隣の、オペレータシートに座っていた航宇管制官が言った。

「 後で分かったそうなのですが、バークレー中将の第3艦隊が会敵していたのは、解放軍機動 第4艦隊と第6艦隊の他に、第3軍団の予備艦艇と第25師団の混成旅団に所属する独立水雷戦隊や、機甲師団附属の白兵戦部隊もいたようです。 第2連合艦隊の情報では『 輸送船団を護衛する防護艦が数隻、展開しているだけ 』と言う、いい加減な連絡だったらしくて… 」

 元帥は、遠くを見つめるような目で、静かに言った。

「 ワシらが戦域に到着した時は… ほとんどが、ヤラれた後じゃった。 それでもヤツは、元気に、軽巡で走り回っておった。 いいヤツだった…… 」


 いいヤツから、死んでいく……


 それが、戦争と言うものだろう。 全てが、そうだとは言えないだろうが、俺の経験では、大抵がそうだったように思える。

 『 悪運強い 』と言う言葉がピッタリなヤツもいるが、臆病で姑息な手段を講じる連中が、結構、生き延びているのも事実だ。 シュタルトを始めとする、高慢無能な高級将校たちは、その代表例みたいなモンだ。

( 今こそ、清算をしてやる。 見ておれ……! )

 モニターから遠ざかるシオンを見つめながら、俺は、決意を新たにした。


「 報告します! トラスト号が、速度を落としています。 停船するようです! アーウィン上空、1万5000宇宙キロです! 」

 管制官が、俺に報告した。

「 着いたな…! レーダーは、どうかっ? 」

「 今のところ、何も接近していません! 」

 オペレータが答えた。


 …いよいよだ。 解放軍の連中は、どこから『 お出まし 』になるのか…?


 俺は、モニターを見ながら言った。

「 相変わらず、艦船の残骸が多いな…… 3次元レーダーは、どうか? 」

 バウアーが答える。

「 今のところ、何も… いや、待って下さい… およそ5宇宙キロ先に、軍艦のような、大きな艦船の残骸があります……! 陰に、隠れているかもしれません 」

 艦長席の元帥が、身を乗り出しながら言った。

「 …いそうだな…! 注意しろ、バウアー。 少しでも動けば、3次元レーダーなら確認出来る。モニターにも、投影したまえ 」

「 はっ 」

 艦長シート横の大型モニターに、映像が投影された。

 元帥の膝の上に座っていたソフィーが、モニターを見て言った。

「 …軽巡よ、おじいちゃん。 ヨコに、オフィシャルナンバーが書いてある。 皇帝軍のものだよ? 」

 元帥も、モニターを確認しながら答える。

「 うむ、そのようだな… 舷側のナンバー書体は、3年前にあった改正以前のものだ。 最近のものでは無いな。 5・6年前に破壊された艦船のようだ…… 」

 舷側には、30センチ砲で貫かれたと思われる穴が、幾つも開いている。 艦首には、中口径の主砲が装備されていたようだが、吹き飛ばされ、艦体も『 へ 』の字に曲がっている。 おそらく、弾薬庫が誘爆したのだろう。 非常用ポッドも脱出用小型艇も、そのままだ。

「 集中砲火を浴びたな……! 」

 バウアーが言った。

 俺も、モニターに近寄り、その艦船の残骸を見た。

 辺りには、爆発により飛び散ったと思われる残骸が、一面に漂っている。 舷側に表示してある、オフィシャルナンバー… それを見た途端、俺の視線は、モニターにクギ付けになった。

「 マーキュリー……! 」

 俺が、乗艦していた軽巡だ……!

 バウアーが尋ねる。

「 グランフォード殿の艦ですか? 以前、乗艦されていた… 」

「 ……そうだ。 間違い無い…! 俺が、副艦長代理として乗艦していた艦だ…! こんな所で、遺棄されていたのか……! 」

 何年振りの再会だろうか。 幾多の戦場で、常に、俺と共にあった軽巡洋艦『 マーキュリー 』……!

 モニターを見つめながら、俺は、呟くように言った。

「 無残な姿だ…… 」

 メンフィス奪回では、先鋒として、その先陣を務めて突撃… 痛烈を極めたタイタン会戦では、大破しながらも艦隊旗艦を護衛した軽巡洋艦『 マーキュリー 』。 友好を結び付けあう神、と言うその名にちなみ、『 幸運の女神 』との異名を取った名艦だったのに……!

