第7話、密会

 真っ赤な地に、金モールの刺繍が施された制服を着たドアボーイが、リムジンのドアを開けた。うやうやしくお辞儀をした後、外に出た俺の服装を見て、彼は一瞬、戸惑いの表情を見せる。

 後から出て来たルーゲンスが、ドアボーイに言った。

「 閣下が、お呼びのお客様だ。 急な事で、仕方ないのだ。 通せ 」

「 …は 」

 最敬礼する、ドアボーイ。

 俺は、そのドアボーイの前を通り過ぎる際、右手の中指を立て、言った。

「 お客様だ……! 分かったか、坊や 」

 大人気ない態度だとは思ったが、俺は、こういう格式ばった所に来ると、やたらムカついて来るから困ったものだ……


 古風な、回転扉を押し、ロビーに入る。

 …おおう。 さすが、ロイヤルファミリー御用達のホテルだ…! 天井なんぞ、メッチャ高い。 床は大理石だ。 クーパーの宿など、ココに比べたら、一戸建てと犬小屋並みの差がある。

 この高級ホテルに、親衛隊の将校同伴…… 先導は、下士官付きだ。

 正直、気分は良い。 はたから見れば、情報局の高級官僚だと思われるだろう。 それにしては、服装が貧相だが……


 一般とは画した、プライベート用のエレベーターに向かうすがら、俺は言った。

「 …こんなトコに宿泊する必要など、無いだろう? 兵たちは12人一緒で、ワンルームくらいの兵舎に寝泊りしているんだ。 一緒の部屋に寝ろとは言わんが、将官だからと言って、この待遇はどうかと思うぜ? 」

 意外にも、ルーゲンスは同意して言った。

「 確かにそうだな。 でも、私に、それを注進しろと言うのか? 」

 エレベーターのボタンを押しながら、ルーゲンスは苦笑いした。 どうやら彼も、高級将校たちの浪費・高満悦な態度には、閉口しているらしい。

 俺は聞いた。

「 あんたの爵位は? 」

「 キミと同じ、子爵だよ 」

 だが、彼はゲルマン系だろう。 俺のような北欧系とは、待遇が違う。

 しかし、俺は、このルーゲンスに親近感を感じていた。 貴族とは言え、彼には高慢的な雰囲気が無い。

 ルーゲンスは言った。

「 同じ、下っ端だ。 使われる身同士、仲良く行こう。 …ま、キミの場合、軍籍を抜けて独立したんだ。 ある意味、大将だ。 私よりかは自由だし、誰にへつらう事も無いから、羨ましいね 」

 エレベーターから、ポーンと言う音がして、分厚いゴージャスな扉が開く。

 ルーゲンスが、エンリッヒたちに言った。

「 ここまでで、結構だ。 ご苦労 」

 ルーゲンスが敬礼をすると、エンリッヒたちも敬礼を返し、クルッと後ろを向くと、エントランスホールの方へ去って行った。

 ルーゲンスが、2人の後姿を見つめ、呟くように言った。

「 ……あのエンリッヒは、男爵の出だ。 一緒にいた若いのは、ブルックナーと言って、ナイトであるハインツ家の次男だ 」

「 男爵に、ナイトか…… 共に、苦労してそうだな 」

 俺が言うと、ルーゲンスは、笑って答えた。

「 キミの、想像の通りさ 」


 閣下、とか言う将官の部屋は、最上階のスイートだった。 エントランスは、ふかふかの絨毯が敷き詰めてある。 指輪を落とすと、見つけられないくらいの毛足だ。

 ルーゲンスが先導し、歩く。

 静かなバロックが流れる廊下を進むと、ドアがあった。 そのドアを開けると、大理石の彫刻が置いてある小さなエントランス。


 ……ムダなスペースだ。 意味が分からん。

 このスペースだけで、俺らのクルーが寝泊り出来るぞ?


