第38話 序章6の5 慟哭 "Lament"

「ジュウゾウ、怪我は大丈夫か。」


「こんなもの、掠り傷に過ぎん。お前こそ、腹から血が出てるが大丈夫なのか。」


「ああ、運良くほんの表面だけで済んだようだ。」


 二人は互いの無事を確かめ合った。

 ボクは周りが落ち着いた時を見計らって、身を隠していたクローゼットの中から出る。

 そこに、


「おい、アマネ。足下には気を付けろ。血は滑り易いからな。

 それと、あまり床の上のモノは見ない方が良いぞ。」


 祖父からの忠言があった。

 なかなかに難しいことを言っていたが、その忠告に素直に従った。

 ボクらを襲ってきた者達で少なからず憎く思う気持ちはあったが、死体を見ていて良い気分になど成らないからだ。

それに寧ろ、こんな凄惨な光景に出くわして胃の中身を逆流させないだけでもまだマシだった。

 突然の異常事態と命の危機に遭遇して、感覚がまだ麻痺しているのだろう。

 言われた通り、肉片や血溜まりを踏まぬよう足元に注意しつつ、辺りに転がる死体を直視しないように、ゆっくり一歩ずつ歩を進めた。


「じいちゃんッ!」


 祖父の傍まで来ると、思わず彼の胸元へ飛び込んでいた。


「どうやらアマネも何ともないようじゃな。」


 へしがみ付くボクの頭を、祖父はその大きく皺だらけの手で優しく撫でてくれた。

 今までのひりつくような緊張感から解き放たれると、それと打って代わり、ボクの身体中を心地よい安心感が包み込んだ。

 そして心に余裕が生まれたことにより、一つの疑問も浮かび上がって来た。


「ヘンリーおじさんは、どうしてここに?」


「ああ、それは前にジュウゾウと取り交わした約束があったからな。」


「約束?」


「ワシの身に何かがあったら、アマネのことを頼む、という約束じゃ。」


 2人の顔を交互に見る。ボクの知らないうちに、彼らはそんな取り決めを交わしていたらしい。


「ダンバースに行って以降、儂が色々と調べたりしていくうちに何か漠然とした違和感というか、不穏な感覚に囚われることが時々あってな。

 それで万が一に、ワシに何かが起こった時のことを想定ておいたのじゃ。」


「そして、あの大火災だ。」


 アーミテッジは、窓の外を一瞥する。


「大学からでも火の手が見えるほどの規模だ。どう考えても只の火事なんかではない、と。それで、必死に急いでここまで来たら、こんな有り様だ。

 まあそれでも、こうして間に合ったというか、二人が無事でいてくれたのは幸いだったがな。」


 そう言って彼は肩を竦めた。


「いずれにせよ、お前さんのお陰でこうして助かったのじゃ。だから礼を言わねばならぬな。」


「取り敢えず礼は後にして、今は早くここから出ることを先にしよう。あれだけの大火なら、いずれ近い内に、この家まで火の手が来るだろうからな。」


 その後、祖父は書斎の机の上にあったランタンに火を付けた。

 淡い光が書斎の中に満ちる。

 祖父は本棚を漁っていた。

 どうやらこれまで収集した本うちの、数冊を持って行こうとしているらしい。

 そして、それをボクに持たせると、彼はランタンを持ち出し、今度はその辺に転がる亡骸へと近付いた。


「はてさて、一体こやつらは何者じゃったのか。ヘンリー、お前さんは何ぞ知らんかのう?」」


 祖父が手にしたランタンの光を、足下に転がるモノへ向けた。

 ボクは即座にバッ、とソレから目を逸らす。


「あいにくだが、ピンと来るものは無いな。と言うか、そもそもの心当たりが多過ぎる。」


「まあ、そうじゃろうな。」


 二人はため息を吐いた。

 