 あの頃の記憶が、俺の脳裏に甦る。 ブリッジ、機関室、狭い艦内通路…… 『 マーキュリー 』といれば、生きて帰れると言うジンクスも、第7艦隊の中では有名だった。

 バウアーが、モニターを見つめながら言った。

「 原形を留めている船首部分に、見覚えがありますな…… 一斉射をしながら、メンフィスに突っ込んで行く姿は、まさに、特攻そのものでした 」

 ロレンスも、照準サイトから目を離し、モニターを振り向きながら言った。

「 みんな、『 幸運の女神に続け! 』って、殺到してましたね……! 私は当時、第1連合艦隊 第8艦隊の護衛艦勤務で、第3次攻撃部隊として戦闘無線を傍受し、突入の機会をうかがいつつ、戦闘領域外で待機しておりました。 グランフォード殿の第7艦隊の奮闘のおかげで、第2次攻撃を前にメンフィスは陥落した為、我々の出番は無かったですがね…… 」

 俺は、モニターに投影された、かつての『 相棒 』を見つめながら答えた。

「 最初に、メンフィスに突っ込んだ第1陣は、防護艦も含め、合計で12艦… 対空警報が鳴りっぱなしの18時間以上の戦闘で、生還出来たのは『 マーキュリー 』だけだ。 ミサイルや、砲弾の嵐だったな……! 」

 バウアーが言った。

「 連続警報が、10時間を越える戦域に留まっていたのですか…? それは、奇跡に近い…! しかも、生還している 」

 ロレンスも言った。

「 M―177星雲戦でも、第7艦隊は集中砲火を浴びていたのに、ナゼか『 マーキュリー 』だけは、小破程度で帰還していましたね。 旧型で、無骨なルックスの艦でしたが、足が速かったからでしょうか? 確か、最大戦闘速度が、216宇宙キロでしたから… 現在の高速巡洋艦『 アルバトロス 』に匹敵する航行能力を持っていたはずです 」

 ソフィーが、感心しながら言った。

「 さすが、ロレンスね! 良く知ってるんだぁ~…! 」

 ロレンスが、ソフィーの方を向いて答えた。

「 ソフィー様。 第2連合艦隊との合同演習の際… この、私の照準を合わさせなかった艦は『 マーキュリー』だけです。 トランス機能が装備されている、小ぶりの副砲ですらロック・オン出来なかったのですよ? 主砲に至っては、計測の途中で、既にデジタルスコープから消えていました。 足が速かった上、回避行動の際の操艦技術には、目を見張るものがありましたね 」

 俺は言った。

「 艦長だったウェーバー中佐は、指揮官としては異例の、砲術科出身だったからな。 ウェーバー中佐は、タイタンで負傷し、戦列を離れた… 後任が誰になったのかは、俺は知らない。 俺も、除隊したからな」

 名艦も、こうなっては、ただの鉄クズだ。 しかし、俺の軍籍の記憶に、輝かしい参戦記録と共に、永遠にその雄姿を留める、軽巡『 マーキュリー 』…… 出来れば、無残な姿を晒していて欲しくはなかった。

 バウアーが、呟くように言った。

「 大体、足の速い軽巡が… 速射の利かない30センチ砲を、こうも食らうハズが無い。 …的にされたな? またしても、囮作戦だろう。 連合艦隊 誕生以来の名艦を、くだらん作戦で消耗しおって……! 」

 その時、3次元レーダーを見ていた管制官が叫んだ。

「 マーキュリーの向こう側に、動体検知っ! 」

 管制官が、分析にかかる。 パソコンを操作しながら、彼は報告した。

「 …やはり艦船です! 隠れていたようです。 識別は、皇帝軍・一般の該当無し! 大きさは、ミドル級! 兵装した改造艦のようです 」

 ……積荷の受け渡しは、リップル社のはずだ。 一般にも該当船舶が無いという事は、解放軍に所属する艦船に間違い無い。

 横のオペレータが報告した。

「 熱源感知ッ! メイン・エンジンが始動しています! どうやら、トラスト号に接近する模様 」

 続いて、通信士が叫んだ。

「 無線をインターセプト! トラスト号に、無線を送っています! 会話内容は、積荷の件のようですっ! 」

 バウアーも、メインパネルの検索キーを叩きながら言った。

「 積荷を受け取りに来た解放戦線の連中に、間違い無いな! これ以上、トラスト号に接近すれば、砲撃が出来なくなる…! ロレンスッ! 」

「 大丈夫です! 砲撃計測は完了しています! 既に、ロックオン! …グランフォード殿、砲撃に入ってよろしいかっ? 」

 俺は答えた。

「 戦闘指揮官は、バウアーだ! 俺に聞くな! 」

 バウアーは、俺に注進した。

「 今、撃てば、マーキュリーごと粉砕してしまいますっ…! 貴殿の、分身のような艦を… 良いのですかっ? 」

 ……戦艦乗りに対する、敬意ある配慮だ。 しかし、そんな過去の追憶にこだわっている時間は無い。 マーキュリー… 今、葬ってやるからな……!

