悩む魔王様
今回の魔王のトイレ掃除は、少し手こずっていた。
「ぬぅ……」
燃えるような熱さ……籠もる熱気。蛇口を捻っても、出て来るのは水ではなく熱湯。
「くっ……」
それでも、誰かがやらねばならなかった。この火山ダンジョンのトイレを、誰かが掃除をしなければならなかった。
魔王は今、必死に便器の汚れと格闘していた。
「取れぬ……」
しかも、あっという間に水分が蒸発する為、便器に便がこべりつこうものなら、それを取るのに相当な時間を要してしまう。それでも、魔王は力を込めて汚れを……。
「ぬっ……!」
取ろうとしたら便器にヒビが入った。どうやら、力を入れすぎたようである。
「……」
そして流石の魔王も、イライラが頂点に達していた。
(なぜ、余がこんな事を……)
ここに来てようやく、魔王は自分のやっている事に、疑問を持ち始めた。むしろ、遅いくらいである。
(誰もやるものがいない? 汚れたら冒険者達にやらせれば……いや、むしろ罰当番としてやらせれば……)
「トイレトイレ~!」
そんな時、身体が炎で出来たモンスターが1体、そのトイレに――
「ふんっ!!」
「ぎゃぁぁぁあ!!」
――入る前に暴風で吹き飛ばされた。
理不尽過ぎたが、魔王はこれ以上暑くなるのは勘弁だったみたいだ。いや、正確には違う。
実は魔王は、ホースで床に水を撒いていたのだが、あんな炎の塊のモンスターが入ってきたら、蒸発して掃除どころではなくなってしまう。だから、今は立ち入り禁止の意味で、吹き飛ばした。
ただ、張り紙を張ればいいのに、忘れているのか分からないのか、張り紙はトイレの入り口には張ってなかった。
(なぜ、余はトイレ掃除を?)
そして、魔王はまた自問自答していた。トイレ掃除をしながら。
(そもそも、勇者が何もしないから……余はする事がなく……)
魔王は、水を便器にかけながら、同時にタワシで擦っていく。瞬時に乾くので、ここは時間との勝負だが……魔王の高速の手の動きの前に、抜かりはなかった。
(かと言って……働かずにぼーっとするのは許せん! そもそも、先代勇者が余の父上を殺した為、その復讐として、勇者の息子に宣戦布告をしたのだ……だというのに!)
すると、便器にまたヒビが入る。どうやら、怒りで力が入ってしまっているみたいだ。しかしこのヒビ、実は魔王の部下の、
(息子ではなく、父親が生きていれば……そいつに復讐をしたのに……なぜ、死んだ)
そう、勇者の息子の父親、偉大な勇者は今はもう、故人となっている。それは何故か……。
(冬の日……屋根の上の雪かきで、足を滑らせて落ちてしまい、そのまま死ぬなど、不甲斐ない奴だ)
むしろなんで死んだのだろうか? 慌てていたにしても、曲がりなりにも勇者、よっぽどでなければ、落ちて死ぬなど――
(しかも聞いた話では、聖剣を天日干しするためにと、屋根の柱に立てかけていて、そこに落ちたらしい……全く、バカな奴だ)
――あり得る話だった。
いや、なぜそんな危険な物を、寒い日に天日干しをするのか……なぜそんな時に雪かきをしたのか……疑問は尽きないのだが、人がやることは時として、自分では思いがけない事をしてしまう時がある。恐らく、偉大な勇者もそれだったのだろう……。
(本当に……奴が生きてさえいれば、余はこんな事をしなくても良かったのだがな)
そして、綺麗になったヒビの入った便器に水を流し、最後のすすぎをした後、魔王はため息をついた。
(部下達の手前、余も何かしないとと思い、あんな事を……)
そう、魔王は部下達が一生懸命になっているのに、自分だけが何もしていないというのが、我慢ならなかった。
そして、部下達に何か無いかと言ってみたが、トイレ掃除以外何もなかったため、魔王も半ばムキになり、トイレ掃除をすると言い出したのだ。
そして、今になっても後戻り出来ず、こうやってせっせとやっているのだが……ダンジョンのトイレなど、多種多様で手こずるものばかり。流石の魔王も、うんざりしてきていたのだ。
