スライム達の焦燥
その日、この世界の歴史書にこう書かれた。『スライムの反乱』と……。
誰もが、その時の事を口にはしない。
「あ、あの時の事は聞くな!!」
どのモンスターも、口を揃えてそう言う。人間達もそうだ。
「あのモンスターが、あんな事を……」
その日人々は……魔王以上のその存在に、恐怖した。
―― ―― ――
「…………」
その日、いつも通りつなぎを着た魔王は、呆然とそれを眺めていた。
(なんだこれは……)
トイレの出入り口に詰まった、その青いブヨブヨを……。
「お師匠……これはなんじゃ?」
魔王の後ろで、タンじぃがその物体に疑問を投げかけた後、その近くで動く者がいた。
「ぬぉぉぉ!! 貴様等、何しとるんじゃぁ!!」
Tシャツ姿で、汗まみれになりながら、それを引っ張っている邪教神官であった。
「神官……これはなんだ?」
「あっ! ま、魔王様?! す、すいません、トイレ掃除ですよね! 直ぐに退かしますので!」
しかし、滑るのだろうか、邪教神官がそれを掴もうとしても、ツルツルと滑って、掴めていなかった。
いや、辛うじてその一部分を摘まめたのだろう、それを必死に引っ張ってはいるが、出入り口に詰まったそれは、一向に動いていなかった。
「神官、それはなんだ?」
「はっ……あぁ、スライム達です」
「スライムだと?!」
その言葉に、魔王は驚愕した。
スライムと言えば、青いゼリーみたいなもので、ブヨブヨしたモンスターだ。その身体は大小様々だが、トイレの出入り口を蓋するほどの大きさのスライムは、この世界にはいなかった。
「なにがあった?」
その異常な様子に、魔王が邪教神官に事の顛末を聞いた。
「どうやら、お腹を壊したようで……」
「……なに?」
「いえ、なにか悪い物でも食べたのか、それとも食べ過ぎたのか……お腹が張り、苦しくなってしまったらしく。このダンジョンの全スライムが、こぞってトイレに集まってしまい、この有様なのじゃ」
「お腹が張ってるのか……」
しかもついでに、我先にと競争して、身体を押し付け合ってる間に、一匹また一匹と引っ付き合体し、そしてこうなってしまった。
「……むぅ、このままではトイレが壊れる。やむを得ん、一旦スライム達をバラバラにするしかない……神官、離れてろ」
「し、しかし、魔王様……」
「離れろ。このままでは、このダンジョンを攻略しようとする冒険者や、ここに住むモンスター達が、トイレに行けずに困るだろう。安心しろ、加減はする」
別の階に行けばとも思うだろが、ここは1階。そして、全階のトイレに、スライムが詰まっていたのだ。1つのトイレにスライム2~30匹。
このダンジョンは、スライムが200匹以上はいる、初心者ダンジョン!! 階数は、せいぜい5~6階である。
つまり、このままではこのダンジョンが使い物にならない。
「
そして、魔王はその手に魔力を集め、出入り口に詰まったスライムに向かい、拳を放つ!
「――フィ……ぬぉっ!!」
だが跳ね返された!
