詰まったトイレ

 魔王は呆然としていた。


(バカな……こんな事が……)


 この前、勇者の息子に高らかに宣言したにも関わらず、今ダンジョンのトイレは、悲惨な状況であった。


(こんなもの……どうすれば……いくら余でも)


 今まで、例えどんな問題が起きても、魔王の力があれば、難なくこなせていた。だがそれでも……この事態に魔王は驚愕していた。


(ぎゃ……逆流している……!)


 便器から、今まで流された便が逆流し、溢れ出ていたのだ。もうそれこそ、ダンジョン内は異臭だらけ。


「くっさ……! なんだ、今日のダンジョンは?! いったいどうしたと言うんだ!」


 そして、入ってくる冒険者達は、次々と立ち去って行く。


(いかん! このままでは、誰もダンジョンを攻略しようとしない! なんとかせねば!)


 すると、魔王は踵を返すと、そのまま小さな水晶玉を取り出して、そこに話しかけながら、何処かに向かって行く。


「精鋭達に告ぐ、今すぐ下水口に集合しろ!」


 それは、意図した相手に言葉を届ける、魔法の水晶であった。そして魔王は、精鋭達を呼び出すと、下水口へと向かった。


 説明すると、この世界の全てのダンジョンのトイレは、排水管を通り、地下に整備された下水を流れ、浄化施設で浄化処理を施されたのち、海や川へと流されていた。割としっかりしており、実はそこで働くモンスター達もいる。


 そして、その浄化処理を担当されているモンスターも、下水口に呼んでいた。


「えぇ?! 詰まりっすか?!」


 そこにいたのは、二足歩行をするナマズの姿をした、薄汚れたモンスターであった。


「ヘドロナマズ。なにか異常はないか?」


 名前は捻りがなかったが、実はこのヘドロナマズが、浄化処理を行っていた。

 このモンスターの好物は、汚水や汚物である。汚れていれば汚れているほど、彼等は喜ぶ。そして、そのまま綺麗な水を排水するのだ。


 だから、このモンスター達が、全ての下水の辿り着く先に、大量に配置され、建物の中で浄化処理を行っていた。


「そうですねぇ……最近流れてくる汚水の量が、極端に減ってる事っすかねぇ」


「なぜ言わぬ!!」


「ひっ?! いや、その……皆あんまり出さなくなったのかな~って思っちゃって……」


 サラッと重要な事を言ったヘドロナマズに、魔王が怒鳴りつける。


 とにかく、汚水が流れて来なくなったという事は、確実に詰まっているという事。すると、カボチャ頭の魔道士が、魔王に話しかける。


「排水管が詰まってるんじゃないんですか?」


「いや、ここに来る前に、全てのダンジョンの排水管が、1本になっている所を確認したが、汚水は流れていた……が、途中で止まっているのか、流れたと思った後に、逆流していた」


(調べたんだ……)


 そこは、恐らく臭かったであろうが、魔王はなりふり構ってられなかった。


「とにかく、全ダンジョンで詰まっている以上、そのダンジョンの排水管だけと言うわけではあるまい」


 しかしそこで、狼の獣人がポツリと呟いた。


「なんで1つのダンジョンごとに、処理施設を作らなかったんですかね……」


 それは正論ではあったが……この世界のダンジョンのトイレは、現魔王が産まれる前、先代魔王が作ったものであり、建設当初の理由なんて、現魔王が知るわけもなかった。


「そこの老いぼれに聞け!」


「ひっ?!」


 そして、魔王は邪教神官に向かってそう叫んだ。

 この邪教神官は、先代魔王の時代から魔王に仕えており、建設当初の事も、よく知っていた。


「それは……その……先代魔王様が直接作られたので……私も詳しくは……しかし、詰まるかもしれない事を想定して作られたはず。なぜこんな事に……」


「むぅ、確かに……父上は意外と分析力はあった。詰まる事も考え、排水管に逆流防止の装置も付けているだろうな」


「えぇ、その通りです」


 そして、そんな事を言いながら、魔王は下水口の蓋を眺める。四角い蓋で塞がれたそれは、そこにいる全員にとってはまるで、地獄の蓋のようであった。


 そこは、排水管が1本になって、処理施設に向かう為の下水道の入り口……なのだが……蓋がカタカタと鳴り響き、動いていた。そして臭いも明らかに、汚物のそれであった……。


