激突の時
今日の魔王城は忙しかった。
「ぐはっ!! くそ……こんなに強いとは……」
倒れていくモンスター、そして精鋭達。実はたった数日で、ある人物に魔王城にまで攻め入られていたのだ。
「ぐわぁぁあ!!」
そして、竜人に続いてデュラハン……。
「ギャァァア!」
カボチャ頭の魔道士ジャックまで倒れて行く。
「お、おのれ……何故、何故今なのじゃ!」
「退け、邪魔だ!」
そして、その人物に見合った剣を突きつけられ、絶対絶命の邪教神官だが……そこはキャリアの差、例え敵わぬと分かっていても、主を守るため、杖を握り締める。
「きぃぇぇえ!!」
その後、邪教神官は気合いの雄叫びと共に、杖から激しい爆発を発生させ、目の前の人物を吹き飛ばそうとする……が。
「邪魔だって……言ってんだろう!!」
「ひっ! ぎゃぁぁあ!!」
粉塵の中から無傷で現れたその人物に、呆気なく斬り伏せられてしまった。
「うっ……うぐ。ま、魔王様……こやつ、想像以上です……に、逃げ……」
「魔王……この扉の奥か」
そして、その人物は一際大きな装飾のされた扉の前に立つ。
この人物、チャラい格好をしていて、まるでロックバンドのボーカルのような格好の人物は……そう、怠け者の勇者の息子、ロイであった。
「そもそも……この魔王がいるから、俺はのんびりと好きな事して暮らせねぇんだよ……だったら、滅ぼしてやる……!」
どうやら、魔王がいると自分のしたい事が出来ない事に気付いたらしい、彼は仲間達に協力してもらい、魔王城の入口の大量のモンスター達を突破し、あとは単身ここに乗り込み、魔王を倒す事を決意した。そして……。
「魔王!! この戦いで全て終わりだ!」
ロイは、けたたましくその大きな扉を両手で開く! そしてその奥には……。
「プルルルン!!!!」
「……はっ?」
合体した巨大スライムが居た。
しかも、体にはたすきを付けており、そこにはこう書かれていた。
『魔王代理』
―― ―― ――
「ふぅ……ここのトイレはこんなものか?」
その頃、本来その椅子に座っていたであろう、魔王本人はと言うと、最早それが天職となっているトイレ掃除を、一生懸命行っていた。初心者ダンジョンで……。
そしてその初心者ダンジョンに向かって、もの凄いスピードで駆けてくる数人の人影とモンスター達がいる。
「なんだ……騒がし……」
『魔王!!』
『魔王様!!!!』
それは、魔王城に向かっていた勇者のパーティーと、力及ばず倒れていったモンスター達と、魔王軍の精鋭達であった。
「ぬぉ?! 何事だ!」
「何事だとは何ですか! ぜぇ……ぜぇ、魔王様……代理を立てるとはなんと情けない!! げほっ! げほっ!」
そして、先ずは邪教神官が叫ぶ。怪我をしたその老体に鞭を打って……。
「邪教神官様!!」
その後、そのまま邪教神官は床に座り込み、肩で息をし出した。だいぶキツそうである。
「魔王……貴様……本当に呑気にトイレ掃除をしているとは……!」
そして、いつものようにトイレ掃除をする魔王に向かって、今度はロイが詰め寄っていく。しかし、魔王は動じない。むしろ魔王らしく堂々としている。
「お前が中々やって来ないからだ。して、ようやく余を倒そうと動いたのか?」
「そうだ……お前を倒さないと、俺は好きな事も出来ないんだ! 以前お前に負けてから、俺はあの街の人達から冷ややかな目で見られるようになっちまったんだ!! だから、誕生日にも……」
「お、俺達が来ただろうが、ロイ!」
「元気出せよ!」
肩を落とすロイに、パーティーの仲間達が励ましている。以前ラップバトルに負けてからというもの、相当大変な目にあっていたらしい。
「だから、前みたいな生活を取り戻す為にも……魔王、お前を倒……」
「おぉ、いかん。こんな所に汚れが残っていた」
「聞けや!!」
今まで以上に真剣な顔をするロイを前に、魔王は目の前の汚れに真剣な表情を向けていた。
「くそ……そんなにトイレ掃除が好きなのかよ!」
「好き……? 違うな、もはやこれこそ余の天職だ」
「復讐はどうなったよ!!」
「父は父、余は余だ。余は、父の復讐などに囚われず生きることにした」
