トイレマナーを覚えよう
さて、魔王がトイレ掃除を始めてからというもの、劇的にトイレは綺麗になった。
実は、誰もトイレ掃除をしていなかったというのだから、驚きだ。だからこそ魔王も、これでは冒険者が来ないと焦ったのだ。
そして今日も、魔王はあるダンジョンで、セッセとトイレ掃除を行っていた。作業用のつなぎと、水仕事用のエプロンを着けて……。
「ふむ……よし、ここのダンジョンはこれで良いだろう。次は火山ダンジョンだな。一気に飛んで行くか」
もちろん魔王は、空間から空間を瞬時に移動する魔法が使える。いわば、色んなチート級の魔法を使う。
それでも、勇者の息子とは互角かもしれないという事は、勇者の息子も、チート能力を持っているという事になる。
それはともかく、魔王がそのトイレを後にし、次のダンジョンに向かおうとトイレを出た瞬間……!
「はぁ~スッキリしたぁ……」
「!?!?」
目の前で、四つ足の狼のモンスターが粗相をしていた。しかも、トイレは目の前だというのにだ。
「
「あぎゃぁぁぁあ!!」
すると、重力を負荷させた魔法を魔王は発動し、その狼を押し潰そうとする。しかも、中々強力に負荷をかけたのか、狼のモンスターは苦しみ、必死にそこから抜け出そうとしていたが、相手は魔王、当然抜け出せていなかった。
―― ―― ――
「す、すいません、魔王様……」
その後数分間、その狼のモンスターは地面に押し付けられていた。そして今は、キチンとお座りをして礼儀魔正しくしているが、横にはさっきこの狼がやった、固形物の便が……。
「なぜ、トイレでやらない?」
「いやぁ……どうしてもマーキン……ぐぇぇえ!! 魔王様、プレスしてます、プレス!」
魔王の問いかけに、狼のモンスターがあっけらかんと答えようとした瞬間、狼はまた地面に押さえつけられた。良く考えて答えないと、魔王の逆鱗にふれしてしまいそうだ。
そして、魔王の顔付きがより険しくなり、ついに怒るかと思われたが……。
「伏せ」
「私ペットの犬じゃないですよぉ!」
魔王は、この狼を躾けようとしていた。
「いいや、貴様はペットだ。ちゃんと、このダンジョンのトイレで用を足してこそ、モンスターと言え……」
「はぁ……漏らしちゃっ……ぎゃぁぁぁあ!! って、これは魔王様が悪いんですよ!」
「貴様はそんなに膀胱が小さく、緩いのか?」
「そうではないですけど、魔王様の重力魔法が強力過ぎるんです!」
どうやら、さっきからずっと押さえ続けられていたからか、狼のモンスターの方が、色々と限界が来てしまったみたいだ。
「やはり貴様は……躾ないとならんな!」
「だから、私モンスターですってば!!」
しかし、狼のモンスターの言葉は、聞き入れられなかった。
こうして魔王による、狼のモンスターのトイレマナーの特訓が始まったのだが……これが思いの外、苦戦していた。
「良いか、尿意を感じたら、このトイレの中で……」
「あっ、ここ俺の匂いが消えてる。全く……ぎゃぅん!!」
やはり狼といえど、犬に近い習性があり、モンスターですらその習性はあった。
マーキングである。
魔王がトイレの事を教えようとした瞬間、片足を上げ、そこにおしっこをしだしたのだ。因みに、このモンスターは雄だ。
当然魔王は怒り、今度は狼を念力のようなもので吹き飛ばし、壁に押し付けた。
「あぁぁぁあ!! ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい!」
流石の狼も耐えかねて、魔王に一生懸命謝っている。
「良いか! しばらくしてまた尿意を感じたら、無理やりにでもここに連れて来るからな!」
「へ~い……」
その魔王の言葉に、狼は渋々と言った顔をしていたが、次に魔王を怒らせたら、命に関わるかも知れないと感じた狼は、従うしかないと感じていた。
ただ、上手くいくかどうかは……別である。
―― ―― ――
それからしばらく、狼のモンスターと魔王は、そのダンジョンの見回りをする事にし、狼の次の尿意を待っていた。