「これ……開けたらヤバいですよね」


 狼の獣人がそう言った瞬間、全員静かになった。


 そもそもここの下水道は、人が通れるようにもなっているため、汚水や汚物で詰まるなど、あり得ない事である。だが、そのあり得ないが起こっていた。


「……処理施設から辿って行くか……」


 しかし、魔王がそう言った瞬間……。


『魔王様!!』


 なんと、下水口の蓋が勢いよく吹き飛び、汚水や汚物が大量に噴きだしたのだ。


『ぐわぁぁぁあ!!!!』


 そして、噴きだしたそれにまみれ、倒れていく仲間達。だが……魔王にもその魔の手が迫っていた。


「魔王様!!」


 その時、魔王の身体を邪教神官が押し飛ばし、なんとか魔王をその魔の手から救い出した。


「邪教神官!!」


 しかし、それでは邪教神官が……。


「あの世で、先代様と会って参ります……」


「邪教神官~!!」


 そして、邪教神官もその汚物の中に埋もれてしまった。

 彼等はモンスターであるため、この位では死なないが、精神的には死ぬかもしれない。


「くっ……皆の死は、無駄にはしない! なんとしても、トイレの詰まりを直してみせるぞ!」


 死んではいないのだが……気持ち的にはそんな気分だと思う。仲間が汚物塗れなのは、いたたまれない気持ちにはなる。


「おほぉ!! 久々のご馳走やぁ!! 皆を呼ばな!」


 だが、嬉々として汚物を食べるヘドロナマズを見て、この場は大丈夫だろうと、魔王は一瞬でそう思った。


 そして、魔王は処理施設へと瞬間移動し、天井の高い下水道に降りると、その先へと進んで行く……が、汚物や汚水を貯めておく、とても大きな貯水プールを行き過ぎ、少し歩いたところで、進めなくなったのだ。


 原因は、良く分からない白い塊のようなものが、その下水道を塞いでいたからだ。しかも、高い天井にまでびっしりと詰まっていた。


(なんだ……これは?)


 それを、魔王はゆっくりと触る。すると、ベタベタした感触が返ってきた。


(これは?!)


 その瞬間、魔王はこれがなんなのか分かった。


(これは……汚れを瞬間で落としてくれる『トイレ掃除の達人』?! 余が愛用している、トイレ掃除用洗剤ではないか……なぜこんなものが……)


 そして、魔王は不思議に思い、首を傾げるが、そもそもこれは欠陥品だったのだ。


 この洗剤、実はある程度の水分が無いと、ゲル状になってしまい、固まりやすくなるのだ。つまり、それによって次々と、ゲル状のものが下水道に溜まっていき、詰まらせていったのだ。

 それが、たった数ヶ月そこからで詰まるものかと思うだろうが、この世界の全ダンジョンが、ここの下水道に繋がっており、更に全ダンジョンを、魔王がこの洗剤を使って掃除をしていたとすれば……使う量にもよるが、この通り、詰まってしまったという事である。


「……」


 当然、この詰まりを直し、魔王がその洗剤を使わなければ、万事解決なのだが、魔王は悩んでいた。


 この詰まりを一発で直すには、自らの力で破壊すれば良い……が、それをすれば、その向こうで待ち構えている汚物からは、逃げられない。


 瞬間移動しようにも、力を使って破壊した直後、ほんの数秒で汚物は押し寄せてくる。間に合うかどうか、微妙なタイミングであった。


 だが……。


(やらねばならん。ここには余しかいない。散っていった部下達の為、やらねば……)


 そして、魔王はそう決意すると、右手に力を込めていく。その瞬間、魔王の脳裏には、散っていった精鋭達の姿が浮かんでいた。一応、念の為に言っておくが、精鋭達はまだ生きています。


(いくぞ……散っていった精鋭達よ。これで、詰まりは解消する)


 そう思いながら、魔王は深呼吸をする……そして。


魔王の拳デビル・フィスト!」


 固まった洗剤に向かって、魔王は拳を突き立てた。その瞬間、固まった洗剤にヒビが入り、その先で詰まっていた汚物に押され、崩壊する。


「ぬっ!!」


 そして、ここで魔王にアクシデントが発生する。


「腕が、抜けん?!」


 そう、固まった洗剤のせいで腕が抜けなくなり、魔王はその場から逃げられなくなっていた。


(…………部下達よ、今行くぞ……)


 そして、逃げられないと悟った魔王は……そのまま、汚物の中に消えて行った。


 その後、汚物の中を浮かんでいた魔王は、歓喜するヘドロナマズ達によって助けられた。

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