第24話、凱旋

『 やりましたね、キャプテン! ハデな花火でしたよ? 』

 カルバートが、オープン無線に出て答えた。

「 これで終了だ…! 危機は去ったぜ。 何とか、生き長らえたな 」

『 まさに、綱渡りでしたね。 これで皇帝軍の軍律も、多少は引き締められますかね? 』

「 どうだかな。 親玉がいなくなったからと言って、今まで好き勝手やっていた連中が、急に大人しくなるとは思えん。 まあ、今後次第だろう 」

『 積荷… どうします? 』

 俺は、隣にいたバウアーを見た。

 バウアーは、『 お好きに 』と言うように両手を広げ、笑っている。


 …まあ、今回の報酬とするか…


 俺は、無線でカルバートに言った。

「 手頃な無反動砲や、サイドワインダー、トマホークなんかは、みやげに貰っておこう。 テキトーに、頂いておいてくれ。 …あと、ルイスに代わってくれるか? 」

『 了解です。 …ルイス、キャプテンが呼んでるぞ? おい、ビッグス! バール、無いか? コンテナを開けるんだ。 お宝探しだぞ! 選り取り見どりだっ! ひゃっほう~っ! 』

 ……盗賊か、お前らは。

 ルイスが無線に出た。

『 キャプテン、お疲れ様です! 』

「 ルイス。 手間を掛けたな。 お前さんの探査機能で、もう感付いているとは思うが、時限爆弾の付いているコンテナがある 」

「 そのようですね。 既に、コンテナの扉はロックしておきましたが… いかがいたしましょうか 」

「 外に放り出しておいてくれ 」

『 かしこまりました。 …リップル社は、どうします? 連絡しておきますか? 』

「 う~む… リップル社か… どうやら解放軍のパトロンらしいが… その聞き方から察するに、何か、考えがありそうだな、ルイス…! 」

『 はい。 皇帝軍が現れて拿捕されそうだから、積荷をこの領域に遺棄して離脱する、と打電しておけば、ノコノコと、取りに来そうじゃありませんか? 』

「 なるほど。 そりゃ、良い考えだ。 さすが参謀だな。 任せるよ 」

『 なるべく、切羽詰ったような演出で打電しておきましょう。 時限信管は、気圧センサー付きのようです。 起動後、3時間後にセットされているようですね 』

「 地上についたら、作動するのか…… う~む、手が込んでいるな 」

 おそらく、プラスチック爆弾だろう。 コンポジション5、辺りか… いや、基地を吹き飛ばすのが目的なのだから、劣化ウラン爆薬かもしれん。

 俺は言った。

「 まあ、任せるよ。 カルバートたちが略奪中だが、調子に乗って、必要以上のモノを押収するなと言っておいてくれ。 火器類は、管理が大変だからな 」

『 了解しました 』

「 コンテナの処理が終わったら、連絡艇で、みんなコッチに来てくれ。 元帥が、慰労会をしたいそうだ 」

『 かしこまりました。 では、後ほど… 』



 シリウスの艦内ドックに、連絡艇が係留される。 タラップが横付けされると、連絡艇の内側からハッチが開かれた。

「 マータフ! 」

 連絡艇から出て来たマータフに、ソフィーが、嬉しそうに抱きつく。

「 おお、ソフィー! 大人しくしていたか? どれどれ… ん~? 」

 ソフィーを抱き上げる、マータフ。

「 あたしね、あたしねっ! 大活躍したんだよっ? 」

 バルゼー元帥が、皆を出迎えた。

「 シリウスへ、ようこそ。 皆、手間を掛けたな。 貴賓室に、食事を用意しておる。 くつろいでいってくれ 」

 ビッグスが艦内ドックを見渡し、6階建てくらいの高さがはあるかと思われる天井を見上げながら言った。

「 …でっかい艦ですねえ~、キャプテン! 」

「 後で、ツアーしに行くか? 」

 俺は、売店で購入したシリウスの艦内地図を渡しながら言った。


 貴賓室に通され、皆、各自でテーブルに着く。

 マータフ・カルバート・ビッグス・ニック・アントレー・ルイス・ソフィー… そして、エンリッヒ・バウアー・シュタイナー・ブルックナー・ロレンス。

 今回の作戦に従事、あるいは賛同した関係者の主だった者が、ルーゲンスを除き、一堂に会した。

 お気に入りの者たちに囲まれ、ソフィーは上機嫌だ。 ある意味、ソフィーが今回の作戦での、一番の功労者かもしれない。 シリウス潜入・シュタイナー確保・元帥救出… 大事な行動遂行には、必ず、ソフィーの存在があった。 ソフィー抜きでは、この作戦は成功しなかっただろう。 いや… 作戦そのものが、立案出来なかったと思われる。 そもそも、ソフィーの存在があったからこそ、この作戦が立てられたのだから……


