帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~
十条クイナ
序章 そして彼らは集う
第1話 序章0 戯れ
昔も昔。
遙か、遙かに昔のこと。
人も、国も、天空も、大地も、光も、影も無かった気の遠くなる程の大昔。
その渾沌の名を、
混沌盤古は、虚空の海を漂い、眠っていた。
盤古は胎児だった。
そして胎児は夢を見る。
母の胎内で眠る胎児は夢を見る。
己が進化の一生を胎児は夢見る。
夢の中で、盤古は自らを
更に
更に
そして、手狭になった己が宮殿を見て、彼は決意する。
新たな世界の創造を。
彼の頭は五山を成し、五体は大地へ変化する。右目は月に、左目は太陽に、髭は星々となって地上を照らし、吐息は
そして彼から零れ落ちた
そんな幸せな夢を盤古は、遙か太古より見続け、今も尚、眠り続けている。そしてこれから先も、未来永劫、
虚空の胎内を、混沌の
その目覚めの時は、誰にも分からない。
或いは、彼自身か、誰かの気紛れで目を開くのかもしれない。
『
※
所は、
日は古より変わらず玄都を照らし、星々もまた、遍く空の彼方にまで散らばり、七色に天を染め上げる。月はその優し気な光でもって地上を温かく包み込む。
昼であり、夜でもある空は、太陽も月も星辰達をも矛盾なく受け入れ、調和を保っている。
深く、どこまでも落下してしまいそうな底なしの蒼い大空には、無数の
枯れることの無い桃華の果樹園、涸れること無く湧き出す聖水の小川、尽きること無く溢れ出す金や玉石の泉に囲まれた楽園の世界
その都、玄都に住まう聖人、仙人、天女、遍く総ての者は、飢えも、痛みも、恐れも、痛みも、悲しみも無く、そして知ることも無く、その満ち足りた瞬間を、日々を、永遠の
そんな理想郷、玄都の中心にして、その深奥に、楽園の王の住まう宮殿、玉京が鎮座する。
その宮殿へ至る
玉京の門をくぐり、その宏大な庭先に見えるは、
加え、その周りで龍や麒麟、鳳凰といった動物と戯れる宮殿の住人達の姿だった。
庭園を抜けた先には、玉京で最も大きく輝かしく光る宮殿、元始天王の王宮が佇んでいた。そしてその大宮殿の最奥に、玉京の主にして、玄都の王、大羅天の創造主がいた。
彼の周囲を、数多くの仙女や天女が侍り、彼女らは王の世話に
ある者は
またある者達は笛を、
さて、肝心の楽園の主はというと、周り者達を、まるで意に介することなく、安らかに眠り続けていた。
それでも楽園の住人達も、同様にそれを気に留めることも無かった。
大羅天の創造から、今の今まで眠り続けてきた王を、今更わざわざ起こす必要もないだろうと、住人の誰もが思っていた。或いは住人達は、王が目覚めることに言い知れぬ何かを感じていたのかもしれない。
ただ一人の例外を除いて・・・。
※
「やあ、我が主サマ。相も変わらずまぁーーーッたくお代り映えの無いご様子で、ボクは安心したよ。」
突然、宮殿内に響き渡ったのは、陽気で、お
そのような、奇怪な様相の者が、蜃気楼の如くに唐突に現れたにもかかわらず、主の周りに侍る者達はそれに関心を示すことも無く、穏やかな顔で奉仕を続けている。
「ねー主サマ、何か面白いことは無いんですか? 主サマの箱庭にもそろそろ、飽きてきましたよ・・・。」
「・・・・・・」
「またそう言っていつもみたいにボクをはぐらかすんだから。この前なんて、あと少しとか言って結局、数劫も待たされたんですよ。とっくに世界の一つや二つ、創れちゃいますって。」
「・・・・・・」
「そいつ等のお守りにも見飽きましたよ。だーってソコにいる
んもー、頭ん中はカラッポ。真っ白だよ、まーっ白。それも只の白じゃなくて、白痴の白ですよ。」
荘厳で、壮麗な宮殿内には全くと言っていい程相応しくない、聞く者を不快にさせる口汚い罵りの言葉だった。
それでも主の周りの天女や仙人の誰もが、僅かの怒気すらも見せない。