「こやつらの身なりから、どこぞのカルトだってことまではわかるんじゃが、問題は・・・、」


「この町を中心としたこの地一帯に、こうしたカルト集団が雑多ざった跳梁跋扈ちょうりょうばっこしていることだな。」


 かつてこの地で起きた忌まわしき魔女裁判の時からか、或いは開拓使と先住民との間の戦争の頃からか、はたまた、独立戦争が勃発した頃からか。

 華やかな歴史の表舞台の影で幾度となく繰り返された人間同士の血生臭く、欲望や暴力に塗れた争いは、その後の何世紀にも渡ってこの土地に影を落として来た。

 そんな人間の心の闇を具現化するかのようにソレらが生まれた。

 

 彼らが一体何を信仰しているのかは、分からない。各地に横溢おういつするカルト集団が、それぞれの神を崇め奉り、その加護や恩恵を授かることを至上の目的としているらしい、とだけは唯一、周囲の人間は認識していた。

 ただいずれの集団にも共通して、不可解な戒律や祈祷文、およそ耳にすることもはばかられるようなおぞましい神の名、そのどれを取っても、まともな精神状態でいることなど不可能としか思えない様相を呈していた。

  

「いずれの時代に於いても決して変わらず在り続ける、と言うのも考えものじゃな。」


 誰に言うでもなく、祖父は呟いた。


「まあいい、そろそろここを離れるぞ。また何時、こやつらみたいな連中が来るか知れたもんじゃないからな。」


 そう言って書斎を軽く見渡した後に、ボクにランタンを預けた。

 彼の脇には縄で括られた何冊かの本が抱えられている。

 そして灯りを持ったボクを先頭にして、皆で書斎から出ようとした。

 その時だった。


 ズルリ、ボクらの背後から何かを引き摺るような、何かが這うような音が聞こえた。

 同時にボクらは振り返る。

 祖父は腰の刀に手を添え、アーミテッジは銃を取り出し、ボクは音のした方へ光を向けた。

 光の先には、1人の、あの漆黒のローブを纏った者が立っていた。

 

「ヒッ!」


 無意識に呻き声を上げてしまった。

 再びあの恐怖が全身から滲み出し、侵食していくのを感じた。

 祖父は僕に抱えていた本を強引に持たせた。


「はて、おかしいのう。立ち上がって来れるようなぬるい斬り方はしてない筈じゃがな。」


 祖父はそう言いつつも、油断無く相手の様子を観察していた。

 アーミテッジも銃口を真っ直ぐにソレへ向ける。


「まあ良い、次こそキッチリと引導を渡してやろう。苦しまぬよう一息にな。それがせめてもの情けじゃ。」


 そう言って祖父は一歩目を踏み出した。


 その瞬間、ベチャリ・・・、と。

 湿った音が響いた。

 それと同時に向こうに見えるローブの男の姿影シルエットが不可思議な変化を遂げた。

 男の上半身が、バランスを崩した達磨だるま落としの如くに腰の上を滑り、床へと落下してしまった。

 だがしかし、腰から上を失ってしまったにも拘らず、ソレは2本の脚で直立し続けていたのだった。


 更に異常は続いた。

 直立する下半身の切断面がうごめく。

 するとそこから木の枝のようにふしくれ立ち、甲殻類の外殻を思わせる硬質と光沢を帯び、軟体動物の触腕の如き艶めかしさで蠢く、不快で、不可解で、恐ろしい、冒涜的な触手が何本も伸びて来た。