 席に付いた俺に、隣に座っていたマータフが、布に包んだ物を差し出した。

「 何だ? 」

「 キャプテンになら、お分かりになるでしょう。 見てみて下さい 」

 布を開くと、そこには、棒のような形をした機械の部品があった。

「 …… 」

 マータフの膝の上から、ソフィーが覗き込む。

「 なあに? それ 」

 マータフが言った。

「 連絡艇格納庫の排気口に、引っ掛かっておりました… 」

( 方向舵……? )

 一般船舶のものより、ひと回り大きい。 俺は、それが、軍艦のものである事に気が付いた。

「 …マーキュリーのものか…! 」

 見覚えのあるグリップ。 急速な方向転換の為のガイドとして付けた目盛りが、俺の記憶とシンクロする。 幾多の戦域で、俺と共にあった、軽巡『 マーキュリー 』… その、ブリッジにあった方向舵だ。

 ソフィーが言った。

「 方向舵? …方向舵ね、それ! 凄ぉ~い、本物の方向舵だあ~! 」

 俺は、その方向舵をソフィーに渡した。

「 わあ~、カッコいい~っ! 凄ぉ~い…! 」

 先端に付いているダイヤルをカチカチと回し、悦に入っているソフィー。

 俺は言った。

「 …ソフィーにあげるよ、それ。 マーキュリーのものだ 」

 ソフィーは、一瞬、目を丸くして喜んだが、すぐに言った。

「 でも、これ… オジちゃんの、大切なもの… なんじゃないの……? 」

「 そうだよ? だから、ソフィーにあげるのさ 」

 ソフィーは、しばらく俺を見つめていたが、嬉しそうに方向舵を抱き締めると、元帥を見た。

 無言で頷いた後、元帥は、ソフィーの頭を撫でながら言った。

「 それには、勇敢に闘った男たちの魂が入っておる…… 大事にするんだぞ? 」

「 うんっ! あたしの宝物にする! グランフォードのオジちゃん、ありがとう! 」


 宴は、進められた。

 ゲーニッヒが、しこたま溜め込んでいた年代物ワインや高級食材が出され、ビッグスやニックなどは、無言のまま、料理をたいらげている。

 カルバートが、小声で俺に言った。

「 コンテナの中は、宝の山でしたよ…! ま、トマホークなんぞは、当分、購入する必要は無いでしょうね。 レーダーを無効にする拡散粒子の製造機やら艦船甲板用重機関銃… ん~… 15センチ対空砲と、3連式 自動追尾広角砲。 サイドワインダーに、熱源探知システム。 あ、それと、2連装無反動砲に… え~と、デジタル式座標測定機、12センチ迫撃砲、指向性地雷が6ダースに、対ミサイル熱源誘導筒が40ケース。 …あ、そうそう、へっへっへ…! 20センチPAC砲もありましたから、パクッておきましたわ。 船首内に設置しましょう…! 巡航警備艇くらいとなら、充分にやり合えるようになりますよ? 」

 ……お前、メチャクチャ『 頂戴 』しとるな…? 俺のトラスト号を、改造兵装艦にするつもりか? 心強いじゃないか、すぐにやれ。


 ドアをノックし、兵長の階級章を付けた下士官が入って来た。 持っていたメモを、バウアーに渡す。 それを読んだバウアーが、元帥に言った。

「 閣下。 皇帝陛下から、反逆罪の撤回通知が来ましたぞ! グランフォード殿が提案された通り、ルーゲンス大尉を経由して正解でしたな。 さすが、親衛隊 情報局。 行動が早い…! 」

 これで元帥は、正式に現役復帰だ。

「 おめでとうございます、閣下! 」

 ロレンスが言った。

「 うむ… 全ては、皆のお陰だ。 今回ばかりは、大変に迷惑を掛けた。 心から、お詫びと感謝を言いたい 」

 元帥は、持っていたグラスをテーブルに置くと、続けた。

「 特に、グランフォード君、アントレー君、エンリッヒ君に、ブルックナー君… 本当に有難う。 グランフォード君に至っては、ソフィーとルイスまでも、助けてもらっている。 何と言って感謝したら良いのか…… 」