まるで耳に言葉が入り込んでいないかのように。
「まったく、これだからコイツらは詰まんないんですよ。そう思いません?」
「・・・・・・」
「ですよねぇ。さすがボクの主サマ、話がわかりますねえ。」
傍から見れば、揺蕩う獣が独り言を呟いているとしか見えない状況だった。
この独り芝居のような光景がしばらく続いていた。
だが突如、不意に獣が視線を主から離す。
同時に、獣の前で横たわり眠る者が・・・、崑崙の王が一瞬だけ反応をみせた。
その瞬間。
楽園に亀裂が走った。
創世の荘厳な調べは旋律が致命的に狂い、終末の痴れた音色へ堕ちた。
日輪の後光に煌めいていた黄金の大宮殿は、赤黒く不気味に脈動する肉塊と、唾棄すべき汚物が合わさったような塊へと変貌した。
優雅で秀麗な美貌を持っていた宮殿の住人の誰もが、悍ましい肉腫と、不気味に蠢く触手に覆われた醜悪な様相へと変容した。ソレらは変容後も変わらず、口とも言えぬ
楽園は見る影も無かった。
太古より王と共に在り続けて来た楽園の終末。
「主サマもお気付きになりましたか。」
恐ろしい崩壊にもまるで気を止めず、今までの軽快な調子で、獣は主を称賛した。
「何時の時代で、何処の国で、一体、誰ともわかりませんが、呼ばれていることは確かですね。」
「・・・・・・」
「もちろん、わざわざ呼んでくれたのですから、喜んで召喚に応えようと思います。」
「・・・・・・」
「え、応じた先で何をするか、ですか?
そーんなこと分かり切ってるじゃないですか。お遊びですよ、お遊び。」
「・・・・・・」
「主サマったら、またまた御冗談を。そんなこと毛程も心配していないでしょうに。というか、そんな頭もないくせにー。」
「・・・・・・」
「いいえ、わざわざ主サマが出張ることもありません。それに、そんなことをされたら直ぐに終わってしまうでしょう?
だ・か・ら・・・、ここでゆーーっくり見ていてください。いやはや、これで
黒い獣は無垢な少年のように心を躍らせ、純粋な少女のように想いを馳せる。
これから訪れるであろう、燃えるような、恋い焦がれる日々に。
そして口無き口を歪ませ、口無き口から声を漏らして狂笑した。
そして、
「あ、それと、」
ふと思い出したように、獣は一言。
「夢・・・、覚めかかってますよ。」
「・・・・・・」
※
気が付くと、全てが戻っていた。荘厳な調べが響き渡り、黄金の宮殿が煌めき、楽園の住人達は、元通りの白痴の笑みを浮かべていた。
揺蕩う獣は既に、霞となって消え去っていた。
侍女も終始変わらず、王を慰める。
再び、王、元始天王は深い眠りに入る。
※
黒い獣は、駆け抜ける。
その
黒い獣は、駆け抜ける。
その
黒い獣は、駆け抜ける。
その鼻孔の無い鼻で、己の好物を嗅ぎ付けた。
※
崑崙山の西方に、ある一頭の獣がいた。
不可思議で、生き物と呼べるのかさえも、定かではない奇怪極まる異様な獣であった。
その全身は長く黒い体毛に覆われており、まるで犬を思わせるような四足獣の姿をしていた。
或いは、獰猛で恐ろしい大熊にも似た姿もしていたが、肝心のその手足には爪が無く、のっそりとしていた。
その腹の中はまったくの
唯一その中にある腸も、真っ直ぐに伸びた竹のように、空っぽの暗い
その両目に移る光は無く、その両耳へ入る音も無い。
それ故、前へと歩くことが出来ず、常に己の尾を咥えて、円環の如くに只ひたすらその場を回り続け、只ひたすらに
だがそれでいてその獣は、人間の気配には敏感に反応するのだ。
清らかで正しき心を持つ者が近付けば、獣は彼に襲い掛かり、その顔に汚泥をなすり付ける。
邪で悪しき心を持つ者が近付けば、獣は彼に首を垂れて傅き、その背に付き従う。
正義を嫌悪し、
故に天は、この獣を指して、
『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます