魔王様の事情
さて、ここで1つ、疑問が生まれる。
何故この世界の魔王が、トイレ掃除などしているのか?
それを説明するには、1ヶ月前に遡る。
―― ―― ――
約1ヶ月前。この世界の魔王が住む、骸骨の装飾を主体とした、禍々しい城の広い広い会議室で、ある会議が行われていた。
「え~それでは
そう言って、円卓の北側、その円卓を眺め降ろすようにして座っている魔王の、その手前にいた魔物が立ち上がり、そう言ってきた。
神官と言っている為、その風貌は、教会の神官が着ている祭服……ではなく、髭もじゃのヨボヨボのおじいさんが、白いTシャツとベージュ色の短パンを履いているだけで、威厳など無かった。
辛うじてそのプライドからか、白Tシャツの真ん中に『邪教神官』と書かれていた。なんだか痛いおじいちゃんである。
「え~ご存じの通り、我等が憎き勇者……」
勇者。そう……この世界にも勇者はいる。やはり、魔王を倒すのを目的として動いて――
「……の子供が、怠けている件に関してですが」
――などいなかった。
実はこの世界の勇者は、2世なのである。つまり、本当に世界を救った勇者と呼ばれた人物は、今は亡き父親の方であった。
そして、魔王もまた2世であり、父親をその勇者に殺され、なんとしても無念を晴らそうと、その勇者の息子に宣戦布告をしたのだが……。
「対策として、何回も使者を送りつけ、勇者の住む街を滅ぼそうとしたのですが、返り討ちにされ。しかも、こんな手紙を!」
『魔王討伐とかクソだりぃんで、もう襲ってこないで下さ~い』
完全に相手にされなかったのである。
「おのれ! 魔王様を愚弄するとは!」
「落ち着け! いくらここで怒鳴ったところで、奴には届かん!」
「しかし、勇者が行動しないから、我々は暇なのだぞ!」
「あぁ、まぁ……武器とか防具とか、色々整備したとしても、今のところ全部無意味だからな……おかけで、俺達全員」
「そうだな……Tシャツと短パンのみだ」
そう、円卓を囲んで座っているモンスター達は、全員そんな格好をしていた。
人型をしたドラゴンや、中身をくり抜いて、不気味な目や口を付けた、カボチャの頭をした魔道士、立派な狼の耳をした、フサフサの毛が素敵な、二足歩行の獣人など、皆それぞれ、魔王を守るに相応しい能力を持ったモンスターだと思われるが、全員Tシャツと短パンだ。
しかも、首無し騎士デュラハンまで、鎧ではなくTシャツ姿であった。腕は真っ白いけれど、どうやらあるみたいだ。ただ首が無いので、なんとも不思議な事になってしまっている。
そしてこの格好は、魔王もであった。
「余の威厳が……」
「あぁ! 魔王様、落ち着いて下さい! 大丈夫です! なんとしても、勇者の息子にやる気を出させるんです!」
相変わらずの展開に、いい加減キレそうになっている魔王を、邪教神官が止めてくる。が、老体には厳しかったのか、そう叫んだ後に、身を屈め、肩で息をし始めた。
「あぁ! 邪教神官様が、息切れを!」
こんなので、本当に大丈夫なのだろうか、魔王は一抹の不安を抱いていたものの、もっと不安なのは、勇者の息子の行動であった。
「おい、誰か! のぞき見の水晶に、今勇者の息子が何をしているのか、映し出せ!」
すると、カボチャ頭の魔道士が、机の上に水晶を出してきて、それを光らせ始める。どうやら、それで離れた所の様子を見られるみたいだ。
「勇者の息子の様子、出ます」
そして、カボチャ頭の魔道士がそう言った瞬間、全員一斉に水晶に集まる。するとそこに、勇者の息子の、今現在の様子が映し出される。
『ども~っす! 2代目勇者、ロイです!』
『キャア~! ロイさ~ん!』
((合コンしとる……))
それを見たモンスター達は、全員そう思った。
映し出された光景は、どこかのバーで、女の子数人と、その他数人の男性とで、和気あいあいと話し合っている、勇者の姿であった。
金髪の髪をアレンジしまくり、鎧なんて着ずに、革のブーツにジーパン。更には黒いジャケットに合わせるように、Tシャツもカッコいい柄の入ったものを着ていた。
誰が見ても、これが勇者? としか思えない格好であった。
こっちの世界にも、このような派手な服装は存在しているものの、戦闘をやらない者達の、ただの見栄っ張りで着る為の衣装として、認識されている。
だが……勇者の息子は違った。
父親が偉大な勇者だからだろうか、その息子がこんな格好をしていても、誰もただの見栄っ張りと思わず、カッコいいと思ってしまっていた。
そして実際、その血を引いているからか、息子ももの凄く強かった。現に何回も、この勇者の息子ロイの住む街を、モンスターに襲撃させたものの、このロイに一掃されていたのである。魔法が使え、剣術も最強。向かうところ敵無し……なのだが、性格はこの通りである。
『魔王なんてよ~なんにもしてないぜ! と言うのも、奴も前の魔王の息子でな、実は弱いんだよ! 王国の兵士にすら勝てないんだぜ!』
『え~本当に~?! よわ~い!』
そしてその瞬間、水晶は割れた。
「ま、魔王様! 落ち着いて下さい!」
「誰が……弱い? 余か?」
「いえ……魔王様は十分お強いです!」
怒り狂う魔王を、なんとか宥める部下達。そして実際、勇者の言ってる事は、嘘っぱちであった。
この世界は、その勇者の怠けっぷりのせいで、勇者の住むその街以外は、魔王軍のものとなっていた。それにもかかわらず、勇者は動かず、制圧した場所の維持も、魔王軍がなにもしなくても、取り返される心配はないときている。
実は魔王軍は、街を制圧する時に、人々から武器等、戦える物を全て回収していた。そのせいで、内部からの奪還はほぼ皆無となっていた。
しかし、ダンジョンを攻略しようとする冒険者達は、後を絶たない。それは、現状を知っていて、我こそが次の勇者にならんと、皆必死になっていたからだ。
そして魔王軍は、ダンジョンの維持と、その冒険者の相手をするだけになってしまったのだ。
だが実際、その冒険者達も素人上がりなのだ。
結局、ある程度の武器は使えど、モンスターとの戦闘では上手く立ち回れず、中々1つのダンジョンを攻略する事が出来ずにいた。
だから、魔王を含めた精鋭は、やることもなく、皆Tシャツ姿でも平気でいられた。
だが、それではいけないと、精鋭達は皆各々で動き始めた。
勇者を、旅立たせる為に!
