第6話、ご招待

 ソフィーとルイスを連れ、クルー専用の簡易宿へ行く。

 港湾センターを抜けた裏側……

 細い路地が入り組んだ繁華街だ。 路地裏通りと言った方が良さそうな、雑然とした狭い小路が迷路のように交差している。 小さな屋台が軒を連ね、吊り下げられた幾つもの裸電球の明かりの下に、低所得層の者たちが大勢ひしめき、肩をかわしながら往来している。

( いつ来ても変わらないな… ホッとするぜ )

 下町の人々は、強い。 どんな劣圧な環境、予想を絶する過酷な状況であっても、今日を生き抜いていく術を知っている。 俺は、この街が好きだ……


 下船許可を出した途端、ニックはヘルス。 ビッグスはゲームセンター。 マータフは買出し。 カルバートは料理の本を買いに行く、と言って皆、出掛けて行った。


「 よう~、キャプテンG! 久し振りじゃねえか。 ハデな入港したそうだな? 」

 フロントにいたスルド人が、俺を見とがめて声を掛けて来た。

「 地獄耳だな、クーパー。 ドコに耳があるんだ? 見せてくれよ 」

 スルド人のクーパーは、爬虫類のような顔をしている。 左右に飛び出た目に、大きな口。 体は緑掛かった茶色に、黒い斑だ。 しかも、ヤツは太っている。 まるでカエルだ。

 ソフィーがクーパーを指差し、嬉しそうに言った。

「 わあああ~! カエルさんだあぁ~! 大きなカエルさんが、フロントに座ってるうぅ~! 」

「 ……失礼なヤツだな。 何だ、このガキは? 」

 クーパーが、いぶかしげに尋ねた。

「 俺の、従兄弟の子だ 」

「 ソフィーだよ? よろしくねっ、カエルさん! 」

 無邪気に、クーパーの頭を撫でながら、ソフィーが言った。

「 従兄弟だあぁ~? お前、そんな親戚、いたっけ? …ああ、もうっ! 頭、触るなって! 」

 ソフィーを右手で制しながらクーパーは言ったが、ソフィーは、お構いなしのようだ。 盛んにクーパーの頭を、小さな手で、ペチペチ叩いている。

「 カエルさ~ん! カエルさぁ~ん! 」

「 カエルじゃねえ! …ンもォうっ! 叩くなって~の! 」

「 宿、空いてるか? 俺たち5人と、この子たちの部屋だ。 あ、コッチは、ソフィーの義理の姉で、ルイスだ 」

 ルイスが、軽くお辞儀をしながら挨拶をした。

「 ルイスと申します 」

「 へええ~? 見たとこ、いいトコのお嬢さんじゃねえか。 ホテルに泊まりゃいいのに、ナンでまた、こんな簡易宿へ? 」

 俺は言った。

「 このメンフィスで安心な場所は、俺の知る限り、お前んトコぐらいなもんさ。 違うかい? 」

 クーパーは、ニヤリと笑いながら答えた。

「 へっ、分かってんじゃねえかよ、キャプテンG。 …うん、なるほど。 世間知らずのヤツは、かえってココの方が安全かもな。 よっしゃ、お嬢さん。 セミダブルでいいかい? 」

 ヤツは、ルイスがアンドロイドだとは、全く気付いていないようだ。

 ルイスは答えた。

「 結構です。 よろしくお願い致します、クーパー様 」

 クーパーが笑った。

「 ほえ~っへっへっへ! クーパー様だとよっ?! こりゃ傑作だわ! ほええ~っへっへっへ! 」

 ソフィーが、嬉しそうにクーパーの真似をする。

「 カエルさん、おかしな笑い方! ほえ~へっへっへっへ! 」

「 このガキ、そのうち懲らしめたる。 ぼぅえええぇ~っへっへっへ~っ! 」


 買出しに行っていたマータフが、ビッグスと共に、宿に戻って来た。

「 また値上げですよ、キャプテン! 来る度に、物価が上がってるんじゃないっスか? 」

 いくつかのバケットを仕分けしながら、ビッグスが言った。 マータフも、うんざりした様子だ。

「 物資が優先的に、前線に送られとるんじゃ。 M―46に続き、ペルセウスの辺りでも、大規模な戦闘が始まったらしい 」

 港で見た将官たちは、新しい作戦の会議だったのだろうか?