 俺は答えた。

「 あまり、感謝されても困ります。 私としても、崖っ淵でしたから… 」

 すかさず、ソフィーが言った。

「 クエイドの英雄にして、メンフィス奪回の勇士! 今度は、シリウス制圧よっ? 軍人さんなら、2階級特進ね! 」

 バウアーが追伸した。

「 ルーゲンス大尉のメモによると、貴殿は、伯爵に格上げされたようですぞ? 後ほど通知が届くかと思いますが、宮殿敷地内に公邸を賞与され、勲特等 騎士十字章を授与されるとの事です。 お父上と、同じですな。 おめでとうございます! 」

 有り難い話しだが、くすぐったい。 成り行きで、こうなっただけなのにな……


 和やかに歓談が進む貴賓室を出て、俺は1人、強化ガラスのある廊下に立ち、タバコをふかした。


 ……窓の外に広がる、M―46。


 初期の頃の、M―46会戦…… 実は、俺の親父は、ここで戦死している。

 戦意の低下を防ぐ為に、軍令部により病死と発表されているが、実際は戦闘に参加し、戦死している。 第1艦隊の初代旗艦、戦艦『 トラスト 』と共に……

 遺体は、何も帰らなかった。

( もう、8年も経つか…… )

 俺としては、特別な地であるM―46……

 親父の戦死後、訪れたのは、クエイド救出以来、初めてだ。 近寄り難い想いがしていたのだ……


 しかし、今、それが吹っ切れたような気がする。


( クエイド救出の時もそうだった… 行けば、何かが吹っ切れると想っていたのだが… 結果が残酷だっただけに、その想いは、より強くなっちまっていたな…… )


 だが、今は違う。 明らかに自分の心の中で、何かが変わっているように感じる。

 漂うタバコの煙と、窓の外に漂う艦船の残骸が重なり合う。 俺は、それらを眺めながら、久しく忘れていた親父の声を思い出していた。


「 軍籍を戻すのか? キャプテンG…… 」

 いつの間にか、後ろに来ていたアントレーが言った。

 俺は、少しアントレーを振り向き、そのまま、強化ガラスに映る自分の顔を見ながら答えた。

「 ……いや。 このままでいい…… 」

 アントレーが言った。

「 元帥以下、みんなが、そう希望しているぞ? 悪い話じゃない。 この際、戻ってみたらどうだ? 伯爵殿。 いや… グランフォード卿 」

 からかい気味に言う、アントレー。


 ……確かに、そうしたい気持ちはある。


 だが… 身近で、知人や部下・戦友が死んでいくのは、もうたくさんだ。 『 マーキュリー 』の方向舵をソフィーにあげた時点で、俺の気持ちは決まっていたのかもしれない。

 俺は、窓の外に広がる無限の宇宙を見つめながら言った。

「 戦いから得られるのは、勝利か敗北のどちらかだ。 俺は… それ以外のものを得たい……! 」

 アントレーは、笑いながら言った。

「 それでこそ、我々の英雄だ。 キャプテンG……! 」


 俺は、じっと窓の外を見つめていた。


 強化ガラスの向こう側… 無限に広がる、時が止まったような暗黒の空間を、遺棄された艦船のブリッジが横切って行く。


 勝利か、敗北以外のモノ……


( 多分、俺は… それを『 トラスト号 』で求めようとしているんだろうな )

 自身で言った言葉の、深い意味……

 俺は、M―46を眺めながら、その意味の重要さを噛みしめていた……



「 機関出力、85%! メインシステム・サブシステムとも、良好! 」

 マータフが、元気に報告する。

「 航宇レーダー異常なし! 出航準備完了。 目的地、メンフィス! 」

 ビッグスが、コントロールパネルを操作しながら言った。

 シリウス艦橋の最上部にある眺望ラウンジに、バルゼー元帥以下、バウアーやシュタイナーたちの姿が小さく見える。 手を振っているようだ。

「 おじいちゃ~ん! 行って来まあ~す! 」

 トラスト号のブリッジから、ソフィーが手を振り返した。

 ブルックナーが言った。

「 こうして見ると、ホントに大きいですね、シリウスは…! 」

 見送りに答える為、艦橋近くまで接近しているから、尚更、その大きさに驚愕する。 こんな、デカい艦を乗っ取ったワケか、俺たちは……!

