第23話 序章4の7 ミットヴィッセリン

「やあ、ハイジ。」


 声の方へ顔を向けると、そこにレオンがいた。


「どうしたんだい?ひとりで庭にいるなんて珍しいね。」


「今、お父さまとお母さまにお客さんが来ててね。」


「ああ、そういうことか。」


 レオンは庭の外に停まっている自動車へと目をやった。


「それで僕の両親もいなかったのか。」


「だから仕方なく一人で魔法の練習をしていたの。」


「それはまた・・・、随分と退屈だったんじゃないか。」


「うん・・・。流石にもう、独りでやるのは飽きて来たわ。」


「だろうね。それじゃあ早速、僕も混ぜてもらっていいかな。」


「うんッ! ありがとう。」


 そうして新たにレオンも加わって、二人は再び練習を始めた。

 

    ※


「少し・・・、休憩をいれようか。」


「うん、賛成。少し疲れて来たわ。」


 二人は息を切らせながら、その場にへたり込む。


「どのくらいやってたのかしら?」


「だいたい、1時間くらいじゃないかな。」


「もうそんなに経ったんだ。」


 ハーハー、と肩で息をする二人は屋敷の方を向く。

 ちょうどその時に玄関の扉が開くと、中から女中のサラが出て来た。

 その手にはティーポットとカップがある。


「レオンさん、お嬢さま、お疲れ様です。」


 サラはカップへと優雅にお茶を注ぐと二人に手渡した。


「ありがとう、サラさん。」


 二人はすぐさまそれを飲み干した。

 キンキンに冷えた紅茶が喉の渇きを潤し、火照った身体の隅々へと浸み渡っていった。


「ご馳走様でした。やっぱりサラさんの入れるお茶はおいしいです。」


「でも流石だね。本当に丁度良い時に来てくれるんだから。」


「メイドして当然のことをしたまでですよ。

 それにお嬢さま方とのお付き合いも、もう数年になりますので多少は理解しているつもりです。」


 サラは、フフっと微笑えみ、ハイジから空いたカップを丁寧に受け取った。


「ねえ、サラさん。あのお客さんはいつ頃から来てたんですか。」


 レオンは屋敷の窓の一角を見た。そこの窓だけがカーテンを引かれていた。


「ええと、だいたい10時頃にお見えになられ、それ以降ずっとあの応接室に入ったきりです。」


「それじゃあ4時間もずっと、ああしてお父さま達は話し合っているんですか。」


 どこか感心したように、ハイジは驚いた。


「どのような用件でいらしたんですか?」


「すみません、私も詳しくは存じ上げてはおりません。

 ただ、それなりに難航していらっしゃるような雰囲気は扉越しに感じられました。」


 そう言って、案じるような視線をかの窓へとサラは向けた。

 それにつられ、ハイジとレオンもその方向に目をやった。

 その時、


「教えて差し上げましょうか。」


 三人の背後からそんな声が聞こえた。

 唐突な不意打ちに、即座に三人はその声の方へと振り返った。

 一人の女性がそこに佇んでいた。


 リーザと同じくらいか、少し年上ぐらいの比較的若い女性だった。その身長は高く、170cmはゆうに超えていると思われた。

 スラリと高く均整の取れた身体に、腰の辺りまで届こうかという赤茶色の髪。

 そしてその容姿は、同性であるハイジやサラでさえ思わずドキリとする程に魅惑的だった。


「あ、カーラさん。今までどちらへ?」


 サラが困惑した表情で尋ねた。


「ええ、少し村の方まで。

 懐かしい空気に誘われて、気の向くままに歩いておりました。

 ですが、その帰りに少し道を誤ってしまいまして。」


 彼女は、ゆっくりとした優雅な足取りで近付いてきた。

 見知らぬ者の突然の出現に、ハイジとレオンは緊張し、困惑していた。


「あの・・・、サラさん。この人は?」


 思わず、ハイジはサラへと助け船を求める。


「そちらの方はカーラ様と言いまして、今日いらしたお客様です。」


 そして目前まで来た彼女は、二人の目線よりも僅かに低くなるようにしゃがむと、


「はじめまして、アーデルハイトさん、レオンハルトさん。」


 優しく二人の手を握った。


「ご紹介に預かりました通り、私の名は、カーラ。

 カーラ・マリア・ヴァイストールと申します。

 本日は御両親とお話がしたく思い、そして何よりあなた方お二人とお友達になりたく思い、参りました。」


    ※


「と言うことは、カーラさんも魔術師なのですか?」


 ハイジとレオン、サラの三人は、カーラがここに来た理由や、彼女らが成そうとしている目的などの一通りを聞いた。


「ええまあ・・・。大したことはございませんが。」


 レオンの問いに苦笑交じりに答え、人差し指を立てる。

 その指先からは小さな炎が現れた。

 その炎がいきなり大きく燃え上がると、一瞬のうちに鳥の形へと姿を変え、そして指先から離れて宙を舞った。

 ハイジもレオンも、そして当然サラにとってもそれは初めて見るものだった。


「すごいですね、これが魔法ですか。」


 サラは心から感嘆し、その火の鳥に釘付けになっていた。


「そうですよカーラさん、すごいじゃないですか。私もこんなの初めて見ました。」


 ハイジもまた、サラと同じくらいに感心いた。


「方法を知って少し練習すれば、アーデルハイトさんもレオンハルトさんも出来ますよ。

 お二人もやってみますか?」

 