 ギチギチと、木材の軋む音と金属が軋む音が混ざり合ったような奇怪な音を鳴らし、その版図はんとを拡げるかのように触手は動き回る。

 或いは、触手同士が複雑に絡み合って、苗床と化した元の身体へと纏わり着き、やがては、歪で醜悪な蜘蛛の巣のような網状の組織を幾つも形成していった。

 その肉の格子の中では剥き出しの臓器が大きく脈動を刻んでいた。


 そしてソレは、この下半身だけでは終わらなかった。

 床に転がる他の死体や切断された手足なども、共鳴するかのように蠢き始めたのだった。

 その切断された箇所からだけに留まらず、目や鼻や口といった穴という穴から、果てには内側から肉を裂き、皮膚を突き破りながら無数の触手が生える。

 一本一本が異なる生物であるかのように、それぞれの触手が無規律に動き回っていた。

 こうしてほんのつい先程まで物言わぬ死体だった彼らは、奇跡の復活を遂げたのだ。

 神聖で尊崇そんすうすべきしゅ御業みわざとは程遠い、邪悪で唾棄すべき悪魔の所業だった。


「・・・。」


 言葉が出てこなかった

 目の前の現実に思考が追いつかない。いや、理解しするのを脳が拒んでいた。

 だがそれでも一つ確実に言えることは、コレが僕らの世界に存在して良いものである筈がない、ということだった。

 隣に立つアーミテッジも、ボクと同様に眼前で展開される悪夢めいた光景に絶句し、その場に凍り付いていた。

 銃を握る腕は震え、彼の表情には驚愕と恐怖が張り付いている。



「まったく、仕える主人はもっと考えてから選ぶべきじゃろうが・・・。そんなナリじゃ、永遠の安息なんぞ、もはや一生訪れんだろうに。」


 そんな中でも祖父は軽口を叩いていた。

 彼の生来の胆力の為せる業か。

 かつて過去に、怪異に遭遇したことが有るからか。

 異形の化物を前にして、彼だけはまともに動けるようだった。


「じゃが・・・、流石にこいつはヤバいのう。ワシの手にも負えんくなってしもうたわ。」


 しかしそんな祖父でも、表情には焦りの色がハッキリと浮かんでいた。


 そして遂にソレは動き出した。

 ソレから生える触手と、床に転がる己が身体から生えた触手とが融合し、再び上半身を取り戻していた。だが、元の人間だった時の頭部はソレの身体の何処かへ追いやられ、頭に当たる位置に、あの内部に鼓動する内臓を宿した網状の組織が取って替わるように存在していた。


「"Mement homo.・・ Petite et dabitur ・・・ tibi quaerite et invenietis."」


 声を発する器官がその頭部には存在しないにも拘らず、確かにソレは言葉を発した。

そして、緩慢な動きでソレは異様に肥大化した右腕を振り上げる。その腕も、他のローブの死体とソレの右腕が結合して形作られたものだった。


「避けろッ!!」


 祖父は叫んだ。

 ハッとしたアーミテッジは即座に、その場から退いた。

 一瞬反応が遅れたボクは、祖父に身体を抱えられながら、跳んだ。

 持っていたランタンが手を離れ、空中を舞う。

 その直後、轟音が響き渡った。

 そしてランタンが床へ落下し、砕けた拍子に灯油が漏れ出し、引火した。

 直ぐにボクらが立っていた所を見ると、そこには大きな穴が空けられており、一階まで貫通していた。

 その破壊力に背筋が寒くなる。

 あれをまともに喰らえば、瞬時に肉塊へと成り果てる。そう確信させるほどの恐ろしい一撃だった。

 そして例え、それを躱したとしても安心などできないことも。

 ソレは、床から腕を引き抜くと、再び振り上げた。更に今度は、その構えは縦ではなく、横へ振り抜くような体勢だった。

 血の気が引く。

 未だにボクらは立ち上がっておらず、あの腕を回避できるような状態ではなかった。

 そして無情にもその剛腕は、ボクらに向かって振るわれるのだった。だがその瞬間、数発の銃声が鳴り響く。それと同時にソレは体勢を崩すと迫り来る腕は僕らの上を通過し、天井へ突き刺さった。


「今のうちだ。早く下へ行くぞッ!」


 アーミテッジは上から落下する木材の破片を防ぎながら、階段へと走った。

 彼に続きボクが、その後ろを祖父が階段を駆け下りた。

 ボクらが階下の部屋へ降りた直後に、同じ階の何処かで、何か大きなものが落ちたような音がした。


「どうやらヤツは、己が空けた大穴から下へ降りてきたようじゃ。」


「そのようだな。アイツが何らかの言葉を発していた時から薄々と感じてはいたが、化物に変化したとはいえ、それなりの知能を持っているようだ。」


「それにどういった原理かは知らんが、目も耳ももっておらんくせに、ヤツは視覚も聴覚も持ち合わせておるようじゃしな。」


 二人は部屋に付いている窓をチラリと見た。

 おそらく彼らは窓から外へ脱出することを考えたのであろう。だが、アレが知覚機能を有するならば、間違い無く窓を開ける音に反応してやって来るはずだ。そうなるとアレに追われる形になる。

