トイレ掃除バトル!
その日も、魔王はあるダンジョンのトイレ掃除を終わらせ、1番汚れの酷いトイレへと向かった。そこは冒険初心者達の行き交うダンジョンのトイレ。そう、初心者が挑むダンジョンのトイレは、人が多い分汚れやすく、またモンスターの入れ替えも激しく、ちゃんとしたトイレマナーを身に付けてないものが多く利用していたりした。
「前に出ろ!!」
「ぎゃひぃ!!」
そして今日もまた、魔王の怒号が飛び交う。
「やれやれ……利用者を正すことでしか、トイレを綺麗に保つ事が出来ないとは」
するとその時、冒険者やモンスターのお尻をモップの柄で叩く魔王の前に、1人の男性が現れた。
その男性はイケメンとは言えず、単調な顔の作りになっているが、筋肉は程々に付いていた。しかしその手に持っているものは、剣でもなく盾でもなかった。
「なんだ……お主は?」
「見て分からないか?」
右手にはトイレ掃除用のモップブラシ、左手には掃除用の洗剤……そして水仕事用のエプロン。どこからどう見ても、トイレの清掃員にしか見えない。
「……同業者か」
「お前は魔王だろう」
なんと魔王の一言に、その男性は言い返した。そう、魔王は魔王であって、トイレ清掃員ではない。最近そこを間違っていそうな空気だったが、この人物の言葉で皆再度認識したようである。
そしてそれを聞いた邪教神官がガッツポーズをしていた。「これで分かってくれる!」と言わんばかりである。
「お前は魔王にも関わらず、このような事をしている。私はそれが許せない。真のトイレ清掃員であるこの私からすれば、お前がこんな事をするのは場違いなのだ」
そう格好をつける男性だが、顔付きは完全にモブみたいな顔をしており、雰囲気もモブ気質みたいで、直ぐに忘れられそうなほどの存在感の薄さであった。
「言ってくれるな……貴様名は?」
「ふっ……モブキャラに名前などない」
そして自らモブと言ってしまっていた。
「ほぉ……ではモブで良いか?」
「良いとも」
その後、そのモブの男性はゆっくりと魔王に近付いていく。
「魔王……お前は自分のトイレ掃除に誇りはあるか? ただ待つのは嫌だからと、そう思ってやっていたら……いや、そう思っていたらここまで出来ないだろうな」
そのまま、魔王の姿をジッと見つめると、モブの男性は魔王を指差した。
「私と勝負しろ、魔王。良いか、お前のような奴がトイレ清掃員などやっていたら、我々の立つ瀬が無いのだ! 魔王はちゃんと魔王らしく、椅子にふんぞり返っとけ!」
だが、そのモブの男性の言葉に、魔王は言い返す。
「ふん……断る。このトイレ掃除の仕事は……余の天職だ」
魔王が天職じゃなければ、最早この人物は魔王ではなくなる。天職だからこそ魔王になれているのだから……。
だが、魔王の瞳に迷いなかった。このままでは、いつその魔王の座を捨ててもおかしくなかった。
「そうか……言ってくれるな。なるば、この俺が引導を渡してくれる! お前はただの魔王なんだとな!」
「良かろう、余がただのトイレ清掃員ではないことを思い知らせてやる」
……何か妙ではあるが、とにかくこの2人の男による、避けられない戦いが、今幕を開ける。
「勝負は当然トイレ掃除だ!」
否、開くわけがなかった。
凄く情けない勝負方法な気もするが、2人にとってはこの勝負は、真剣勝負による命の取り合いと、ほぼ同じくらいの価値があった。
「良いか? 丁度未掃除のトイレがここにある。どちらがより多くの便器を掃除でき、また床もどれだけの面積を掃除出来るかで勝負する。勿論、ピッカピカにしての話だ」
そして、モブの男性がルールを説明する間、そのダンジョンのトイレの近くには、人が集まりだしていた。そして各々話をしている。
「魔王様にトイレ掃除の勝負を挑むなど、あの人間は気がどうかしているようだな」
「いや、あの人物はなにかと目にするな。トイレ掃除だけじゃない。奴は、ダンジョンの片付け人だ」
あるモンスターの言葉に、屈強そうな戦士の男性がそう答える。
