誰のもの?

「ふふふ……ここの汚れは完璧だ。綺麗にしたぞ」


 ここは上級者ダンジョンのトイレ。この世界の魔王は、今日もトイレ掃除に勤しんでいる。そして先程、小便器の外に飛び出ていた尿などの汚れを綺麗にし、魔王は達成感を感じていた。


 床がタイルになっているここのトイレは、そのタイルの隙間にも汚れが出るので、また一苦労だったようだ。


「ふふ……一仕事終えた後の魔王ビールは、また格別よ。残り3つだな……頑張るか」


 どうやら最近の魔王は、トイレ掃除を終えた後に一杯やるのがブームらいし。まるで一生懸命働いている人間みたいになっている。


 そして、魔王がそのトイレから出て、次のトイレに向こうとした時、目の前にあり得ないものが置いてあったのだ。

 それは黒くて丸い球体……しかし、あり得ない程の異臭を放っている。


「ぐぉっ!! な、なんだこれは?!」


 その強烈な臭いに、魔王はたまらず鼻を摘まんだ。魔王ですら我慢が出来ない程の異臭、当然他のモンスターが耐えられるわけもなく、ここのダンジョンの強敵モンスター達は、軒並みひっくり返っていた。


 そして、魔王にはそれがなにか、直ぐに分かった。


「だ、誰だ! こんな所に大量の便を集めたのは!」


 そう、それは大量の便が集まり、丸くボールのように固まったものであったをその大きさは半径数メートルはあり、大岩並みの大きさがあった。


「くそ……せっかくトイレを綺麗にしても、こんなものがダンジョンにあったら、冒険者が来ないでは……いや、上級者のダンジョンは未だに1人も冒険者が来ていないな」


 つまり、このダンジョンにはモンスターしかいなかった。それでも、魔王にとっては許しがたい事態。なんとしても犯人を突き止めようとしていた。


「くっ……しかし、先ずはこれを処分しないと……邪教神官!」


 しかし、いつもは魔王の呼びかけに対し、直ぐに飛んでくる邪教神官が飛んで来ない。


「むっ? 邪教神官!」


 だが邪教神官は現れない。


「邪教神官!!」


 それでも現れない。


 しかし、そこで魔王はとんでもないものを見つけてしまった……。


「じゃ……邪教神官?!」


 その巨大な丸い糞便の中に体が半分埋まり、気絶している邪教神官の姿を……。


 そう、彼は魔王に見つからない内に、これをなんとか処分しようとしたのだろう。しかし、あえなくそれに取り込まれてしまい。自らも巨大な糞便の一部となってしまったのだ。


「くっ……既に有能な部下が……いや、だが余にはまだ有能な部下が沢山いるぞ! 集まれ! 精鋭達!」


『お呼びですか?』


 すると、魔王の声に反応して、精鋭モンスター達がその場にやって来た。カボチャの頭をした魔道士ジャックに、首無し騎士デュラハン。狼の獣人に、大きな槍を手にした竜人。どのモンスターも、ボス級の強さを持っている。

 しかしそんなモンスター達も、この異臭と目の前の物体に悲鳴を上げる。


『なんだこれは?! これって、ウ〇コ?!』


「えぇい、直接的な単語は使うな!」


「いや、でも……ウ〇コは〇ンコで……げぶっ!」


 それでも汚い表現をしようとした狼の獣人は、魔王の裏拳をくらい、仰け反って倒れてしまった。


「あっ、あ~ダメですよね! そんな汚い表現なんて~それで……えっと……この大量の排泄物はいったい……」


 なんとか上手い表現を見つけて切り抜けたジャックは、魔王にそう言った。だけど、その顔からは冷や汗が出ていた。


「余にも分からん。だが、このまま放っておいては危険だ」


「確かに危険だな。臭いだけでこれだけの犠牲者……更には、意外と柔らかくて取り込まれやすい……これは危険だ」


「うむ……」


 その魔王の言葉に、竜人が合わせてくる。魔王も、自分の事を分かってくれる部下の言葉に、感心しながら頷いている……が。


「今すぐここから移動させて、勇者の息子の街へと放り込め……ばはぁっ!!」


 次の一言で魔王のその気持ちは打ち砕かれ、そして魔王は瞬時に竜人に向かって、ニーキックを顎にお見舞いした。


「先ずはこれを何とかして、それから犯人を見つけ出して罰するのだ!」


『あっ、はっ、はい!!』


 そして魔王の叫び声に、狼の獣人と竜人も起き上がり、慌てて皆と一緒に返事をした。そこはやはり、魔王という存在だからこそ、怒らせたら恐いというイメージがあったのだ。


 その後は、皆一斉に動きだし、その固まった便を何とかしようと、必死に思考を張り巡らせている。


「水で流すか?」

「バカお前、水平な廊下でそんな事しても、どっちに流れていくか分からねぇだろうが! 下手したら、もっと悲惨な事に……」

「移動させようにも、触りたくもねぇな……」

「武器も使いたくねぇなぁ……」


 しかし、どれもこれも上手い解決策は見つからない。


「えぇい、余の力で吹き飛ばしたり破壊しても、この存在を消すわけではない! どこか別の場所で、或いはこの場所で破裂するだけだ」


(それは勘弁だ……)


