弟子VS部下
ここは、水中ダンジョン最深部の男子トイレ。このダンジョンは、未だに誰1人として冒険者が来ていない、未攻略階層であり、水中モンスター達が暇して遊びまくっている場所でもあった。
そんなトイレでは、サメのようなモンスターと、タコみたいなモンスターが、それぞれ器用に立ち上がり、小便器で用を足しながら愚痴っていた。
「しっかしよぉ、勇者が怠けてくれてると、俺達としては暇だよなぁ!」
「本当本当! 腕がなまって仕方ねぇよ!」
しかし、ここは水の中……小便器で用を足した所で、水中に流れてしまう。よってここの小便器には、吸引機能が付いており、漂った尿を逃さず吸い取る……のだが、サメのモンスターは横から尿が流れており、そもそもタコのモンスターは小便器で用を足せていなかった。よって、垂れ流し。
「ふん!!」
「ぎゃふん!!」
「ぐへぇあ!!」
そこに、トイレ掃除に来た魔王が強力な水圧弾を放ち、2体のモンスターを壁に押し付けた。
「貴様等には、トイレを利用する意味が分かっているのか?!」
そして当然怒鳴る魔王だが、水中で喋れるのはなぜか。単に、魔法で周りに空気の層を作っているのである。
「し、しかし魔王様……」
そして水中のモンスター達は、特殊な音波によって、声を届けていた。そうやって会話をする中で、サメのモンスターが反論してくる。
「私、チ〇コが2個付いてるんですよ! どうしても片方から漏れちゃうんですよ!」
「そもそもサメのそれは、交尾に利用するだけじゃないのか?」
「あだだだだ! 引っ張らないで下さい! モンスターだから、別に良いじゃないですか!」
そもそもサメの性器は、本当に生殖にしか使われない。では、尿はどうするのか……難しい話が、サメは「尿素浸透圧動物」と言われていて、体内で合成した尿素の浸透圧と、海水の浸透圧とを同じにする働きをするのである。
それで何とかできるのか……というと、浸透圧の詳しい話をしなければならないので、ここでは割愛する。
とにかく、彼は本当のサメではないのか、ただ気分で小便器でやってるのかは分からないが、本当のサメならこんな事はしない。
「で……貴様もか?」
「はぁ……いやぁ、その……あだだだだ!」
その後魔王は、タコみたいなモンスターにも近付いて行き、足を1本掴んで引っ張り上げた。
もちろん本当のタコだって、哺乳類のような用の足し方はしない。ではなぜ、ここにトイレなどあるのだろうか? それは単純に……。
「あっぷねぇ、間に合った! あっ、魔王様、お疲れ様です! うぉぉぉ! トイレトイレ!」
人と魚を組み合わせた、魚人モンスターがいたからだ。
もちろんこのダンジョンには、他にも魚類と人類を掛け合わせた、特殊なモンスター達が沢山いる。ここのトイレは、そのモンスター達の為に作られていた。
「良いか? 貴様等は特殊な方法で、排泄が可能だろう? 違うか? ここを利用する必要がないなら、利用をするな!!」
『……はい』
そして縮こまるサメとタコのモンスター。どうやら、トイレを利用するのに憧れていたのだろう。慌てて入って行く魚人モンスター達を、羨ましそうな目で見ていた。
「ところで魔王様、その人間は?」
「むっ? 此奴か? 此奴は余の弟子で、トイレ掃除の腕を磨きたいらしいのだ」
「いや、死んでません?」
「むっ? タンじぃぃい!!!!」
サメのモンスターの言葉に、魔王が振り返って説明をしたが、そこには、サングラスをかけて力無く浮いている、あの老人の姿があった。まさかの御臨終である……。
―― ―― ――
「げほっ、げほっ……ひぃ、ひぃ……ぜぃ……は、花畑から婆さんが手招きを……」
その後、魔王によって空気の層を体の周りに作ってもらい、タコのモンスターの能力である電気ショックにより、老人は一命を取り留めた。このタコのモンスター、実は電気タコと言われていて、強力な電撃による攻撃をしてくるのである。
「全く、人間は体の周りに空気の層も作れんのか?」
「魔法使いと一緒にするな。儂はただのトイレ清掃員じゃ」
どうやら、老人が死にかけたのは、魔王のうっかりミスであった。因みに、この老人の名前はタンリウ・ジョルジと言い、前の職場では、仲間からタンくそじじいと呼ばれ、厄介がられていた。
