第24話 序章4の8 トーテンベヴェグング
ドイツの中心から、やや北西に位置する都市パーダーボルン。
そのパーダーボルン南部郊外の小さな村に、ヴェヴェルスブルグという名の古城があった。
およそ10世紀頃にこの城は建造されたも、長らく歴史の表舞台に現れることはなく、この小さな寒村の
だがしかし近年になって、ヴェヴェルスブルグ城へ出入りする人間が現れ始めた。そしてその顔触れも、只の一般人などでは無かった。
ハインリヒ・ヒムラーを筆頭に、エーリヒ・シュプリング、ベルンハルト・フランク、カール・ヴォルフ、ラインハルト・ハイドリヒ、といった、”
だがしかし、それを知る周囲の人間の反応は比較的冷ややかなものであり、或いは侮蔑交じりの視線を向ける者すらいた。そして、
『ああ、またヒムラーの、オカルト趣味の道楽の一環なのだろうな。』
と、誰もが呆れや嘲笑交じりの噂をし合った。
ヒムラーのオカルトに対する並大抵では無い傾倒ぶりは、ドイツ国内はもちろん周辺の国家でも有名となっていた。
党員の中でさえも、『政治家崩れのオカルティスト』と陰口を囁かれていた。
故に今回のヴェヴェルスブルグ城への出入りも、
『どうせオカルトかぶれのごっこ遊びなのだろう。』
と、誰もが大した関心を懐いていなかった。
そんな周囲の
なぜならば、ヒムラーが手を出してものは、種も仕掛けも無い、正真正銘の神秘だったからだ。ヒムラーもまた、そうした世間の風聞を巧妙に利用することで、その実態を煙に巻いていた。
そうしてドイツの片田舎の
※
1932年1月。
窓の外には白銀の世界が一面に広がっていた。
森も、野原も、街道も、家々の屋根も、雪が覆い被さり、ヴェヴェルスブルグ城の近くを流れるアルメ川も厚く冷たい氷の下に閉ざされていた。
ドイツの冬は厳しい。
外を行く者も、城の中を歩く者も、皆等しく真っ白な息を吐いていた。
そんな城内のある一室、窓一枚隔てた外の世界とは対照的にその部屋の中は暖かく快適だった。
暖炉の中では煌々と炎が燃え上がり、外へと突き出た煙突はモクモクと黒煙を吐き出している。
「留学ですか・・・?」
「そう。
事務机に座るハインリヒ・ヒムラーは、目の前に並ぶ3人の生徒たちに告げた。
すると1人の生徒が進み出ると、
「留学自体には異論はありませんが、何故わざわざ極東の島国を選ばれたのですか?」
彼らが思っていた疑問を口にした。
「確かに日本はアジア諸国おいて唯一の近代国家ではあります。
ですが所詮は欧州の後追いに過ぎない国家ではないでしょうか?」
そう語る言葉には、あからさまな不信感や不満が見て取れた。
明け透けに言ってのける彼女に対し、ヒムラーは、『クックッ・・・、』と笑いを
「君の気持は分からないでもないよ、アーデルハイト君。だがそれは少し偏見に過ぎるというものだ。」
彼女を
「まあ確かに君の言う通り、日本はたかだか数十年程度の新興の近代国家ではある。
だが、こと
ヒムラーが彼女らの疑問へ答えるも、ハイジが懐いた疑念は、そう簡単に晴れることは無かった。
「やれやれ・・・。ともかく、先ず詳しい話は彼女から聞いてほしい。」
苦笑を浮かべながら彼は、側に控えているカーラ・マリア・ヴァイストールに先を促した。
その言葉を引き継いだカーラ・マリアは、3人に向き直る。そして
「日本は言うなればアジアの底、ひいては世界の底と言える国です。」
彼女は語り始めた。
※
中東、インド、中華、或いは東南アジアの各地で多種多様な文明が勃興した。
そうした文明は、
だがそうした文化や文明は、
何故ならば、日本より東方には広大な海洋が広がるだけで、何も存在しなかったからだ。
そうして底へと行き付いた各地の多種多様な知識、技術、宗教、は行き先も無く揺蕩い、互いに混ざり合っていく。
