トイレマナーを覚えよう 2

 今日も魔王は、トイレ掃除を行っている。そして、1番時間のかかるところを掃除していた。弟子のタンじぃと共に。


「師匠、これはトイレ掃除というよりも、普通の掃除では?」


「言うな……やむを得ないのだ」


 ここ砂漠ダンジョンのトイレ掃除は、いつも砂との戦いであった。いくら窓を無くし、隙間を無くそうとしても、入り口から砂が入ってきてしまっていた。


 そして砂の除去を、トイレ掃除と一緒にやっている為、時間がかかってしまっていた。しかし、魔王は弟子を取ったので、以前より早くに終わっていた。


「ふぅ、よし……次のダンジョンだ」


 そして、なんとかトイレ掃除を終わらせた魔王とその弟子は、モップを地面に立て、額の汗を拭うようにすると、満足そうな表情をする。


「お師匠。儂はなにか幸せじゃ……」


「そうだろう。やはり、こういう達成感は必要なのだ。毎日だらだらしていては、得られないものだ」


「確かにの……」


 いつの間にか、魔王とタンじぃはその絆が深まっていた。


 その時……!


「ぬっ……!」


 砂漠ダンジョンに、アンモニア臭が漂ってくる。こんな事、普通はあり得ない。


「お師匠、これは?」


「また奴等か……おのれ!」


 そう言うと、魔王はそのまま歩き出し、砂漠ダンジョンを進んで行く。どうやら、魔王はこの臭いを発する者に、当てがあるようだ。


「師匠? 待ってくれい!」


 そして、その魔王の後ろを、タンじぃが着いていくが、如何せん下は砂。一歩踏みしめるごとに、足が沈んでいくため、タンじぃは必死に歩いていた。ご老人にはこのダンジョンはキツそうであった。


 だが、魔王は今すぐにでもこの異臭をなんとかしたかった。よって、タンじぃの事は無視して、先へ先へと進んでいく。そして遂に、その原因の者達を発見する。


「ここは俺の縄張りだ!」


「グルルル……なにを! 俺様のだ!」


「とっくにここに俺が臭いを付けてんだよ!」


「その1週間前に、俺が付けてるわ!」


 そこでは、以前魔王がトイレマナーを叩き込もうとした、あの狼のモンスターが、数匹たむろしていた。その中にはもちろん、魔王がトイレマナーをしつけようとした狼もいた。


「あっ、魔王様、お疲れ様です!」


 そして、そのしつけられていた狼のモンスターは、魔王を見つけるとそう挨拶をするが……以前の事はすっかりと忘れているらしい。挨拶をした後、再び他の狼と喧嘩をし出した。


 だが……。


「…………」


「だから、ここらは俺の縄張りだっつ~の!」


「…………」


 魔王はひたすら睨んでいた。そのしつけようとしていた狼のモンスターを。


「良いか! この臭いがあったら……どうした?」


「いや……お前、魔王様になにをした?」


 そこで、他の狼のモンスター達が魔王の怒りに気付き、尻尾を足の間に挟み、体を震わす。こうして見ると、ただの犬みたいだ。


「はぁ? いや、別に何も? ねぇ、魔王さ……ま……」


「…………」


 しかし、魔王は睨みつける。


「あっ……はっ!!」


 そして、そこでようやく、しつけされようとしていた狼も気付く。自分が以前、同じように好きな所に用を足していたら、魔王に怒られた事を。そして、今また同じような事をいている事を。つまり、これはもう折檻ものであった。