「ダンジョンの片付け人は、絶対に人にバレていけなく、また目立ってはいけない為、特徴の無い顔と、存在感の薄い人物を使う事が多い。そしてその仕事は、冒険者が通過した後のダンジョンの中を、次の冒険者の為に、モンスターの死体を片付け、開けられた宝箱の補充をしているらしい。その延長として、冒険者達のスタート地点の村や街のトイレも、掃除するらしい」
「へぇ……そんな奴がいても、魔王様には勝てねぇぜ」
「いや……奴の素早く的確な動きが封じられなければ、魔王に勝ち目はないだろう」
彼等はトイレ掃除バトルの事を話している。何故か真剣勝負を観戦する人々の話になっているが、これはトイレ掃除のバトルの観戦者達の会話である。
「よし、良いか、本気を出せよ魔王。そうでなければ意味がない」
「良いのか?」
「当然だ……本気の貴様を潰してこそ、お前はトイレ清掃員ではない、魔王だとハッキリと言えるんだ」
そして、モブの男性はモップブラシを握り締めると、ゆっくりと目を閉じ深呼吸をすると、カッと目を見開く。それと同時に……。
「……では、魔王様とモブ男性の掃除バトル……開始!」
邪教神官がバトルの合図をする。何故彼が……と思うが、察して上げよう。スタートを合図した直後、大声を出しすぎたのか、咳をしながらその場に膝を突いてしまっており、そして小声で「魔王様の為なら……」と言っていたら、何を思ってこれをしたかはだいたい想像がつくだろう。
そして、スタートの合図と同時に、魔王はトイレの掃除を始める。
それと同時に、モブの男性はトイレの掃除用洗剤を口に咥えると、更に背中に背負っていたもう1本のモップブラシを空いた手に持ち、なんと口を噛み締めると同時に、洗剤を噴出させて地面にまき散らす。その直後、2本のブラシで床を磨こうとする。
「むぐぐぐ……ふむぐ、ふむ~ぐ!!」
口に洗剤を咥えているので、何を言ってるか分からなかった。そして、洗剤を口に咥えるのは危険なので止めましょう。
「あれは伝説の、ツインブラシテール!」
「はっ?」
「ふっ、魔王の負けだな。1本ではなく、2本のブラシを使う、それは効率が2倍になるのと同じ……」
「いや、もう魔王様終わってるから」
「なにっ?!」
またしても屈曲な男性の戦士がそう言うが、その横にいたさっきのモンスターが、容赦なく現状を突きつけた。
そう……男性が用意する1分ほどの間に、魔王はそのチート並みの能力で、あっという間に掃除をし終えていた。
「そ……そんな馬鹿な……」
そしてその現状に愕然とするモブ男性の前に、ある年配の男性が現れる。
「んっ? お前さんは!」
「えっ……タンクソじぃさん?! こ、ここでいったいなにを?!」
そう、その老人は魔王にトイレ掃除の弟子入りをした、タンじいであった。どうやら簡単な場所のトイレ掃除を終わらせ、騒ぎを見つけて来たらしい。
そして、モブ男性はタンじいを知っているようである。
「ぬっ? 知り合いか?」
「あっ……えぇ、前の職場の同僚ですわ」
前の職場……タンじいが、我を貫き通してクビになった、トイレ掃除の職場だ。そこで働いている男性のようであった。
「それで何かと思えば、タメコメ……貴様まだあんなトイレ掃除の仕方をしとるのか」
「その名で呼ぶなぁ!!」
どうやら、モブ男性の名前はタメコメ言うらしい。なんだか微妙である上に、汚いものに変わってしまいそうである。
「それに、お師匠に戦いを挑むとは……自分の事が良く分かってない証拠じゃのぉ!」
「ぐっ……」
「結果どうじゃった?」
「あぁ……早いながらも、隅々までピカピカだな」
「これを、全ダンジョン行っておるのだ。魔王様でしか行えんじゃろう?」
「なっ……それであの早さか……なるほどな」
そしてタンじいの言葉に、なにか納得したのか、その男性はゆっくりと立ち上がり、そして魔王を見つめてこう言った。
「認めるよ。あんたこそ……真のトイレ清掃員だ」
魔王は『真のトイレ清掃員』の称号を手に入れた。
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