もっと前に
魔王はショックを受けていた。
「何故だ……」
それは、男性なら誰もがやる過ちである。たとえそうじゃなくても、指示をされるとまた、ムカついてしまうのである。自分はそうじゃないと。
「くっ……毎回毎回……」
だからこそ、掃除をしている魔王は怒っていた。
「小便器の周りが汚い!!」
モンスターも冒険者も、同じ過ちをし、小便器の周りを汚していたからだ。だからこそ、男性トイレの壁には、張り紙でこう書かかれていた。
『もっと前に出ろ、貴様のはそんなにデカくない』
「お師匠……この張り紙がいけないのでは?」
そして、それを見たタンじぃがそう言ってくる。
「ぬぅ……儂が夜なべして手作りした張り紙を、ダメじゃと言うのか!」
「いや、そうではないが、書き方と言うのが……それより、何故いるのじゃ?」
「居て悪いのか?!」
何故か邪教神官まで一緒にいることに、タンじぃは首を捻っているが、魔王にとってはそんな事はどうでも良かった。
(どうすれば、みんなもっと前に出る……いや、横に飛ばさないでやるんだ?)
小便器を出来るだけ綺麗に保てる方法を、模索していた……が。
「あっ、魔王様お疲れ様です。さて……」
そこに、精鋭の1人、人型のドラゴンが入ってきて、小便器で用を足そうとし始める。だが……小便器との距離は、20センチ以上は空いていた。そこそこ離れている……下手したら、小便器から外れるかも知れない。
「もっと前に出ろ!!」
「ギャフッ!!」
そして、それを見た魔王によって、人型のドラゴンはお尻を蹴られ、前に押し出された。しかし、同時に小便器に突撃したように見える。そのまま、人型のドラゴンは痛そうに股間を押さえていた。
「な、何をするんですか……魔王様!」
「それはこちらのセリフだ! ぬっ……貴様等!」
すると、その後に数人の冒険者達がそのトイレに入ってくると、ものの見事に全員、小便器から距離を取って用を足し始めた。
そこに、魔王の蹴りが炸裂する。冒険者達のお尻に向かって。
「ぬぁっ!」
「ぎゃぁ!!」
「痛ぇ!!」
「あぁ!! 外れた!」
1人大変な事を言った気もするが、魔王はとにかく、全員のお尻に蹴りをかました。まるでなにかの罰ゲームのようにして……。
―― ―― ――
「貴様等!! 何故そんなに距離を取ってやるのだ!!」
そしてその後、全員をトレイ内で横一列に並ばせると、正座をさせて魔王が説教を始めた。もちろんそこには、人型のドラゴンも入っている。
「いや、その……やっぱりあの張り紙で……」
「まぁ、な……カチンときちまうよ」
すると、魔王の言葉に冒険者達が、それぞれ同じような理由で弁解してくる。そして人型のドラゴンは……。
「そもそも、私は人とは違います。あの距離からでも、外す事はないです。それくらいのモノなんです!」
自信満々にそう言ってくる。しかし……。
「余のよりもか?」
「はっ……?」
「それは、余のよりも大きいのかと聞いている」
「いや……その、魔王様のはどれ位か知らないので……」
すると、魔王はズボンのチャックを下ろそうとしてきた。
「見せなくて良いです、魔王様!!」
だが、それを邪教神官が止めてくる。流石にトイレ内とは言え、魔王の威厳というのもある。そう簡単に出されては困る事になる。
「しかし、それでは余の方が大きいと言う証明が……」
「そんなので魔王の威厳を保ってどうされるんですか! 良いですか、そもそも……げほっげほっ!」
「あぁ、全く……仕方ないのぉ。歳なんじゃから気を付けなされ」
「お前も年寄りじゃろうが!」
そして、魔王に向かって怒鳴り、咳き込む邪教神官を、タンじぃが介抱していた。
しかしそこに……冒険者の中から、とんでもない声が聞こえてきた。
「ふぅ……やれやれ。なんとも醜い争いだ。小便器の立つ位置など、そう厳しく決めるものではないだろう? 好きなようにすれば良い」