 一見、アレの動きは重鈍なように感じられたが、あの無数の触手が存在する以上、当てにはならない。


「考えていても埒が明かん。こうしてる間にもアイツはこっちに迫っている。」


 アーミテッジの言葉を肯定するように、ヒタヒタと、アレの足音がボクらに近付いてきているのがハッキリと聞こえた。


 そしてアレの侵略はそれだけに留まらない。

 あの触手が、階段の上から、ドアの向こう側から、床や壁、天井の表面を這い回り、枝分かれした細い触手が根を張りながら、ボクらの居る室内を侵食し始めた。


「まずいッ!とにかく窓から飛び出るぞ。」


 そう叫んだ祖父は、近くにあった窓に、刀を鞘ごと叩き付けて窓ガラスと十字格子を破壊し、活路を作った。

 そこからボクらは必死の思いで飛び出した。

 数時間前まで丘の下に見えていたセイラムの火の海が、もはや眼前にまで押し寄せていた。

 熱気の余波がここまで流れ込んでおり、肌が焼けるような熱風が吹き込んでくる。

 そして背後を振り返り、ボクらは絶句した。


 家のあちこちからあの触手が付き出し、蠢いていた。

 家のあちこちにあの網状の体組織が形成され、不気味に脈動していた。


 そして遂に、家のあちこちが動き出した。

 家そのものが動き出したのだ。


 花弁が開き、開花するように。

 大木を思わせる数本の巨大な触手が、家の側面や屋根、床下を突き破って、その顔を覗かせた。

 木材や石材、煉瓦といった、かつて家を構成したものが、いまや新たに巨大な触手の一部として生まれ変わっていた。

 ベッドが、書斎の本棚が、机が、リビングのテーブルが、クローゼットが。

 その触手の中で混ざり合っていた。

 人間だけでなく、家までもが、アレに喰われ、取り込まれてしまったのだ。


 そこにあったはずのボクの生まれ育った家の面影は、跡形も無く飲み込まれた。

 そこにあるのは貪欲に全てを貪り尽さんとする、巨大な蜘蛛や蛸を想像させる異形の怪物だった。


「向こうに私の車がある。とにかくそこまで走れッ!」


 そう叫んだアーミテッジと共に僕も駆け出す。だが、そこに祖父の姿は無かった。急いで振り返ると、数メートル後方で祖父がその場に立っていた。


「何してんのじいちゃん!速く、走って・・・、」


 そこで、ハッと気が付いた。

 薄暗い家の中では分からなかったが、炎に照らされた今ならハッキリと見て取れた。

 祖父の左足には幾つもの木の板や棒が突き刺さっていた。その足からは血が流れ出ており、その向きも不自然な方向を向いていた。

 走るのは勿論、明らかに立っていることも難しい怪我を追っていた。

 それを彼は、刀を杖代わりにして何とか立っているといった様子だった。


「おい、ヘンリー。」


 落ち着いた声だった。


「ワシとの約束は覚えておるか。」


「ああ。」


「なら良い。それともう一つ、頼んでも良いか?」


「何だ。」


「お前さんの車をくれ。アレの始末を付けにゃならんからな。

 ああ心配はするな、片足をやられちまったが、流石にまだワシの方が、アレよりは速く動ける。」


 そう言って未だに背後でのたくっている怪物を一瞥した。


「だが、儂らがこのままアレを放置して逃げ出そうものなら間違い無く、アレは何処までもワシらを追って来るじゃろう。

 それこそ地の果てまでも、そしてもはや想像も及ばない程の姿となって。」


「そう・・・だろうな。」


 アーミテッジは苦々しい表情を浮かべた。


「だから今、アレを滅ぼさねばならん。今ならまだソレが可能だ。車ごとアレに突っ込み、そのまま後ろの火に叩き落す。それしかないだろう。」


 怪物の背後にある炎の壁を見た。


「それに・・・、」


