立ち上がれ、勇者の息子!
その日、魔王城の会議室は神妙な空気に包まれていた。
「え~では、今日の議題は……」
そして、全員が目の前の机を眺めているなか、邪教神官が立ち上がり、声を発する。ただ、それは静な空間には大きすぎる音だったのか、邪教神官の弱々しい声でも、ハッキリと響き渡っていた。
それだけ、全員意気消沈していたのだ。その原因は……。
「……勇者の息子が、引き籠もった件で……」
勇者と息子が自分の家に引きこもってしまったからである。
「魔王様、どうするんすか?」
もちろんその議題は重要なものである……しかし、その原因は他ならない、魔王が作っていたからである。
狼の獣人は、自分は悪くないと言った口調でそう言っていた。この獣人、一応神妙な空気だから神妙にしていたようだが、いざ議題が上がると、この反応。あまり空気を読まないタイプのようである。
もちろん数秒後には、獣人の座っていたその椅子には、誰もいなくなっていた。
「…………」
「…………」
つまり誰もが迂闊には喋れない。だからこそ、神妙な空気になっていたのだ。しかし、話さないと会議は進まない。
そして、豪華な椅子に座る魔王は、精鋭のモンスター達全員を見下ろし、更には睨みつけていた。トイレ掃除をするつなぎのままで。
「魔王様……とりあえず原因なのですが……」
「うむ……」
だがそこで、邪教神官が話始める。流石は先代から仕えているだけあって、肝が据わっていた。平然と問題提起をし始める。
「恐らく、以前魔王様が勇者と初対面した時の、あれかと……」
「ふむ……だろうな。なんと弱い奴だ」
((おぉ、流石は邪教神官殿! スッパリと言ってくれた!))
恐らく、言葉遣いの問題なのだろうが……最初に狼の獣人が吹き飛ばされていたので、皆恐がってしまっていた。
「しかし、今の余になら分かる……自分の力を過信しているからこそ、それを打ち砕かれた時のショックは……計り知れぬ」
((魔王様、まだ引きずってる……))
それは、魔王も以前に、スライムに自らの力を破れていたからで、ショックで1週間寝込んでしまっていたのだ。もちろん、1週間トイレ掃除をしていなかった為、起き上がった後は、何かを忘れるかのようにして、がむしゃらにトイレ掃除をしていた。
「とにかく、何とかして勇者の息子を立ち直らせないといかん。勇者の立ち直る方法を探せ……さもなくば、余の存在意義は無くなり、貴様等の存在意義も無くなる。即ち、余はただのトイレ清掃員になり、仕える者を失った貴様等は……職を失うのだ!!」
「あっ……別に良いですよ、それでも生きてられるので」
「あ~俺も幽霊だしな。存在出来てれば別に……」
「あっ、私は薬剤会社に声をかけられていて、ここが無くなったら、そっちに……」
「魔王の怒りの
『あぎゃぁぁぁあ!!!!』
人型の竜人と、首なし騎士デュラハンと、カボチャ頭のジャックが、それぞれ無責任な事を良い、魔王の怒りを買ってしまった。しかし、モンスターは結局生きていられれば、それで良いのかも知れない。職とかそういう概念は、恐らく一部にしかないのだろう。
だが、やはり魔王としてはなにか釈然としないものがあった。
「魔王様……落ち着いて下さい。現状、勇者の息子には自力で復活して貰うしか……」
「もうずいぶんと経つぞ……このまま立ち直れなかったらどうする?」
魔王は、重い口調で邪教神官にそう返す。勇者が家に閉じこもってから、1ヶ月が経とうとしていた。
「いや……しかし……」
「こうなれば、体を動かしてやるしかなかろう」
すると、魔王は椅子から立ち上がりると、その椅子の横に置いてあったものに手をかけた。
「ま、魔王様……まさか、また戦いに行かれるのです!!」
しかし、魔王の手に握られていたのは……塩素系洗剤と、先が緑色のモップブラシだった。
「魔王様……?」
「誰が戦いに行くと言った? トイレ掃除をさせれば、体も動かせて、綺麗なトイレに心も晴れやかに……!」
「魔王様は座っていて下さい」
力説する魔王を前に、邪教神官は静かに諭し、座らせた。そんな魔王を見せてたまるかといった表情である。
「まぁ、でも、体を動かすのはアリだろうな。頭のモヤモヤもスッキリするだろう」
すると、魔王を擁護するかのようにして、精鋭の1人の竜人がそう言ってきた。もちろん、その言葉に魔王の表情も晴れやかになっている。
「むぅ……そうじゃな。そうなると、やはり戦闘をさせるしか……」
「また俺の部隊を動かすか? 準備は出来てるぜ」
そして、邪教神官が唸る中、再び竜人がそう言ってくる。
「むぅ……しかし、もう少し体を動せる方が……こう、全身運動が出来て、程よく疲れて……」
「トイレ掃除だな」
邪教神官が悩む中、魔王が立ち上がってそう答えた。確かに条件は揃ってる。