 そんなカーラの提案に、


「うん。やってみたいッ!」


「ぜひ、お願いします。」


 二人は目を輝かせて頷いた。


 そうしてハイジとレオンは、カーラの師事を受けながら、自らが生み出した魔法に形を与えるべく奮闘した。

 初めのうちは思うような形にならなかったり、炎が霧散してしまったりと苦戦していた。

 だがある程度回数を重ねると、二人は次第にコツを掴んでいった。


 そして先に完成させたのはレオンだった。

 彼の出した炎は、四足獣へと姿を変えるとそのまま彼の手元を離れ、庭を駆けまわっていた。

 その後に続いてハイジも完成させた。

 その炎は鳥の姿となって空を飛び、更にそれは2羽の鳥へと分裂し、それぞれが意志を持っているかのように舞っていた。


「レオンさんも、お嬢さまも、お見事です。」


 終始見守っていたサラは、その光景に手を叩いて称賛した。


「レオンハルトさん、アーデルハイトさん、すごいですね。

 こんなにも早く覚えてしまうなんて、私の想像以上ですよ。」


 カーラもまた二人を称賛した。


「えへへ、そんなことないですよ。ね、レオン?」


「そうですよ。それにこんなに早くできたのは、カーラさんの教え方が上手だったからです。」


 そう言っている二人も、内心では満更まんざらでもなかったようだ。


「ねえ、カーラさん。

 カーラさん達が作ろうとしている学校は、こんな風にいろんなことが勉強できるのですか?」


「ええ・・・、その為に私達は欧州の各地におもむきながら、様々な準備を進めております。」


「私なんかでも大丈夫でしょうか?」


 ハイジが不安そうな表情をすると、カーラは朗らかに微笑えみ、


「ええ勿論。寧ろ、アーデルハイトさんやレオンハルトさんは、私達の方からお願いしたいくらいですよ。」


 彼女の頭を優しく撫でた。

 撫でられたハイジの顔はパッと笑顔が咲き、


「やったあ、カーラさんに褒められちゃった。」


 飛び跳ねんばかりに喜んだ。


「ありがとうございます、カーラさん。

 それから私のことはハイジと気軽に呼んでいただけると嬉しいです。

 せっかくご友人になるのですから。」


「今日はとても楽しい経験をさせていただきました。

 それと僕のことも、レオンと呼んでいただいても構いません。」


 二人の申し出にカーラは、少しの間呆気に取られた顔をした後、すぐにフッと破顔させ、


「それではハイジさん、レオンさん・・・。

 今後もぜひよろしくお願いします。」


 彼女らは手を取り合った。


    ※


「さて、どうやら話し合いも良い感じ温まってきたようですね。」


 不意にカーラは、カーテンの閉じられた窓の方を見ながらそう呟いた。


「中の様子が分かるのですか?」


 彼女の言葉に反応したレオンは、驚いたようにカーラを見た。


「まあ、多少と言ったところですが。」


 そう少し曖昧に答えるとカーラは、スッと立ち上がり手で裾を払った。


「申し訳ございませんが、サラさん。私をあの部屋まで案内して戴けますか?」


「はい、かしこまりました。」


 サラはそう答え、礼儀正しくお辞儀をした。

 二人のやり取りを見たハイジとレオンは慌てて立ち上がる。


「ハイジさんとレオンさんも一緒にどうですか?」


 カーラは二人へ向き直ると、そう言った。


「はい、行きます。」


「はい、ぜひ。」


 ハイジとレオンは、カーラの誘いに即答した。


    ※


 サラに案内されている道中、ハイジはカーラが村へ行っていた理由を尋ねた。

 ハイジは何となくそのことが気にはなってはいたが、今まで聞けずにいた。


(”懐かしさに思わず村の方に足が向いた”、て言ってたけど、どういうことなのかな。)


 庭で出会った時に、そんなことをカーラは言っていた。


「ねえ、カーラさん。

 もしかしてカーラさんは、前にもこの土地に来たことがあるんですか?」


「どうしてそう思うのかしら。」


「さっき庭で、懐かしくて・・・、みたいなことを言ってましたので。」


「中々に勘の良い子ですね、ハイジさんは・・・。

 まあ・・・、そんなところでしょうか。」


 返答に少しの間があった。


「それじゃあ、私の両親やレオンの両親と面識はあるのでしょうか?」


「いえ。今からお会いするのが、初対面になります。

 それにこの地にいたのも、大分だいぶ昔のことになりますから。」


「そうなんですか。」


(こんな狭い田舎ならば、外から来た人は直ぐに分かると思うけど。

 それに、大分昔って、どれくらいなんだろう?)


 その答えに、ハイジの中で更に色々な疑問が浮かんできた。

 だが一行は、当の応接室の前に着いてしまった為に、ハイジはこれ以上の詮索を断念せざる負えなくなった。

 扉の前に立ったサラは、その扉をノックすると、


「旦那様、奥様、失礼いたします。」


 と言って扉を静かに開き、3人を中へと促した。

 そして促された3人は、カーラを先頭に中へと入っていった。


    ※


 その後にどのような経緯が有ったのか、一体どのような思いや感情が彼の者達の中で渦巻いていたのか。

 当事者達を除いて、誰も知る者はいない。


 しかしその1年後。

 当初の予定通り、ヒムラーとカーラが計画していた魔術学校が、ドイツ国内に開校された。

 その生徒の中には、ハイジとレオン。

 2人の姿もあった。

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