第10話、接触
幼いソフィーを案内役として同行させる案に、マータフは反対した。 しかし、適役がいない……
ソフィーくらいの体型なら、野菜のバスケットに充分入る。 潜入させるのに、さほどリスクは掛からないだろう。 アントレーと共に、雑役スタッフとして俺も一緒に潜入する事で、一同の了承は降りた。
トラスト号の船長には、エンリッヒが代役で乗船する。 ブルックナーも、勤務監視業務という名目でシリウスに乗艦する事になった。 しかし、ゲーニッヒが拒否すれば、乗艦は出来ないだろう。 これは、保険みたいなものだ。 拳銃のみではあるが、武器を携帯したまま乗艦出来る。 まあ、うまく行けば、の話しだが… 武器があった方が、後々、楽だ。
俺は、クーパーの宿を出て、港の酒場街へと向かった。
港近くの繁華街……
裏通りと言った方が正解かもしれない。 暗く、細い路地に、ぼんやりとした街灯が点々と灯り、船員相手の小さなバーやスナックが幾つも軒を寄せている……
暗く、人通りもまばらな小路を歩き、俺は小さなバーの、年季の入った木製の扉を開けた。
「 よう~! キャプテンG! 今日辺り、来ると思ってたぜ! 久し振りだな 」
クーパーと同じ、スルド人の男が、カウンターの中から声を掛けて来た。
「 キング! 元気にしてたか? 半年振りかな 」
俺は、カウンター席のイスに腰掛け、タバコを出しながら答えた。 キングが、酒瓶が並べてある壁の棚を振り返り、言った。
「 ボトル、どこだっけかな… あ、あった、あった。 キングコング( アルコール度の高い、低質な安ウイスキー )しか飲まねえから、忘れちまってた 」
「 よく言うぜ。 それより高い酒、置いてないくせに 」
タバコに火を付ける。
キングが、思い出したように言った。
「 ああ、そう言えば、さっき… 男が訪ねて来てな。 お前を探してたぞ? 」
ショットグラスを出しながら、キングはガラス窓越しに、外をうかがう。
「 男? 仕事の話しかな? 」
「 さあ… どうだか。 停泊しているトラスト号の船長を知らないか? って、聞いて来たもんでな。 それで、お前が帰って来たのを知ったのさ。 じきに、ココに現れるんじゃないのか? って言ったら、『 また来る 』って言って、帰って行った 」
「 ふ~ん…… 」
グラスに注がれたブレンディッド・スコッチを、グイッとあおる。
スナックを小皿に盛りながら、キングは言った。
「 ……請けるのか? 」
「 仕事を選んでいる余裕は、無いからな 」
「 あの男には、見覚えがある。 ゴンザレスに、仕事を依頼しに来たヤツだ…… 」
「 …… 」
キングは続けた。
「 知ってるだろ? ゴンザレスの事 」
「 ああ。 トマスに聞いたよ。 M―46だってな… デービスにロイドも、あそこで死んだ。 フィンチやベイル、キャンベルもな……! 」
空いたグラスに、片手で酒を注ぎながら、キングは言った。
「 やはり、キャンベルもか…! そうじゃねえかと思ってたよ。 馴染みのフリゲート連中は、ほとんど死んじまったな…… 」
「 ヤミ商人か… 」
「 ああ、多分な。 ライト・キャブの連中は元気だが、フリゲートの仲間で残ってるのは… オリオンに行ってるピーターと、ベガの修理ドックで労働者ストライキの足止めを食らっているフリンツくらいなモンだ 」
酒の入ったショットグラスを持ち、タバコを吹かす、俺。
「 ……たった2人か 」
「 まあ、フリゲートと言ったって、ピーターとフリンツの船は、フルサイズじゃねえ。 エンジン出力はフリゲート級ランクだが、荷台スペースはミドルオーバーだからな。 フルサイズのフリゲートは… ここいらじゃもう、お前さんだけだ 」
ダスターで拭き上げたグラスを、壁の棚に並べながら、キングは注進した。
「 港じゃ、目立つからな、あの大きさは…… 多分、接触して来るぜ? 手を出すとは思えねえが… 充分に気を付けろよ? 」
「 ああ、分かってる 」
スナックをかじりながら、俺は答えた。
半年前までは、仲間と、この店で酒を酌み交わし、賭けビリヤードを楽しんでいたのに……
デービスたちの顔が、俺の脳裏を横切った。
( みんな、学は無かったが、いいヤツばかりだった…… カタキは取ってやるからな。 失敗して、くたばっても… あの世で、また仲間に入れてくれよ? )
そのうち、他の星域から新人が来るだろうが、今のところ、ここいらのフリゲート級大型輸送船は、俺のトラスト号だけだ。 連中は、必ず、俺に接触して来る事だろう。
どんなヤツなのか……?
仲間を、窮地に追いやる、ヤミ商人……
高慢な貴族将校と共に、連中も、地獄に送り届けてやらねば、俺の気が納まらない。
しばらく、キングと世間話しをした後、俺は店を出た。
酔い冷ましに、港桟橋の方へと歩いて行く。
係留されている、トラスト号…… シュタルトが言っていた通り、外板には、かなりのダメージがある。 こうして真近に見ると、尚更、その状態が酷く見える。
「 リベット圧着を外し、溶接を含めた全補修が必要だな。 ざっと、1500万ギールか…… いい金額を、見宛てやがったな 」
トラスト号を見上げて呟いていると、後ろから声がした。
「 キャプテンGかね? 」
振り向くと、ヤセた顔に無精ヒゲを生やした、中年の男が立っていた。 作業着に、港湾関係者がよく着ているブルゾンタイプのジャケットを羽織っている。
「 そうだが……? 」
おそらく、ヤミ商人だ。 俺は、気付かないフリをして答えた。
男は言った。
「 頼みたい荷がある。 請けてくれるか? 」
…やはり…!