 俺は言った。

「 ペルセウスなんか、解放勢力と言っても、小さな前線基地があっただけだろ? 1個艦隊で充分じゃないか。 ナンで、そんな大きな作戦に展開させる必要があるんだ? 」

 ビッグスが、特価だった食材の賞味期限表示を確かめながら答える。

「 要は、指揮官たちの功績作りっスよ。 また意味の無い勲章が、何個も授与されるんじゃねえですかい? 」

「 …ゲームか 」

 その為に、かけがえの無い兵士たちの命が失われて行く。 身につまされる思いだ……

 クーデター失敗の後、シュタルト提督は、実質的に軍の全権を掌握しているらしい。まさに、思いのままだ。 自分の、子飼いの部下たちに功績を上げさせて昇級させ、確固たる自分の地位を築こうと考えている事だろう。 比較的、抵抗が小さいペルセウスなど、格好の軍事行動場所だ。 物量を投入すれば、誰でも勝利を収められる。 もしかしたら、指揮官など不在かもしれない。 作戦計画書に、書類上は指揮官として将校の名は連ねられているだろうが、現実は、いないも同然だろう。 ベガ辺りの高級クラブで、シャンパングラスを傾けているのがオチだ。 ひょっとしたら、ロビーで見かけた連中が、そうなのかもしれない……

 俺は言った。

「 まあ、戦争やりたいヤツは、勝手にヤラせておけばいいさ。 俺たちにゃ、カンケーない 」

 部屋のチャイムが鳴った。

 クーパーのヤツがドアを開け、部屋に入って来て言った。

「 キャプテンG。 お前さん…… 何か、やったか? 軍の連中が来てるぞ? 」

「 …… 」

 ルイスとソフィーは、隣の部屋だ。 マータフとビッグスが、不安そうな表情で俺を見る。

 クーパーの横から廊下を見やり、俺は言った。

「 ……下に来てるのか? 」

「 ああ。 親衛隊の、情報局の連中がな…! でも、手入れじゃなそうだぞ? 好意的な対応だったし。 ……どうする? いない、って言っておくか? 」

「 いや、行くよ。 居留守使っても、また来そうな感じだ 」

 俺は立ち上がると、クーパーと共に、玄関ロビーへ下りて行った。


「 フォン・グランフォード様ですな? 」

 グレーの親衛隊の軍服を着た2人の兵士が、玄関ロビーに立っていた。

「 そうだが? 」

 話し掛けて来た1人は、50歳代。 ヒゲを生やし、やせた男だ。 階級章は、特務曹長。 もう1人は若く、まだ20歳代。 階級章も付けてないところを見ると、2等兵だ。 いや… 胸に戦闘功労章や、従軍記念章を付けている。 士官候補生らしい。

 中年の男は言った。

「 自分は、親衛隊 情報局のエンリッヒであります。 本日、あなたが、ロビーで行った勇敢なる行動には、敬意を表する次第であります 」

 ……爆弾男の事か。

 こんなトコまで、良く調べて訪ねて来たな。 まあ、船長だと名乗ったんだ。 船籍から調べたんだろう。 クルーの大半は、ここに宿泊するからな。

 エンリッヒと名乗った男は、続けた。

「 危ないところでした。 居合わせた閣下も、是非一度、お目に掛かり、お食事などをご一緒したいと申されておられます。 エドワード・ヒルトンホテルまで、ご同行願えますでしょうかな? 」

 う~…… 面倒くさい。 格式ばったトコで、メシなど食いたくない。

 俺は答えた。

「 お誘いは光栄だが、クルーとの打ち合わせもあるしね… 仕事も、探しに行かにゃならんし。 お気持ちだけ貰っておく、と伝えてくれないか? それに、そんな高級ホテルに出入りする為の服を持ち合わせていない。 ヒルトンは、正装でしか入れないんだろう? 」