「いや、魔王様……違っ、これは……その、ダンジョンを攻略しようとする冒険者に、威嚇を……」


「…………」


 しかし、何を言っても魔王は睨みつけたままである。


「魔王様……お慈悲を……」


「ふっ……」


 すると、涙目で怯えるその狼を見て、魔王は笑みを1つ溢した。


「魔王様……!」


 それを見た狼は、許してくれると思ったようだ。だが……。


「ぎゃぅん!!!!」


 数秒後、その狼のモンスターは、頭から砂の中に突っ込んでいた。魔王の重力攻撃によって、地面に埋められたのだ。


「貴様は、何度言えば分かるんだ!!」


「……ぐぅ」


「ちゃんと、貴様用のトイレも用意しただろう!!」


「……けほっ、しかし魔王様……」


「口答えするのか?」


「いえ! そんな……!」


 因みに、他の狼のモンスター達も、頭から砂の地面に突っ込まれていた。全員同じように、この砂漠ダンジョンの砂で用を足していたら、怒られるのも当然であった。


「ニャハハハ! あんた達馬鹿ねぇ!」


 するとそこに、別のモンスターの笑い声が響いてきた。


「お前は、ケットか! ここは俺達、犬科の縄張りだぞ!」


 モンスターなのに、犬科と言ってる時点でペット感が否めないが、とにかく狼のモンスター達の目の前には、二足歩行で歩いている、大量の猫達がいたのだ。


 その中でも、狼のモンスター達に話しかけているのはメスなのだろう、話し方が女性っぽかった。


 因みに、この普通の猫が立ち上がっているようなモンスターは、ケット・シーと言われている、猫のモンスターである。だけど、どうやらその習性は猫そのもののようだ。


「ふっふっふっ……あんた達は、ただそこら辺にして終了でしょうが、だからバレるのよ! あ~臭い臭い!」


 しかし、その猫のモンスターは、近くにあった枯れた木で、爪とぎをしながら話している。


「なにをぉ!! それならお前達は、どうしてるって言うんだ!」


「かぁんたんよ!! 埋めてしまえば良いのよ!」


 すると、そのメスのケット・シーの後ろで、オスのケット・シーが用を足しており、その後に、一生懸命砂を被せて隠していた……が。


「どちらもこの場でするな!!」


「にゃぎゃぁぁあ!!」


「ぎゃうん!! って、今のは私は関係ないですよねぇ!」


 両方とも、魔王の重力攻撃の餌食となった。


「えぇい、どいつもこいつも、なぜ専用のトイレでせぬ!!」


「だって……」


「そこに……」


『砂があるから!!』


「えぇい!!」


 仲が良いのか悪いのか、狼のモンスターと、ケット・シーの息はピッタリ合っていた。

 しかし、まるでそこに山があるからみたいな、名登山家の言うような台詞を吐いていては、余計に魔王の怒りを買うだけであった。


 だがそこに……。


「ひぃひぃ、やっと追い着きましたぞ。おや? そのモンスターは?」


「むっ? タンじぃか」


 ようやくタンじぃが到着し、呼吸を整いていた。もう歳であるのだろう、ここの掃除は控えた方が良いのかも知れない。

 しかし、タンじぃが狼のモンスターとケット・シーを見ると、その目つきが変わっていた。


「なにこのじぃさん?」


「おじいさん、俺達はちょっと大事な話をしているんだ。邪魔しないでくれ」


 するとその後、タンじぃがなにかの臭いを嗅いだのか、魔王がこのモンスター達に悩んでいる事を、即座に見抜いてきた。


「ははぁん。師匠よ、もしや……この犬と猫のトイレマナーに、苦戦しておるようじゃな」


「むっ、なぜ分かる?」


 そのタンじぃの言葉に、魔王が驚いている。だが……。


「誰が犬だ!」


「誰が猫よ!」


 狼と猫は、タンじぃの言い方に不満があるようだ。

 だが2人とも、狼と猫のモンスターの訴えなど、スルーしていた。


「ふふ、こう見えても、ペットとして犬と猫を飼っとったんじゃ。どれ……」


 すると、タンじぃは懐を探り、なにかを取り出した。そしてそれを、狼のモンスターに向けた。


「うぉ!! それは?!」


「そうじゃ、幻のジャーキー『犬ころりん』じゃ。対モンスター用の為に持ってきておいて良かったわ。ほれ、これが欲しければ、儂の言うことを聞くんじゃな」


 モンスターはペットとは違うのだが……どうやらタンじぃの脳内では、モンスターとペットは同じ感覚だったらしい。


『わん!!』


 そして狼のモンスター達は、その瞬間全員タンじぃに懐いた。早すぎである。しかし、それだけこのジャーキーが魅力的だったのだろう。


「ふん、情けないわね。たったそれくらいで……」


「ふっふっふっ……」


「ひにゃぁ?! そ、それは!!」


 更にタンじぃは、再び懐からなにかを取り出して来た。それは、どうやらマタタビのようであった。


「ほれ、ちゃんと言うことを聞けば、儂から沢山プレゼントをやるぞ」


「にゃ……にゃぐ……ね、猫はそんなものには……」


「その割には腕が伸びとるぞ?」


「ひにゃぁぁあ!! この魅力には逆らえにゃい!」


 そして、狼のモンスターとケット・シーは、トイレマナーを覚えたという。魔王があれだけ苦戦していたのを、タンじぃは一発でやってのけた。


(タンじぃ……お主、モンスター使いだったのでは?)


 魔王がそう思うのも、無理はなかった。

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