 魔王の言葉の前に、誰もがそう思った。だけど、精鋭達が魔王にも何か策を出して貰おうと、目の前の巨大な便の塊から目を離し、背後にいる魔王を見た瞬間、魔王の表情が強張っている事に気付いた。


 そして、魔王は一歩一歩後ろに下がっていく。


「魔王様? どうしたんですか?」


 だが、精鋭達も薄々は気付いていた。


 魔王が後ろに下がっていくと同時に、ズリッズリッと何かを引きずるような音の後に、何かが転がりだす音が聞こえたのだ。それと同時に、異臭もキツくなる。


 嫌な予感がした精鋭達は、ゆっくりと後ろを振り向いた……すると。


『うわぁぁあ!!!!』


 なんと、巨大な丸い球体となった便がゆっくりと転がり始め、精鋭達と魔王に向かっていたのだ。


 そして、精鋭達が悲鳴を上げて逃げ出したと同時に、それは勢いにのり始め、一気にスピードを上げて転がって来た。


「魔王様!! 真っ先に逃げるなんてズルいですよ! 情けないです!」


「馬鹿者!! むしろ余を守らずして、何が精鋭だ! 余を守れ!!」


「魔王様が魔法で吹き飛ばして下さいよ!」


「えぇい、貴様の能力でなんとかせい、ジャック!!」


 逃げると同時に、魔王の横に並んできたジャックが、魔王に文句を言うが、魔王も言い返していた。

 そして、魔王の言葉を聞いて、自分が魔王を守る立場のモンスターだと気付き、その足を止めた。


「ふぅ……しょうがないですねぇ。良く考えれば、ここで活躍すれば、次期魔王も夢ではないですね。それでは見せて上げましょう。何でも溶かす、私の魔法の薬剤……をっ?!」


 だがジャックは潰された。


 そもそも道具を準備する前に距離を詰められていたのだ。ここは立ち止まらず、走りながら取り出すべきだった。

 しかし、ジャックは格好つけた。ここでカッコイイ所を見せれば、自分の株も上がるだろうと邪推したのだ。結果、かっこ悪い姿を見せてしまった。


「なるほど……転がる内に、柔らかい物体が押し固められ、硬くなっているのか」


 そしてその様子を見て、デュラハンがそう言ってくる。確かに良く見ると、邪教神官は取り込まれたままでいて、ジャックは取り込まれずに潰されていた。つまり、硬くなっていたのだ。


「仕方ありません。ここは、私が防ぎます」


「おぉ、デュラハン。頼んだぞ!」


 すると、今度はデュラハンが立ち止まり、そして体の鎧に手をかけた。


「ふっ……私は首無し騎士デュラハンは、妖精であったりアンデットであったりするが……私のタイプはゴーストだ……つまり、霊体なのだよ。それがどういう事か分かるか?」


 そう言うと、鎧を脱いだデュラハンは、両手を大きく広げる。スケスケの男性の様な体からは、とてもこの汚物を受け止められそうにはなかった……そして実際……。


「体をすり抜けるのだ~!!」


『裏切ったな!! デュラハン~!!』


 受け止める気など毛頭なかったようだ。


 そしてその瞬間、魔王と残る2人の精鋭の怒号が飛ぶ。だが、便は止まらない。


「くそ……こうなったら。俺達2人で……」


「なるほど……パワータイプの俺達2人なら……」


「あぁ……この手は汚れてしまうだろうが、魔王様の盾にはなれるぞ」


「良かろう……やってやる」


「おぉ……2人とも、その心意気忘れぬぞ」


 なにか物騒にも聞こえるが、球体になった便を止めるだけである。そして、2人はその場で立ち止まると、両手を前に突き出し、気合いを入れる為に叫ぶ。


『やぁぁってやる……ぜっ?!』


 だが、それが危ないかけ声になる前に2人は呆気なく潰された。


「少しは役に立たぬか、馬鹿者!!」


 そして、その便の塊は遂に……魔王に迫ってくる……しかも、よりにもよってこの先は下り坂となっていた。


「い、いかん! これでは潰される! やむを得ん、このダンジョンが吹き飛ぶかも知れんが、汚物に潰されるよりマシだ! 魔王の……っ?!」


 だが、既に下り坂に入っていたらしく、球体となった便はその速度を上げており、振り返ると同時に魔王も潰されてしまった……。


「えっほえっほ……子供が大量に産まれて、沢山ご飯がいるぞ~!! 父さん頑張っちゃうもんねぇ!! 急な坂道もなんのその! 障害物だってなんのそのだ! その前に、なにか色々踏み潰した気もするけれど……まっ、いっか~!! 待ってろ~子供達~愛する我が君~栄養満点の食事を持って行くからな~!」


 後に残るは、昆虫モンスター「ビッグフンコロガシ」のかけ声だけであった。

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