 エンリッヒは答えた。

「 グランフォード様は、特別の御優待です。 そのままで、構いません。 軍の車も、ご用意してあります。 さあ、どうぞ…… 」

 リムジンタイプのエア・カーが、フロント越しに見える。

 エンリッヒは、俺が断るはずなど無い、と言うような口調だ。 まあ、親衛隊の連中は、いつもこうだしな… 断ってモメても、つまらん。 痛くも無い腹を探られそうだし……

 俺は、クーパーを振り返ると言った。

「 みんなには、伝えておいてくれるか? 」

「 分かった。 うまいメシと、ワインでも奢ってもらって来いや 」


 エア・カーに乗り込む。

 向かい合わせの後部座席には、俺と同年代くらいの親衛隊将校が1人、座っていた。 階級章を見ると、大尉である。

( 民間人のホスト役にしては、えらい大げさだな。 高々、輸送船の船長を招待するだけなのに、将校同行とは…… )

 彼は、シート脇にあったグローブボックスを開けると、高級そうな木箱を取り出した。 おもむろに蓋を開る。 中には、ブッ太い葉巻が1ダースほど入っていた。 その中から1本を取り出し、俺に勧めた。

「 アンタレスの逸品だよ。 …やらんかね? 」

「 けっこう。 俺には、コイツがある 」

 俺は、ポケットから、いつもの紙巻きタバコを出すと、火を付けた。

 彼は言った。

「 私は、情報1課のルーゲンスだ。 今日は、世話になったね。 閣下も、キミに会うのを楽しみにされておられる 」

 ……俺は、全然、楽しくないけどな。

 ルーゲンスは、葉巻に火を付け、煙をくゆらせ始めた。

 先程のエンリッヒがセカンドシートに座り、若い士官候補生が運転席に乗り込むと、リムジンは、滑るように走り出した。


 …全く揺れない…!

 こゃ、凄い。 止まっているように静かだ。

 放屁したくなったら、どうしようかな……?


 ルーゲンスは言った。

「 失礼だとは思ったが、キミの素性を調べさせてもらった。 …貴族じゃないか。 しかも、戦勝軍歴もある。 艦隊勤務の特任大尉…… 戦闘緊急時には、佐官クラスの副艦代理として艦の戦闘指揮を任されるほどの高位階級にありながら、なぜ、退役したのかね? これからだと言うのに 」

 本当のコト言ったら、怒るだろ? アンタ……

 俺は答えた。

「 俺は、どうも集団的行動とやらが苦手でね。 今の暮らしを、大いに楽しんでるよ 」

 実際、ローンでヒイヒイ言ってんだがな……

 ルーゲンスが言った。

「 私も、一般の仕事に興味が無い、と言うワケじゃないんだが… 家は代々、軍人だったものでね。 他の仕事を知らないんだ 」

 結構、面白いぜ? フリチン野郎とか、カエル男とかいてよ。 まあ、アホが多いから疲れるがな……

 葉巻の煙をくゆらせながら、ルーゲンスは尋ねた。

「 時に、キミは、フリーの運送屋だそうだね? 」

「 ああ 」

「 足は、速いのか? 」

「 逃げ足は、宇宙最速だ 」

「 …なるほど 」

 しばらく考え、ルーゲンスは、再び尋ねた。

「 金の良い話しと、正義がかかった話しがあったら、どちらを取るかね? 」

「 両方、貰う 」

「 …なるほど。 では、どちらかを選択せよと言われたら? 」

「 両方、貰う 」

「 …なるほど 」

 ルーゲンスは、沈黙した。 代わりに、俺が質問した。

「 何か、良い話しがあるのか? 」

 ルーゲンスが答える。

「 危険だが、報酬の良い話しがある 」

「 俺に、打ってつけだな…! それは、皇帝軍の話しか? 」

「 まあ、そうだ。 その件については、閣下からも、お話があるだろう 」

 タバコの煙を、天井に向けて噴き上げながら、俺は言った。

「 核弾頭抱えて、解放勢力の陣地に突っ込め… なんて話しは、ゴメンだぜ? 」

「 それに近いかもしれん 」

「 …… 」

 要らねえわ、その話し。 俺、メシだけ食ったら、帰るね。


 やがてリムジンは、エドワード・ヒルトンホテルの玄関に着いた。

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