第2節:契約

 僕がアルバイトをやっているコンビニに、彼女は来た。レポートを提出してから一週間のことだ。僕は彼女のことばかり考えていたから、実際自動ドアが開いてそちらを振り向き、その姿を見たとき、ホラー映画でいきなり怪物が現れたときのように心臓が脈打った。

 僕の勤務態度は店長いわくド真面目とのことだった。"クソ"と言わないところに配慮を感じるが、今は真面目さなどクソ食らえ、だ。僕は品出しを中断すると、彼女に近づき声をかけた。

「あの…」

「うん?」

 彼女は駄菓子を吟味していた。

「この前はありがとうございました」

「…」

 彼女はしばらく僕の顔を見つめていた。片目の視線を強く感じる。

「すまない、誰だ?」

 しまった。僕の顔はそれほど特徴がない。覚えられていなくても当然だ。

「図書館の隣のカフェで…社会学の助言をいただいた者です」

「…」

 彼女は下を向いて数秒。また顔を上げて言った。

「すまない、忘れた」

「え」

「使わない知識は忘れてしまうんだ」

「は、はあ」

「しかし、他人に礼を言われるのは久しぶりだ…。私は宮前桜。あなた、名前は?」

「あ、柳恒一、です」

 宮前桜。その名前を、僕は何度も反芻した。

「宮前さんは、T大学の学生ですよね」

「そうだ。あなたも?」

「はい」

「何年生?」

「2年です」

「へえ、私と同じか」

 意外だった。間違いなく年上、4年生ぐらいだと思っていたが。

「じゃあ、これの会計を頼む」

 彼女はおもむろに商品を出してきた。蒲焼さん次郎を3枚。


 僕は昔から引っ込み思案だ。

 大胆さという言葉から遠く離れている。しかし、この時ばかりは、そうではいけないと思った。このまま別れれば、彼女とのつながりを絶たれてしまう。

 だから人生で初めて、レジを打ちながら、僕はこんなセリフを吐いたのだ。


「もしよかったら、連絡先を教えてくれませんか」


 彼女は少し考えてから「ああ」とだけつぶやき、スマートフォンを取り出したのだった。

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