それこそ、1日で全部掃除出来るわけがなく、2~3週間ほどかけて全ダンジョンを周り、そしてまた初心者ダンジョンに戻るというわけだ。
しかも最後の方のダンジョンなど、50階層以上もあり、この間のトイレ大増設に伴い、そのダンジョンのトイレは50個以上になってしまった。
もはや、1人で出来るレベルではないのだが……魔王はチート能力を使い、あっという間に綺麗にしてしまう。その1つのトイレにかける時間は、僅か5分。速すぎる。
よって、実はここの火山ダンジョンも、もう既に10個ほどの、トイレの掃除が完了していた。
文句を言いながらも、手を抜かずにやり通す。その魔王の姿勢に、冒険者達は驚いていた。
(あぁ……こんな事をするよりも……勇者の息子を旅立たせれば良いでないか……よし、今日のトイレ掃除はここまでにして、早速作戦を……)
しかし、魔王がトイレを後にしようとしたその時、そのトイレに、2人の冒険者達が入って来る。
「おぉ、今日は掃除の日だったのか~いやぁ、掃除の日の前日とか酷いもんだよな。いつも掃除してくれている人に感謝だな。あっ、お疲れ様です~」
「あれ? ここってモンスターが掃除してんのか?」
「んっ? お前知らねぇのか? こいつ魔王だよ」
「はっ?!」
どうやら片方は、また経験の浅い冒険者らしい。もう1人の冒険者の言葉を聞いて、卒倒してしまった。
「あっ、おい! 大丈夫かよ! あ~漏らしてやがる! すいません、急いで掃除します!」
しかし、慌てる冒険者を前に、魔王はゆっくりと近付くと、その冒険者に話しかける。
「いや、余がしよう。それよりもお前、トイレが綺麗だと気持ちいいか?」
「えっ? はぁ……もちろん」
「ふむ……そうかそうか。やはり、常に清潔でないと駄目か?」
「まぁ……そりゃあ」
「そうかそうか」
そして、魔王は少しご機嫌になり、卒倒した冒険者の後始末をしだした。少し、鼻歌交じりで。
(わ、笑ってる……)
そう、しかも魔王は笑っていたのだ。恐い顔のままで、ニッコリと……その時の恐怖からか、もう1人の冒険者も漏らしてしまったのだが、魔王はそれも、しっかりと掃除をしたという。
魔王は、トイレ掃除の魅力に取り憑かれてしまっていた。
掃除した事により、利用者が気持ちよく利用して貰える、その達成感や喜びに、魔王はハマってしまったのだ。
(そうか……余は間違っていなかった。やはり、働かないのは駄目だ。働かない奴は、ただのクズだ)
そして魔王は、次のダンジョンのトイレへと向かう。
(その為にも、やはり勇者の息子も旅立って貰わねばな。働かないのは駄目だ。働いて貰うぞ、勇者の息子。それと、トイレの清掃員を他にも用意せねばな。毎日でなくても、2~3日に1回は、全ダンジョンのトイレ掃除が出来ねば……)
その後、逃げ惑うモンスター達数人をとっ捕まえて、無理やりトイレ清掃員として鍛え上げようとする魔王がいたが、全員断念してしまい、数週間たっても未だ、魔王は1人でトイレ掃除をしていた。
だが、その顔にもう憂いはない。
まるで自分の天職かのごとく、魔王は満足そうな笑みを浮かべながら、せっせせっせとトイレ掃除を行う。
「むっ……そうか、勇者にもトイレ掃除をさせれば……うむ、良い案だな」
そしてそんな事を呟き、魔王は今日も、頑固な汚れと戦っている。
「ぬぅ……取れん。むん!!」
「あ~魔王様! 今日2個目ですよ! トイレの破壊!」
「えぇい! うるさいぞ邪教神官。取れない汚れが悪い」
「いい加減、トイレ掃除止めて下さいよ~」
「そうはいかん……誰かがやらねばならんのだ」
「だからって、なんで魔王様が……」
「それならお前が……逃げるな」
「勘弁して下さい! もう罰は勘弁です!!」
そろそろ邪教神官が、天に召されそうであった……。
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