旅立て、勇者の息子!

 さて、ここは魔王城の会議室。


 今回もまた、議題はあれである……。


「勇者の息子はどうなっておる?」


「はっ、魔王様……その……」


 その魔王の言葉に、邪教神官は申し訳なさそうな顔をしている。その表情を見る限り、どうやら上手くいっていないようである。だが、それは魔王も予測していたらしく、ため息をひとつ溢すだけだった。


「まぁ良い、期待はしていなかった」


「はぅぐ!!」


 どうやら今の言葉は、邪教神官の胸に、深く突き刺さったみたいだ。身体を揺らして意識が飛びそうになっている。


「邪教神官様、お気を確かに!」


 それを見た他の精鋭達が、一生懸命邪教神官の身体を揺すっている。


「それで、勇者の息子は今なにをしている。息子なだけに、息子を掴んでナニしてるんじゃなかろうな?」


 …………会議室が一斉に凍り付いた瞬間であった。


「……早く水晶玉に映し出せ!」


「はっ、はい!!」


 その後、無性に恥ずかしくなった魔王は、慌ててカボチャ頭の魔道士に向かって、そう叫んだ。


 そして、映し出された光景は……。


『皆~!! 今日は来てくれてありがとな~!!』


『キャァァ~!! ブレイバーズ~~!!!!』


 大量の人々に囲まれ、その前方のステージで、楽器片手に叫んでいる勇者の息子であった。


『バンド組んで、ライブしてんじゃねぇよ!!』


 会議室のモンスター達が、一斉にそう叫ぶ。魔王に至っては、口を開けてポカーンとしていた。


『それじゃあ、メンバーを紹介するぜ! 先ずはベースの、魔法使いヒューイ!』


『俺の魔法で、心地よい重低音を届けるぜ!』


 そして、紹介された魔法使いの男性は、ベースを弾いた後に自己紹介をする。


『音じゃなくて、魔法をこっちに届けろよ!』


 それを聞いた精鋭達は、また叫ぶ。


『そんでギターの、僧侶ハンス!』


『私の癒やしのギター音で、癒して上げるぜ!』


 そしてその後、今度は魔法使いが、僧侶の男を紹介すると、それに続くようにして、僧侶はギターを弾いた後に自己紹介をする。


『癒すのは仲間だろう!』


 当然のごとく突っ込む精鋭達。


『そしてドラムの、武闘家ギース!』


『俺の腕力によるドラム音で、会場の空気を割ってやるぜ!』


 その後、僧侶が武闘家の男性を紹介すると、武闘家はドラムを叩いた後に自己紹介をする。


『割るのはレンガとか岩にしとけよ!』


 そこでモンスターと言わなかったのは、流石の彼等も、自虐はしたくないという思いがあったみたいだ。


『そして! 我等がリーダー、ボーカルの……勇者ロ~イ!!』


『皆ぁ!! 今日も盛り上がってくぜぇ!!』


『キャァァア!! ロイさ~ん!!』


 その後、武闘家が勇者の息子を紹介した瞬間、会場の女性達が一際盛り上がり、大歓声を上げていた。


 メンバーは全員、パンクな服装をしていて、それがまた思いの外似合っており、会場の女性達を虜にしていたのだ。だからこその、この歓声。勇者の住む街は、完全に現実逃避していた。


『それじゃあ1曲目、行くぜ! ジャスティス!』


『お前が言うなぁぁあ!!』


 だが、精鋭達がそう叫んだ後、全員息切れを起こしていた。流石にツッコミ過ぎたようである。まして邪教神官に至っては、泡を吹きながら意識を失っていた。


 そして当の魔王は……。


「お……のれ!」


 当然怒っていた。


 身体を震わし、握り拳を作り、それで自分の座っている椅子を押さえつけていた。


「魔王様、こうなったらこの会場に、俺の部隊をありったけ投入して……」


「いや……」


 そして、人型のドラゴンがなにか言おうとした瞬間、魔王がそれを止めてくる。その後、魔王は険しい表情になると、精鋭達全員を眺める。


「お前とお前とお前、付いてこい」


 そう言って魔王が指示したのは、人型のドラゴンと、カボチャ頭の魔道士と、そして狼の獣人のモンスターであった。


「はっ、魔王様、どこに?」


「余が、直接乗り込む」


『なんですって?!?!』


 その魔王の言葉に、そこにいた誰もが驚いた。当然だ、魔王が勇者と激突すると言っているのだから、皆驚かない訳がない。


「お待ち下さい、魔お……」


「ゆくぞ!」


 それを、邪教神官が止めようとするも、魔王は聞く耳持たずに、先程の3人を連れ、瞬間移動してしまった。


「あぁぁぁ……現魔王様になにかあれば、私は先代魔王様に、あの世で合わす顔がない……!」


 そして、邪教神官はその場に崩れ落ちる。いったい、この先どうなってしまうのか、残った者は皆、不安になっていた。


 ―― ―― ――


 そしてここは、勇者がライブをしているステージの上。そこには、魔王が突然現れた事により、騒動が起きて……いるかと思いきや、逆に静まり返っていた。


 理由は簡単。


((なんだあれは?))