 ゲーニッヒたちをトラスト号の倉庫に監禁し、メンフィスの親衛隊本部まで移送する為、俺のトラスト号は出発するのだ。 ソフィーは、クーパーに会う為に、同乗している。

 俺は言った。

「 ソフィー。 トラスト号を発進させてみるか? 」

「 ……えっ? いいの? オジちゃん…! 」

 目を輝かせ、ソフィーは、ワクワクしながら言った。

「 今回、ソフィーは、大活躍だったからな。 ご褒美だ 」

 オペレータシートに座っていたニックが、ソフィーを振り返り、言った。

「 また、ミサイルなんか発射すんなよ? ソフィー提督さんよ 」

 ビッグスが、ぼそっと呟いた。

「 15センチ対空砲の、試射をしてみたい気もするがな… 」

 俺は言った。

「 ビッグス。 マニュアルを、こっちのパネルに切り替えてくれ 」

 ソフィーを抱き抱え、キャプテンシートに座らせる。

「 切り替えました。 いつでもどうぞ、ソフィー提督! 」

「 わ~い! ありがとう! カッコいい~っ! ソフィー、大きくなったら… オジちゃんの船の船員になるねっ! 」

 俺は、笑いながら聞いた。

「 軍艦の、艦長さんになるんじゃなかったのか? 」

「 だって、ブリッジでケーキ、食べれないんだもん 」

「 …なるほど 」

 俺は、出力レバーにソフィーの手を添え、言った。

「 いいか? 普段は、コンピュータがしてくれる。 だが、今は、マニュアルだ。 ソフィーの手が、トラスト号を動かすんだぞ? 」

「 …ドキドキ、するね…! 」

「 そぉ~っと、レバーを前に倒すんだ。 …さあ、ソフィー提督。 出航の指示を……! 」

 ワクワクしながら、ソフィーは言った。

「 …よおぉ~し…! 行くわよォ~ トラスト号。 出航おおぉ~っ! 」

 レバーを少し、前に倒すソフィー。 エンジンが静かに唸り出し、ゆっくりと船体が前進し始めた。 ソフィーが、興奮しながら言った。

「 う… 動いてるう~、動いてるうぅ~っ…! 凄い、凄い、凄ぉ~いぃ~っ! 」

「 そりゃ、動くさ。 バックし始めたら、エライこっちゃ 」

 ニックが、笑いながら冷やかした。

 無線室のカルバートから、内線が入った。

『 キャプテン。 シリウスのバルゼー元帥閣下から無線が入っています。 そちらに切り替えます 』

 マイクモニターから、元帥の声が聞こえて来た。

『 グランフォード君、有難う。 ルーゲンス君に宜しくな。 2~3日、ソフィーを頼む 』

 ソフィーが、マイクに向かって言った。

「 おじいちゃんっ! おじいちゃんっ! 今ね、ソフィーがトラスト号、動かしてるの~っ! 見て、見てっ! 凄いでしょぉ~っ? 」

『 おお、何とっ…? こらこら、ソフィー。 おてんばしちゃ、イカン! 大人しく、していなさい 』

「 じゃあねえ~っ! 」

 イッキに、レバーを倒すソフィー。

 …げええェっ…!

 アフターバーナーを点火したトラスト号は、じゃじゃ馬のように急発進した。 猛烈な急加速…! 違法改造のエンジンは嬉しそうな唸りを上げ、そこいら中のクロークからは、雑貨類が転がり落ちて来る。

「 …ソ、ソフィー…! もっと優しく… わ、わっ! ちょっ…! 」

 俺は、ブリッジの後部まで転がり、壁に背中を打ちつけた。 同じように、オペレータシートから、ニックが転がり落ちて来る。 支えようかと思ったが、それよりも早く、配管に後頭部を激突させた。

『 ゴゴンッ! 』

「 うごばっ…! 」

 ソフィーは、お構い無しに、ゴキゲンである。

「 凄い、凄おおおぉ~いっ! トラスト号は、宇宙一、速いんだああぁ~っ! 」

 打ち付けた頭を抱えながら、ニックが言った。

「 うう~……! キャプテン。 倉庫の中の連中… 骨折してるかもしれませんぜ? 」

「 お前… ちょっと見て来い 」

「 ソフィー提督が、キャプテンシートから降りたら、行きますわ…! 」


 彼方には、『 シオン 』が、青く輝いていた。



             『 銀河エクスプレス ・ 完 』

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銀河エクスプレス 夏川 俊 @natukawa

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