「冒険者がいないな」
「皆隠れてますよ……」
それも当然であった。
初心者用ではないとはいえ、まだまだ中級者レベルのこのダンジョンに、なぜ魔王がいるのか、皆不思議でならなかった。よって、全員逃げ隠れるしかなかった。
ただ、狼は鼻が良いので、隠れているのが分かっていた。
「さて、あれからだいぶ時間が経つが、まだか?」
「そんな日に何回も、便意や尿意なんて来ないですよ~」
「よし、ではこれを……」
「下剤を寄越さないで下さい!」
「余は、早く貴様にトイレマナーを覚えさせたいのだ」
しかし、下剤を与えたらその場で粗相をする可能性がある。それではあまり意味がないが、魔王は少しせっかちでもあった。
(トイレマナーを覚えさせるのに、こんなに時間がかかるとは……)
もちろん、魔王はペットを飼った事などなく、トイレマナーを行うのも初めての事だった。しかも、相手は意思疎通が出来るモンスター。一発で出来るだろうと考えていた。
だが、当然便意なんてそう何回も来るわけもなく、既に何時間も時間が経過していた。
(余は……いったい何を……)
しかし、魔王がそう思った次の瞬間。
「くっ……」
狼のモンスターがきばっていた。
「ふんぬ!!」
「ギャゥウン!!」
それを見た魔王は、自分の目的を思い出し、その狼のお尻に向かって、思い切り蹴りを入れたのだ。
「便意を感じたら言え!」
「す、すいませ……でも、我慢が……」
「来い!!」
すると、魔王はその狼のモンスターの首根っこを掴むと、急いでトイレの場所まで瞬間移動する。そして、そのままトイレの前に座らせると、トイレの方に向かって指を差す。
「良いか、トイレはここでしろ!」
「いや、間に合いませんって……今は瞬間移動したけれど、ダンジョンがどれだけ長いか、知ってますか?」
「!?!?」
そこで、魔王は初めて気が付いたのだ。
ダンジョンに、トイレが1つだけだと不便だという事を。
この世界のダンジョンに、トイレは1つしかなかった。基本的には入り口に近いため、先へ先へと進むと、トイレに行きづらくなるのだ。そして1つしかないため、混みやすい。
そこに、魔王はようやく気が付いた。
(ぬぅ……これは、増設をせねばならぬか。しかしそうなると、1階ごとに必要なのだろうな……しかし莫大な費用が……いや、制圧した街から徴収すれば良いか。だが、何十階とあるダンジョンには、いくつも付けないといけないのか? そんなもの、どれだけ莫大な時間と費用が……)
実はこの世界には、あまり高い建造物はなく、あるとしても神聖な塔くらいであった。
よって、ダンジョンのように階層の多い所のトイレ事情など、魔王は知る由もなかった。
(くっ……まぁいい。その事も、部下どもと話をするとしよう……とにかく今は……)
「まぁ、後で対策を考える。お前は、トイレで用を足すことを覚えろ」
「はぁ……ですが……」
そして魔王に言われて、そのトイレを覗いた狼のモンスターは一言。
「どうやってやるんですか?」
「……」
基本的に、四つ足の獣が出来るようなトイレではない。出来たとしても、臭いがとんでもないことになる。
「あっ、この便器でやるんですか? ちょっとやりにくいっすね~くっ……でもなんとか……出来そうっす」
そして、多様性を極めていると言われた、この世界のダンジョンのトイレは、もろくも崩れ去る。
(四つ足の獣ども用のトイレがない!)
原因は簡単。
過去に邪教神官が――
『あっ? 四つ足の獣用のトイレ? そんなの要らん。そこら辺でさせておけ』
後日、魔王を含めた会議でこれが言及され、邪教神官は罰として、1ヶ月のトイレ掃除をやらされた。
そして、ダンジョンのトイレは大量に増設され、四つ足の獣用として、ペットの犬猫用のトイレが同時に設置された。
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