第23話、紅蓮の炎

 解放軍の艦船を、『 マーキュリー 』ごと吹き飛ばしたシリウスは、トラスト号を監視しながら、その領域に留まっていた。


 小1時間ほど経った時、待ちに待った艦影がレーダーに入って来る……!

 バウアーが呟いた。

「 …来ましたぞ、グランフォード殿! 認識コードは、4750… 『 アンタレス 』だ……! 」

 無線士が報告をした。

「 大佐! 『 アンタレス 』から通信が入っております! 」

 一瞬、躊躇の表情で俺を見るバウアー。 本来なら艦長のゲーニッヒか、副艦長のラインハルト少将が出るべきところだ。

 バウアーは、ロレンスに言った。

「 …君が出てくれ 」

「 了解 」

 バウアーが、膝の上のソフィーに言った。

「 喋るんじゃないぞ…? 」

 無言で頷く、ソフィー。 俺も一緒だ。 ココに、いるハズの無い人間なのだ……!

 ロレンスが、マイクに向かって応答した。

「 こちら、シリウス。 砲術士官のロレンスです 」

 女性アンドロイドと思われる声で、返信があった。

『 こちら、アンタレス。 シュタルト閣下が、お話ししたいそうです 』

 やがて、シュタルトの声が聞こえて来た。 妙に、口をモゴモゴさせている。

『 シリウスか? クチャ… ん~… グビッ・ズズ~… んん~ 』

 …野郎、ナンか食いながら喋ってやがるな…! それでも、司令官か? イッキに腹が立って来たぞ……!

 シュタルトは続けた。

『 先程、大きな爆発があったようだが、ん~… ゴクッ… もう終わったのかね? 』

 ロレンスが答える。

「 はい。 解放軍の艦船は、消し飛びました 」

『 おう、そうか。 ご苦労、ご苦労… おい、シャンパンを持って来い! 』

 シュタルトが、アンドロイドの侍従に言い付けているようだ。

( ……てめえ、 優雅に、クルージングでもしに来たつもりか? )

 シュタルトと、侍従アンドロイドの声が聞こえる。

『 閣下、グラスを… あ、いけません。 お戯れを… 』

『 はっはっは! こちらに、来んか。 んん~? はっはっは! 』


 …こっ、殺してやりてえぇ~っ…!


 ポンッ、という音が聞こえた。 シャンパンを抜いたらしい。

 ロレンスが、俺の方を向き、目で何かを訴えている。 どうやら、彼の気持ちは、俺と同じようだ。

 シュタルトは言った。

『 それで… ん~… あの、グランフォードとか言うポン助は、どうなった? 』


 ……ポ?


 俺は、グッと拳を握った。 バウアーが俺の肩を押さえ、気を静めるよう、ジェスチャーする。

 ロレンスは答えた。

「 アーウィン上空で停船しています。 拘束致しますか? 」

『 何だと? ワザワザ、外して撃ったのか? ダレが、そんな命令を出した! アホ共は一緒に蹴散らせ、と言ったはずだぞ? 』


 ……アホ?


 血管が、破裂しそうだ。

 ロレンスが言った。

「 恐れながら、申し上げます…… 無駄な命を巻き添えにしなくとも、この作戦の遂行は可能です、閣下 」

『 貴様の作戦補正案など、誰も要求しとらんわっ! さっさと、落ちぶれ貴族を抹殺さんかっ! ああっ? 』

 さすがにロレンスも、ムカムカと来ているようだ。 一呼吸置き、高ぶった感情を静め、ロレンスは答えた。

「 ……かしこまりました。 ただ今から、砲撃準備に入ります 」

『 さっさとせいっ! 全く… バルゼーの部下だったヤツらは、皆、能無しばかりだ! ゲーニッヒを呼べ。 さっきから、電話がつながらんのだ。 …おいっ、聞いとるのか? 』


 もうアカン! ブチ切れそうだ…!


 ロレンスは言った。

「 しばらくお待ち下さい、閣下… 」

 マイクを保留にすると、ロレンスは、俺に言った。

「 砲撃準備に、入らせて下さい! 自分は、ともかく… 元帥閣下を侮辱する発言など… これ以上、耐えられませんっ! 」

 俺は答えた。

「 砲撃可能まで、どのくらい掛かる? 」

「 有効射程距離内ですから、30秒… いや、15秒あれば、充分です! 」

 俺は、バルゼーを見た。

 無言で頷いて見せるバルゼー… バウアーも、じっと俺を見つめている。


 …どうやら、許可が下りたようだ。 時間稼ぎは、ひと会話あれば充分だろう。


 俺はマイクを握ると、音声をオンにして言った。

「 …提督。 ゲーニッヒ長官は、体調が優れず、お休みになっておられます 」

『 何? そうか。 だから電話がつながらんのか… 仕方の無いヤツだ。 ゴクゴク… ういっぷ…! ラインハルトを呼べ 』

「 副艦長は、入浴中です 」

『 何? 戦闘中にか? ナニやっとるんだ、ヤツは 』

 ……メシなら、食っていてもイイんか? おんどりゃ……!