「魔王様はおかけになっていて下さい」
そして再び静かに諭す邪教神官。
「まぁ、別に1人でなくても……あの仲間と共に動かせば……」
「トイレ掃除だな」
そして、また魔王が立ち上がり、そう言ってくる。確かに、その数が多ければ、複数人でやる場合もある。
「魔王様はおかけになっていて下さい」
だが、またしても邪教神官に静かに諭された。
「それよりも、今の勇者の息子の様子を見てみましょう」
すると、そんなやり取りの中、カボチャ頭の魔道士ジャックが、机の下から水晶玉を取り出し、そう言ってきた。
「おぉ、そうじゃ! 勇者の息子の引きこもりの原因を特定出来れば!」
そして、それを見た邪教神官がそう叫ぶ。その後、皆こぞってジャックの下に集まりだす。もちろん魔王もだ。
「今の勇者息子の状況……出ます」
すると、その水晶玉に勇者の息子ロイの姿が映し出される。そこには、机に突っ伏して項垂れている、ロイの姿があった。もちろん扉の外では、その母親が心配そうに扉の前に立っている。
そして、今日何回目かであろう説得をし、失敗してその扉から離れていく。
「むぅ……これは重症だな」
その様子を見て、魔王は心配そうにしなから唸っている。だが……。
「魔王様、そもそもこうなれば我々の勝ちで、この世界はもう魔王様のもの。喜ぶべき事では?」
「馬鹿者! 力でねじ伏せ、我が配下にしなくてなんとする!」
「ま、魔王様……そこまで徹底的に世界を……」
「そして勇者に、トイレ掃除をさせるのだ!!!!」
「それは今までの事に対する罰ですか? それとも後継者としてですか?」
魔王の熱弁に、邪教神官が的確にそう返す。だが、確かに罰ならまだしも、後継者だと言うなら、魔王はもう自らの存在意義を捨てていた。
「もちろん後……」
「流石です! 魔王様! 自らが汚れ役をやり、その大変さを身をもって体験したいるからこそ、トイレ掃除というものが、勇者にとってどれほどの屈辱になるのか分かっておられるのですね!」
「むっ……いや」
「いやぁ!! 流石です、魔王様!」
邪教神官は必死に魔王の体裁を保っている。それもそのはず、このままでは魔王が魔王を止めると、そう言い出しそうだからである。
すると、ジャックがロイの様子に、なにかおかしな所を見つけたらしく、他の皆に向かって話しかける。
「おい、ちょっと待て皆……勇者の息子の奴、なんかブツブツ言ってるぞ?」
「はっ? 何を呟いとるんじゃ? 少し音量を上げろ」
ジャックのその言葉に、邪教神官がそう指示を出す。そして、ジャックが水晶玉に手を当て、魔力を流し、声を拾いやすくした。すると……。
「どうせ皆、俺の肩書きにしか目に言ってねぇんだよ……分かっていたよ。あぁ、分かっていたさ。だから、別に平気だわ。勇者は孤独なんだ!」
ロイは、必死に自分になにか言い聞かせていた。やはり、真剣勝負ではないにしろ、魔王に負けたと言うのは、それだけでレッテルを貼られるものなのだろう。
魔王城の会議室に居る者達も全員、そう思っていた。しかし、ロイの次の言葉で、それが杞憂だと言う事を思い知らされる。
「あぁ、別に平気さ! 誰も俺の誕生日を祝いに来てくれなくても……1ヶ月も前から部屋に籠もって準備していたけれど、別に平気だよ!」
((あっ……今日はこいつの誕生日だったのか))
良く見たらロイの部屋は、自分で飾り付けをしたのだろうか、豪華な飾り付けがされている。
もちろん精鋭モンスターも、他のモンスターも、魔王ですらその事は知らない。いや、知らなくて当然なのだが、全員なぜか申し訳ない気持ちになっていた。
たとえ敵でも、悪の組織でも。やはりこういうのを見ると、空しくなってしまうものである。
「なんだ……あやつそんな事で。仕方ない、これを解決するにはこれしかない」
「魔王様、何を……」
しかし、邪教神官が聞き返す前に、魔王はその場から瞬間移動した。そして……。
『あっ……!!』
全員が声を上げ、水晶玉の方を見た。そうそこには、ロイの後ろに立っている、魔王の姿があったからだ。しかも、その手にはプレゼントの箱が……。
「くっ……!!」
それを見た邪教神官は、慌てて魔法道具を使い、魔王と同じように瞬間移動した。魔王の下に……そして……。
「ハッピバー……っ!!」
魔王が、あの歌を歌おうとした瞬間、邪教神官が魔王を掴み、再度魔王城の会議室に連れ戻し、そしてまたシャウトする。
「何をしているんですかぁぁあ!!」
「いや……立ち直って貰うために」
「放っとけば良いんですよ!!」
「そうすれば、余はずっとトイレ掃除をするぞ……」
「うぐっ……!」
だが、今回は魔王の勝ちであった。
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