「ば、馬鹿な!」
思った以上に弾力があり、ブヨブヨと跳ね返るそれに、魔王の攻撃が跳ね返されていた。それを見た他のモンスター、冒険者達も、思わず声が漏れていた。
「うぉ……」
「マジかよ……」
「魔王が……」
「ま、魔王様……?」
このままでは、魔王の面目丸つぶれである。
「……こうなれば」
「魔王様?! それはいけませぬ!」
「尻餅をついた魔王の面目……これ以外で回復させる方法が、あるか?」
魔王は目的を見失っていた。そしてその手に、小さなエネルギー体を出現させるが、それがもの凄い熱量を持ち、とんでもない爆発を起こしそうになっている。
自らの攻撃が呆気なく跳ね返されたのが、かなりショックだったようで、魔王は我を忘れている。
そう……その魔法は、ビッグバンの再現と呼ばれている、絶対に使ってはいけない、禁忌の魔法。
勇者にやられそうになった時、苦肉の策として、勇者もろとも、その世界もろとも自爆する為の魔法である。
「いけませぬ、魔王様!!」
「止めるな、神官! 最早これしかないのだ!」
スライムを引っ張り出すのに、もの凄く剣幕になっていた。初手で派手に失敗したのが、相当痛手である。だが……。
「うぉぉぉ!! デビル・ビッグバン!!」
『ピョォォォォオ!!!!』
「なにっ?!」
だが跳ね返された!! しかも、スライム達が変な鳴き声を放っていた。
因みに、魔王の放った魔法は、途中で掻き消えた。
余談だが、この時実は、跳ね返されたこのビッグバンが、時空の壁を破っており、遠い昔にまで飛んでいたのである。
そこは、何もない空間……そこで本格的に爆発をし、そして宇宙が誕生した……。
とにかく、そんな事を知らない魔王は、自分の究極の魔法すら弾かれた為に、そのプライドが崩壊してしまっていた。
「余が……余がスライムに……このスライムの集合体に? 余は……スライムか……そうか、スライムか。プヨプヨ……」
「ま、魔王様! しっかりして下さい! だ、誰か! 誰かこのスライムを処理しておくんじゃ! 魔王様……しっかりして下さい!」
そして、魔王は邪教神官に連れて行かれた。もちろん、その弟子であるタンじぃも一緒に。
つまり、ここに残されたのは、冒険者とモンスター達のみ。しかし、冒険者だけは皆、こう思っていた。
((魔王を倒したこいつを倒せば、魔王を倒した事になるのでは……))
すると、冒険者達は皆各々武器を持ち、突撃していく。
「うぉぉお!!」
「所詮スライム! 勝てるわ!!」
「斬りかかれぇえ!!」
しかし……!!
「プヨォォオオ!!」
『ぐわぁぁぁあ!!』
全員ものの見事に跳ね返された。実は、このスライムのはみ出した身体は……腹であった。つまり、張ったお腹なのだ。
「ん? なんですか? これは……」
するとそこに、ある魔法使いの少女が現れた。
ピンクの髪にミニスカート、そう彼女は、サキュバスクイーンに遊ばれている、リルであった。
「ふぉっ?! なんと! 魔王を倒したスライム?! ぬぬぬ……それは、倒せばお師匠様に顔向け出来る」
実は彼女、ここ最近サキュバスクイーンの所にばかり行っていた。色々と、危ない道に落ちていたみたいだ。
それではいけないと、奮起してここに来たのだろう。彼女は、力強く杖を握り締めると、最大の魔法を唱えた。
「サーマル・フレイムランス!」
なんと、周りの熱を高熱にし、そこから強力な炎を発すると、それをスライムに向けて放ったのだ。だが……。
『プヨォォオ!!』
「きゃわぁぁ!! 嘘ぉ!!」
やはり跳ね返されていた。それを見て、もはやどの冒険者も諦めていた。因みに、その時他のモンスター達は、同類をどうやって助けようか、皆で知恵を絞っており、攻撃はしていなかった。
しかし、リルの攻撃の後、スライム達の様子に、変化が現れた。
『プゥゥゥ……』
「ん? な、なんだ? 震えている?」
「おい、あの魔法使いの少女の攻撃が、効いているのか?!」
しかし、冒険者達の考えは甘かった。いや、邪教神官の状況判断が、最初から間違っていたのである。
今まで合体したスライム達は、共有したその張ったお腹に、攻撃をされ続けていた。つまり、刺激を受け続けていた。
出そうで出ない状況、そこにツンツンと突かれまくるようなものである。
そう……スライム達は実は……全員便秘をしていたのだ。そして、お腹の張りが最高潮にまで達し、我慢が出来なくなり。トイレに集まっていたのだ……。
そこに、攻撃をしていた魔王を含めた冒険者達……震えたスライム達に、もしかしたらなんて希望を抱いたのは、数分前――
――そして現在……。
「プゥゥゥ……」
「プヨプヨ!」
「プヨヨ~!!」
満足そうな顔で、小さく分裂したスライム達が、その場を去って行く。
ドロドロのゲル状に包まれ、地面に倒れている冒険者達と、モンスター達を尻目に……それが、恐らくスライムの……いや、これ以上は冒険者達と、モンスター達の尊敬に関わるため、伏せておく。
「んふぅ~リルちゃ~ん。なんてそそる姿なのぉ~」
因みにその時、ゲルまみれになり、なんとも危ない格好になっているリルを、サキュバスクイーンが人知れず連れ去っていた。
「う~ん、うぅぅ……スライム共が……」
「魔王様! 大丈夫です! 魔王様の方がお強いです!」
そして、魔王の復帰は遠かった。
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