それはまるで、縛り付ける親から脱却する子供のような感じだった。もはや魔王は別の生きがいを見つけていた。
「余は、心が洗われたようだ……セッセとトイレ掃除をしている内に、己の醜さと向き合えたよ」
そう言うと、魔王はモップブラシを握り締めて背筋を正すと、トイレの窓から差し込む日の光を浴びながら、何かを悟ったような表情をした。もはや手遅れなのだろう……。
魔王はトイレ掃除を続ける内に、自らの心まで綺麗にしていたのだ。
「そんなの認め……」
「貴様が早く来ないからだ」
「うぐっ!!」
そして文句を言おうとしたロイに対して、魔王は一言そう言った。しかもそれは図星でもあるから、ロイは膝を突き立ち上がれないでいる……が。
「ふっ……それなら勝負しろ。お前が本当にトイレ掃除を続けたいなら、俺にやられろ。そうすればお前は魔王ではない。だが俺に勝てば、お前は立派な魔王だろう!」
しかし、魔王はロイの言葉を無視し、トイレ掃除用具を入れるロッカーへと向かうと、そこから何かを取り出してくる。
「魔王……貴様、勝負をせず……待て、なんだそれは?」
出て来たのは……もうひとつの掃除道具一式と、つなぎと水仕事用のエプロン、ゴム長靴ゴム手袋であった。
「知れたこと、余は勝負などせん。ただ貴様を、トイレ清掃員にする」
「ふざけるなぁ!! 俺は勇者だ! トイレ掃除なんかするか!!」
「いいや、して貰う。余は気付いたのだ。この世界に、勇者も魔王も不要だ。さぁ……余と共にトイレ掃除を……」
「ふ、ふざけるな、来るな……来るなぁ!!」
魔王の行動に心底恐怖を覚えた勇者は、腰に携えていた剣を抜き、魔王に向かって振り抜いた。その瞬間、もの凄い衝撃波が発生し、辺りの壁や天井を崩れ落としていく。
「ふっ……最初は嫌でも、やってみれば分かるぞ。この仕事の素晴らしさを」
だが、魔王はロイの剣を人差し指と親指だけで掴んでおり、吹き飛ぶどころか無傷であった。そして、そのまま再度ロイに近付いていく。
「うっ……くっ! や、止めろ! お、俺はトイレ掃除なんか……働きたくなんかないんだ~!!」
「その考え、改めさせてやる。さぁ……」
嫌がるロイの肩に、魔王の腕が伸びてくる。だけどその時、ロイの仲間達が動――
「ロイは真の勇者だぞ、トイレ清掃員なんか……にぃぃい!!」
「くそ! ロイを助けるぞぁぁあ!!」
「くっ! ロイ! 何とかして逃げぇぇえん?!」
――く前に一掃された。しかも全員モップブラシでだ。正確には、モップブラシから出た黒い塊なのだが、これは魔王が魔法で作り出した重力の塊であった。つまり、当たればもの凄い衝撃で吹き飛ばされ、人間なんて粉々になるのだが、そこは魔法での防御方法があるため、吹き飛ばされるだけで済んではいた。しかし、全員気を失っていた。
「お前等! く、くそ! こうなったら俺のこの魔法を……」
「ずっとサボっていた奴に、果たして魔法なんか使えるのか?」
「……うっ。魔力の流れってどうやるんだっけ?」
どうやら、勇者は自らの力に過信し過ぎており、基本的に物流攻撃だけで攻めてくる魔王軍を潰していた。
しかし、長年戦わずにいたために、腕は鈍っていなくても、魔法の使い方を忘れてしまっていたのだ!
「えっ……えと。マイクになら流せるんだがなぁ……」
そしてその原因は、ライブばかりしていたせいでもあった。実は、この世界はマイクやギターにも魔力を流せ、それでサウンドに力を入れて人々を楽しませる事が出来る。
ロイはそんな事ばかりしていた為に、戦闘用の魔法を使う時の魔力の流し方を忘れてしまっていた。それだけ長い間、この2人は戦っていなかったのだ。
そして、初めて起こった勇者と魔王のこの戦いも、もう幕引きとなった。
「は、離せ! 離せぇぇえ!!!!」
結果は、ロイの足を掴んで引きずって行き、次のトイレ掃除へと向かう魔王の勝ちであった。
その後、ロイがどうなったかは知らない……。
ダンジョンのトイレ清掃員は魔王様?! yukke @yukke412
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