 俺は、叫んだ。

「 砲撃許可! ブチかませ、ロレンス! 」

 ズシン、とした衝撃と共に、真っ赤な火柱が、宇宙空間を突き進んで行く。

 ロレンスが叫ぶ。

「 目標到達、3・2・1…! 」

 モニターに、猛烈な爆発が映し出された。 一瞬、その大きな炎が、トラスト号を包む。 続いて、吹き飛ばされた艦船の残骸が、幾つも飛び散って来た。

 管制官が報告する。

「 命中! 命中! 目標、四散中ですっ! 」


 …トラスト号は、どうか…?


 やがて、徐々に炎が治まると、その中からトラスト号が姿を表わした。 爆風の勢いで、船体が大きく傾いている。

( どうやら、無事のようだな…! あの近距離で、よく狙えたモンだ。 まさに、神業だな……! )

 トラスト号は、舷側の姿勢制御口から、盛んに蒸気を噴射している。 傾斜を、元に戻す作業を行っているようだ。 後部の搬入クレーンが、折れ曲がっているが、他に被害は無さそうである。

 再び、管制官が報告する。

「 目標、完全に粉砕しました! 」

 俺は言った。

「 ロレンス! 見事な砲撃だ。 シルバー・ハート受章は、ダテじゃ無いな。 お陰で、俺のトラスト号は無事だ! 」

 ロレンスは、満足気に答えた。

「 ……久々に、着弾修正計測を必要とする砲撃をする事が出来ました。 価値ある、一撃です。私の、砲手としての記憶に残るものでもあります! 」

 元帥が言った。

「 まだ、ひと仕事あるぞ? ロレンス…! 」

 そうだ。 シュタルトだ。 おそらく、今の砲撃は、シュタルトの『 アンタレス 』のレーダーでも、確認している事だろう。 その内、この領域に姿を現すはずだ……!

 バウアーが、管制官に言った。

「 レーダー監視に注意! じきに、『 アンタレス 』が来るぞ。 無線傍受にも、細心の注意をはらって監視せよ! 」

「 了解! 」

 続いて、ロレンスにも指示が飛ぶ。

「 次弾、用意! 1番主砲の修正は、要らん! 2番主砲、90度右旋回。 後部 3番主砲、180度回し、待機! 着弾修正のデータを検索せよ! 」

「 了解! 」

 どこから『 アンタレス 』が現れても、どれかの主砲が、瞬時に対応出来るようにとの布陣だ。 手堅い。 万が一、一撃目が外れても、次弾準備の前に、他の主砲が使える。 従って、次弾発射までの間隔は、ほとんど無いと言っても過言ではないだろう。 …後は、ヤツが現れるのを待つのみだ。


 トラスト号から、ガイドチャンネルを使用し、モールス解析をフィルタリングした無線が入った。

『 こちら、トラスト号。 一瞬、ナニが起きたのか分からなかったですよ、キャプテン! 』

 カルバートの声だ。

 俺は、無線に出ると言った。

「 どうだ? 一瞬、バーベキューにされた感想は 」

『 スリル満点ですね。 もう結構ですけど… 』

「 ははは。 船体に、異常は無いか? ここから見ると、後部クレーンが折れ曲がっているぞ? 」

 計器類を確認するキーボードの音が、マイク越しに聞こえる。

『 ……大丈夫のようです。 相変わらず、頑丈な船ですね、コイツは 』

「 次は、提督の番だ。 お出ましするまで、そこで待機していてくれ 」

『 了解 』


 爆発による、トラスト号の周りの硝煙が、収まりつつあった。 船体姿勢を元に戻したトラスト号が、わずかに漂う霧のような帯の中に、静かに浮かんでいる。

「 ……オジちゃんの『 マーキュリー 』… 消えちゃったね 」

 少し寂しそうに、ソフィーが言った。

 俺は、小さなため息を尽きながら答えた。

「 これで『 マーキュリー 』も、やっとゆっくり眠れるんだ。 良かったのさ…! 」

 元帥が、ソフィーの頭を撫でながら、諭すように言った。

「 長く使われたモノには、魂が宿る… それは、機械でも同じだ。 雑作に扱っていると、いざという時に、言う事を聞いてくれない。 …永らく無残な姿を晒し、放置されていたのだ。 不憫に感じていた事だろう…… 『 マーキュリー 』は、グランフォード君に見取られ、天国に旅立ったのだ…… 」


 名艦『 マーキュリー 』……

 軽巡でありながら、数々の戦歴を持つ、別名『 幸運の女神 』……

 かつての副艦長代理だった俺に見守られながら、老いた勇士は、今、その長い歴史に幕を閉じた。 その姿を、永遠の宇宙の闇へと、葬送させながら……

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