そうした極東の底という地理に位置する日本は、いわば文化の坩堝と言えた。
神道が元々日本に古くから存在した最も大きな日本固有の宗教である。
そこに仏教、儒教、易経、道教、
不可思議なことに、それらの数多の宗教は、互いに争い合うようなことも無く、適度な交流と、器用な均衡を保って共存し続けた。
その結果、種々の宗教を取り入れられ、融合した、より実践的な宗教が信仰が誕生していった。
その最たるものが、陰陽道だった。
更には、中世に西洋の文化と技術と共に伝来した全く新しい宗教である
その一方で日本の各地でも、雑多に
時に融合し、時に分離し、されど消滅することなく生き続ける。
そんなキメラの全容を把握することは凡そ不可能であった。
そしてこれは神秘においても同様である、とカーラ・マリアは語った。
「そして、そうした繁雑に横溢する神秘を統制するのが神祇省と呼ばれる国家機関です。」
神祇院、神祇官、神祇省。
時代によってその名は様々に変化してきたが、その使命は創設当初より一貫していた。
その歴史は古く、神祇省は7世紀の後半頃から、時の政府の神事の一切を司る機関として存在し続けて来た。
政府の祭祀の遂行、
これがいわば、神祇省の表向きの役目だった。
そして神祇省の裏の顔にして最も重大な役目が、帝やそのお膝元の都を呪術や
呪術への対策、穢れや憑物の払い、妖怪や怨霊の撃退など、神祇省の裏の役目は多岐にわたる。
神祇省は、いつの時代もあらゆる
各種宗教をはじめ、日本中に広まった
そして新たな呪術の開発、人材の教育、育成。
そういったことを神祇省は、千年以上も前から脈々と受け継ぎ、現際に到るまで行ってきたのだった。
※
「つまりは、今の私達と同様のことを彼らは少なくとも千年以上も前から行っており、その蓄積された知識や経験は、私達を桁違いに凌駕しています。」
そこまで言って、カーラ・マリアは言葉を区切った。
彼女の話を、3人は固唾を飲んで聞き入っていた。
その顔からは、初めの頃にあった猜疑心などは、跡形も無く消し飛んでしまっていた。
「それで君達に行ってもらう所は、その神祇省が設立した
少年少女達の驚愕と好奇満ちた表情に、ヒムラーは口角を釣り上げる。
「ああ、現在では
とにかくだ。
我々が必要な手続きは、もう既にあらかたは完了しており、後は君達の意思次第なわけだが。
さて、諸君等はどう思うかな?」
再びヒムラーは問いを投げ掛けた。
「中々に興味深くはないかな?」
とは言え、最早結果は火を見るよりも明らかだった。
彼らの好奇に輝く目が、彼らの意思を明々と語っていた。
「是非、宜しくお願いします。」
彼らの考えは一致した。
「よろしい。
では改めて、アーデルハイト・フォン・グリンデルヴァルト。」
「はい。」
「レオンハルト・フォン・バイロイト。」
「はい。」
「ストレルガ・リアン・ペトロータ。」
「はい。」
「諸君等に、
詳細は後日追って連絡する故に、しばし待てれよ。
以上、解散だ。」
※
「3人ともおめでとう。」
部屋を後にした3人を待っていたのは、リーザだった。
「ありがとうございます、リーザ先生。
もしかして、ずっとここで待っていたのですか?」
(こんな寒い中で・・・。だとしたら、何か申し訳ないな。)
「いいえ、大丈夫よ。
終わる頃を見計らってここに来ました。」
そんなレオンの心配を見透かしたかのように、リーザは答えた。
「リーザ先生ぇ~。」
ストレルガは、勢いよくリーザの胸に飛び込んだ。
「先生のおかげで・・・、わたしも・・・、わたしもぉ・・・。」
その胸に顔を埋め、泣いてるのか、喜んでるのかよくわからない声を上げていた。
「よしよし、ステラもよく頑張ったね。」
リーザは、優しくその頭を撫でていた。
「お母さま、私は行って参ります。
