そして既知の外へ(終)
僕の手は震えていた。
いま僕の手に有るのは、"彼女"が使っていたのと同じナイフで、目の前に有るのは、それを使って作り上げた死体だ。
この死体となった男は、女癖が悪く、何人もの女性を泣かせてきた。友人の彼女を寝取ったことすら有る。根も葉もない噂を広めたり、平気で不正を働いたりする。何の生産性も期待できない、社会的に不必要な人間だ。
名前を進という。
僕は、彼女の遺志の通り、自分の成すべきと思ったことを成す。
人間みんながそうしているように、僕も、僕の価値で戦う。
「世界は単純だ」
何てことはない、僕は、僕という価値観の独立戦争を戦うのだ。
僕は、人々が数十世紀に渡って創り上げた正義という国家に戦争を挑むのだ。かつて、彼女がそうしたように。
これが、僕にとっての正義だ。
※
こうして宮前桜は柳恒一に誤解され、そしてその柳恒一もまた、人間の営みの中の日常として処理されていくのである。
そして、やはり世界は複雑なままなのであった。
宮前桜が処刑される直前に遺した言葉を、我々は噛み締めねばならない。
「人間は善悪の此岸にいる。彼岸に行ける者など、まず居ない。基本的に、人は善悪の外には立てない。だが、世界は単純だ。そのことに真に気づいた者が、やがてこの社会を変えるだろう。…これまでもそうだったように」
善悪を、是非を、良否を。それらを前提に考えている限り、我々は彼女に達し得ない。
平凡な、「既知の日常」で終わるか、「既知の外」に立つか。全ては人の意志次第である。
善悪の此岸 銀狼 @Silberwolf
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