『 仕方ない、リッター准将を呼べ 』

「 リッター准将は、退職されました 」

『 …な、な、何? タイ… ショク? 何を言っとるんだ貴様! フザケておるのかっ? 』

 もうちょっと、怒らせてあげようか? シュタルト君……

 俺は追伸した。

「 あと、タイラー少佐は、階段からコケて入院中です。 ついでに、ライヒ航空参謀は、トイレに流れ込んで、行方不明であります 」

『 …… 』

 バウアーが、笑いをこらえている。

 シュタルトが言った。

『 貴様… 誰だっ! 』

 分からんのか、アンポンタン。

「 私は、ニコニコ大元帥だ。 悪い子のシュタルト君は、お仕置きですよォ~? 」

 ソフィーが、プーッと吹き出した。

『 …な… 何を言っておるのか、貴様…! 』

 俺は、ロレンスを見た。 既に、彼は計測を終え、射撃トリガーに手を掛けたまま待機している。 俺の視線に頷き、親指を立てた。


 準備は、完了だ…!


『 ゲーニッヒを起こせっ! 叩き起こすのだ! 分かったか、貴様! 』

 半狂乱になって叫ぶ、シュタルト。 俺は答えた。

「 やぁ~~~だよっ 」

『 なっ… 』

「 まだ分からんのか、このクソ野郎っ! 分からないまま、吹き飛ぶがいいっ! 撃てェッ! 」

 バウアーが、マイクの横から叫んだ。

「 バークレー閣下のカタキだッ! 思い知れッ! 」

 ズシン、という衝撃。 マイクの向こうでシュタルトがわめいている。

『 ナニを言っとるんだ貴様ら! ワシは… 』

 突然、音声が途絶えた。 モニターに映し出されていた着弾領域が、一瞬にして真っ赤になる。 大小、様々な艦船の破片が、炎を引いて放射線状に飛び散って行った。

「 1番、命中っ! 目標、四散中ですっ! 」

 管制官が叫んだ。

「 …オマケだ! 」

 ロレンスが、2番主砲を発射させる。 飛び散る破片を、更に、赤い炎が包んだ。 凄まじい火力・…!

 管制官が、再び叫ぶ。

「 2番も、ターゲット付近にて炸裂ッ! 目標、更に四散中! 完全に、粉砕されましたっ! 」

「 やったぞッ! 」

 管制官たちが立ち上がり、バルゼー元帥の方を向いて拍手を送った。 バウアーも元帥に向き直り、敬礼した。

「 …うむ 」

 バルゼーも、皆に敬礼を返す。


 モニターには、宇宙空間を焦がすような、真っ赤な炎が映し出されている。 旗艦『 アンタレス 』は粉々に飛び散り、その残骸は小爆発を繰り返しながら、放射線状に火を噴いて四散して行った。


 俺は、紅蓮の炎を見つめながら拳を握った。

( デービス、ロイド…! お前らのカタキは取ったぞ! ヤツは、吹き飛んだ。 これでゆっくり、天国で酒でも飲んでてくれ……! )

 ロレンスが、俺に握手を求めながら言った。

「 グランフォード殿……! 」

 俺は握手に応えながら、ロレンスの右肩に左手を置き、言った。

「 有難う、ロレンス! 君のお陰だ。 これで、全てが終了した! 俺たちの完全勝利だ……! 」


 永きに渡って貴重な将兵の命を奪い、私生活においては、贅の限りを尽くして来たシュタルト提督……

 その余殃とも言える最期は、皇帝軍が誇る60センチ4連キャノン砲により、今、宇宙のチリとなって消えた……


 次第に収まりつつある炎をモニターで確認しつつ、俺はメンフィス出航以来、初めて安堵の気持ちを覚えていた。

( これで、全て終わった…… 俺たちは、勝ったのだ! 俺たちの勝利だ……! )

 俺は、成し得た究極の義務の達成感に浸っていた。 もう、何も心配事は無い。 1杯、やりたい気分だ……!

 ソフィーが言った。

「 やったね、オジちゃん! 」

 小さな親指を立てて見せる、ソフィー。 俺も、親指を立て、ウインクをしながら言った。

「 作戦、終了です! ソフィー提督 」

 嬉しそうに、満面の笑みを返すソフィー。


 俺はマイクを取ると、ガイドチャンネルのスイッチをオフにし、トラスト号へ無線を入れた。




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