そして必ず、お母さまにも劣らぬ魔術師になって再びこの国に帰ってきます。」
「ハイジ・・・。」
ハイジの淡々とした、しかし有無を言わせぬ力の籠った言葉に、リーザは言葉に詰まってしまった。
「あまり・・・、あまり無理をしないようにね。」
何とか紡いだリーザの思いを、
「ご心配痛み入ります。
ですが私には、無理を通してでも成したいことがあります。」
ハイジは一蹴した。
それ以上二人は、言葉を交わすことは無かった。
リーザに抱き着いていたステラも、不安そうに交互に二人の顔を見る。
ハイジは一人踵を返し、歩き去って行く。
「リーザさん。ハイジが無茶をしないよう僕が見張りますので、どうかご心配無く。」
レオンは一礼した後に、廊下の角へと消えて行った彼女の後を追った。
そして、ステラも居ずまいを正し、
「リーザ先生・・・、行って参ります。」
彼女らのあとを追った。
一人残されたリーザの脳裏に浮かんだのは、あの時の光景だった。
(あの時の・・・、あの時の決断は、ヒムラーとカーラ・マリアの
ハイジにとって、私達にとって・・・、)
果たして己が前にもたらされたものは、神の天啓だったのか、悪魔の契約だったのか。
6年以上経った今でも、リーザには分からなかった。
※
「流石はあの伝説の
「ええ。とは言え、あの子はまだまだ未熟も良いところですよ。
その為に、今回のことを進めて来たのですから。」
部屋の中には、未だヒムラーとカーラ・マリアの2人が残っていた。
「はは、それは手厳しいな。まあ、当人から見れば無理もないことなのだろうが。」
「あら、そんな昔の戯言を信じていらっしゃったのですか?」
「君と出会った頃は、僕も信じてなどいなかったさ。
だが数年に渡って君の手腕を見て来た者からすれば、或いは真実なのかもしれないと思えてくるよ。
少なくとも、並の魔術師でないことだけは理解できる。」
「お褒めに預かり光栄ですわ。」
カーラ・マリアはにっこりと笑い、うやうやしく目を伏せた。
その時、扉が外から叩かれた。
その後に、
「失礼いたします、ヒムラー長官閣下。」
という声が聞こえた。
「入り給え。」
ヒムラーが促すと扉は静かに開き、一人の男が姿を現した。
そこにいたのは180cmはゆうに超える長身に、眩いばかりに輝く黄金色の髪、蒼玉の如くに透き通った碧眼を携えた
彼はヒムラーが座る事務机まで真っ直ぐに歩み寄り、
「ご所望の書類、品物を揃えて参りました。」
そう言って、それらを差し出した。
ヒムラーは受け取り、ざっと書類に目を通すと満足げに笑う。
「任務ご苦労であった、ラインハルト・ハイドリヒ中佐。
手早くも堅実で、丁寧な仕事・・・、君のような優秀な人材こそが我らが党の宝だな。」
「勿体なきお言葉です。」
ラインハルトは、礼儀正しく目礼をした。その表情は全く微動だにせず、一切の感情を読み取ることは出来ない。
彼は再び頭を上げると、
「それではヒムラー長官閣下、ヴァイストール殿、これにて失礼します。」
とただそれだけを告げると、さっさと部屋から退出してしまった。
その姿に、二人は苦笑した。
「ふふ、彼は相変わらずですね。」
「彼は非常に優秀なのだが、堅物なところが玉に瑕だな。」
再び、手元に残された資料に両者は目を通す。
「いよいよ更に忙しくなるぞ・・・。
この魔術学校の設立も、我々の大いなる計画の一歩目に過ぎないのだから。
これからも存分にその力を振るってほしい。」
「ええ、どこまでも付いて行きます。」
※
この年の7月。
国会選挙において、
そして髑髏の帝国は胎動する。
生者を
己が生まれるその瞬間を、今か今かと待ち続ける。
◆
序章4 終わり
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