ダンジョンのトイレ清掃員は魔王様?!

yukke

魔王様がトイレ掃除している?!

 ここはとあるファンタジー世界のダンジョン。


 この場所は比較的街に近く、様々な冒険者達がやって来る。その為、ここの世界の魔王は、このダンジョンに重要アイテム等は設置しなかったし、正直魔物もそこまで強いのを配置していない。


 要するに、冒険の初心者が挑むダンジョンだ。その為か、ここのダンジョンは人の往来も多く、魔物も入れ替わりが激しかった。


 そしてその一角……このダンジョンのトイレで、今日もせっせと働く清掃員がいた。


 ダンジョンにトイレが無いなんて、誰が決めた? 知られていないだけで、実は存在しているのだ。

 初心者のダンジョンなら、最深部まで長くないし、不必要かも知れない。しかし、生きとし生ける者であれば、急にもよおす場合もある。だから必要なのだ。


 人も魔物も等しく利用出来る様に……それは、あるのだ!


 しかし、人も魔物も利用出来るとなれば、そのトイレは多様である。よって掃除も一苦労。更に、その往来が激しければ尚更である。


 そして、そこに今日も、若い男性の冒険者が1人入って行く。


「は~良かった! ダンジョンにもトイレがあって助かるぜ~昼に食べた、クラーケンのカルパッチョがあたったのかな?」


 どうやら、彼は昼食に食べたものでお腹を壊したようで、そこに手を当てて走って来た。


 そして、トイレの扉を開けると……そこには!


「へっ?」


 頭に威厳のある角を生やし、目にした者を全て射殺す様な鋭い眼光。口元には髭を生やし、とっても恐ろし顔付きをした者が居た。

 しかし、その服装はつなぎに水仕事用のエプロン、そしてゴム長靴。更に右手にはモップを持ち、反対の手には塩素系のトイレ用洗剤。


 誰もが、彼を清掃員と思うだろう。


(な、何だ。清掃員か? そ、それにしては迫力あるなぁ……ちょっと怖い)


 若い冒険者も、そう思っていた。しかし、続けて入って来た魔物達の言葉で、その考えは崩壊する。


「あ~魔王様! 今日もお疲れ様っす!」


「魔王!!??」


 そう、彼こそがこの世界に君臨する魔王であった。


(しかも、後ろからはモンスターが……は、挟まれた……や、やれるのか? 昨日、立派な冒険者になると言って、生まれ育った村を飛び出した俺に、こんな……こんな大役)


 要するに、彼はコテコテの素人冒険者だった。

 その手に持つ剣も、お世辞にも素晴らしいとは言えない、古びたショートソードが握られている。だが、その姿を見た魔王が、トイレの壁に貼っていた紙を指差した。


『トイレ内、戦闘厳禁』


「はっ……?」


 これは魔王が決めた事で、どんな生物でも、生きている者にとって、この場所は心安らぐ場所であり、決して喧噪にさらされてはいけないと言う考えの元、考案されたものであった。


 そして、この世界の全てのダンジョンに、それを当てはめたのだ。


「まぁ、と言うわけだ。この中では、人も冒険者も一時休戦と言うわけだ!」


 そんな中、二足歩行をする筋骨隆々の牛のモンスター、ミノタウロスが、その冒険者の肩を叩き、そう言ってきた。

 このモンスターは、初心者ダンジョンにはいない、中級者向けのモンスターである。


 よって、冒険者が動揺してしまうのも、無理はなかった。


(な、何故こんな奴がここに?)


 彼がそう思っていると、他のモンスター達がミノタウロスを見つけ、挨拶をしてくる。


「あっ、ボス! お疲れです!」


「おう! 今日はどうだ?」


(ボス?! ここのボス?!)


 しかし、ここは戦闘不可。もしかしたらなんて考えが巡っていても、手出しは出来なかった。

 むしろ同じ冒険者達が、モンスター達に会釈して去って行く始末。新米冒険者の彼は、混乱していた。そして、重大な事を忘れていた。


「はぅ!! 腹が!」


 そう、彼はお腹を下していたのだ。


「ヤバいヤバい!」


 そして彼は、急いで空いている適当な個室を探す。だが、中々見つからない。どれも入られてしまっていたのだ。

 しかし、そんな危機的な彼の状況に、一筋の光が見えた。1つ空いていたのだ。


「あっ、あそこだ!」


 しかしそれを、魔王が彼の前方を塞ぐ様にして止めてきた。


(なっ……そんな! そうだ、こいつは魔王……俺が漏らすのを見て嘲笑う気か! ここを戦闘不可にしていおいて、そう言う姑息な手段を使うのか?!)