 魔王は、いつものトイレ掃除をする時のつなぎと、ゴム長靴とゴム手袋を付け、連れて来た精鋭達は、Tシャツと短パン姿であった。そして精鋭達のその手には、いつの間にか楽器が握られている。


(なっ……この風貌……あの服装……会場のトイレ清掃員か?)


 勇者の息子、ロイがそう思うのも無理はなかった。


「おい、あんた、ここは立ち入り禁止……」


 しかし、ロイがそう言い切る前に、魔王はどこからとも無くマイクを出現させ、それを握りしめると、ゆっくりとマイクを口元に持っていく。そして……。


「ボンッツッ、ボンッツッ、ボンツクッ、ツィッ」


 なんと、ボイスパーカッションをやり出した。


 ボイスパーカッションは文字通り、口で打楽器の音を再現する事である。これはかなり奥が深く、極めるととてもカッコいいのである。しかし……。


(魔王様……それじゃあ、俺達が楽器を持っている意味がないのでは……?)


 後ろの精鋭達は呆然としていた。


 だが、魔王は続けていく。勇者に、歌で文句を言う為に。そう、魔王はあえて勇者と同じ舞台に立ち、戦おうとしていた。


「♪これが初顔合わせ、宜しく頼むZO、勇者の息子、ロイ!」


 そして、何気に初対面なのである。なぜにラップなのかも、今は置いておこう。魔王は真剣であった。


「♪余が今、なにをしていると思う。怠け者の、貴様のおかけで、トイレ掃除!」


 すると、ロイは他のメンバーに合図をする。


「おい、こいつを追い出すぞ」


 ロイがそう言うと、メンバーは楽器を演奏しだす。


「♪文句言ってカッコ悪ぃぜ! 俺は俺のやりたいことをしているだけ! 情けない事をしているのは、お前のせい!」


 まさかの即興演奏による、ロック系の歌で、ロイは対抗してくる。そんなロイを見て、魔王も後ろの精鋭達に合図を送る。


(はっ……そうか、こうなると分かっていて俺達を……よっしゃぁあ! 地獄の演奏を会場中に轟かせてやる!!)


 そして、魔王の精鋭達が演奏しだしたのは、なんとデスメタル。それもかなりの高レベルである。それに続くように、魔王も歌う。


「ヴォォォオオ!!(デスボイス)」


 いや、シャウトした……それは、会場の周りの動物達を気絶させるほどの、地獄の雄叫び。会場の人達も、気絶する人が出るほどである。


「♪その貴様の貴様の怠けぶりは、人間以外の生命体!」


「♪お前の格好も、ダサくて最高! 本当に魔王か、疑うぜ!」


「♪良いから貴様は、地獄のダンジョンに迎えぇぇえ!」


「♪嫌な事は無理やりしねぇぜ! 正義は、存在しているだけでジャスティス! 魔王は城に、籠もってろ!」


「♪とっとと旅立て、余は、ニートは嫌じゃぁぁあ!!(シャウト)」


 まさに一進一退の攻防だったが、最後の魔王のシャウトは、流石の勇者も耳を塞ぐほどであった。


「ぐっ……くそ!!」


 そして、勇者とそのパーティメンバーは、頭に響く程の魔王のシャウトを聞き、地面に崩れ落ちた。それを見た魔王は、ゆっくりと勇者に近付いて行く。


 誰もが、もう終わりだと思った瞬間、魔王は勇者を指差す。


「トイレを綺麗にして、待っているぞ」


 そう言い残し、魔王は再び瞬間移動をし、帰って行った。


((えっ……?))


 ただ、その言葉に勇者パーティは呆然とし、そして意気揚々と帰ってきた魔王に、邪教神官がシャウトする。


「なぜトドメをささないのですかぁぁぁぁあ!!!!」


「……スッキリしたかったから」


 復讐はどこへやら……その魔王の言葉に、邪教神官は卒倒し、2週間寝込んだという。

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