単純な世界

ただの殺人犯(八つ目)

 "私"の裁判は、ちょっとした見ものだった。


 まず私は弁護人を拒否しようとしたが、現行の日本の司法制度において、これは当然認められなかった。口うるさい国選弁護人でも付けられたら大変だと思っていたら、三度ほどしか会ったことのない叔父が弁護士を雇ってやると言ってきた。民間なら金を出せば裁判で黙っていてくれるかもしれないと私は期待していたが、どうやら事情は面倒な方向に行っていた。なんでも叔父は死刑制度廃止を訴える団体のメンバーで、弁護士というのは正確に言うと弁護団だった。要するに法廷で十数年争い、制度改正目指して戦おうというのだ。

 私は全力でこれを拒否すると、国選弁護人を甘んじて受け入れることにした。


 彼の名前は忘れたが、実にやる気がなく素晴らしい弁護士だった。

 彼は、事実だけを述べてほしいという私の希望に完全に応えてくれた。


 伝え聞いたマスコミの報道は面白おかしくてたまらなかった。

 曰く、"日本史上最悪の殺人鬼"だそうだ。そして私は、"幼少期から父親に虐待を受け、その結果精神的に病んでしまい、実の両親を殺すと歯止めが効かなくなった"、らしい。犯罪者ばかり殺したのは、"身勝手な自己の殺人欲求に少なからず罪悪感を覚えていたため"、だそうだ。それはすごい。


 私の裁判は裁判員裁判によって行われることになった。

 初公判で、私は裁判員たちに言った。


「私の行ったことは、殺人以外の何物でもありません。私はこれから、殺した数百人の人間のことを話しますが、それは裁判上必要な手続きだからです。殺したのがどんな相手であれ、私は殺人罪によって起訴されたというその点をお忘れないよう、お願いします」


 私は、喋って、喋って、喋りまくった。

 父は飲酒運転で事故死したことになっていたが、普通出勤前の早朝に飲酒などするだろうか。誰も疑わなかったことに、私は今でも違和感を感じている。結局あれは父の朝食に私がアルコールを混ぜたのだが、非常に上手くいった最初の殺人だった。これは結局、物証も何も残っておらず、残っていたとしても私が直接手を下したわけではないということで見送られた。

 母の殺害も似たようなものだ。睡眠薬を大量に飲ませたのは私だが、自殺として片付けた案件をほじくり返されたくなかったのか、検察は何も追及しなかった。

 シリアルキラーの斎藤のくだりは裁判員が何人か吐いた。それから私が手にかけた、他のシリアルキラーの話もした。皮膚毛布を作っていた山田、ネクロフィリアだった高島。などなど、三十人ぐらい殺しているやつらだった。

 また、たまたま殺害現場に居合わせた太田唯の話は全国が沸いた。というのも、彼女がいつものように幼い男児を殺している真っ最中に、塀を隔てた向こう側で私は窃盗の常習男を滅多刺しにしていたからだ。お互い気がついて、私たちは笑いあった。彼女は「自分が産めなかったような男の子をみるとつい殺しちゃうの」と言っていた。私が何人ぐらい殺したのか問うと、百人は殺していると答えた。それで、私はついでに彼女もナイフで滅多刺しにしたのだ。


 自分に好意を寄せてきた男や、何でもない一般人を多数殺していることについては、特に非難された。だが私としては、どう考えてもこの社会に不必要な人間にしか思えなかったのだ。例えば、あの男子学生のような顔では生涯周囲を不幸にするだろうし、毎日パチンコに通っているような人間に何の生産性を期待するのだろうか。調べれば調べるほど、彼らはしょうもない人間だった。だが考えてみれば世の中の大半がしょうもない人間のように思えてきたので、それからは自重するようにした、と述べた。


 私が逮捕される切っ掛けになった最後の殺人については、証人として彼、柳恒一が証言台に立った。


 彼は事実を話した。

 私が、連続レイプ魔の男に、車の中で馬乗りになって、何度も顔面をナイフで刺し続けていたこと。ぼろぼろになった顔面を左手で撫でで、肉を弄んでいたこと。視線に気づいて振り向いた私と目が合って、それから私が微笑んだこと。


 数回の公判の中で、彼と私が目を合わせることは無かった。彼が面会に来ることも無かった。彼はと思った。私は彼を信じることにした。


 話が私の動機に移ると、世論は紛糾した。


 私は村田刑事に話したように、要点を簡潔に述べた。

 人間があらゆる手段を用いて、自分たちの気に入らない人間を追放・抹殺していること。私はそれと同様のことを行ったにすぎないこと。人々が死刑や戦争を正当だと思うように、私も私の殺人は正当だと思っていること。


 そして、、ということ。


 新聞を読む機会があったが、私は自分の裁判を追った記事を見て思わず大笑いしてしまった。だって、大真面目に議論していたから。「正義とは何か」と。

 犯罪者を殺した私は悪で、死刑制度は善なのか。彼らは大激論を繰り広げていた。しばらく哲学家や法律家たちがテレビで大騒ぎしたそうだ。


 馬鹿らしい!


 やはり、誰も私の論点を理解してくれなかった。


 最後の殺人以外の物証や目撃証言はほぼ無かった。私の自供だけが、数百人にのぼる殺人の根拠となった。

 私はすっかり退屈してしまった。このままでは、審理が長引くのではないか。

 だが、ありがたいことに、今までに類を見ないスピード審理によって、私の死刑はあっさり確定してくれた。


 誰かの意志が働いていたのだとしたら、私は少し嬉しい。

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