 もはや数分後には漏らすという彼の脳内は、混乱からかそんな事を考えていた。しかし、魔王の口から出た言葉は、別のものだった。


「そこは、スライム専用だ」


「はっ……?」


 疑問に思った冒険者が扉を見ると。


『スライム専用トイレ』


 と、確かに書かれていた。するとそこに、プヨプヨして丸いゼリーみたいな形状をした、一匹の青いスライムが現れた。そして、そのままそのトイレへと入って行く。


(見てぇ!! 逆に見てぇ……スライムって、どうやってしてるんだ?!)


 しかし、前には魔王が立ち塞がっている。諦めざるを得なかったが、またまた彼は重大な事を忘れていた。


「はぅ!!」


 そう、彼はお腹を下(以下略)


「ヤバい、ヤバい! 人間用は?!」


 冒険者のその言葉に、魔王が彼の背後を差す。

 このトイレは、丁度真ん中に入り口があり、入り口側に個室がある。その為、入って左手が特殊モンスター用となっていて、右手が人間、もしくは人型モンスター用になっていた。広さもそこそこあり、10人くらいは利用出来そうな広さである。


 だが、ここで考えて欲しい。

 人間が沢山集まる場所、特に買い物をする場所等のトイレは、男性と言えど、個室が混んでいる事があると言う事を。


「ぜ、全滅……?」


 そしてもう既に、この冒険者には限界が来ていた。

 腸から来襲してくるそれは、最終関門を突破しようとしている。


「あ、あぁ……も、漏れ」


 それでも、彼は我慢をする。何故なら、それに最終関門を突破されてしまえば、彼は陥落してしまうから。人としての尊敬も、何もかもが崩壊し、陥落してしまう。


 されど、トイレの個室の扉は開かない。こんな時に限って、全員長丁場らしい。


「は、は……お、終わっ……」


 しかし、それを見ていた魔王も、心情は良くなかった。


(汚されては困る)


 彼は彼なりに、このトイレを綺麗にしている。それこそ、漏らされても掃除をすればと思うが、他人のを掃除するのは、苦痛ではある。

 慣れてしまっている人なら平気かも知れないが、魔王は慣れていなかった。つまり、魔王がこうやってトイレ掃除をするようになって、まだ日が浅いのだ。


 その説明をする前に、魔王がこの状況どうするか見てみよう。いや、見ない方が良いかも知れない……。


 何と魔王は、壁にかけていたモップを取ると、向きを変え、柄の方を冒険者に向けた。そして位置を調整すると……。


魔王デビルモップがけモッピング!」


「ぽぉうぁぁぁあ!!!!」


 冒険者のお尻にぶっさした。


 汚い、非常に汚いのだが、漏らされた事を表現するより、マシかも知れない。いや、これもこれで衝撃的な映像ではあった。

 そもそも、これはモップがけではないだろうが、そこは置いておく。


 とにかく、これで冒険者は漏らす事は無いのだろうが、別の意味で冒険者は崩壊していた。ズボンも破れ、下着も破れ、これではもう、この先冒険は……その前に、人としての尊敬が崩れている。


「むっ? モップが汚れてしまったか。まぁ、良い。後で処分するか」


「魔王様、流石にやり過ぎなんじゃ……あの冒険者、微動だにしませんよ」


「構わん。トイレの平和が守られたら、それで良い」


「はぁ……」


 呆然とするモンスター達を前に、魔王は次のダンジョンのトイレへと向かって行く。その場に魔方陣を展開させ、一瞬の内に。そしてその魔王の顔は、やり遂げたと言う顔をしていた。


 その後その冒険者は、個室から出て来た他の冒険者に助けられたと言う。そしてその後、彼にはあるスキルが身に付いたのだが、それはまだ先の話。


 ここの世界のダンジョンのトイレは、魔王によって清潔を守られていた。

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