「情けない……まぁ、その辺りも余が徹底的に鍛えてやろう」
トイレ清掃員にするのか、次期魔王にでもしようとしているのか、言葉からどっちとも取れそうである。
するとそこに、トイレの入り口の陰からこちらを睨む視線があった。
「師匠よ、誰か睨んでおるようじゃが?」
「うむ、その様だな。なにか用か? 邪教神官」
そう、そこには、もの凄い目でタンじいを睨みつけている、邪教神官の姿があった。完全に、嫉妬の視線である。
「魔王様、その者はいったい……」
「余の弟子じゃ」
「で、弟子ですと!!」
魔王のその言葉に、邪教神官が驚きの声を上げる。それも当然だ、魔王が弟子を取るというのは、次期魔王として育てると言っても、過言ではないからだ。
「弟子のタンリウじゃ、これから宜しく頼む」
そして、タンじいがそう言いながら、邪教神官に近付き、握手をしようとするが、邪教神官はそれに応じない。それどころか……。
「……ゆ、許しませんよ」
「むっ?」
「魔王様が許しても、魔王様から最も信頼されている部下である、この私は許しませんよ! そもそも、貴様のような魔力も無い人間が、魔王様の代わりになれるものか!」
「魔力が無くとも、出来る事はある」
「言ってくれる……」
喧嘩が勃発してしまった。そんな様子を、魔王は呆然としながら見ている。
(……どうせなら、美少女同士でやって欲しかった)
そして魔王は、そんな事を考えていた。だけど、無理はない。言い合ってるのは、片方は、腰が曲がり、杖を突きながら歩くおじいさん。片方は、サングラスをしているが、動作の鈍いおじいさん。ため息も尽きたくなるだろう。
(仕方がない……余は早くトイレ掃除をしたいのだ、それならば……)
すると、魔王はケンカする2人に、モップブラシを放り投げる。
「そんなに言い合うのなら、どちらが余の下で働くのに相応しいか、この水中ダンジョンのトイレ掃除で、決めて貰おう。勝負は、どちらがより多くの個室トイレを掃除出来るかだ」
そして、モップブラシを受け取った2人は、魔王にそう言われた後、その目に火が付いた。
「良かろう、魔王様の真の部下として、魔王様の行う事の補佐は、どんな事でもやってのけねばなるまい」
「ふっ、ヨボヨボのじじいめ、儂のトイレ掃除スキルを見て、昇天するが良いわ」
「昇天していたのは貴様じゃろうが、軟弱な人間が」
「それでもまだ蘇れるわ! 貴様は、そのままあの世行きじゃろうが!」
「言ったな……」
『こんなじじいに負けるかぁ!!』
そして、2人ともそう言うと、一斉に個室トイレの掃除に向かって行くが……正直どちらもご老人である。五十歩百歩な戦いが、今幕を開けた。
(ふっ……水の中のトイレだろうと、基本は一緒じゃ。汚れを浮か……)
「ぬわぁぁあ!! 汚れが水中に……!!」
タンじいは、汚れを浮かして落とす作戦に出るが、そもそもここは水中……当然の結果である。
(ふん、私は何度も罰としてトイレ掃除をしてきた、このくらい……)
「ぬっ……くっ、ち、力が入れずらい……あがっ! こ、腰がぁ!」
そして邪教神官は、水の中である故の、特殊なその状況に苦戦し、腰を痛めていた。
水の中では水の抵抗があるため、力が入れにくく、掃除をするのも一苦労なのである。
そしてもはや、この老人2人は、勝負にすらなっていなかった。
「くっ……こんな事が……」
「ひぃ、ひぃ……」
その後魔王は、呆然とするタンじいと、腰を擦る邪教神官を前にして、一言言った。
「どちらもまだまだだ……」
その言葉に、邪教神官はショックを受けていたが、それでもどこか、清々しい表情をしていた。
「ふっ……魔王様のやっている事に、ついて行けもしないとは……魔王様の補佐失格だ」
「いや、儂もまだまだだ……邪教神官どの、これから共にレベルアップしていこう」
「タンじいどの……そうだな、お主の根性なら……」
「いや、なに……真のトイレ清掃員になるためなら、どんな困難でも、乗り越えて見せるわい」
「……今なんと?」
「いや、儂はトイレ清掃員じゃからな。真のトイレ清掃員になろうと……」
「…………次期魔王を狙ってたのではなく……?」
「はっ?」
邪教神官の勘違いは解けた。
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