「それでは、俺は引き続き、あやつの住む街を襲撃させよう!」
人型のドラゴンは、強硬手段を使って、勇者を引きずり出そうとする。
「それでは、私はあいつの仲間や家族に、それとなく緊迫した状況を伝え、なんとしてでも動かして貰いましょう」
カボチャの頭の魔道士は、情報操作をして、勇者を動かそうとする。
「私は、彼の夢枕に立って、毎晩旅立つようにしつこく言います」
首無し騎士デュラハンは、己の能力を使って、勇者を無理やり旅立たせようとする。だが、夢枕は一般的な幽霊のような気がするが、同じ霊体扱いだから、問題ないのだろう……。
そして……。
「余は、何をすれば良い?」
「……」
魔王のその一言で、一同黙り込んでしまった。
(どうしよう……魔王様も動く気だ)
(魔王様が動いて、直接勇者に喧嘩を売るのも有りだが、正直ああ見えて、勇者の息子は強い。万が一魔王様が負けたとなれば……)
その精鋭達の心配は当たっていた。現在、勇者と魔王の力はほぼ互角。拮抗していたのだ。
そもそも、今の勇者の息子がサボっていなければ、色んな場所で、一進一退の攻防を繰り広げていた事だろう。
だからこそ、魔王に直接動いて貰うのは、ある意味危険でもあった。それこそ、これが勇者の作戦かも知れないからだ。
「あ~! 魔王様は、お城を守っておられれば……」
「ここまでのゲートを、ダンジョンに隠しているのだろう? ならば、そこまでしっかりと守る必要があるか?」
つまり、冒険者達がひたすらダンジョンを攻略しようとしているのは、そういう事であった。どこかのダンジョンに、魔王の住むこの城に繋がる、ゲートがあるからだ。
「あっ……それなら、椅子に座って、状況を確認するだけでも……」
皆、苦し紛れに色々と言っているが、どれも魔王を納得させるものではなかった。そして、魔王の口から、遂にあの言葉が放たれる。
「そんな事をしている余は、ニートではないのか?」
「!?!?」
この世界に、そんな言葉が存在するのか謎であるが、勇者の怠けっぷりを見ると、あながち存在していてもおかしくないのではないかと、そう思ってしまう。
そして正直なところ、魔王はニートと言われても、致し方ないだろう。ただ椅子にふんぞり返っているか、良くて城の中をウロウロするくらいだろう。ほぼニートと変わらなかった。
「い、いやいや! 魔王様はそれが仕事といいますか。それで問題ないというか……誰もニートなど……」
「ニートではないのか?」
「うぐっ……」
流石の邪教神官も、魔王の迫力に押され始める。しかし……。
「お言葉ですが魔王様、魔王様にやっていただけるような重要なお仕事は、今の所ないのです」
邪教神官は、切り返した!
確かに、今の勇者が旅立っていない以上、魔王の出番などないのである。よって、今現時点で魔王の仕事はなかった。
だが、それでも魔王は諦めない。働かないくずは嫌だからという目で、他の者を威圧している。
そしてそんな中、フサフサの毛をした狼の獣人が、ポロッととんでもない事を口にしてしまった。
「もう後は、トイレ掃除しかないんじゃないか?」
その瞬間、精鋭達全員の視線が、その狼に集まったのは言うまでもなかった。
「よし。余、トイレ掃除する」
『魔王様??!!』
こうして、半ば魔王の意地で、彼はダンジョンのトイレ掃除をする事となった。
仲間の反対を押し切って……。
その時の魔王の言葉は、こうである。
「働かない魔王は、ただの魔王だ」
そんな、良く分からない言葉を吐いて、魔王はダンジョンのトイレへと向かって行った。
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