俺は言った。
「 センターを通さずに依頼すると言う事は、それなりに、ヤバイ荷ってコトだな? 」
「 先方に、早く荷を届けたいだけさ 」
「 荷は、何だ? 」
「 資材だ。 コンテナ35台。 あと、車両7台と、重機2台だ。 検閲を通している余裕が無くてね… 荷の主は、一刻も早く、これら機材を必要としているんだ。 センターを通してたんじゃ、検閲とかで、2週間は余分に掛かっちまうからな。 重機の方は分解して、専用のコンテナに入っている。 合計、38台だ 」
資材…… 武器密輸の、お決まり名目だ。 重機車両も、ミサイルキャリーや戦車の架脚、砲塔部分じゃないのか? 輸送時間の短縮を図る為、とか言っているが、本当のところは、どうだか……
俺は言った。
「 少々、高くつくぜ? 足元を見るつもりは無いが、相場で1クール、80万ギールだ。皇帝軍掌握圏内なら、そのくらいだな。 それ以外の距離だと、亜高速で1日辺り… プラス、8万ギールだ 」
男は答えた。
「 160万ギール出そう。 M―46だ。 アーウィンまで頼む 」
……来た! まんま、だ。 第12番惑星、アーウィン……! 荷は、解放戦線の武器だ。 間違い無い。
男は続けた。
「 受け渡しは、衛星軌道外上空だ。 場合によっては地上になるが、皇帝軍との戦闘地域の為、危険が多い。 先方は、リップル・カンパニーだ 」
リップル社は、銀河系の惑星に有数の不動産を所有する大手企業だ。 解放戦線と、つながりがあるのか……
俺は答えた。
「 分かった、請けよう。 出来れば受け渡しは、上空の方がいい。 …見ての通り、外板が老朽化している。 大気圏航行は遠慮したいね 」
地上だと、民間人に被害が及ぶ可能性もある。 逃げ出すにも、上空の方が、何かと都合が良い。
男は答えた。
「 了解した。 先方には、そう言っておく。 目的地の着日時が分かったら、ここに無線を入れてくれ 」
そう言うと、男は、周波数をメモした紙を差し出した。 ……本来なら、託荷仕様書だ。 それが、こんな紙切れ1枚… ヤバイ匂いが、プンプンする。 こりゃ、シリウスで一掃する前に、解放戦線の連中に口封じの為に、消されるかもしれん。
( ドッチにしろ、俺って… 消される運命にあるのかな? 代役のエンリッヒに、気を付けるよう、言っておかなくては…… )
男は、ジャケットの内ポケットから金を出し、俺に言った。
「 前金の40万ギールだ。 残りは、荷の受け渡しの際、先方が渡してくれる 」
……現ナマの替わりに、鉛玉ってコトは無いだろうな?
俺は言った。
「 その額の前金じゃ、M―46までは行けないな…… せめて80万ギールは欲しいところだ。 ……分かるだろ? 託荷仕様書も無い以上、荷を受け渡しした後、先方が残金を清算してくれるという保証はない。 この商売、信用取引などと言う『 おめでたい 』やり方じゃ、やっていけないんでね…… 実際、受け渡しが不調に終わった場合、荷を回送して来なくちゃならん。 その運送費さ。 …あと、アンタの連絡先を教えてくれ。 俺は、正体の分からないヤツの仕事は請けない。 教えるのがイヤなら、その金は、持って帰ってくれ。 話しも、無しだ 」
男は言った。
「 …最もな説明だな。 いいだろう、80万ギール出そう。 だが、連絡先は、携帯電話の番号だけだ。 それでいいか? 」
「 構わんよ。 クルーが揃わなかったら、出航が遅れる。 そうなったら、連絡先が必要になるからな。 その為さ 」
男は、俺の説明を聞き、納得したようだ。 不足分の金を出しながら答えた。
「 オレの名は、ランス・リドラー。 番号は、8650―22の… 」
先ほど渡されたメモ用紙に、番号を書き込む。
「 分かった、ランス… 荷は、明日、ランチに運んでくれ。 担当はトマスだ。 搬入は、コッチでやる 」
「 頼むぞ、キャプテンG 」
男は、倉庫の方へと立ち去って行った。
……今現在、大規模な戦闘が起こっているM―46星雲。 その、第12番惑星の『 アーウィン 』……
戦闘区域外の辺境地とは言え、皇帝軍・解放戦線軍、両軍が凌ぎを削っているトコに、軍艦ならまだしも、兵装の無い輸送船で行けだと? 死にに行け、と言っているようなモンだぜ…! ったく、とんでもない仕事を請けるハメになっちまった……!
『 M-46には、行くな 』
トマスの声が、脳裏に甦る。
( 忠告を無下にする訳じゃないが… 確かに、行かない方が良さそうだな。 生きて還れる要素が、1つも見当たらん )
俺は、携帯を出すと、ルーゲンスに連絡を入れた。
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