 2つ目のドアを開けると、やっとインターホンが出て来た。 傍らには、小さな噴水がある。 水の好きなクーパーだったら、飛び込んでいたかもしれん。

 ルーゲンスが、インターホンのボタンを押す。 カードリーダーが出て来て、挿入口の辺りが点滅し始めた。 ルーゲンスが、身分証のIDカードを差し込むと、カチッという音と共に、ドアが開錠された。

 自動的に、ドアが開く。

 そこには、燕尾服を着た、執事みたいな男が立っていた。

「 ルーゲンス殿、お待ちいたしておりました。 …そちらは、フォン・グランフォード様ですね? 」


 ……アンタ、ずっとソコに立ってるの? ご苦労様だね。


 男は、俺の服装を、生ゴミを見るような視線で一目すると言った。

「 閣下がお待ちです。 こちらへ…… 」

 通された部屋は、居間のような部屋だった。

「 やあ、グランフォード君。 さあさあ、こちらへ 」

 軍服の左胸の辺りに、勲章を沢山ブラ下げた将官が出迎えた。

( シュ… シュタルト提督じゃないか……! )

 元、俺が所属していた第2連合艦隊の指揮官だ。 港のロビーで見かけた将官たちの中に、シュタルトもいたのか……! 太っていた当時より、更に太っており、髪の毛の後退も、随分と進んだようだ。 ち~と、ダイエットせえよ、アンタ……

 とりあえず、俺は敬礼し、挨拶した。

「 本日は、お招きに挙がり、光栄に存じます。 トラスト号船長の、グランフォードであります 」

 シュタルトは、軽く敬礼を返すと言った。

「 うむ… さすが、元軍人だな。 敬礼もサマになっとる。 忘れてはいないようだな、グランフォード特任大尉… いや、今は民間人だったね。 確か、第7艦隊勤務だったかな? 」

「 はい。 その節は、色々とご鞭撻賜りました。 提督 」

 傍らにいた将校が、うやうやしく、俺に言った。

「 グランフォード様、こちらへ…… 」

 クソでかいテーブルに案内され、俺は、招待席に座らされた。 シュタルトも、席に付く。

 先程の将校が、シュタルトに言った。

「 ワインは、アンタレスのピア・ゼ・アウスレーゼを…… 」

「 うむ、いいね 」

 聞いた事も無い銘柄のワインを注がれたグラスを手に持つと、シュタルトは言った。

「 では… 久し振りの再会と、勇気ある行動に乾杯! 」

 お互い、ワインに口をつける。


 ……おおう、凄んげ~、ウマイわ……! 余ったら、あとで貰えんかな? コレ…


 やがて、オードブルが運ばれて来た。

 シュタルトは言った。

「 港では、世話になったね。 どうだね? その後は 」

 運ばれて来た、贅沢そうな前菜を眺めながら、俺は答えた。

「 まあ、何とかやっています。 提督の方も、数々の戦勝、まずまずですな… 」

「 はっはっは! 若い連中には、まだまだ負けんよ? 解放軍なんぞ、烏合の衆だ。 どんなに攻めて来ても、堪えんね 」


 ……アンタは、出来レースの戦闘しかヤラんだろうが? しかも、戦力を大量投入してな…! 誰だって、勝つだろうよ。 M―46辺りの事は、聞いてるぜ? ヤバイ所にゃ、アンタは絶対、行かねえよなあ? ゴリ押しの命令で、毎日、どれだけの部下が戦死していると思ってんだ、この野郎……! ゴンザレスの船を吹き飛ばしやがったのも、アンタの艦隊の連中じゃないのか?


 俺は、苦笑いで応えながら、沈黙していた。

 シュタルトが、傍らに控えていたルーゲンスに言った。

「 ルーゲンス君、あれを…… 」

「 は… 」

 ルーゲンスが、俺のテーブルの横に1枚のカードを置いた。

「 …… 」

 軍専用のキャッシュカードだ。 給与の支払いで使用する。 俺も、以前は持っていた。

 前菜のサラダに、ドレッシングをかけながら、シュタルトが言った。

「 君の、勇気ある行動に対する、私からの御礼だ。 受け取って頂きたい 」

( 金一封か… )