「ぬっ? 何者だ」
すると、魔王の言葉に反応するかのようにして、正座していた冒険者の列の中から、1人が立ち上がると、また直ぐに座り込んだ。足が痺れているようだ。
「ふっ、私はデカル・ペティニース。冒険者であり、貴族でもある」
そして、座り込んだまま自己紹介し始めた。そこは貴族のプライドなのだろうか、足が痺れて立てなくても、優雅にしている。
金髪のウェーブのかかったロングヘアーを靡かせ、整った顔立ちを魔王に向け、煌びやかな衣装を見せつける。それはとても、普通の冒険者には見えない。
「ほぉ……それだけ言うなら、貴様のは余程なのだろうな?」
「ふっ、当然だ。我が家は、代々ココの大きさで財を成してきた。言わばこの大きさは、我が家系のプライドそのものさ」
そして、その貴族の格好をした冒険者は、ゆっくりと立ち上がると、少しだけ腰を前に突き出してきた。
しかし、ソコの大きさで財を成すとは……いったいどんな方法なのだろうか……そこをあまり詳しく突き止めると、いけない気もする。
「では、比べてみるか?」
「望むところ。もし負ければ、これから私は、小便器の間近まで近付いて、用を足しましょう。家も、恐らく没落するだろう。だから、私は負けられないのだ!」
そもそも、そこまで重要な戦いなのかは分からないが、この冒険者にとって、ソコの大きさは人生の全てであり、プライドをかけるに値するほどのものなのだろう。
「では、来い」
そして、冒険者の覚悟を見た魔王は、相手に向かってそう言うと、個室の方に向かっていく。それに冒険者も着いていき、2人で揃って中に入っていく。
そしてその2人の行動に……誰も何も言えなかった。
((正直、どうでも良いのだが……))
いったいなにを見せられているのか、訳が分からないといったような表情である。ただ1人を除いて。
「ふっふっ……魔王様に勝負を挑むなど、彼奴死んだな」
なぜか、邪教神官だけ得意げである。
――そして数秒後。
「ば、馬鹿なぁぁぁぁ!!!!」
トイレの個室から、貴族の冒険者の声が響き渡る。
その後、魔王だけがその個室から出て来た。
「良いか貴様等……今後は、この張り紙の通りに従え! 貴様等人間など、その程度なのだ!」
そして、呆然とする冒険者達に向かって、そう怒鳴った。
「ペティニース家って確か……」
「あぁ……人類最大のモノを持つ貴族……だったよな?」
「それを超えるって……」
怒鳴られた後に冒険者達は、去って行く魔王の背中を見ながら、戦慄した。これに勝てるのはやはり、勇者だけだと。
因みに個室では……。
「あぁ……これから私は、チビルと名乗ろう……」
放心状態でそう呟いていた。完全にその自尊心を砕かれていた。もはや、再起不能だろう。
「お師匠は、アソコのデカさもお師匠か……」
「何を言うとるんじゃ貴様……」
そして、自分には関係ないといった感じで、タンじぃがそう呟くも、邪教神官がそれに反応した……そして。
「魔王様のプライドの為、黙っておったが、1番デカいのは私だ」
「いやいや邪教神官殿、何を言っ……!」
すると、タンじぃが視線を降ろした瞬間、言葉を詰まらせ、固まってしまった。
「なっ……!!」
「なんだあれは!!」
そして、不審に思った他の冒険者達も、そちらを見た瞬間、固まってしまった。正座をしたまま。
「ふっ……まだまだ現役じゃわい」
いったい、彼等が見たのはなんだったのだろうか……しかし、意気揚々と去って行く邪教神官の背中を見ると、とても言いにくかった。
因みにその後、冒険者もモンスター達も、揃って姿勢良く小便器に近付いて用を足したのは、言うまでもなかった。
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