 そう言って祖父は、ボクが抱えている本の束を指差す。


「どうやらアレは、ワシが蒔いた種から出た芽のようじゃからな。だったらソレを刈り取るのが筋、ってもんじゃろう。」


 アーミテッジは数秒考え込んだのちに、車の鍵を投げ渡した。


「ありがとう。」


 祖父はその鍵を受け取った。


「運転は出来るか?」


「ああ・・・、両手と片足が使えるなら十分釣りが来る。」


 そして、祖父は僕の方を見た。


「アマネ、すまなかったな。ワシのせいでお前に怖い思いをさせてしまった。こんなワシのことを許してくれとは言わんよ。」


「ねえッ、何言ってんだよ、じいちゃん!」


 視界が霞む。涙が溢れ、止まらない。

 これが今生の別れだということは、幼い僕でもハッキリと理解できた。


「そんな気味の悪い本なんぞ、捨ててしまって良い。」


 やめてッ!、そんな言葉聞きたくない。


「じゃが安心せい。アマネを怖がらせる奴は、このワシがキッチリと型に嵌めちゃる。お前は何の心配もせんで良い。」


「じいちゃんッ! ねえ、じい・・・、ジジイッ!

 いつもみたいな無駄な元気はどうしたんだよッ! 全然ジジイらしくないよ!」


 嫌だッ!、嫌だッ!。

 そんなこと言わないで。お願いだから、ボクと一緒に逃げて。


「ジジイも一緒に逃げればいいだけじゃんッ!

 あんまりボケたこといってんじゃねえよッ!

 ・・・ねえ、お願いだから、そんな顔しないでよ。」


 僕の必死の叫び。だけど・・・、


「やれやれ、お前と言う奴は・・・。相変わらず口が悪い奴じゃのう。

 そんなんじゃこの先苦労するぞ。」


 祖父は、寂しそうに、そして困ったように苦笑を浮かべていた。


「ヘンリー、後のことは頼んだ。」


 祖父は、アーミテッジの肩をポン、と叩くと、そのまま左足を引き摺りながら車へと向かった。


 僕はただひたすらに俯き、むせいていた。

 アーミテッジは僕の手を引き、歩き出した。

 そして僕は何の抵抗もせずに、その手に引かれるがままに付いて行く。



 祖父が死ぬ。

 祖父ともう二度と会えなくなる。

 己の中で渦巻く悲しみの感情の儘にアーミテッジの手を振り解き、祖父にしがみ付き、駄々をねて彼の決心をじ曲げてしまいたかった。


 だが、僕にはそれが出来なかった。

 僕の中の悲しみの渦を、恐怖という大波がき消してしまったのだ。


 もし祖父がボクの願いを聞き入れ、共にこの場から逃亡したらならば・・・。

 アレが、あの見るも悍ましい怪物が、これから常にボクに付き纏うことになる。

 常にその影に怯えながら過ごすことになる。

 そしてあの冒涜的な触手に取り込まれ、アレの一部となってしまうかもしてない未来。


 ソレを想像してしまうと、恐怖が、畏怖いふが、僕の心を縛り上げるのだ。

 ”祖父を助けたい”、という思いよりも、”己が助かりたい”、という思いが心を染め上げてしまうのだ。


 そんな保身が、臆病が、只々恨めしかった。

 そして悲しかった。

 だがそれでも僕はアレが怖かった。恐ろしかった。

 心に渦巻く悲しみと恐怖に、僕は咽び泣くしかなかった。

 手を引かれるがままに付いて行くことしか出来なかった。


 強烈な唸りを上げるエンジン音。

 その後に続く、何かが激しく衝突する轟音ごうおん

 後ろを振り返るが、あの丘の上に存在するモノは何も無い。

 祖父も、車も、そしてあの怪物も・・・。


 丘の影では未だ衰えを知らぬ炎が、音を上げて燃え盛っていた。 

 僕とアーミテッジ教授は、光り輝く町を背に、闇の中へ向かって歩き続けた。

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