 チラリと、残高表示を見た。 …何と、2000万ギールが預金されている。

「 …提督! こんな大金、受け取れません…! 私は、このお食事だけで充分です 」

 シュタルトは笑った。

「 はっはっは! 意外に謙虚だな、グランフォード君。 君は、この私と、有能な将校たちの命を救ってくれたんだぞ? その金で、船の修理をしたまえ。 見たところ、外熱板の耐久度が劣化しているようだ。 大気圏航行は、危険だぞ? 」

 ……よく見てやがるな。

 確かに、外板は最近、手入れをしていない。 惑星着陸の必要が無い仕事が多いからな。 気にはなっていたが、そのままだ。

 シュタルトは続けた。

「 受け取っては、くれまいか? 実は、相談したい仕事があるのだ 」

 ……来たな。 ルーゲンスが、さっき言っていた話か…… 惑星への、物資運搬なのかな?

 シュタルトが、ルーゲンスに目配せする。 ルーゲンスは、無言で頷くと、傍らにあったホログラムプロセッサーのスイッチを入れた。 航宇図が、空中に投影される。

( ……M―46…! )

 忌まわしい場所だ。 クエイド救出時の記憶が、脳裏に甦る。


 あの時… 実は、もっと沢山のクエイド人たちを助ける事が出来たのだ……


 クエイド人を救出しているのを知っていながら、お構い無しに戦闘を始めたシュタルト率いる皇帝軍…… 連中のおかげで、俺たちは救出作業を中止せざるを得ない状況に追い込まれ、緊急撤収する事を余儀なくされたのだ……!

 吹き飛ぶ運命にある地上に残された、幾千万というクエイド人たちの、小さくなって行く顔が、今でも、まぶたに焼き付いて忘れられない……!


( デービスにロイド、ベイル、フィンチ、キャンベル… ゴンザレスも、この領域で死んだ……! ここに行け、ってか? )

 俺は、イヤな予感を感じた。

「 この場所が、どこなのかは… 君なら、説明は要らないだろう 」

 シュタルトの問い掛けに、俺は無言で頷いた。

 シュタルトは続けた。

「 元、クエイドのあったM―46… その、更に辺境なのだが…… ルーゲンス君、拡大してくれたまえ 」

 リモコンを操作し、辺境部を拡大するルーゲンス。 チラリと俺を見たが、浮かない表情だ。

 シュタルトは続けた。

「 この、第12番惑星『 アーウィン 』に、先月辺り、解放軍が前線基地を構築した。 衛星は、3つ。 全てに、自動追尾式のレーダーサイトがある。 まあ、惑星ごと破壊してもいいんだが… この、アーウィンには、先住民がいてな。 クエイドの祖先でもある、クリード人だ。 そこが、ネックなんだよ……! 」

 つまり、先のクエイド人軽視の戦闘に、ここでまた、その祖先を壊滅させては、さすがに気が引けるというワケか……

( しかし… ここの占拠は、容易では無いぞ? )

 一般人である先住民に危害を与えず、解放軍の陣地のみ叩くのは、至難のワザだ。 解放軍も、それを承知で、ここに基地を構築したに違いない。 おそらく、部落の近くか… あるいは、その集落の真ん中に基地を構築している事だろう。 地下基地であれば、更に厄介だ。

 俺は言った。

「 提督。 ここを制圧されるおつもりですか? だとすれば、かなり高度な作戦が必要かと 」

 シュタルトが答える。

「 その通りだ。 強行急襲しても、こちらにもかなりの損害が出る。 諜報部の報告だと、基地は地下構築ではなく露天式らしいが、参謀本部の試算では、陸戦隊の3個連隊が全滅するというシミュレーションが出ている 」

 俺は言った。

「 レーダーサイトが、目障りですね。 長距離ミサイルを発射しても、互いに連動している3個ものレーダー群だ… 全て、迎撃される事でしょう。 艦載機を急襲させては? 」

「 爆撃かね? ムリだろう。 航続距離が問題だ。 爆撃は可能だろうが、空母に帰還するまでの燃料が無い。 リモートの、無人攻撃機を飛ばしても良いのだが、いまいち精度が落ちる。 民間人の部落を誤射するのが、関の山だ 」

「 …… 」

 考え込んだ俺に、シュタルトは言った。

「 そこで、君の出番なのだ 」

「 私の…? 民間人の私が… ですか? 」

 シュタルトは、運ばれて来たメインディッシュのステーキを頬張り、肉汁の付いたナイフで、俺を指しながらながら言った。

「 ……君には、ヤミ商人の仕事を受けてもらい、アーウィンに行って欲しいのだ 」

「 ヤミ商人……! 」

 シュタルトは続けた。

「 君ら大型輸送船仲間が、ヤミ商人から解放軍への物資供給の仕事を受けている事は、既に調査済みだ。 もちろん君は、そんな仕事には手を染めていない。 これも調査済みだ 」

「 …… 」

「 今回は、極秘にそれを受けてもらいたい 」

「 …それで… どうなるのですか……? 」

 シュタルトは、にやりと笑って言った。

「 君が運んで来た物資を受け取りに出て来た解放軍を、一網打尽にするのだ。 しかし、一部は、逃がす…! 」

「 逃がす? 」

「 そうだ。 時限爆弾付きの物資を渡してな…! 」


 ……エゲツない作戦だ。


 しかし、的を得ている。 おそらく、プレゼント付きの物資を運び込んだ前線基地は、跡形もなく全滅だろう。 …まあ、解放軍の方々には、全滅して頂かない事には、今度は俺が、解放軍の連中から狙われるからな。 皇帝軍の手下、として……!

 

 ……しかし、気が乗らない話しだ。

 

 解放軍は、職務怠慢や職権乱用などで、皇帝軍を追放された連中だ。 そんなヤツラが、くたばるのはいいが、勝ち方がフェアじゃない。 俺の騎士道に反する。 やっぱ、正々堂々と闘いたい。

( しかし… )

 俺は、こんな極秘作戦の全貌を、全て聞いちまったぞ? こりゃ、断ったら… どこか辺鄙なトコで、口封じの為に撃沈させられるんじゃないのか? たまったモンじゃない! しかもこの、ヤなシュタルトによってだ……!

 シュタルトは、ステーキを頬張りながら言った。

「 この作戦は、ワシが直々に指揮するつもりだ。 応援に、第1連合艦隊から、ゲーニッヒ君も来る。 いざと言う時には、これら艦隊で、一気にケリをつけるのだ 」


 ……ゲーニッヒ……!


 バルゼー元帥の元副官だ。 ソフィーは、嫌いだと言っていたな……

 第1連合艦隊を率いていると言う事は、旗艦『 シリウス 』の艦長になったか。 同時に、第1連合艦隊の長官にもなったワケだ。 エラそうに… 戦闘の『 せ 』の字も知らないクセしやがって…! このシュタルトと、同じ穴の狢だ。 類は友を呼ぶ、ってか? 役者が揃った、って感じだな。 この作戦は、言わば、必勝の作戦だ。 またコイツらに、勲章が一つ増えるワケか…… 何か、腹が立って来たぞ…!

 シュタルトが、薄笑いを浮かべながら言った。

「 報酬は、満足のいく額を用意しとるよ。 そのカードの額に、ゼロをもう1つ、加えてくれたまえ 」

 …そんな高額な仕事、やった事が無い…! ニックのヤツなんざ、分け前貰ったら、1年は音信不通になるぞ?

 俺は言った。

「 どうやら、お断りする選択肢は、無いようですね? 提督…… 」

 シュタルトは、再び、ニヤリと笑いながら答えた。

「 …良く理解してくれているようだね。 さすがだ、グランフォード君。 民間で腐らせておくには、もったいない人材だ。 軍籍を戻す気があるなら、私の下でやってみんかね? 以前のように 」


 アンタらの方が、腐ってるように思うんだが……?


 俺は、苦笑いしながら答えた。

「 仕官の方は、船のローンが、払い切れなくなって来たら、考えさせて頂きます 」

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